152 タロス・テウル・……
レイドール公爵家は、最初に煉獄に捕らわれた王子の母の生家でもあり、その後はその王子の姉の子が当主になり、家が続いているのだという。
それが、件の王子が誤って魔法を当ててしまった子どもだったらしい。ご先祖曰く、あれは本当に事故で、王子が放った魔法の射線上にたまたまご先祖が入ってしまい、それで当たっただけなのだと。ただそれだけのことで普通の人生を奪われるようなことになってしまって申し訳ない、せめて彼の王子が煉獄から出てきたときに己の子孫が出迎えてやれるようにしたい、というのが先祖代々の遺言として伝わっているそうで。それで、レイドール公爵家は件の王子に並々ならぬ執着があるということなのだが。
管理者の言葉に、公爵令嬢は私へとまっすぐ視線を向けた。
「あなた、彼の王子のことを知っているんですの?」
「いやー、管理者さん、何のこと言ってるの?」
「シホ、お前さんは妙なときに妙なほどに頭が回らなくなるねえ。最初に煉獄に収められたということは、ここにある繭のうち、一番古いものに入っていたということでしょう」
「あ、なんだ、タロちゃんのこと?」
「何ですって、タロスさんが彼の王子ということですか?いや、確かに名前は同じだけど、まさか当人だとは」
「俺がどうしたって?」
いつの間にか、部屋の入り口にタロちゃんが立っていた。私はタロちゃんに片手を上げてみせた。
「おはよう。高原の民を治療してくれてたんだ?終わったの?」
「魔素を操るのに長けてそうな奴を先に治療して、残りはそいつらに治させればいいかと思って、目ぼしい奴を三人ほど治療してきた。それで、俺がどうかしたって」
「んー、タロちゃんが初めて煉獄に収められた魔法使いだったんだっていう話をね」
「ああ、そんなことか」
「そんなことって!」
レイドール公爵令嬢は私の傍から立ち上がると、タロちゃんの前に行き、ひざまづいた。
「タロス王子、我々レイドール公爵家は代々貴方の帰りをお待ち申し上げておりました。王都の屋敷には始祖トマス直筆の貴方への手紙も保管されています。どうかそれをお受け取りに」
「まあ、無事にここから帰れたらな」
言いながら、タロちゃんの視線はレイドール公爵令嬢から外れている。
と、今度は公爵令嬢の隣にアンリウォルズ先輩がひざまづいた。
「どうか婚約者の話をきいてやってもらえませんか。レイドール家は代々貴方の探索及び救出に心血を注いできたのです。それはこの国の貴族なら誰でも知っていることで」
「……間抜けな王子に、どんな価値もないと思うが」
タロちゃんは呟くように言った。レイドール公爵令嬢はすぐに顔を上げ、言い募った。
「間抜けだなんて!そんなことを思っている者はどこにもおりません」
「どうかな。まあ、そんなことはどうでもいいけど。とにかく、俺には王子としての価値はない。そのことは今の国王陛下もご存じだ。だからこそ、俺の帰還を秘匿することも、ラウトゥーゾ子爵家預かりになることも黙認された」
「そんな……国王陛下は貴方が煉獄から解放されたことを知っていたと……?でもそれでは、我が家の悲願は」
呆然としてレイドール公爵令嬢は呟く。肩を落とし、うなだれる令嬢をアンリウォルズ先輩が見守っている。
タロちゃんとレイドール公爵令嬢とアンリウォルズ先輩。この三人を見ていた私に、小さな魔素の玉が飛んできて、ちょっとした光の粉を振りまきながら目の前で弾けた。
私は魔素の出元へ目をやった。レクスが相変わらずの体勢で座っていた。
この人、魔素術を使った?
驚く私に、レクスがウインクをしてみせた。
「まあ、高位貴族のお家事情はそっとしておいて、俺たちは外に出て世界を救う算段について話そうか」
だが、タロちゃんが私たちのやりとりに気づく。
「待ってくれ。ここで話そう。そもそもこんな話は今すべきことじゃない。竜が動こうとしている様子がある」
「ああ、あんたもわかってたんだ?さすが、煉獄で五百年耐えられただけある」
レクスが茶化したように言う。
ハーヴェロイ王子が苛ついた様子で、
「レクス・テウル・ガリエス。態度を改めろ。この方はテウルの最初の長の息子だぞ」
「だから何。まあ、あの煉獄の生き残りっていうことでの敬意は払うけどね」
「とてもそんな風には見えん」
渋面を作ってハーヴェロイ王子は言う。ガリエス隊長もため息をつきながら、
「レクス、お前の言う通りではあるが、少しは礼儀を考えようか」
「はいはい。とりあえず、三つ……いや、二つの事に対処しないといけないかな。世界の安定に向けた作業をするのと、竜の退治と。小さい竜がうろついているんだっけ?」
レクスは管理者を見上げて訊いた。管理者は頷いて、
「まあねえ。これもまたさっきの大きいのと同様に魔法を吸収してしまうんだが」
「なんでそんな性質を持ってるのよ」
私がぶつぶつ言うと、管理者は、
「さっきも言ったが、煉獄に捕らわれた魔法使いの大半は最初の魔力に関する試練で溶け、残った者も精神的なものを問われる夢の中で壊れてしまう。煉獄の試練を耐えきれなかった者たちの魂は輪廻の輪に入れず、ここで凝ってしまうのだ。それをそのままにしておくのも良くないので、竜という形で可視化させて人間たちに討伐させようと神々は考えたのだ」
「何で竜の始末を人間にさせることになってるの?魔力を吸収されて、魔法使いじゃ対応できないし、魔素術師もあれをばらせるほどの高火力の術はないんだよ?」
「それは完全に神々の誤算だねえ。まさかそんな性質を持って生まれてくるとは思わなんだ。まあいずれにせよ、あれは退治せねばならん。でなければ世界の修復に取りかかれんからな」
「同時進行っていうのはどうかな」
レクスが言う。
「或いは、竜の始末は後回しにして先に世界を安定させるとか」
「竜を後回しに出来るのならそれでもいいが」
ガリエス隊長が呟く。
とそのとき、部屋の入り口に向けて複数の足音が向かってくる音が聞こえた。話し声は男女両方いて、人数にして二人。んー、これって神域の外の森で倒れてた高原の民が回復してこちらに来たってこと?
「なんかいい感じがしないわね」
ホリィが呟く。私も同感。話し声は段々と大きくなってきていて、言い争っているのが丸聞こえだったので。
「だから、我々は今、助けを請わなければならない立場だ。現に助けてもらったところだし」
「そんなもの知ったことじゃない。俺たちの縄張りに入り込んできたのは向こうじゃないか。さっさと帰ってもらう」
「しかし、神々の指示で来た者たちだぞ」
「知るか。村での話し合いのときもお前はそんな風に言っていたが、一族の総意は、連中を追い返し、我々で世界の安定を保つことだ」
私たちに助けを請おうと言っているのは女で、私たちを追い出そうとしているのは男。両方とも知った声だ。それが誰か即座にわかり、私は思わずため息をついた。
それとほぼ同時に、部屋の入り口に若い男女が姿を現した。二人ともお化け百合の花びらのボタンが縫いつけられたマントを身につけていて、そこは変わらない輝きを放っているが、それ以外のところはぼろぼろだった。さっき、竜の攻撃でやられたのだろう。
自分が先に口を開いた方がいいと思ったのだろう、女性の方が私たちの姿を見るなり話し出した。
「お邪魔して申し訳ない、私はカナエ・オサノ・コレスという。高原の民三十六家の一つ、コレス家の主だ。これからのことについて相談に来させてもらった」
「まどろっこしいことを言うな。こいつらにはここで引き上げてもらう」
男の方が言い放つ。あー、嫌だ。こいつの顔を見ると腹が立つ。同じ女の腹から生まれたが、産みの母を窮地に追いやることも構わずその持ち物を奪った奴。
名を、ユートと言う。
私はタロちゃんを見た。
「タロちゃん、治癒術使える奴を治療したんじゃなかったの」
タロちゃんは首を傾げながら、
「魔素術に長けていそうな奴を選んで治療したんだが」
「魔素術を使えるっていっても偏ってる場合だってあるんだから。この男は治癒術とかてんで駄目なんだからね」
言われた当人は私に気づくと目を見開いた。
「お前……シホゥ!」
そこからいろいろと言いそうな顔をしたが、言葉が続いて出てこなかった。それを遮ってカナエが前に出る。
「ああ、やっぱりさっき竜の咆吼を撃ったのはお前だったのか。お前が竜の咆吼の撃ち手になったらしいというのはきいていたが、信じきれていなかった。さっき実際にお前の気配を感じても、まさかと思っていた」
カナエが目尻に涙を浮かべながら言った。昔から魔素術に長けていて、頭の回転が速く肝が据わっていて、誰からも一目置かれていた人だった。
「久しぶり、カナエ。家を継いだんだ?」
「ああ。母が気弱になって、私に譲りたいと」
カナエは口早に言う。連れに喋らせまいとするかのように。それは正解だと思うので、私もそれに乗って世間話を続ける。
「コレスのおばさんが?それは驚きだね」
「ああ。まあ年だしな。今は姉の子どもたちの守りをするのが主な仕事だ。今も集落にいて、守りを固めている」
「おばさんがいるんなら集落は安心だね」
「くだらない話をするな!」
ユートが怒鳴って割って入った。そして、私を睨みつける。
「お前も一族の者のくせに、何故平原の者たちと行動を共にしている。神々のお告げがあるとかいうが、そんな胡散臭いものに従っているなんて嘆かわしい」
「馬鹿は休み休み言ってもらえないかな。ここに神使がいるのが見えないの?それなのに神々のお告げを信じないとか、あり得ないでしょ」
私が低い声で言うと、向こうは怒鳴り返してきた。
「お前、兄になんて口のききかたをするんだ!」
「兄?そんなものは私にはいない。私の家族は両親だけだよ」
私は更に低い声で言った。




