157 世界と繋がっている者いない者
レクスは私たちとガリエス先輩の間にいったん降りてきたあと、すぐさまガリエス先輩に向かって跳んだ。先輩の周りにまだ残っていた黒い靄に向かって光を放つ。聖魔法、ときいたあれだ。
靄は薄れて散っていった。それと同時にガリエス先輩の体が上半身が倒れ込むようになり、そのまま下へと落ち始めた。
私もレクスもそれを追い、どこまでも落ちていこうとする先輩の体をそれぞれが掴むと、二人で力を合わせて先輩を引っ張り上げた。
「フロリゼル、起きろ。こんなところで寝るな」
レクスが先輩に声を掛けるが、先輩は動かない。ホリィが言う。
「まずいわよ。ここで意識を失ったままでいると、この空間に意識が溶けてしまいかねないわ」
「意識が溶けたらどうなるの?」
「世界と同一になって人として戻ってこれないわ。体は息をしてても、意識は戻らない」
「それじゃどうしたら」
「目を覚まさせるしかないだろう」
レクスは険しい表情をしていた。フロリゼルの頬を軽く叩く。
それでも先輩は目を覚まさなかった。
ホリィも声に焦りを滲ませながら、
「少しでも早くここから出した方がいいわね。シュル」
「えー、僕が連れていくの?さっきのあいつだって完全に消えたわけじゃないし、僕がいなくなった途端にまた出てきてシホを襲ったらどうするの」
「俺がいたんじゃ守りには足りないか」
レクスが言うが、
「んー、悪くはないけど、やっぱり万全とは言えないよね」
「それじゃ、あんたが連れていってくれないか」
レクスに話を振られて、ホリィは即座に、
「無理よ。私は羽衣についてないと」
「そうなの?」
私が訊き返すと、ホリィはため息混じりに、
「あんたね、その羽衣の威力を私が制御してるから、いい方へ結果が出てるのよ。私がいなかったら、悪い方向の可能性を引き寄せることだってあるんだから」
「あー、そうなんだ。じゃあ、私も一緒にいったん外に出るとか」
「ダメよ。あんたは世界の芯に行って魔力を注がないと。タロスだけじゃ足りないわ」
「でも、ガリエス隊長とかハーヴェロイ王子とか、ファラーグ先輩も一緒でしょ。三人とも魔力を注いでるでしょ」
「あれらがいてもな」
レオナルドが言う。
「無論無駄とは言わないが、世界に魔法を注ぎ込んだときの効率が全然違う。世界との繋がりがあると、どうしてもそうなってしまう」
出た、また「世界との繋がり」だ。効率がどうとかって、どういうことだろう。
「世界との繋がりがある者とない者の違いを実際に見たら私が言うことはわかると思うが。フロリゼルをどうしたものか」
「うわー、なんだ、フロリゼルここにいたの?言ってよー!」
辺りに大きな声が響きわたった。ラヴィがものすごい勢いで飛んでくるところだった。
「あ、ラヴィ」
「どこにもいないって探し回ってたんだよ?見つかったんだったら教えてよー!」
これに対してホリィが憤慨したように、
「教えてって、どうやって知らせればいいのよ。でも、ちょうどよかったわ。ラヴィ、あんた、フロリゼルを神域に戻してくれる?神の台座まで」
「えー、外に出るの?フロリゼルだけ?みんなは?」
「私たちは世界の芯に向かうわ。フロリゼルはあの腐れ人形と戦って、その後意識が戻らないのよ」
「あー、そうなんだ。わかった、いいよ。僕が運んであげる。フロリゼルはきっと頑張ったんだろうからね、ご褒美。フロリゼルをクラリィたちに任せたら、すぐに僕もこっちに戻ってくるからね。それで、この世界の安定のために力を貸してあげるんだ」
「まあ、そうね、そうしてちょうだい。私たちはそろそろ行かないと。タロス一人に任せてしまったままでは成果は上がらないから」
「そうだよー、タロス一人に任せてたら、タロスが疲れちゃう。タロスが幾ら世界との繋がりを持たずに力を使えるからって、一人じゃ絶対に無理だからね。じゃあ、僕、ちゃっちゃと行くから」
ラヴィはそう言って私とレクスからガリエス先輩を受け取ると、消えてしまった。
「これでひとまずは安心ね。それじゃ、世界の芯へ向かうわよ」
「こっちだ」
レオナルドが飛ぶ。私たちもそれに続いた。
暫く飛ぶと、だんだん辺りの闇が薄れてきた。夜が明ける前のような明るさにまでなっている。
足下が明るく、そちらを見ると、ひときわ白く輝く一点を取り囲むタロちゃんと隊長さん、ファラーグ先輩とハーヴェロイ王子が見えた。
四人は白く光る場所に向けて魔力を流し込んでいた。が、タロちゃん以外の三人はそれぞれの体を魔力が出た瞬間に、あらぬ方向へ魔力が流れていってしまい、それを白い点に向けるのに苦心していた。結果、三人の魔力は碌に白い点に入っていっていなかった。
白い点を挟んでアンリウォルズ先輩とレイドール公爵令嬢がいて、二人も白い点に魔力を注ごうとしていたが、うまくいかず、魔力は明後日の方へと向かっていき、それを止めるのに四苦八苦していた。
「何やってるのよ……」
私が思わず呟くと、レオナルドが言った。
「あれが、世界と繋がりがある者とない者との違いだ。世界との繋がりがあると、それに影響されて世界そのものに魔力を流し込むときに魔力の流れに捻れが出てしまう。それが出ないように世界に、かつなるべく効率を高めて魔力を流せるようにしたのが私が作った装置なんだが」
「それでも世界を保つのには足りないのよねえ。世界の芯に直接魔力を流し込めれば一番効率がいいんだけど、でも、魔力の主と世界との繋がりがあるとああなっちゃうし」
「世界との繋がりを絶った者が魔力を流し込むのが一番ということでな。幸い、お前やレクス、それからあそこにいるタロスと三人もいるから、今は考えられる中では一番良い状況だ」
「たった三人しかいないのに?」
「三人で十分だ。もともと、ここまでたどり着ければ世界の維持に必要な魔力はそう多くはない」
「だったら神々だけで何とかなるもんじゃないの。力が足りないからって人間に魔力を与える必要はなかったんじゃ」
するとシュルが言った。
「神々はここに来ることはできないんだ。ここは神々が作った場所であり、神々自身の中でもある。一度世界を作り上げた後は、神々もその外から力を注ぐことしかできないんだ。とはいえ、世界との繋がりがない人間なんてそうそう発生はしないし、どうしたものかと考えて、煉獄を作ったっていうのもあるんだよ。魔法を与えるときに人間に同族の攻撃を禁止するのはいいけど、罰をどうしたらいいかって話になって、どうせなら罰も兼ねて世界の維持に役立つ人間を作り出そうって」
レクスが少しため息混じりに、
「なるほど、あれは効率的に世界に直接力を流し込める魔法使いを生み出すための仕掛けだったっていうわけか。納得した」
「どういうこと?」
私が訊くとレクスは少し肩を竦めて見せながら、
「煉獄に入るとまず世界との繋がりを絶たれるだろう。それでまずは条件の一つが整う。それから、煉獄の中ではいろいろな試練があって、力の程とか精神性とかをふるいにかけられて、それが済むと世界の修復のために必要な知識をいろいろと流し込まれる。それが終わって無事に外に出られれば、精神的なものについて保証されて、世界について知識があり、効率的に力を流し込める魔法使いの出来上がりというわけだ」
「……なんかいろいろ面倒くさいわね。世界との繋がりを絶つのに、そんな仕掛けはいらないんじゃないの。邪魔なんだったらさっさと絶てばいいのに」
「お前は本気で言ってるのか?」
レオナルドが少し呆れたようだった。
「そんなことをしたら、この世界から人間がいなくなるだろう」
「え、何で?」
「世界との繋がりは、つまりはその個体と世界との契約だ。それがないと、その個体はこの世界にとどまれなくなる。それだけじゃない。子どもを生み出すときはその契約を基に次世代の魂の材料を世界から提供してもらうんだ。つまり、世界との繋がりを持たない人間ばかりになると、次世代も生まれなくなるんだ」
それってつまり、私、子どもを作れないってこと?
私は心の中で反射的に呟いていた。口に出して言わなかったのだが、私の心を読んでいたに違いないホリィがさらりと言った。
「まあ、そうなるわね。こんなときに知りたくはなかったでしょうけど」
「いやまあ、何となくは知ってたけど」
そう、何となく。両親がそういった感じのことを二人でひそひそと話し込んでいるのを、こっそり聞いたことがあるのだ。母がとにかく悲痛な面もちで、あの子は子どもをもてないから、と言っていた。あの子、というのは私のことだろうとは思っていたけど、当時私はまだまだ子どもで、生殖機能があるかなんてわかるのはまだ先のことだろうに、と思い、きっとよその人の話に違いない、と考えたのだが、それでもあんなに悲嘆にくれる母の様子からするとよその人のこととは考えにくく、もしかしたらあれは私のことだったのかなあ、なんてうっすら察してはいたのだ。
「世界との契約のこと、お前、知っていたのか」
レオナルドが訊く。
「あ、いや、うん、まあ」
そういうことにしておこう。
それにしても、今世も子どもをもてないのか。
前世でも私は子どもを持てなかった。このときは病気のせいで、転生して、今度は子どもを産めるかも、と思ったりもしたのだ。とはいえ、それが無理だとわかってもあんまりショックじゃない。んー、何でかなあ。
私の頭の中を読んでいるホリィが言った。
「ま、私もあんたと同じだったし?人間やめたら今度は私たちと一緒に神使やればいいわよ。それに、魂が自由だから、よその世界に行く、もアリだしね」
「ダメだよー、こっちに残ってよ!僕と遊ぼうよー!」
ラヴィが一生懸命な様子で言う。
「子どもを作らなかった人間って死んだ後、結構すぐによその世界に飛んでいっちゃったりするの、つまんないんだよー」
「子どもを作ったかどうかって関係あるの?」
「あるよー!子どもを作ったら魂がこの世界から飛び立てなくなるから、確実にこの世界に残るけど、子どもを作らなかったら、死んだ後世界との繋がりが切れるからね」
「それって、どこの世界でも一緒なの?」
私が訊いた相手はホリィだ。ホリィは短く、そうよ、と言った。
そうか、それで、私の前世の親がこちらの世界に来ていることは絶対にない、とホリィは断言したのか。
「死んだ後のことはまた後でゆっくり話したらいいんじゃないの」
少し気怠そうにレクスが言った。
「とりあえず今は世界を維持することに集中しないと」
「ああ、そうね。ええっと、とりあえずあの白い点に魔力を注げばいいの?」
「そうだ。だが、また問題が発生しているな」
レオナルドが指さした。
何故か、レイドール伯爵令嬢の周りに黒い靄が渦巻いていた。
「もしかして、あの腐れ人形の残り滓?」
「わからんな。少し様子を見れば区別がつくだろうが」
レオナルドが言うが、そんなの待っている場合じゃない。
アンリウォルズ先輩が魔法を使ってその靄を吹き飛ばそうとしたが、今度はその魔力は世界の芯へと吸い込まれてしまった。
「なんか、ここでは魔力があまのじゃくに動くのね」
「あまのじゃく?」
レクスが訊き返すが、私は答えず、矢のようにレイドール公爵令嬢へ向けて飛び降りた。
降りながら、羽衣に魔力を通し、公爵令嬢に向けて光を発する。私が使った魔法はまっすぐ靄に向かった。そして、靄を消滅させていく。
靄は全ては消えず、消え残ったものが小さく黒い一点に凝ると一瞬消え、公爵令嬢から少し離れた場所でまた大きくなった。それは輪郭だけは人のような形をとっていた。
「なぜ、我々は世界を持つことが許されないのだ。この世界の主だって、あの力がたまたま転がっていた場所に行き遭っただけなのに」
心に直接語りかけるような声と共に、黒い影から私の方へ手が触手のように延びてきた。私の右手に向かっているというのは本能的にわかり、私は黒い影に向き直ると天球で自分の周りを覆った。
と、背中に灼けつくような痛みを感じ、私は思わず膝をついた。天球はかろうじて自分の右手を覆うくらいの大きさで保ち、私は首だけ動かして背後を見た。
すぐ後ろにいたレイドール公爵令嬢が血で汚れた剣を握り、私を見つめていた。
ああ、私、刺されたんだ。でも、何で。
「ヴィオレット、何をしている!」
アンリウォルズ先輩が叫び、すぐさまレイドール公爵令嬢との距離を縮めると、その手から剣をはたき落とした。
レイドール公爵令嬢はそこで何かに気がついたように瞬きをし、手で汚れた自分の手を見て、それから私に視線を移し、何も言わないまま三歩ほど後ずさった。アンリウォルズ先輩が私と公爵令嬢の間に割って入るように立つ。
「ヴィオレット、お前、自分が何をしたのかわかっているのか」
「あ、え、あの、私、何を。でも、だって、そうすれば神の煉獄に入ることができるって。レクス様と同じ場所へ行けるって」
レクス様って。何言ってるの、この人。
私は痛みをこらえながら、自身に治癒術を使うことに専念していた。そうしながらも、少し離れたところに立つ黒い影から気を逸らさない。そいつは少しずつ形を変えていて、今は灰色のフードをかぶった人間のようなシルエットになっていた。
「ヴィオレット、この場にいる者を全て殺し、世界を一度なくしてしまえば、全てがお前の望みのままになる」
「何言ってるのよ。そんなのさせるわけないでしょ!」
私は怒鳴ると、公爵令嬢の手から離れて辺りに漂っていた私を刺した剣を、魔素を介して操り、黒い影に向かって投げた。治癒術を使いながらでもそれは影に刺さり、途端に影から靄が溢れて出た。
その量はさっきまで公爵令嬢につきまとっていたものの比ではなかった。辺りが靄に覆われ、その向こうからホリィが焦ったように言うのが聞こえた。
「こいつ、ここに仲間を呼びこんできたわ!」
仲間?何言ってるの、ホリィ。
私は出せる限りの声で叫んだ。
「ホリィ、どうすればいいの。こいつらを全部焼き尽くせばいい?」
傷はある程度塞がった。そう判断し、私は魔力を羽衣に通し、炎を出す準備にかかる。
が、ホリィの答えは、
「遅いわ、世界の芯の口が塞がれた!」
途端に辺りがまた闇に閉ざされた。




