第八話 静かな違和感
皇城の朝は、いつもと変わらなかった。
整えられた空間。
乱れのない配置。
決められた時間に、決められた動き。
すべてが、規律の中にある。
セレスティナもまた、その中にいた。
変わらない。
そう見えるはずだった。
だが――
「……」
ふと、手が止まる。
違和感。
言葉にするほどのものではない。
だが、確かにある。
視線を上げる。
侍女が一人、わずかに動きを止めていた。
すぐに、何事もなかったかのように動き出す。
「どうかしましたか」
静かに問う。
侍女は一瞬だけ間を置き、すぐに頭を下げた。
「いえ、何でもございません」
その声は、整っている。
だが――ほんのわずかに、硬い。
セレスティナは、それ以上追わない。
追う必要がない。
ただ、そう判断する。
再び手元へ視線を落とす。
作業は、滞りなく進む。
だが、空気は変わらないままだった。
廊下に出る。
足音が響く。
一定のリズムで、乱れはない。
そのはずなのに――
すれ違う者たちの動きが、わずかに遅れる。
視線が、一瞬だけ向けられる。
すぐに逸らされる。
何もなかったかのように。
セレスティナは歩みを止めない。
止める理由がない。
理解できないものに、意味はない。
ただ、通り過ぎる。
それだけだった。
食堂へ入る。
配置はいつも通り。
温度も、香りも、変わらない。
だが――
空気だけが、違う。
わずかに張り詰めている。
誰も口にはしない。
それでも、そこにある。
「……何か、ありましたか」
静かに問う。
返答はない。
一瞬の沈黙。
それから、いつも通りの言葉が返される。
「問題ございません」
整った声。
揺らぎはない。
だが――
それで十分だった。
セレスティナは、それ以上何も言わない。
問う意味がないと、判断したからだ。
席につく。
動きは正確。
無駄はない。
すべては、いつも通り。
そのはずだった。
だが――
何かが、違う。
それだけが、残る。
セレスティナは、手を止めない。
視線も動かさない。
ただ、与えられた役割をこなす。
それでいい。
それが正しい。
だから――
気にする必要はない。
「……そうですか」
小さく、落とす。
それで終わりだった。
理解できないものに、意味はない。
触れない。
踏み込まない。
それが最善だと、知っている。
その日もまた、皇城は静かだった。
何も変わらない。
変わっているのは――
それを知る者だけだった。




