第四話 来ると分かっている男
廊下を進む足取りは一定だが、内側は静かに軋んでいる。
視線は前を向いたまま、思考だけが別の場所へ向かう。
どこにいるか。
どうすれば接触できるか。
どうすれば――連れ出せるか。
「……分かっている」
低く、押し殺した声。
それをすればどうなるかなど、考えるまでもない。
ラディア公爵家が動く。
陛下がそれを許すはずがない。
リグナス侯爵家ごと、消える。
それは脅しではない。
事実として、理解している。
一歩踏み違えれば、すべてが終わる。
家も、立場も、何もかも。
それでも――
足は止まらない。
思考は、すでに別の結論へと向かっている。
どこにいるか。
どうすれば接触できるか。
どうすれば――連れ出せるか。
その一点だけが、明確だった。
「……関係ない」
呟く。
先ほどよりも低く、重く。
理解しているからこそ、切り捨てる。
壊れることも、失うことも、すべてを含めて。
それでも選ぶと、決めている。
ノエルは顔を上げる。
視線が、皇城の奥へ向く。
静かに整えられたその奥へ。
「……行く」
小さく落としたその言葉が、静かに空気へ沈む。
その直後だった。
「――やめておけ」
低く、落ちる声。
ノエルの足が止まる。
ゆっくりと振り返る。
そこにいたのは、アシュレイだった。
壁にもたれるように立ち、腕を組んでいる。
視線はまっすぐにノエルへ向けられていた。
「……何のつもりだ」
低く問う。
アシュレイは、わずかに肩をすくめた。
「見ていれば分かる」
軽く言う。
だが、その目は笑っていない。
「できるな、お前なら」
静かに続ける。
「その気になれば、連れ出すことも」
ノエルの目がわずかに細められる。
否定はしない。
できる。
やるつもりでいる。
それは、事実だった。
「だが……」
アシュレイの声が、わずかに落ちる。
「それは“あいつ”の意思じゃない」
空気が、わずかに揺れる。
ノエルの視線が鋭くなる。
「関係ない」
即答だった。
迷いはない。
アシュレイは、その返答を受け止める。
わずかに、目を細めた。
「……そうか」
短く落とす。
そのまま、言葉を重ねる。
「お前は守るつもりで壊す」
静かだった。
だが、はっきりと届く。
ノエルの眉がわずかに寄る。
「違う」
低く返す。
だが、その声音はわずかに硬い。
アシュレイは、構わず続ける。
「違わない」
即座に否定する。
「お前は“正しい”と思っている」
「だから、止まらない」
一歩も動かずに言い切る。
ノエルの空気が張り詰める。
だが――
止まらない。
「……邪魔をするな」
低く吐き出す。
アシュレイは、わずかに笑った。
「するさ」
軽く言う。
「必要ならな」
それだけだった。
それ以上は踏み込まない。
だが、視線だけは外さない。
ノエルは、しばらくその場に立っていた。
思考が揺れる。
だが――
結論は変わらない。
「……関係ない」
もう一度、呟く。
先ほどよりも、重く。
それが答えだった。
ノエルは視線を外す。
そのまま、前へ向き直る。
足が動く。
止まらない。
皇城の奥へ向かって。
アシュレイは、それを見ていた。
何も言わない。
ただ、理解している。
止まらないことを。
そして――
「……壊れるな」
小さく、呟く。
それは忠告ではない。
願いでもない。
ただの、事実だった。




