156 ユゲリア再び
羽衣に光を灯して、ユゲリアの位置はわかった。が、それと同時に、ユゲリアの傍にガリエス先輩が浮かんでいるのも見えた。先輩は目を閉じていた。時折眉間に皺を寄せ、小さく唸る声も聞こえる。
「先輩、どうしたんですか、どうしてそんな奴と」
私が話しかけても、反応はない。
「そいつを捕らえたのか。お前はガリエスの家の者が余程好みなんだな」
レオナルドが言うと、ユゲリアは笑みを浮かべ、
「そうよ。それの大事な保管場所だもの。やっぱり好みに合ったものがいいじゃない?」
私の右の手を指さしてユゲリアは言った。それ、とは私の手のひらの中にある、あれのことか。ふと、私は怪訝に思って呟いた。
「保管場所って?」
「さっき言っただろう、あいつは花ダイスに直接触ることはできない。ガリエスの三男を生かしたままか死体にするかして、その中に花ダイスを収めるつもりなんだろうよ」
「うわ、悪趣味」
思わず口をついて出た私の感想に、ユゲリアは蔑んだように見下ろす。
「お前に入れたままで置いておくことも考えたけど、生意気な小娘はいらないのよ。さあ、それを渡しなさい」
渡しなさい、って言われてもどうにかできるもんじゃないしなあ、と私が戸惑って何も言わないでいると、何を誤解したかレオナルドが私を横目で見て言った。
「それを渡そうとか思うなよ。渡したところであいつがこの世界にちょっかいをかけなくなる保証はどこにもないんだからな」
「渡したりなんかしませんよ」
第一、そんなことしたらガリエス先輩がこの花ダイスとやらの保管場所にされて連れて行かれることになるでしょ。
私は魔力を羽衣に最大限に流し、変身した。ここでやらずしてどこでやる、っていう感じだよね。世界の芯に魔力を流し込む、というところまで魔力を残しておかないといけないかもしれないけど、その手前のトラブルを片づけないと、先には進めないじゃない?
変身後の衣装は、赤い軍服風の膝丈のワンピースに黒いレザーのブーツ、ベルト、という出で立ち。襟と袖口と裾は金色のモールでコード刺繍がされている。前世にあった骸骨服に近い雰囲気。
私は変身するとすぐに魔法で炎の矢を立て続けにユゲリアに撃った。ユゲリアはすぐに後ろに下がると、代わりにガリエス先輩が前に出てきて、水の障壁を張った。炎の矢は瞬時に消え去る。
うー、これって、先輩は操られてるってことだよねえ?ユゲリアに魔法を自由自在に使われてるってことなんだよねえ?なんか、少しは抵抗してくれないかなあ。ガリエス先輩は大魔法はできないと誰かが言ってたけど、それってアンリウォルズ先輩と比較して、っていうことであって、十分強力なんですけど。
その後も私は雷、水、風、と魔法の要素を変えて攻撃を続けた。そのどれも先輩は効率的なやり方で防いだ。
私は攻撃を続けたが、ユゲリアに攻撃が届かないまま、変身のタイムリミットが来たらどうしよう、と不安になってきた。変身が解けても羽衣を通じて魔法は使えるし、魔素術だって普通に使えるが、魔法については一段か二段ほど威力が落ちる。まあ、三分くらい待てば復活するんだけど、その間に亀の甲羅を張っていてもやられる可能性はあるわけで。
先輩が張った障壁の向こうから、ユゲリアが愉快そうに言うのがきこえてきた。
「お前の攻撃なぞ無駄なのよ。さっさとそれを渡しなさい」
「それって言われても困るんだけど」
「他の世界の神の残骸。この世界の素。お前たちが花ダイスと呼んでいるものよ」
「そんなの手に入れてどうすんの。自分が神様になった世界を作るの」
「ええ、そうよ。お前たちは寄ってたかって邪魔をするけれど、それの何が悪いの」
「お前にこれを使われると、この世界のバックアップができなくなるんだよ」
レオナルドが言う。
「もしもこの世界がダメになっても、これがあればまたやり直せるからな」
え、そうなの?そんな大事なものなのに何で今まで放ってたのよ?
私の内心を読んだようにレオナルドが言う。
「お前には護衛として神使をつけていただろうが」
「ホリィって護衛だったの?」
「違うわよ、シュルのことよ」
ホリィが言った。
「あんたが花ダイスを手に入れた後、ずっとあんたの傍についてたでしょうが」
「ああ……。それって、そういう理由があったんだ?」
何で突然神使がもう一体増えたんだ、というのは不思議だったんだ。確かに、シュルが来たのは花ダイスが私の中に入ってすぐのタイミングだった。
レオナルドが小馬鹿にしたように言う。
「お前、鈍いな。あの神使がいたからこいつにつきまとわれなくて済んだというのに」
「シュルってもしかして、ものすごく強力な神使だったりする?」
「シュルに限らず、神使はみんな強力よ。ただ、得意な力の使い方というのはそれぞれ違いがあるけど」
「そうだよ、僕は障壁を張るのが得意なんだ」
上方からシュルの声が聞こえた。シュルにそんなに大きな声が出せたのか、と一瞬驚いたけれど、それは魔法で音が届けられているのだとすぐにわかった。
続いてクルル……とシュルが高い声で鳴くのが聞こえた。その声はまた魔法で届けられ、そして明らかにガリエス先輩の方へと飛んでいった。声に包まれて、先輩の眉根が動く。
それとほぼ同時に、雷が降ってきた。ガリエス先輩はすぐさま障壁を張ったが、効果は弱かったようで、先輩とユゲリアにその衝撃は伝わっていた。
「フロリゼル、しっかりしなさい!」
ユゲリアが声を荒げる。ガリエス先輩が目を開いた。その目はしっかりとした意思の光が宿っているように見えた。
先輩は手に光を纏わせ、それをユゲリアに向かって突き出した。光はユゲリアの体を貫いた。
「フロリゼル、お前……!」
ユゲリアの体から黒い靄のようなものが出てきたかと思うと、ガリエス先輩を飲み込もうとした。ガリエス先輩の姿が一瞬見えなくなる。
これはまずい、と思い、私は羽衣に力を通して、それで靄をはたこうと羽衣を振りかざした。
と、そこに清冽な風が降ってきた。突風といっていい。それは先輩を直撃し、先輩にまとわりついていた黒い靄を一掃した。
「よくやった、フロリゼル!」
声とともに頭上からレクスが滑るように下りてきた。その肩にはシュルが停まっていた。




