160 残っていた大物
いきなり敵が目の前で絶対の攻撃態勢でいるのに面食らったが、勘で防御を展開していて命拾いしたことはわかった。
私は一緒にいたタロちゃんとレクスのことを確認した。二人は私が展開した亀の甲羅の後ろにいて無事だった。
私が二人に声を掛けるよりも前に、竜は口の奥から炎を吹いてきた。私は自分たちを覆うように天球を展開した。天球だと熱の出入りも防ぐことができるからだ。
天球のおかげで竜の炎は完全に防ぐことができた。だが、身動きがとれない。
亀の甲羅越しに見ると、私たちは神域の中、煉獄があった辺りに出たらしかった。らしい、というのは、魔法使いたちが入っていた白くてでかい繭が全て破壊されて下の部分しか残っていなかったのと、少し離れた場所に神域の石造りの建物が見えたからだ。
「あー、こいつ復活してたのか」
レクスが半ば呆れたように言った。
「俺たちが戻るまでは凍結がもつと思ってたのに」
「世界の安定にどれくらいかかるかわからないのに、よくもそんな胸算用ができたな」
タロちゃんがため息混じりに言う。が、レクスは、
「そんなこと言ったって、煉獄の中できいたことだと、煉獄を出た魔法使いが世界の芯に直接魔力を流し込めばすぐに世界はしっかりするってことだったからさ。あんたも同じことを聞かされただろう」
「それはそうだが、あそこを出てからいろいろなことを見聞して、俺はあそこで聞いたことをそのまま信じられなくなってたからな。それで、これからどうするかだが。シホ、この天球は維持できるか」
「全然問題ないよ。いくらでも続けられる。けど、それだとこっちから攻撃できないんだよね。魔素術で攻撃しないと意味ない相手なんだから、私とタロちゃんが討って出た方がいいと思うんだけど」
確認できる限り、竜討伐に動いているのは、クラリィ婆ちゃんとルートヴィヒ、ガリエス隊長、ガリエス先輩、アンリウォルズ先輩、あとはカナエやユートを含めた高原の民が何人か。レイドール公爵令嬢は何故か蚕の繭でぐるぐる巻きにされて、怪我で動けないらしい高原の民に亀の甲羅で守られて神域の建物の傍にいた。
高原の民が攻撃に参加しているのはいいが、メンバーを見るとそんなに強力なことができる連中ではない。ていうか、高原の民の追加人員はきてないの?
「高原の民が攻撃に参加しても意味がなかったということか?」
タロちゃんの呟きに、レクスが否定する。
「いや、竜の体に何カ所か傷がついてる。魔力が漏れているから、何の意味もなかったというわけではないようだ」
それに対してホリィがのんびりと、
「それでも、決定打にはなれていないってことよねえ。これって、高原の民の追加戦力が来ても意味がないってことかしら。やっぱりシホたちが参加しないとダメなんじゃないかしらね」
「というか、私が竜の咆吼を撃てばいいんでしょ」
「あんたはまたそういうことを言う」
「だってそれが手っ取り早いじゃない?まあ、避けられないようにしてくれないと、さすがに何度も立て続けに撃つことはできないからさ」
「とりあえず、あんたの術は最後の切り札にしておきましょ。シュル?」
「うん、わかってる。シホ、僕が結界を張るから、その瞬間に後ろに跳んで竜から距離をとって」
そうしてもらえれば確かに助かる。亀の甲羅とか天球とかを張ったままだと素早い移動というのは難しいから。でも、
「任せていいの?」
「勿論。結界とか空間の維持は僕の特技だからね」
そう言えば、ストームでもそうやってシュルは力になってくれていたと思い返す。
「わかった。それじゃ、一、二、三で守備の切り替えをお願いね」
私たちはその場で打ち合わせ、その通りに私は天球も亀の甲羅も解き、間髪入れずシュルが結界を張った。それと同時にタロちゃんとレクスは両方から私の腕をつかみ、後方へ魔法で飛んだ。
竜から一気に距離はとれたが、何も言われていなかった私は面喰らった。
「ちょっと、何なの、いきなり。自分で飛べるわよ」
私は少し慌てて抗議したが、タロちゃんは仏頂面で、
「こっちの方が確実だろう」
「そうだよ。君の腕前は確かだと思うけど、ちょっとしたタイミングのずれで大きな損害を受けるっていうことはあるから」
へらりとレクスが言う。んー、態度は軽薄なんだけど、品のある顔立ちのせいで、趣のある感じになってる。何だこれは。
何故か苛立ちを感じながら私は言った。
「そういうことなら……。でも、だったら早くにやってよ」
「まあそうなんだけど、こっちの彼がどういうつもりかわからなかったし、いきなり動いて竜を刺激しかねないと思ったしさ」
「レクス兄上!」
頭上から声が降ってきた。魔法で声を届けている。見上げると、ガリエス先輩がいた。こちらに近づいてはこない。竜に向けて障壁を張っている。
レクスも同じ方を見上げて、魔法で自身の声をガリエス先輩に届けた。
「丁度良かった、フロリゼル。状況を教えてもらえないか」
「兄上が凍らせた竜が動き出したんです。神域に残っていた者のうち魔素術を使える者で対応していたんですが、倒すところまでにはなれなくて。せめて魔法で凍らせようと思ってアンリウォルズ先輩たちと魔法を使ったんですが、兄上がやったみたいに凍らせることができなくて、逆に魔力を吸収されて」
「馬鹿だなあ。竜を直接凍らせようとしたら魔力をとられるって。俺がやったのはあいつの周りの空気を凍らせて、それであいつの体を氷で覆ったんだ。まあ、あいつの体本体を凍らせるよりもかなり強固に凍らせないといけないから苦労はするけど。ところで、あそこの彼女は何をしてるんだ?」
レクスがレイドール公爵令嬢を顎で示す。彼女は天の繭に首からしたをすっぽり覆われて拘束されていた。
ガリエス先輩は淡々と、
「こちらに戻ってきたときに錯乱していたので、仕方なくあの措置に。アンリウォルズ先輩の話だと、神の座でよくないモノに唆されておかしな行動に走ったとか」
「なるほど。じゃああの辺りにはなるべく攻撃がいかないようにするか」
「ハーヴェロイ王子はどうした」
タロちゃんがガリエス先輩に訊ねる。ガリエス先輩は戸惑ったように、
「王子は竜の尻尾の方にいます。竜を神域から出すまいとして、竜の尻尾に巨大な岩を落としたんですけど、竜の尾の一振りで砕かれ、そのかけらが直撃して動けなくなってしまいました。今、護衛が王子を守りながら従者が治療を施しています」
護衛?そういえば今までどこに行っていたんだ。
「護衛と従者は高原の民の集落に行っていたんだそうだよ。王子に頼まれて民を守れと言われて。彼らは行ってはみたが、集落の方は完全に守りに入っていて、外からの助けを必要としている様子はなかったと」
「そりゃそうでしょ。独立不羈を旨とする連中だよ。いきなりやってきた外の連中に頼るわけがないわ」
「ああ。逆に攻撃されて、それでこちらに来たらしい。来るのにかなり苦労して、それで時間がかかったとか」
「護衛っていつもついている人よね?従者は魔法使い?」
「いや。お前のクラスメートだ。モノルムにも来ていた」
ああ、ディエールか。その二人連れなら苦労するだろう。魔獣がうろうろしている樹冠の上を行くことはできず、神域の森の中をまともに陸路で行くしかなかっただろうから。
「とりあえずどうするか、だな」
タロちゃんが考え込みながら言う。私はかぶりを振って、
「悩むことないわ。私が鶴の一声を撃てばいいでしょ。逃げられないように竜を足止めしてよ」
「馬鹿を言うな。お前があれを撃ったら、かなりの負担がかかるだろう。それはさせられない」
「でも、死ぬわけじゃないし。ちょっと気を失うだけだよ。今なら竜を倒せば他に敵はいないし、気を失っている間の身の安全を心配しないといけないっていうわけじゃないでしょ。タロちゃん、何かあったら守ってくれるよね?ガリエス先輩たちだっているし」
「そういう問題じゃないわよ」
ホリィが呆れたように言った。
「こんなところであんなものを撃ったら、安定したばかりの世界が揺らぐわ。それで崩れるということはないけど、それでも国境ではいろいろな現象が起こるでしょうし」
「神々も良しとはしないよね」
シュルまで言う。
ガリエス先輩が言った。
「高原の民の力を集結させれば何とかなるということじゃなかったか。それで対応したらいいのでは」
「それは、高原の民全員が力を合わせて一点に鶴の一声を撃ったら可能性はあったでしょうけど、王子の護衛たちが集落に行って、向こうは守備を固めたんでしょ。そんなになったら外に出てこないわ」
「だが、魔素術しか効かないというのであれば」
「あとは、王宮の魔素術師を全員運んで来て事に当たるとか?」
レクスが言った。
「俺とお前とで王宮に移動して、またここまで転移陣を使えばかなりの人数を運べるだろう」
「残念だが、ここまで転移陣で入ってくることはできない」
タロちゃんが言った。
「転移陣で来ることができるのは高原の境までだ。だからこそ、王宮はいつもここの様子を伺いに馬車で人を派遣していた」
「なるほど。……うん?そう言えば、竜って小さいのが二体いたよね?それはどうなった?」
「それは僕が戻ってきたときには倒されてた」
ガリエス先輩が言った。レクスは小首を傾げながら先輩を見る。
「ここにいる高原の民だけで出来たってこと?」
「ルートヴィヒおじうえとクラリィ人形師がかなり力を尽くしたらしい」
「なるほどねえ。小さいやつだったらやれるのか」
「だとしても、あんな小さな竜、どこから出てきたんだろうな」
タロちゃんが首傾げながら言う。
「普通、煉獄の試練を耐えられなかった人間の魂は一体の竜に纏められるまで動かない筈なんだが」
「あれは普通に纏められたものではない」
いつの間にか、管理者が傍にいた。っていうか、天球って通り抜けられるの?
「魔が、大きな竜に合流する前の魂たちを竜として構成したものだ」
「連中にもそんなことができるんだ?」
「まあ、あれらはモノによっては神々と似たような力を持っているからな」
「魔はもうこの辺りにいないっていうことでいいのかな」
レクスの問いに管理者が答えようとしたとき、空から声が降ってきた。
「みんな、何で先に帰っちゃうんだよー!」
ラヴィが空からものすごい速さで落ちてきた。私が張る天球の上にぺったりと座る。
「みんなとはぐれて、世界の芯に行ったらきっと来るだろうと思って待ってたのに、誰もいないし。なんだか世界もしっかりしてるし。もしかしたらシホたちはあそこでの仕事を終えて外に出たのかもと思って来てみたらさー!」
ラヴィは延々と文句を言おうとしたが、それをガリエス先輩の声が遮った。
「兄上、シホ、竜の攻撃がくる。気を付けて!」
竜の喉の奥から炎が渦巻いて出てくるのが見えた。天球で防げると思って私は何もしなかったが、
「シホ、危ないー!」
と言いながら、ラヴィが竜を横合いから尻尾で殴り飛ばした。竜は何も抵抗せず吹っ飛ばされていった。
竜はラヴィを見たが、二度、三度大きく振るえた後、炎を口から吐き出すと動かなくなった。まさかあの一撃でやったのか、と思ったが、竜はすぐに起きあがるとラヴィに向かっていった。
竜がラヴィに衝突する前に、二体の間に魔法の障壁が出来た。
竜は障壁にぶつかってはねとばされると、今度はこちらを見た。障壁はレクスの仕業で、それがわかったらしい。
「さすが、魔法使いの集合体だなあ」
レクスは少し呆れた様子でため息をついた。
「どうする?僕がやっちゃおうか?」
ラヴィが嬉しそうに言う。いや、あんた何でそんなに嬉しそうなのよ?ていうか、あんたにどうにかできるの?
タロちゃんはかぶりを振って、
「お前が本気を出したら、世界の安定がまた揺らぎかねない。それに、あれを構成してる魔法使いたちの魂が完全に消滅するかもしれない」
「それはそうかもしれないけどさー、手加減するから大丈夫だと思うよ?」
ラヴィは明るく言うが、ホリィがため息混じりに、
「あんたが手加減?冗談はよしてよね。あんたが炎をちょっと吐いただけでものすごいことになるっていうのに?」
「炎は、まあ。雷も……まあ?力を直接ぶつける……のも確かにそうだけど。あ、でも、そういうんじゃなくて、あれをいくつかに切り分けることはできるよ?」
「あんたねえ、あれにそんなことしたら数が増えちゃうだけでしょ?」
「でも小さくなるよ?それならやっつけやすいんじゃない?」
「それだ!」
レクスが小さく声を上げた。
「あいつを小さくできれば、ここにいる魔素術使いだけで何とかできる。龍の咆吼を使う必要もない」
「じゃあ、俺とルートヴィヒとクラリィ師と……高原の民とで何体の相手ができるか?」
「私もやるってば」
何故か私が除外されていたので言うと、タロちゃんは私をじろりと見て、
「でも、お前、どうやって攻撃するんだ。あれをやるのには多分鶴の一声くらい使わないといけないだろうが、お前だと鶴の一声は龍の咆吼になるんだろう」
「加減するってば」
「えー、それは無理だと思うなー」
ラヴィがにやついた声で言う。
「シホは大きな力を使うことが癖になってるんだよ。僕と一緒ね?」
「そんなの、鶴の一声使わなくても、蜂の群舞で何とかするわよ!」
私は抗議したが、ヴィーナがため息混じりに一蹴した。
「あなたは見ておいでなさいな。高原の民でも動けない者もいるし、あの公爵令嬢だっているし、その辺りの警戒のためにね」
そしてタロちゃんはヴィーナと一緒に私たちから離れていった。クラリィ婆ちゃんたちに合流するのだと言う。
二人はガリエス先輩が先導していった。
竜がそれに目を向け、飛びかかろうとしたが、ラヴィが前に出て竜の体を前足でおさえつけた。あの短い前足で何でそんな芸当ができるんだと思ったが、どう見ても前足で押さえつけているように見える。
「お前の相手は僕だよ。今から切り刻んでやる」
「ダメよ、いくつに切るかは決めておかないと」
ホリィが諭すと、ラヴィは、そうだね、と言って、クラリィ婆ちゃんたちの方に行ったタロちゃんに声を掛けた。
「ねえタロス、こいつを幾つに切ればい?」
「最低四つで頼む」
「わかったー!」
ラヴィは大きな声で返事をしてから、
「じゃ、ちょっと僕も行ってくるね。シホたちはそこにいて」
と言って、少しだけ空に上がっていった。竜の視線がそちらに上がる。
と、次の瞬間、ラヴィが竜に向かって急降下し、その胴体を掴んで空に飛び上がった。
「じゃあちょっと解体してくるー!」
言いながら、ラヴィと竜の姿は見えない高みまで上がっていった。私は
それを見送るしかなかった。レクスも私と同様に空を見上げていたが、私が竜の反応が小さくなるのを感じとったのと同じタイミングで私に言った。
「これで何とかなりそうだな」
「あ、うん」
答えながら私はレクスに向けた。レクスはふんわりとほほえんでいた。んー、この家の人たちって何でこんなに顔が良いんだ。
私は思わず目をそらし、そして私を睨むレイドール公爵令嬢とばっちり目線が合った。
いやだから、何でそうなるんだ。このひと、ガリエス家の人だったら誰にでも恋慕するってことなのか?




