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恋を必要としない令嬢に、皇帝の執着だけが通じない  作者: 絵宮 芳緒
第三章 囲い込み

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第一話 定められる位置

皇城の朝は、規則正しく始まる。


高い窓から差し込む光は、床の上にまっすぐな影を落とし、行き交う人々の足音は一定の間隔で重なっていく。

整えられた空間は、日ごとに形を変えることなく、同じ秩序を保っていた。


だが――


その中で、一つだけ、明確に変わったものがある。


「本日より、こちらでお過ごしください」


侍女の声は静かで、よく整えられていた。


案内された部屋は、これまでのものとは位置が違う。扉をくぐった瞬間、空気の流れがわずかに変わるのが分かる。

窓の向き、光の入り方、家具の配置――すべてが微妙に調整されている。


セレスティナは室内へ足を踏み入れ、立ち止まった。


視線が動く。


壁際から中央へ、窓辺へ、そして扉へ。

動線、採光、死角の有無。必要な情報だけを拾い上げるように、一度で把握する。


「理由を」


短く問う。


侍女は一瞬だけ言葉を止めたが、すぐに整える。


「陛下のご意向です」


その一言で、意味は十分だった。


セレスティナは、わずかに思考を巡らせる。


拒否する理由はあるか。

不利益はあるか。

――どちらも、見当たらない。


「合理的ですね」


結論は、すぐに出る。


そのまま窓へと歩み寄る。外へ視線を向けると、庭園がこれまでよりも近くに見えた。

距離が明らかに変わっている。


風が、わずかに強く届く。


「……非効率ではありませんね」


小さく呟く。


配置としては、むしろ理にかなっている。

だが――


「位置が近いですね」


その言葉には、わずかに異なる響きが混じった。


侍女が、ほんの一瞬だけ息を止める。


「常時、連絡が取れるようにとのことです」


補足のように告げる。

セレスティナは振り向かない。


窓の外を見たまま、問いを落とす。


「必要でしょうか」


侍女は答えない。


その代わりに、別の声が入る。


「必要だ」


低く、迷いのない声。

レオニスだった。


扉はいつの間にか開かれている。

気配も、足音も、ほとんど残さないまま、そこに立っている。


セレスティナは、ゆっくりと視線だけを動かした。


「理由を」


同じ問いを、繰り返す。


レオニスは一切迷わない。


「判断が有用だからだ」


簡潔な答え。

変わらない言葉。

だが――


距離が違う。


同じ空間。

逃げ場のない位置。


セレスティナは、その事実を認識する。


「合理的ですね」


やはり同じ結論に至る。


だが、ほんのわずかに、言葉が遅れる。


レオニスは、それを見ていた。


「ここから動くな」


続ける。

低く、確定させるように。


命令だった。


セレスティナは視線を落とす。


思考が走る。

拒否は可能か。

必要か。

――不要。


「承知しました」


短く答える。

それで終わり。

そのはずだった。

だが――


レオニスは動かない。

そのまま、そこにいる。

距離を変えずに。


同じ空間に、確実に存在している。


セレスティナは、再び窓の外へ視線を戻す。


庭園は近い。


だが、それだけではない。

背後の気配が、消えない。


空気の密度が、わずかに変わる。


「……影響はありますね」


小さく呟く。


レオニスの目が細められる。


「何のだ」


「距離です」


簡潔に答える。

それ以上は続けない。


レオニスは、その言葉を受け止める。


「ならば、慣れろ」


即答だった。


セレスティナは、わずかに思考する。

ほんの短い時間。


「合理的ですね」


同じ結論に至る。

だが――


その言葉の奥に、ほんのわずかな違和感が残る。


完全には一致しない。


レオニスは、それを見逃さない。


確実に、変化は始まっている。


外では、変わらず風が流れている。


光も、同じように落ちている。


何も変わらない。

それでも――


位置は、すでに定められていた。

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