161 学院生活に戻る
その後、竜はラヴィによって五つに分割された。小さな五体の竜はそれぞれ、私、クラリィ婆ちゃん、タロちゃん、ルートヴィヒ、高原の民によって消滅させられた。
うん、私も参加したよ?だって五体のうちの一体が目の前に落ちてきたんだもん。だったら反射的にやっちゃうよね?
勿論、鶴の一声は使わない。蜂の群舞でいたぶりながら、筍の階で串刺しにて動きを止め、最後は魔素で作り上げた筍の階を応用して作り上げた巨大な槍で串刺しにしてしとめた。竜は小さくなったといっても優にうちの長屋くらいの大きさはあって、それでも全然固くなかったので、さっくりとやることができた。
竜を全て倒すと、私たちはすぐに高原を出た。残っていると高原の民といろいろやりとりしないとならなくなりそうで、それが面倒くさかったから。そういったことについては管理者がまずは対応してくれると言った。その後で王宮が体裁を整えるようになるだろうとか。ありがたい。
私が学院に復帰したのは、高原から戻った翌週のことだった。もっと休んでいいと親には言われたけど、休む必要なしと思って学院に行った。だって私は学生ですからね。本分は学業でしょ。
王宮は、今回、世界に危機が来たことも、それが去ったことも広く知らせていた。世界が壊れ掛けたが、その修復のために王宮から少数精鋭を派遣し、その結果世界の危機は免れた、と。
誰を派遣したかまでは知らされてはいなかった。なので、両親の言う通りにもっと休んだら、というのは、同級生たちからするとただの休みでしかない。学院はさすがに事情は知っているとのことだったが、それでも私を特別扱いすることはできないだろうし。
つまりは、この欠席はただの欠席でしかないということで。
というか、家にいると情報が全く入ってこなくて、何かが起きていても取り残されそうで怖くてねー。私が知らないところで何かが進んでいたら嫌だったのよ。
高原から戻った翌週の日曜日の夕方に寮に戻ると、早速とマリちゃんが部屋を訪ねてきた。
マリちゃんはジェニファから私の無事をきいてはいたが、それでも直接会って確かめないと気が済まなかったようで、私の腕を何度もさすって、どこも痛いところはないかと繰り返し訊ねてきた。
私は苦笑しながら、大丈夫、何ともなってないよと答えた。
二人で他愛もない話をした後で、遅い時間になったところで、それじゃあね、とマリちゃんは部屋に帰っていった。
翌朝、マリちゃんと二人で食堂で食事をとり、学校にも揃って行った。前だったらジェニファが合流していたけれど、今朝はそうはならなかった。第三王女の娘だと公表した後なので、もしかしたら寮を出たのかもしれない。
家にいたのでは、そういう情報も入ってこない。
教室に行くと、私の姿を見るなり、クロウがやってきた。
「お前、本当に無事で良かった」
辺りを気にしながら、あまり大きな声にならないよう喋っている。んー、私が何故欠席しているかは、クラスの皆は知らないとマリちゃんからきいていたのだけど。
私が怪訝そうにしていたからだろう。クロウは言った。
「あにうえにきいた。貴族は皆知っていることだ。それで、あにうえに忠告されていてな。それをお前に伝えないとならないと思って」
「忠告?」
「ああ。事情を知っている魔法科の生徒たちがお前を見に来るだろうから、覚悟しておくように、と」
「はあ?何の覚悟よ?第一、学院の生徒は私のことを放っておくようにってお達しが出ている筈なんじゃないの?」
「そんなものが出ていても、皆が言うことをきくわけないだろうってことじゃないの?」
不意に、クロウの背後から声がした。
知った声だ。でも、ここにいる筈のない人の声。
私はクロウの後ろを見た。
レクスがいた。にこやかに片手を挙げてみせる。
「やあ、シホ。そちらの二人は友人かな?」
「何であんたがここに」
「いやあ、魔素術を極めてみたくなって。独学とかルートヴィヒおじうえに師事するとかいうのも考えたのだけど、どうせだったら高等学院で学んだらどうかって、おじうえが。それで編入することになったんだ。本当は年齢的にちょっと足りないけど、でも特例で一年に」
「でも、貴族が魔素術科だなんて」
「そうは言うけど、今年の魔素術科には伯爵家の令息が在籍してるってきいたよ?」
クロウは呆然としてレクスを見つめていた。多分だけど、レクスの美貌にあてられてる感じだ。
私はそこで気がついてマリちゃんを見た。六年前の出来事でマリちゃんもレクス・テウル・ガリエスには心の傷を負わされているた筈だが、マリちゃんはレクスに見とれていた。レクスがほほえみかけると我に返った様子で、
「あの、えっと、私、マリ・リーヌ・フォロっていいます。あなたはこのクラスに編入するんですか?」
「うん。僕はレクス・ドスポリフ。よろしくね?」
ドスポリフ、の名をきいて、マリちゃんは何か訊きたそうな顔をして私を見た。うん、ルートヴィヒと同じ姓だし、何かあるってわかるよね?
レクスは目敏く気がついて、
「君がシホの親友のマリちゃんなんだね。弟からきいている。六年前は申し訳なかった。君とシホとクラリィ師を危ない目に遭わせてしまった。そのときの僕は普通じゃなかったとはいえ、絶対にやってはいけないことをやってしまった。申し訳ない」
「あ、えっと、その……何でここに?」
それはつまり、神の煉獄に入っている筈ではなかったのか、ということだろう。
レクスは笑みを一段と深めて、
「その話はまたゆっくり話せるときにシホからきいて。もうすぐ先生が来ると思うし。シホ、よろしくね?」
レクスの声かけに、私はおざなりに返事をした。レクスは小さく笑って、
「そんな反応しないでよ。驚かせすぎたのは悪いと思ってるけど」
「そうじゃなくて……。レイドール公爵令嬢のことを思い出してただけよ」
王都で別れる最後の最後まで、公爵令嬢は私に敵愾心をむき出しにしていた。それはレクスが私にばかり話しかけていたから。彼女の執着は明らかにレクスに向いていた。……というか、彼女はガリエス先輩のことが好きなんじゃなかったの?
レクスは公爵令嬢が自分のことを好きなんだとわかっていてわざと私に話しかけていたのだと思う。ガリエス先輩も隊長も同じことを思ったらしく、レクスを何度か諫めていたけれど、レクスはにやにやしながら、こういうことははっきりさせておいた方がいいと思うから、と言ってとり合わなかった。……ていうか、何をはっきりさせた方が良いと?そのせいでどう考えても今私は碌でもないことになっている気がする。
「ああ、あの公爵令嬢のことなら問題ない。昼休みみたいに彼女が魔法科を抜けて出られそうな長い休憩時間には、フロリゼルがレイを連れて盾になってくれるらしいから、シホもその恩恵を受ければ、さっき話に出てた魔法科の物見高い連中から逃げられるんじゃないの?」
うむう……。確かにそうかもしれない。
が、実際に私を助けにきてくれたのはジェニファだった。彼女が第三王女殿下の娘で、新しく立てられることになる公爵家の当主になることは貴族たちの間では普く知られているらしく、昼休みの時間に魔素術科の廊下にたむろしていた魔法科の生徒たちはジェニファの前に道をあけるしかなかった。
「シホ、レクス、ちょっといいかしら」
高貴な人が醸し出すオーラを全開にしながら、ジェニファは教室の入り口から私とレクスに声を掛けた。
私はマリちゃんを見たが、マリちゃんは頷いてみせた。
「大丈夫。先週にもう話をしてて、今日はこうすることになってたから」
えー、私、初耳なんですけど。
私とレクスは魔法部の部室に案内された。
そこにはまだ誰も来ていなかった。レクスが小首を傾げる。
「フロリゼルたちも来ていると思ったんだけど」
「ガリエス先輩とファラーグ先輩はじきに来るわ」
ジェニファの一言で納得して、レクスは窓際の席に座った。
そんなレクスの様子を確かめてから、ジェニファは私に言った。
「シホ、お帰りなさい。無事で本当に良かったわ」
「うん、ありがとう、ジェニファ。王都も結構揺れたんだって?なんか迷惑かけたみたいでごめんね」
「迷惑だなんて。ハーヴェロイ王子にきいたわ。あなたは勇敢だったって。本当に、世界を救ってくれてありがとう」
「あー、いや、そういうのいいよ。なんか調子狂う。しかも、ハーヴェロイ王子がそんなことを言ってたとかさ。そんなことよりも、タロちゃんはどうしてる?最後に別れたとき、レイドール公爵令嬢がいろいろ言ってたけど」
公爵令嬢は、タロちゃんがレイドール公爵家がその救出を悲願としていたタロス王子であるとわかって、是非レイドール公爵家に来るようにとしつこく言い募っていたのだ。
ただ、公爵令嬢は神の台座で魔の囁きに乗って私を刺したり、レクスへの執着を隠さずに見せたりといったこともあって、今はその精神がまともではないと皆が判断し、タロちゃんがラウトゥーゾ家に戻れるように動いた。特にアンリウォルズ先輩が率先して公爵令嬢を諫めていた。
あれからどうなっただろうかと気にしていたのだが。
ジェニファは苦笑しながら、
「タロスは今のところはうちにいるわ。うちが公爵家に叙爵されたらどうするかっていうのは今検討されているところだけど」
「タロちゃん、ジェニファの家にはいられないの?」
「本当はいてほしいのだけど、それだと他の公爵家が納得しないの。新興の家にテウル最初の王の子を預けるのは荷が重いって。タロスが新たに家を立てることも検討はされているけど、恐らく一代限りになるだろうし……。ただ、今、前向きに検討されている話があってね。シトゥノールという公爵家がもう絶えるところだったのだけど、そこの当主がタロスを養子に迎えたいと言っていて」
ジェニファが心なしか嬉しそうにしているのが私にはわからなかった。
「その家って良い家なの?」
「ええ。テウルがこの世に生まれる前から続いている家で、最古の王族って言われているの。今の当主には子どもがいないけど、妹君に孫がいて、その子に跡を取らせることを考えているけど、まだ幼すぎるからその中継ぎにって。タロスもその家のことは昔から知っているから、満更でもないみたい。ただ、レイドール公爵家が難色を示していてね」
「あー、先祖がタロちゃんの弟とかっていうんだったっけ」
「ええ。どれほどあの家が熱心になっても、タロスはきょうだいの子孫に迷惑をかけるわけにはいかないからって言っているから、そちらに行くことはないだろうけど。第一、あの家にタロスが行ったとしても、どんな立場になるかが問題でしょ。あの家の跡取りになるわけにはいかないし」
「でも、レイドール公爵令嬢ってアンリウォルズ先輩のところに嫁に行くんでしょ?」
「兄君がいるの。公爵家の跡取りには申し分ない人がね」
「そうなんだ。……そうだ、レイドール公爵令嬢といえば、あれからどう?王都で最後に別れたとき、様子がおかしかったんだけど」
ジェニファは窓際のレクスを気にしながら、
「表面上は落ち着いているわ。ただ、内心では何を考えているかはわからないけど」
「そうなんだ……」
「ヴィオレットは嫁に出せばおとなしくなるよ」
レクスが窓の外に目をやったまま不意に言った。
「ジェラルドって言ったっけ?アンリウォルズ公爵家の婚約者のもとに嫁がせればそれで大丈夫だ」
「あんた、他人事なんだね?」
私が言うと、レクスは気怠そうに、
「そりゃそうだよ。公爵令嬢の婚儀の話なんて、他人事以外の何者でもない」
「でも、彼女はあんたのこと好きみたいなんだけど」
「まあ、昔からそういう感じはあったけど、そんなの高位貴族の子女には幼い頃にしか許されない気持ちだよ。それはヴィオレットもわかっている筈だけどね」
「昔から、っていうけど、私、てっきりあの人はガリエス先輩のことが好きなんだと思ってた」
「フロリゼルのことが?んー、そう言われてもなあ……。僕があの生き人形に捕らわれていたりした間に何があったのかわからないけど、僕がフロリゼルと一緒に公爵家の集まりに行ったときには、ヴィオレットは明らかに僕に好意を向けていたから」
「じゃあ、途中で好きな相手が変わったとか」
「そんなこと言われてもなあ。……あー、待てよ、それでフロリゼルがあんなこと言ってたのか」
「あんなこと?」
「ああ。高原で戦いが終わった後、フロリゼルがアンリウォルズ公子と話しているのがきこえたんだ。自分はレクス兄上の代用品でしかないからって」
「代用品……」
私とジェニファは顔を見合わせた。
「そんなことであれだけもの迷惑を被ったなんて、ガリエス先輩が気の毒ね」
ジェニファが呟くのをきいてレクスが反応した。
「何、フロリゼルが何か困ったことになったのか」
あれ、今なんか、殺意みたいなものを感じたんだけど。
私はジェニファを見た。ジェニファも私を見ていた。その眉間には皺が寄っている。どうやら同じことを感じたらしい。
なんか、詳しいことを教えたらレクスの怒りが沸き立ちそうだなあ。どうしよう。誰かこの人を宥めて。
そのとき、部屋のドアがノックされた。
「すみません、遅れました」
入ってきたのは、ガリエス先輩とファラーグ先輩だ。ナイスタイミング。
二人は料理が入ったバスケットを持ってきていた。
レクスはガリエス先輩の顔を見るなり、それまでの剣呑な様子を一変させてにこやかに、
「うん、待ってたよ。食事にしようか」
やれやれ、これで悪い空気は回避できた。
その後、レクスは注目を一身に浴びながらも、魔素術科でぐんぐん成績を伸ばしていった。その成長に、私はうかうかしていられないと思い、精進を積んだ。
レクスはそんな私に、龍の咆吼を撃てる術師に敵うまでにはなれないと思うけど、といつも笑っていた。
そしてレイドール公爵令嬢は一年目が終わりアンリウォルズ先輩が卒業すると同時に学院を辞め、アンリウォルズ公爵家に嫁いだ。
レイドール公爵令嬢の在学中、何もなかったわけではない。レクスは魔素術科なので魔法科のレイドール公爵令嬢と顔を合わせることはほとんどなかったが、たまに出くわしたときには明らかに公爵令嬢の様子はおかしかった。
そしてどういう巡り合わせか、そういうときには必ず私がレクスと一緒にいて、そのたびに公爵令嬢から睨まれた。いや別に二人きりで行動してたわけじゃないんだよ。レクスは誰が相手でもそういう状況になるのは避けていて、必ず三人以上で動くようにしていた。例えば私とマリちゃんが一緒にいたところに加わるとか、私とジェニファが一緒にいるところに加わるとか、私とクロウが一緒にいるところに加わるとか。
なんか、私がいるグループに必ず加わるようにしていて、そしてそんなときにレイドール公爵令嬢に目撃される、と。そしてその都度公爵令嬢に私が睨まれる、と。
まあ、睨まれるだけでそれ以上のことはしてこなかったけど、それでも気分のいいものではない。
そのことをガリエス先輩に愚痴ると、先輩は苦笑して、
「レクス兄上はシホを信頼してるから。シホだったら自分に悪いことを仕掛けてこないだろうと。それで、シホの傍にいようとしているんだと想うよ」
「悪いことって?」
「まあ、いろいろと……。兄上はああいう人だから、昔から苦労してきているんだ」
「あの性格だからってこと?」
「そうじゃなくて。あの見た目だからってこと」
私はガリエス先輩をまじまじと見つめた。この人も容姿で苦労してきているのだときいている。だから同じ苦労をしてきた兄のこともいろいろわかるんだろうなあ。




