158 無限の世界から来た者のマインドセット
今度こそ完全な闇だった。でもおかしなことに、誰がどこにいるかわかった。見えないけど見える感じ。
誰がいるかっていうのは、近くにいるレクスとかだけじゃなくて、世界の座の傍にいるクラリィ婆ちゃん、だけではなく王都にいる両親やマリちゃんとかまでわかった。皆が渾然一体になっているけど、それでもそれぞれがそれぞれとしている。
レオナルドの声がどこかから響いた。
間に合わなかった!世界が壊れた!
うん?壊れたって何が?今、私は存在してるし。何だったら触感もあるし、光だってだんだん感じられるし。
そもそも、ホリィとかまでしっかりいるじゃん。
ホリィの他に、シュルもラヴィもいる。
すると、ホリィの声が近くで聞こえた。
「やっぱりあんたって、前世で生きていた世界の概念を根強く持ち続けてるのねえ」
声とともに、その姿がぼんやりと薄明るく見えてきた。ホリィは私のすぐ傍にいた。
「何でそういう話になるの?」
「だって今、世界が壊れたってきいても、全然実感ないでしょ」
「そりゃあね。だって、世界はあるもの」
「そこよ。今、この世界で生きている人間の中で、そんな風に感じ取れているのはあんただけよ。確かに、世界は壊れたけど世界はある。でも、この世界の他の連中は皆、世界の混乱の中で世界が終わったと思って輪郭を無くしてるのよ」
「それは自分自身でってこと?何でまたそんな」
「だって、この世界のほとんどの人間は世界に果てがあってなくなることがあるんだっていうことを魂の底に焼き付けて生きてるんだもの。だから、自身の輪郭を保てなくて他と一緒になってしまおうとしている。でも、あんたは世界が無限で滅びるなんてことはないっていう前世の記憶が根底にあるから、今こんなことになっても世界がなくなったなんて信じてない、だから自身の輪郭を保つことができてる」
ホリィは私の頭の上に載った。
「そういうマインドセットを持ってるだろうからっていうこともあって、私が作った羽衣の持ち主の条件を、私が前世で暮らしていたのと同じ世界の住人の魂の持ち主であることにしたのよ」
「ああ、なるほどねえ……」
私は薄く光る羽衣に目をやった。
「つまりこの羽衣って、世界がこんなになったときに回復させるための力があったりするんだ?」
「そうね。世界の座に直接羽衣を触れさせて魔力を流せば、すぐに世界は元のようになるわよ」
「……そんなに効果抜群なら、最初から明らかにしておけば、私が神域に行くのももっとスムーズだったんじゃないの?」
変な貴族家とか高原の民とかに邪魔されることなく。
「そんなことしたら、神々に反逆する連中がすぐに邪魔しに来るでしょ」
「何も言わなくてもユゲリアは来てたじゃん」
「神々の邪魔をしてくるのはあいつだけじゃないのよ。あんただってわかってるでしょ」
確かに。魔、と呼ばれる存在はあれだけではない。もっといる筈だ。
「そういった連中は今こそ世界を乗っ取る好機と思ってるでしょうね」
「乗っ取る?」
「そう。あの腐れ人形も言ってたじゃない。自分が世界を創るんだって。そういうのを実現させようと思ったら、元々あるものを乗っ取るのが一番じゃない。でもって、あんたが持ってる花ダイスはそれを実現させるのにちょうどいい道具なのよ」
ホリィが言ったその瞬間、羽衣が何かに当たり、弾く感触がした。
「え、何?」
「だから、花ダイスを狙ってきた奴らがいるってことでしょ」
羽衣には次から次へと何かが当たってきた。私の体にも何かが当たる。けれど、そちらは弾かれることはなく、中に入り込んでくる感じがあった。違和感を覚えた後、右手に激烈な痛みが襲ってきた。
「何!」
私は反射的に右手に魔素を集中させた。子どもの頃からやっていることだ。痛みがあるところに魔素を集めると、和らぐというのは経験的にわかっていたことだ。
痛みはなくなった。和らぐ、ではなく、完全に。いつもの痛みの引き方と違う。
「油断しちゃダメよ、連中はその花ダイスを狙ってるんだから」
ホリィが言う。
「今のうちに世界の座の中心に力を流し込みなさい」
「でも、それってどこにあるのよ。見えないわよ」
「見えなくても大丈夫でしょ」
今度はシュルが突然私の目の前に現れた。体がうっすらと光っている。
「シホは花ダイスを持ってるんだから。それに似た感じがどこかにあるはずだよ」
「似た感じって?見えないのにどうやって」
「見るんじゃない、感じるんだよ」
簡単に言ってくれるなあ、と思ったが、今ならそれはできそうとも思った。だって、遠く王都にいる両親とかマリちゃんのことだって感じ取れることができているんだから、もっと近くにある筈のモノについて感じ取れないこともないんじゃ。不安なのは、それが何かよくわかっていないのに探さないといけないことなんだけど。
だが、案外簡単にそれは見つかった。説明は難しいけど、そこは他の場所とは違う何かがあった。私はそちらに向かった。その場所の周りには何もいなかったし、誰もいなかった。でも、そこに右手をかざすと、ないモノがあると感じ取れた。
ホリィが言った。
「よくやったわ。間違いなく、ここが世界の芯よ。ここから出ているもので世界はこの場所と繋がっているし、星辰はこの世界と繋がっているわ」
私は無の中心に向かって魔力を流した。そこには薄い膜がかかっていて少し邪魔をされたが、そんなのはすぐに突き破った。
私が流した力はどこかに流れ込み、そしてここではない遠い場所で何かが膨らんでいくのが感じ取れた。
やがて、それまで何となく感じ取ることができていたいろいろな存在の気配が、私の感覚から消えていった。両親やマリちゃんもじきにいなくなる。
世界が元に戻っていっているんだ、と私は実感した。
その瞬間、空間に幾つもの叫びが沸き立った。




