第一話 定められる位置
皇城の朝は、規則正しく始まる。
高い窓から差し込む光は、床の上にまっすぐな影を落とし、行き交う人々の足音は一定の間隔で重なっていく。
整えられた空間は、日ごとに形を変えることなく、同じ秩序を保っていた。
だが――
その中で、一つだけ、明確に変わったものがある。
「本日より、こちらでお過ごしください」
侍女の声は静かで、よく整えられていた。
案内された部屋は、これまでのものとは位置が違う。扉をくぐった瞬間、空気の流れがわずかに変わるのが分かる。
窓の向き、光の入り方、家具の配置――すべてが微妙に調整されている。
セレスティナは室内へ足を踏み入れ、立ち止まった。
視線が動く。
壁際から中央へ、窓辺へ、そして扉へ。
動線、採光、死角の有無。必要な情報だけを拾い上げるように、一度で把握する。
「理由を」
短く問う。
侍女は一瞬だけ言葉を止めたが、すぐに整える。
「陛下のご意向です」
その一言で、意味は十分だった。
セレスティナは、わずかに思考を巡らせる。
拒否する理由はあるか。
不利益はあるか。
――どちらも、見当たらない。
「合理的ですね」
結論は、すぐに出る。
そのまま窓へと歩み寄る。外へ視線を向けると、庭園がこれまでよりも近くに見えた。
距離が明らかに変わっている。
風が、わずかに強く届く。
「……非効率ではありませんね」
小さく呟く。
配置としては、むしろ理にかなっている。
だが――
「位置が近いですね」
その言葉には、わずかに異なる響きが混じった。
侍女が、ほんの一瞬だけ息を止める。
「常時、連絡が取れるようにとのことです」
補足のように告げる。
セレスティナは振り向かない。
窓の外を見たまま、問いを落とす。
「必要でしょうか」
侍女は答えない。
その代わりに、別の声が入る。
「必要だ」
低く、迷いのない声。
レオニスだった。
扉はいつの間にか開かれている。
気配も、足音も、ほとんど残さないまま、そこに立っている。
セレスティナは、ゆっくりと視線だけを動かした。
「理由を」
同じ問いを、繰り返す。
レオニスは一切迷わない。
「判断が有用だからだ」
簡潔な答え。
変わらない言葉。
だが――
距離が違う。
同じ空間。
逃げ場のない位置。
セレスティナは、その事実を認識する。
「合理的ですね」
やはり同じ結論に至る。
だが、ほんのわずかに、言葉が遅れる。
レオニスは、それを見ていた。
「ここから動くな」
続ける。
低く、確定させるように。
命令だった。
セレスティナは視線を落とす。
思考が走る。
拒否は可能か。
必要か。
――不要。
「承知しました」
短く答える。
それで終わり。
そのはずだった。
だが――
レオニスは動かない。
そのまま、そこにいる。
距離を変えずに。
同じ空間に、確実に存在している。
セレスティナは、再び窓の外へ視線を戻す。
庭園は近い。
だが、それだけではない。
背後の気配が、消えない。
空気の密度が、わずかに変わる。
「……影響はありますね」
小さく呟く。
レオニスの目が細められる。
「何のだ」
「距離です」
簡潔に答える。
それ以上は続けない。
レオニスは、その言葉を受け止める。
「ならば、慣れろ」
即答だった。
セレスティナは、わずかに思考する。
ほんの短い時間。
「合理的ですね」
同じ結論に至る。
だが――
その言葉の奥に、ほんのわずかな違和感が残る。
完全には一致しない。
レオニスは、それを見逃さない。
確実に、変化は始まっている。
外では、変わらず風が流れている。
光も、同じように落ちている。
何も変わらない。
それでも――
位置は、すでに定められていた。




