153 きょうだいとは
「兄?そんなものは私にはいない。私の家族は両親だけだよ」
私が低い声で言い放つと、向こうは怯んだ。タロちゃんが言う。
「お前とお前の両親が高原を出るときに、お前の母親の馬車を奪ったっていうのはこいつか。そうと知っていれば治さなかったんだが」
「どのみち高原の民の誰かが治してたよ」
「そうかもしれないが、苦しむ時間は長くなったろう」
「そうだね。でもいいよ、タロちゃん。ありがと。私の気持ち、わかってくれて」
私がそんなことを言ったのは、痛ましいものを見るような目でレイドール公爵令嬢が私を見ているのに気がついたからだった。
公爵令嬢は気遣わしげに、
「先程、高原の入口であなたを追ってきた女性も、実はあなたのお姉さんだったのではないですか」
「さあ?さっきも言ったけど、私の家族は両親だけだよ。高原を出るときに私には両親以外の何もなくなったの」
「たとえ事情があってもこうして再会できたのですし、せっかくのきょうだいなんですからわだかまりは捨てて……」
「再会できた?そんなにありがたがることとは思わないけど。自分の母親を自分の利益のために他人に売りつけようとしていた相手になんて、普通、二度と会いたいとは思わないでしょう」
「売りつける……?」
公爵令嬢がユートをを見た。カナエも表情を険しくしてユートを見ている。
ユートはカナエの視線を受けて慌てたように、
「誤解だ、そんなことするわけないだろう」
「八年も前のことだからばれるわけないって?まあ、確かに証拠はないよ。私もたまたまよその家の大人たちが話しているのを盗み聞きして知っただけだから。母さんはレイナ・イノの長の妾にして、子どもを産めるか試すって。三人産んだ子のうち、二人も優秀な魔素術師だったから、次に産む子も有望だろうって。馬車を取り上げれば父さんと私は母さんを置いて行かざるを得ないだろうし、一石二鳥だって。……それで父さんたちを急かそうとしたのに、信じてもらえなくて、あんたたちに先を越されて馬車を押さえられてしまった」
私が悔しさを滲ませて言うのに対し、ユートは鼻を鳴らした。
「ふん、そんなことを今言ってどうする。お前も言ったじゃないか、証拠はないと。そんな妄言、誰が信じるか」
「別に構わないよ。今更だしね。それに、あんたがイノの家の連中と組んで母さんの馬車を奪ったのは事実で、父さんたちも私がきいたことは事実だと認識しているからそれでいい」
「だからどうした。とにかくお前は目障りなんだよ。何で平原の民と一緒にいるのかは知らないが、さっさと帰れ!」
「帰らないよ。私は世界の安定のために来たんだから」
「ふざけたことを。それは俺たち高原の民の務めだ。それはお前も知っていることだろう」
「だから平原から来たの力は借りない、と?でも、魔力を使わないで世界の維持は無理だよ」
私の言葉に、ホリィも言った。
「シホの言う通りよ。今、この世界は魔法使いが生まれたときに近い状況になっているわ。ただ現状を維持するだけの魔素術だけでは世界の維持はできない。魔法使いが必要なのよ」
「それでは、魔法使いだけを置いていけ。我らの指示の元に事に当たるのであれば許してやる。ただしお前はいらん。さっさと去れ!」
私はため息をついた。
「それは受け入れられない。神々から、今回の事に当たるようにと指名されて来ているんだから。魔法使いたちは私たちの補助という形でついてきているのよ」
「お前が……?そんな馬鹿な。俺たち一族から出た者がその任を任されるなんて、あり得ない!」
ユートは言うなり私に魔素の塊を飛ばしてきた。私はすぐさま亀の甲羅を張ってそれを弾こうとしたが、それよりも先に、横合いから正確に飛んできた魔素の塊によって、ユートが発した攻撃はすべて相殺された。
術の出元はどこかと私は術が飛んできた方を見た。ルートヴィヒがちょうどいたのでそうかと思ったが、ルートヴィヒは軽く頭を振り、レクスを見た。
レクスは手元で魔素の塊を浮かせていた。
私は呆然と呟く。
「さっきから気のせいかなと思ってたけど、あんた、本当に魔素術使えるんだ?」
「煉獄ってのは、試練を受けるだけの場所じゃないんだよ。試練がある程度終わったら、いろいろと学せてもらえるんだ。魔素術の使い方もそのうちの一つでね。ただ、実践はあの中ではできないから、外に出てから始めたんだけど」
「……それにしては、随分と達者に魔素を扱うだね」
「まあ俺は天才だからね。でも我流だから、世界を安定させる作業が一段落したら基礎から教えてほしいんだ。ルートヴィヒおじうえでもいいから」
「それは……構いませんが」
ルートヴィヒは戸惑った様子で言う。
レクスは上機嫌そうな笑みを浮かべ、
「それにしても、きょうだいってのもいろいろなんだってわかるな。あんた、兄がこんな狭量な奴で災難だったな」
レクスは軽い調子で私に言う。すぐとユートが目をつり上げてレクスを睨みつける。が、そんなユートを相手にせず、レクスは今度はカナエに話しかけた。
「あんたの方が話ができそうだから訊くんだけど、今ここに来ている他の連中と併せてどれくらいの攻撃が出来る?さっきこっちのお嬢さんが竜に放ったような攻撃に匹敵するくらいのものは?」
「それは無理だ。やれて、あれのせいぜい十分の一程度か。ただそれも、皆が一点に攻撃をすることができてやっと届くくらいのもので」
「それくらいの攻撃だったら小さい方の竜には対処できるか」
レクスは天井近くに浮く管理者を見上げて訊いた。
「まあできるだろうね」
「じゃあ、そっちの対処はあんたら高原の民に任せるよ。小型の竜は二体いるらしいから頑張って」
「何を勝手なことを……!」
ユートが怒鳴ったが、レクスは揺るがない。笑みを顔全面に浮かべたまま、
「世界の安定には魔力が必要で、竜の討伐には魔素術が必要なんだぜ?だったら、どっちの作業を誰がやるかなんて自明のことじゃないか。そんなこともわからないなんて、あんたすっごい頭悪いのな」
「この、貴族風情が!」
ユートは蜂の群舞をユートにぶつけようとしたが、それは咄嗟に横からルートヴィヒが亀の甲羅を張って防いだ。
レクスはへらへらと笑いながら、
「頭が悪いだけじゃなくて、感情の制御もできないんだな。そんな人間でもいっぱしに使えるんだから、魔素術ってのは楽勝なんだな」
「レクス、挑発はやめろ」
ガリエス隊長がため息混じりに言う。レクスは肩を竦めて見せながら、
「兄上はなんだかんだいってまじめなんだから」
「そうじゃない。そんなことに時間を掛けるのが勿体ないという話だ」
レクスはまた肩をすくめて見せる。
アンリウォルズ先輩が口を開いた。
「小さい竜の件は高原の民に任せるとして、大きい方はどうする。レクス殿が凍らせはしたが、あれも時間が来れば動き出すだろう。高原の民では十分な攻撃はできないようだし、アリス・ゼンに任せるにも、竜の咆吼を撃つとまた意識を失ってしまっては」
「本当に高原の民には無理なんですの?例えば、高原の民の中にだって竜の咆吼を撃てる人がいるのでは」
レイドール公爵令嬢の問いかけに、ユートもカナエも視線を床に落とす。
クラリィ婆ちゃんが言った。
「竜の咆吼なんてのは、そうそう撃てる者は出ないんだよ。百年に一人とか、そういう感じだね」
「そんなに大変なものなんですの?」
「ああ。それを使うためには人の魂の形を捨てないといけないと言われている」
「私は人のままだけど」
私が言うと、婆ちゃんは俯き、
「そうは言っても、お前だって、撃った後はただじゃすまないだろう」
「まあねえ。鶴の一声を撃ったときとはやっぱり違うかなあっていう感じはある」
「鶴の一声と竜の咆吼を一緒にされてたまるか」
吐き捨てるようにユートが言い、婆ちゃんがそれを睨んだ。
「お黙り。何でこの子がそんなものを撃てるようになったか、それほど大変な目に遭ったんだっていうことが想像できないのかい。本当に、お前さんみたいなのがシホと同じ親から生まれたなんて、信じられないよ」
「うるさい!平原でのうのうと生きてきた人間のくせに、口を出してくるな!」
ユートが怒鳴る。婆ちゃんがぎろりとユートを睨む。
「平原とのうのうと、ねえ……?何も知らない小僧が言ってくれるじゃないか」
「あー、婆ちゃん、とりあえず婆ちゃんも落ち着こうか。えっと、とりあえず、小さい方の竜はそっちで何とかなりそう?」
私はカナエに訊いた。ユートが「当然だ!」と叫んでいたが、当然無視だ。
カナエは少し考えてから管理者を見上げ、
「私たちで本当に出来るでしょうか」
「小さい方に一体ずつ当たるのであれば」
「わかりました。高原の民として、神域の維持のために動きます」
「よろしく頼みましたよ」
カナエが踵を返し、ユートはまだ何か言いたそうにしていたが、最終的には、
「大きい方の竜も俺たちで何とかするから、お前等はそこで待っておけ!」
と捨て台詞を残して去っていった。
二人が去った後、私は疲労感を感じ、大きく息を吐いて背後の壁に大きくもたれかかった。
「大丈夫かい?」
クラリィ婆ちゃんが気遣うように言った。私はとりあえずは頷いた。とはいえ、それはポーズだけというか、体のだるさは消えていない。でも、やらないといけないので、私は言った。
「で、これからどうするの。高原の民に小さい方の竜は押さえてもらうとして、大きいのがまた動けるようになるまでにどれくらいかかりそう?」
私の問いに、管理者が答える。
「遅くとも、今日のうちには動けるようになるだろう」
「それまでに高原の民が小さいのを始末して、大きい方に当たるようになれればいいけど、カナエの反応からすると難しそうだよね」
「カナエ?それがあなたのお兄さんお名前ですの?」
レイドール公爵令嬢が訊ねてくる。私は少し苛つきを感じながら言った。
「カナエっていうのはさっきの二人のうち、女性の方」
「ああ、あちらの。しっかりしてそうな方でしたわね。あの方にお任せしていれば大丈夫ということでいいんですの?」
「家を継いだって言ってたし、魔素術の腕前もかなりいいし、今こっちに来てる連中を纏めるくらいのことは大丈夫と思う。ただ、森の入口に来てた連中がこっちに来たらそうはいかないだろうけど」
婆ちゃんも私の発言に同意する。
「あっちには長がいるからね。あれが合流したら、指揮権は長に移るだろうさ。ただ、竜の殲滅は高原の民の行動原理にも適うものだから、長は逆らうことなくそれに当たるだろうさ。何だったらさっさと小さい竜の方は終わらせて、大きい竜の始末にかかるんじゃないかね」
「だったら、すぐに世界の安定に取りかかれるってことだな」
レクスが言った。
「良かったよ。本命の作業に取りかかるにしても、なかなかその場所に行き着くこと自体が難しいから、竜の追撃に備えながらそこを目指すなんてことにならなくて良かった」
「……あんた、やけに詳しいわね?」
私が不思議に思いながら訊くと、レクスは言った。
「さっきも言ったけど、煉獄の中ではものすごいきつい夢を見させる合間に世界の成り立ちとか修復の方法とかについても見せられていたんだよ。煉獄から出した後に世界の修復に当たらせるための準備だったんだろうな。そういうわけだから、俺の言うことを信用してくれていいよ」




