159 帰還
私が最初に流し込んだわずかの魔力で世界の回復は進んでいたが、それを早めたくて私は魔力を流し込み続けた。
私の回りでは音にもならない叫びが上がり続けていた。それらはすべて「魔」と呼んでいたものだと今の私にはわかった。今聞こえているのは、神々が統べる世界が復活することについての妬みや悔しさからきた叫びなのだということもわかった。
魔は私の体に入り込もうとし続けた。羽衣の力でカバーできていない部分から入ってこようとしたものについてはまだ違和感で済んでいたが、それも鬱陶しくなってきたので、全身を覆うように天球を設置した。
そうすると、魔力を注ぎ込める量が少なくなった。やっぱり、天球を維持するために魔素を操るのと、世界を元に戻す為に世界の芯に魔力を流し込むのと同時に行うのは難しいらしい。
どちらかを選択しないといけない。となれば、選ぶのはこちらしかない。
私は天球の大きさを小さくした。右手だけを覆うくらいの大きさに。
同時に、私の体をまた別の力が覆った。
「ごめん、連中を追いやるのに少し力を回してた」
シュルの声が私の耳元でした。そのすぐ傍でレオナルドの声も聞こえてきた。
「馬鹿か、お前は。己の務めを果たせ」
レオナルドの声は苛ついていて、でもそれはシュルに向けられていた。
「お前はこいつが持つ花ダイスを守るために遣わされたんだろう」
「わかってる。ここからは頑張るから。シホも天球で自分を守っていて。ここは普通の空間と違ってあいつらの力がちょっと変な風に働くから」
「でも、それじゃ世界に力を流せないわよ」
「花ダイスを守るのも大事なことだ。世界の復活に必要なことは、当面こいつがやる」
こいつ、と言ってレオナルドが目を向けた先にはレクスがいた。
気がつかなかった。
「俺が連れてきてやった。世界との繋がりがないくせに、世界の崩壊に影響されまくって、恥ずかしいやつめ」
「いや、面目ない。煉獄の中できかされていたことだったのに、いざ実際にそうなってみると、なかなか世界の状態から自立しているってわけにはいかなくて」
「言い訳はいらん。さっさと魔力を流し込め」
「わかってるって」
レクスは私が魔力を注ぎ込んでいた地点に自身の魔力を流し込んだ。そうしながら、私たちの周りに纏わりつく魔にも魔力を帯びた光を飛ばし、撃退していく。
レクスのそんな器用な芸当のおかげで、魔力は世界の芯にも供給され、私は世界が更に広がっていくのを感じることができた。
レオナルドも同じことを感じ取ったらしい。
「後は、世界を固めるのに魔素を流し込んでやらんとな」
「固める?」
「ああ。世界を広げるのには魔力が必要で、世界を維持するには魔素が必要なんだ」
そう言えば誰かがそんなこと言っていたような?
「魔素を流し込むのは私がやるよ」
シュルもいるし、天球で自分自身をすっぽり覆っていて魔をよせつけなくなっていて安定したので、もう大丈夫だろうと思って申し出たのだが、レオナルドはすぐさま否定してきた。
「お前はおとなしくしていろ。魔素を流し込む要員はすぐに来る」
「待たせたかしら?」
ヴィーナの声が不意に上方からした。声のした方を見ると、神衣を身につけたタロちゃんがゆっくりと降りてくるところだった。
「お前、変なのに絡まれてるのな」
言いながら、タロちゃんも近場に漂っている黒い靄に魔法で小さな雷をとばしていた。靄はほとんど失せていた。
「助かったよ、二人とも。ありがと」
「これくらいはなんてことはない。お前はそこでおとなしくしていろ。くれぐれも天球を解除しようとか考えるなよ」
タロちゃんは私の次の行動を見透かしたように言った。
「後は俺が何とかする」
「そんなに気負わなくてもいいわよ。ここから注いだ魔素は普通に増えて世界に広がっていくから」
タロちゃんの襟元から顔を覗かせたヴィーナが言う。タロちゃんは頷いて、魔素を世界の芯に注いだ。しみ入るように魔素は世界に広がっていった。それが、この場所だとはっきりと感じ取ることができた。
その間もレクスは世界に魔力を注ぎながら、同時に魔法でそこらへんにいた靄を駆除し続けていたので魔は消えていた。
辺りは明るい月夜のような暗さになり、どこまでも見通せるようになった。
どこまでも。
そこで私は気がついた。
「ガリエス隊長たちはどこに行っちゃったの?探しに行かないといけない?」
「さっき、管理者が引き上げていったよ」
私の肩に乗っていたシュルが言う。私は首を傾げた。
「さっき?」
「そう、さっき。なんか慌てた様子だった。ものすごく乱暴に四人をまとめて飛んでいってた。もう世界の座を出てるよ。管理者ごと気配がない」
四人、ということは、ガリエス隊長とアンリウォルズ先輩とレイドール公爵令嬢、それにハーヴェロイ王子全員を連れていったのか。でも、慌てた様子だったって、何で?ここから出た、ということは神域に戻ったんだろうけど。
「もういいんじゃないか」
しばらく力を注いだ後、レクスが言った。レオナルドが頷いて、
「ああ、確かにこれで大丈夫だ。後は俺が作った装置で維持できる」
そこで、レクスだけでなくタロちゃんも力を止めた。
「じゃあ、これで帰れるってこと?」
「そうね、帰りましょ。シュル、頼んだわよ」
ホリィが明るく言い、シュルが高らかに鳴いた。
が、それにレオナルドが待ったをかけた。
「待て、帰る前に俺の体をどうにかしろ。いい体があるとさっき言っていたが」
ホリィは軽い調子で、
「ええ、あるわよ。とりあえずついていらっしゃいな」
「だが、この状態で外に出ると消耗する」
「じゃあ、私の中に入ったら」
ホリィはぱかっと口を開けた。レオナルドは頷いた。
「わかった」
「待ってくれ、お前、帰らないのか」
タロちゃんが険しい表情をして訊く。
「お前が帰らないと装置の操作とか維持とか、いろいろと大変になるんだが」
「当然戻るさ。だが、体がないとな。新しい体を得るのにそんなに時間はかからないんだろう?」
レオナルドに問われて、ホリィはいったん口を閉じてから言った。
「勿論よー!何だったら、新しい体の持ち主にはここを出てすぐに話をつけられるわ。羽衣を回収した後だったら、私だけレオナルドを連れて王都に戻れるし、明日とはいわず今日中に新しい体にレオナルドを入れられるかもよ?」
んー、新しい体って出来の良い人形のことよね?その持ち主が近くに来てるってこと?もしかしたら神域にまで?
「よし、それではそういうことで」
レオナルドが言い切り、ホリィが口を大きく開けた。レオナルドが振り返りもせずに中に入ると、ホリィは一度口を閉じ、そうして言った。
「じゃあ、帰りましょ」
それを待ちかまえていたかのようにシュルが鳴き、私はめまいに襲われた。
それが収まったとき、慣れた空気感に包まれていることに私は気づいた。が、それを実感するのとほぼ同時に無意識に亀の甲羅を展開していた。
そしてすぐさまものすごい衝撃が来た。何かがぶつかってきた?風とかそんな感じのものが。
「でかした!」
アンリウォルズ先輩の声が響いた。
何事?と思ったときには、亀の甲羅を隔てたすぐ眼前で竜が大きな口を開けているのが見えた。




