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154 世界の台座

 この世界の構造は、前世にあったモビールに似ている。部屋に吊す飾りもの。いろいろな飾り物を糸や棒で吊したものだ。

 前世の我が家にはなかったが、知り合いの家に行ったときに、その家の赤ん坊が寝ていたベビーベッドの上に吊されていた。

 そのとき見たモビールになぞって言うと、この世界は、一番上の星辰から糸が下がって棒に繋がり、そこから七本の糸が垂れていて、そこからいろいろな国や地域に繋がっている。高原は糸と繋がっている場所で、世界が危ない、と私たちが言っているのは、星辰と繋ぐ糸が切れそうになっているということ。糸が切れれば私たちが暮らしている空間は崩壊し、私たちは生きていられなくなる。

 そして神域こそが星辰と繋がっている根本なのだけど、私たちが今行こうとしているのはそれこそ星辰と繋がっているこの世界の根っこともいえる場所だった。

 管理者は「台座」と言った。

 台座は神の煉獄の場所を抜け、その先に立っている太い柱を上った先にあった。管理者の話によると、その柱は元は巨木だったものが枯れて石になったということだったが、その柱を上るのが一苦労だった。魔素術でその柱の表面を上るか、魔法で空を飛ぶかしないといけない。

 魔素術で行くよりも魔法で空を飛んだ方が難しかった。あまりに柱から離れたところを飛ぶと神域を遠巻きに見ている魔獣から攻撃を受けるので、柱からつかず離れずの位置を飛ばないといけない。そして神域の上空は天候が安定しないため、乱気流が激しく、魔法しか使えない面々はかなり難儀しているのが見てとれた。

 そして魔素術で進むのは、私とクラリィ婆ちゃんとルートヴィヒとそして。

「何であんた、魔素術をそんなに使えるのよ」

 柱の表面を魔素の反発を利用して垂直方向に滑るように上がってくるレクスに私は声を掛けた。レクスはしれっと、

「言っただろう、魔素術のことは煉獄の中で学んでたって」

「でも、実践はしてなかったんでしょう」

 しかも、今やっているのは応用も応用、子どもの頃から魔素術を使っている連中だってそうそうできるものではない。

 だがレクスはそんなことは思いもよらないようで、

「でも、みんなが使うのを見たら予想通りの魔素の使い方だったし、あとは普通にやればそれでできるでしょ」

 言った端から魔素の制御が切れて落ち掛かるが、すぐに魔法で飛び上がり柱にとりつくと魔素を制御し柱の表面を上がってくる。

 なんて器用な、と私が内心舌を巻いていると、ルートヴィヒが苦笑気味に言った。

「彼が言っていることは私もわかります。私が魔素術を学び始めた頃も同じ感じでしたから。まあ、初学者ではありますが、腕前は信用していいと思いますよ」

 いや、別に疑うとかそういうつもりはないんだけど。

 柱の壁登りは延々と続いた。雲を突き抜け、更に行く。魔獣はもう出てこなかったが、空は真っ暗で、柱から少しでも離れると、柱が放つ仄かな白い光すら見えなくなるとのことで、遭難しかかった魔法使いたちに、柱の表面に張り付いている私たちが声を掛け、それで柱の方まで引き戻すということが何度も起きた。

 そうして延々と上り続けた先、柱の頂上に「台座」はあった。

 ほとんど白に近い灰色の平面が続き、その中心にちょっとした窪みがあった。そこが「台座」であり、そこから星辰に繋がるものが出、そして世界を保つものが出ている、と。

 台座はちょうど私がいつも使う洗面器くらいの大きさだった。それを上からのぞき込み、更に上空を見上げて私は言った。

「別に、ここからロープが出てて星辰と繋がってるわけじゃないんだ」

「そりゃそうよ。見えない流れがそこから出ているのよ」

 ホリィが言う。

「それって、魔力とか魔素の流れとは違うんだね?何も感じられないし」

「外からはわからないわ。中に入ればそれはすごくわかると思う」

「中に入る?」

「そうよ。やってみればわかるわ」

 そのとき、私の肩に乗っていたシュルがクルル……と高く鳴いた。その途端、台座を中心に風が湧いて吹き荒れた。

 思わず目を庇い、そして次の瞬間には、辺りは紺色の空間になっていた。

 全く光がなかったが、ふと自分の右の手の平がうっすらと光っているのに気がついた。んー、これ、何かな?

「シホ、そこにいた!」

 ラヴィの声がした。と、次の瞬間にはラヴィの顔が私の手のひらから出てくる光の範囲にぬっと現れた。

「うわっ、ちょっと驚かさないでよ!」

「だって、どこにいるかわからなかったからさ」

「それは……、えっとここはどこなの?」

「台座の中だよ」

 私の肩に乗っていたシュルが言う。

「さっき台座を解放してみんなを入れた」

「みんな?じゃあ、婆ちゃんも、ガリエス先輩たちも?でもどこに?」

「クラリィは来てないよ。あとルートヴィヒも」

「え、何で?」

「そりゃ、魔力を使えないからでしょ」

 突然頭上から声が降ってきた。ホリィが自ら光を放ちながらやってくるところだった。

「もう、シュル、解放するならするって事前に言ってよ。いきなり過ぎて対応できなかったじゃない」

「ごめん。でも早く来た方がいいかなって思って」

「まあねえ、あそこで話し込んでもしょうがないし。シホ、羽衣、出すわよ」

 言うなりホリィは羽衣を吐き出し、私はそれを掴んだ。

「ありがと。なんか周りに何もなさ過ぎて、こんなところで私は終わるのかなって思ったわよ」

「そんなわけないでしょ。じゃあ世界の芯まで行くわよ」

「世界の芯?」

「この場所の中心よ。実際に星辰と繋がっているところ。そこから世界のいろいろなところと繋がっていて、魔力が行き来できるようになっている。そこから魔力を流し込んで神々が注いでる力の整理をするのがあんたたちのすることよ。それじゃあ行きましょうか」

「待って、タロちゃんたちは?」

「タロスはヴィーナがついてるでしょ。レクスは?」

「あー、管理者がついてるんじゃ……いや、来てないか」

 シュルの言葉にぴしゃりとホリィが返す。

「そりゃ、管理者は神域に残ってないとだめでしょ」

「じゃあ、レクスは迷子になってるかなあ。どうしよう」

「あんたが迎えに行きなさいよ。こんな風になってるのはあんたの唐突な行動のせいなんだからね?」

「わかったよ。……ラヴィが行ってくれるとか、ないよね?」

「ないよ。僕、あいつに尻尾削られたんだから」

 あー、そうだった。

 シュルは私の頬に何度も頭をすりつけてから、じゃあ行ってくるからね、と言って飛んでいった。

 飛んで行くシュルを見送ってから、私は気づいた。

「あ、どこで待ち合わせるとか決めてなかった。ここで待つってことでいいのよね?」

「大丈夫よ。あんたの居場所はすぐにわかるから」

「そうなの?じゃあ安心か。ラヴィ、レクスが来ても喧嘩はなしね」

「文句を言うのもだめ?」

「まあ、それくらいはいいんじゃないかな。でも、決定的に仲違いするようなのはよしてね」

「わかった」

 不服そうにラヴィは言うが、それでも言うことはきいてくれそうだった。

「それよりも……あら、もしかしてもう始まってる?」

 ホリィが呟く。ラヴィも、

「そうだね、始まってるね」

「始まってるって、何が?」

「世界の修復。あー、ヴィーナが先に世界の芯にたどり着いたんだ」

「ってことはタロちゃんがやってるの?」

「そうね。あとは、あー、シャールとハーヴェロイもいるわねえ。ジェラルドとヴィオレットもいる」

 ホリィが答えた。ジェラルドというのはアンリウォルズ先輩のことだ。

「ガリエス先輩とファラーグ先輩は?」

「レイはいるわ。フロリゼルがいない」

「え、ガリエス先輩が?」

「間違いないわ。あの子、一体どこに行ったのかしら」

「フロリゼルだったら僕、探してこようか?」

 ラヴィが言う。ホリィは体を一度上下させて、

「助かるわ、お願い。そんなに遠くに行ってはいないと思うのだけど」

「うん。それじゃ、シホたちは世界の芯に行っていて。そこに僕もフロリゼルを連れていくから」

 ラヴィは暗闇の中に消えていった。

「さて、行きましょうかね」

「それはいいけど、どうやって移動すればいいの?」

 暗闇の中に浮いたままで、足下に地面はない。魔素の気配も薄いし、どう動けばいいのか。どちらが上か下かもなんだかあやふやな感じがするし。

「羽衣に魔力を通せば、軽々と移動できるわよ」

 私がそうしようとしたとき、暗闇の中からにゅっと手が突き出てきて私の腕を掴み、

「助かった、お前がそれを持っていてくれて」

 と声がした。


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