155 レオナルド
思わずそちらに右の手のひらを向け、懐中電灯の要領で照らしてみた。
「アンソニー?」
そこにはのっぽの男がいた。とはいえ、体はぼろぼろになっている。一目でこれは人形だとわかるほどで、もうがらくたなのを隠しきれない様子だ。
「あんた、無茶してんじゃないわよ!」
ホリィが声を上げた。
「どうやってここまで来たのよ?」
「そんなの、装置から出ている流れをたどって来たに決まっている」
「装置って……レオナルドの装置?」
私の問いに、アンソニーは頷いた。ぎこちなく。それだけの動作でも関節が軋む音がきこえる。
「無論だ。あれもここと繋がっていて、ここから出ている神々の繋がりを補強するような形で世界を保つのに補助していたんだからな。それをたどればここに着けるのは当然だ」
「……それをやったら世界の安定を損なう、とかじゃなかったっけ」
「まあな。だが、そんなことを言っている場合ではなくなってしまってな。ここでの補強作業をさっさと済ませるためにもっと助けをやらねばということになって、行ける者が行くことにしたのだ」
「下界はそんなにやばいの?」
ホリィが問う言葉に、私は心臓が縮まる思いがした。やばいってどういうこと。もしかして世界が壊れようとしてるとか、そんな?第四区界とか既になくなってしまった国々と同じような感じで?
「まあ、世界全体が軋んでいる感じだな。そのせいで小さな地震が常にあちこちで起きている。平民には何も知らせていないが、貴族たちは総動員で世界の補強のために各地の装置に配置して魔力を注ぎ込んでいる。とはいえ、王族や高位貴族以外はほとんど小物だからな。全然間に合っていない。やはり人造の装置を介してでは効率が悪い」
「それでも神々が魔法使いを作ったときよりは効率いいでしょ」
「勿論だ。あれは論外。とはいえ、ここから魔力を流し込むのが一番早い。……アリス・ゼン、どうした」
「何で、そんなことになってるの。世界がそこまでやばいことになってるんだったら、もっと大人数でこっちに来るべきじゃなかったの」
私は言った。そうだよ、これまでも少し思ったりはしたのだ。世界の危機とかいうけど、こんな少人数でいいのかと。
レオナルドは肩を少し竦めてみせた。それだけでも痛々しく見えるが、声はしっかりしていた。
「神の煉獄で増員できるから問題ないだろうという計算だったんだ。平地の魔法使いよりも、神の煉獄に入っていた者の方が断然効率よく世界の維持の流れに力を入れられるからな」
「世界の芯から直接魔力を入れれば効率がいいっていうのはきいたけど」
「そういう意味じゃない。そこに魔力をそそぎ込む人間の資質の問題だ」
「神の煉獄に入っていたのが全員強力な魔法使いというわけじゃないんでしょ?」
「力が弱い者が煉獄に入れば淘汰されて溶けてこちらの世に戻ってくることはできないから、結果的には煉獄から合流するのは力の強い魔法使いということになるが、俺が言っているのは、力の強さ弱さではなく効率の話だ。世界と繋がっている者はうまく世界の補強のための流れに力を入れることはできない」
「何それ?煉獄に入った人は世界との繋がりがないってこと?ていうか、世界との繋がりって何よ。私も繋がりが切れてるって言われたけど、それって何なの」
「繋がりは繋がりだ。この世界から魂が飛んでいかないようにするための。肉体がこの世界の上にある限りは大丈夫だが、肉体という重石が意味をなさないときもあるからな。そして実は今、意味をなさない場面の真っ最中だったりするんだが。あの王子はどうした」
「王子?ハーヴェロイ王子なら世界の芯で魔力を流し込んでるって」
「違う。もう一人だ。古い方」
うん?
私が戸惑っていると、ホリィが言った。
「タロスのことよ。アンソニー、タロスはヴィーナと一緒に世界の芯に行って魔力の注入に当たっているわ」
「そうか。あれがいるならまあとりあえずはましか。お前もさっさと行くぞ」
アンソニーが私の手をひいて移動しようとしたが、動けなかった。それを見てホリィが言った。
「あんた、その体、捨てたらどうなの?ここでは物質なんてなくても大丈夫でしょ」
「だが、これを捨てたらここから出た後どうすれば」
「そんなでかい体じゃなくてよければいいのがある場所を知ってるわ。持ち主の人形師も理解があるし、そこに宿れば次の体を見繕うまでに何十年も待てるわよ」
「そうか。わかった」
その言葉とほぼ同時にアンソニーの体がゆっくりと倒れた。ぐんにゃりと折れ曲がり、動かなくなる。
「ちょっと?」
私が慌ててアンソニーの肩を掴んだが、何の反応もない。
と、私の目の前の空間がうっすらと光ると、そこに人物の姿が現れた。私の父親よりも少し若いくらいの年代の男性だった。古典的な美形、といった感じの容貌だ。服装が古めかしく、以前、ラウトゥーゾの遺跡で見た千本杖と呼ばれる魔法使いたちが作り替えられた瞬間の映像に出てきた貴族たちと大差ない格好である。
「心配ない」
男は言った。私が呆然と相手を見ていると、苛立ったような口調で、
「呆けるな。私だ。その人形に入っていたものだ」
「アンソニー?」
「その名で縛るな。私はレオナルド・テウル・ラウトゥーゾだ」
「は?」
私は固まった。ええっと……?レオナルドの装置を作った人と同じ名前なんだけど……?
私が考えていることがわかったらしいホリィが言う。
「あんたが考えている通りよ。世界を保つ装置を作った本人。その魂ね。死んだ後、輪廻の輪に入らず神使みたいなことをしてたのよ」
「仕方ないだろう、生前に持っていたそれのせいで魂に変なくせがついてしまったんだから」
アンソニー改めレオナルドは私の光る手のひらを指さして言う。
「えっと、それってどういう……?何で私の手のひら、光ってるの?」
「お前、花ダイスのこと、説明されていないのか」
レオナルドはホリィを見上げた。ホリィはため息混じりに、
「そんなの話す機会なかったわよ。普通に生活してたらそんなもんでしょ。それよりも今は行かないと」
「そうだな。タロスだけでは足りないようだ」
「待ってよ、花ダイスって」
「お前の手の中にあるものだ。今も光っているだろう」
私は右の手のひらをまじまじと見た。遺跡で拾った、というか中に入りこんできたあれか。
いや、あれの呼び名はわかったけど、それが何だっていう話でしょ。
私は追加の質問をしたかったが、レオナルドがものすごいスピードで飛び始めたため、それについていくので懸命になった。
「それで、結局神の煉獄からは魔法使いが何人参加できたんだ」
飛びながらレオナルドは訊いてきた。ホリィが答える。
「一人よ。あとはみんな消えるか、魂だけになって竜になったわ」
「なんと脆弱なことだ。それで、ガリエスの次男はどちらになった」
「生き残ったわ。彼が生き残った一人よ」
「なるほど」
レオナルドは上機嫌になっていた。
「ということは、あの人形が出てくるかもしれないということだな」
あの人形、というのはユゲリアのことだろう。私は怪訝に思って訊ねた。
「何でそんなに嬉しそうなのよ?」
「そりゃあ、因縁があるからな」
「因縁?」
「ああ。俺が死んだのはあいつと戦った結果だからな」
「え、そうなの?でも、レオナルドは遺跡の倉庫の前で死んでたって」
「死に場所はそうだ。そこであいつと戦ったんだよ。一人で戦うのは分が悪くて、もうダメだっていうところで花ダイスを放出して、そのまま死んだ。花ダイスを死体ごとあいつに取り込まれると最悪だったからな」
「どういうこと?」
「あいつはそれに直接触れることはできないんだよ。触れば多分存在が消滅するか、そこまでいかなくてもかなり消耗させられる」
「……これ、一体、何なのよ?」
私はまた光る右の手のひらを見ながら訊いた。
「それは、この世界が出来たときに最初に置かれたモノだ。お前、世界の最初がどうだったか、きいたことはあるだろう」
「それは勿論。何もなかったところに帽子が置かれて……っていう奴だよね?」
「ああ。平原では王冠と言われているがな。だが、そこは問題じゃない。王冠だか帽子がそこに置かれた理由だ」
「理由?そんなものがあるの?」
「ああ。何でそれがそこに置かれたかというと、その場所に花ダイスがあったからだ。それを他の存在から隠さないとならなかったから」
「隠す?」
「ああ。あいつ……今はユゲリアとか呼ばれてる奴からきいた話だと、その花ダイスにはこの世界とは別の世界を作ったことがある存在の残りかすが詰まっているんだと。残りかすっていっても、新たに世界を作ることのできる能力は十二分にあるらしいが」
「何、それ。おっかない」
「そうだ。そんなおっかないものが矢鱈なモノの手に渡らないように、帽子が置かれた。そしてそこからこの世界が始まった」
「そうなんだ……。そうなの?」
私が訊ねた先はホリィだ。ホリィはあっさりと、
「そうよ。あいつはそれを自分が手に入れて、自分が創造主となった世界を作りたいの。でもそれがなかなか叶わないから、この世界にちょっかいをかけているのよ」
「何でそんな余計なことを」
「まあ、もともと自分と同じくらいの力しか持っていなかった筈の存在がここまでの世界を作り上げて統べていることへの嫉妬ね」
「うん?それって、神々のことを言ってる?」
「そうよ」
「……随分大それたことを考えてるように思えるけど」
「それは、この世界で生まれた人間だからそう思うんだろうな。人間の体を外れてみると、あいつの気持ちもわからんでもない」
「あら、そう?私に言わせると、それは随分身の程知らずに思えるけど」
突然、違う声がきこえた。それと同時に炎が押し寄せてくる。私は亀の甲羅を張った。熱は防げなくても、炎そのものは防げる。
「何?」
「こんなところで変な奴の噂をしなければよかったわねえ……」
ホリィが小さなため息混じりに言う。
それに被さるように小さな笑い声が闇の中から聞こえた。
「そうねえ。でも、私の噂話なんてしなくても、その子の手のひらの光は目立つもの。すぐに見つけられたわよ」
相変わらず向こうは闇の中にいて姿は見えない。うん、見えなくても大体誰かわかった。
ホリィが言った。
「シホ、羽衣に魔力をもっと通して光らせて。そうしたらあいつの姿が見えるわ」
あんまりあいつの姿を見たくはないけど、攻撃して退けないと前に進めなくなりそうだから、そうするしかないか。
私は羽衣に魔力を通し、光らせた。明るい光がかなり遠くまで届く。
その光の中に、ユゲリアはいた。思いのほか近い場所だったので、ぎょっとした。
そして、私は別なことを知って驚いた。
「ガリエス先輩?」




