151 神域での再会
私はゆっくりと眼を開けた。
私の左側にはクラリィ婆ちゃんがいて、右隣にはレイドール公爵令嬢がいた。まあこれは、魔素の気配でわかってはいた。
私は堅い石の壁にもたれかかっていた。天井も床も同じ石でできていて、これは私には見慣れたものだった。高原の神域のうち、石で出来た建物の中だ。
私と相対するように、白銀の髪に白い肌、青い瞳の美少年が部屋の向かい側の壁にもたれかかって座っていた。ガリエス先輩とガリエス隊長の丁度中間くらいの雰囲気だ。繊細な美しさがあるのと同時に男臭さもある。
彼は私と目が合うと、やあ、と軽く言った。
こいつは間違いなく、六年前に私が死にかけるまでやりあい、つい最近もテッサ山脈の向こうにある森の上で対峙した魔法使いだ。
が、怖さは感じなかった。この人がどこの誰で、どんな経緯があってそれぞれの場に現れ、私と対峙することになったのか、その背景がわかっているからだろう。
私が目を逸らさずに見つめ続けていると、向こうは困ったように笑顔を浮かべた。
「いやー、君には恨み言をぶつけられると思っていたんだけどな」
「あんたのことは全部きいた。だから怖くはない。まあ、文句は言いたいけど。婆ちゃんと友だちを殺し掛けたこととか、友だちに恐怖心を植え付けたこととか」
「君自身も死にかけたんだろう。それについての文句は」
「あれは私が術師として未熟だったから。あんたに文句を言うようなことじゃない」
向こうは苦笑を浮かべた。
「困ったな。怒れる女の子の相手をどうやってしたらいいんだろうかって悩んでいたんけど、無駄だったみたいだ」
「それはどうも。それで、今、どういう状況なの?竜は倒したの?ここが神域の中だっていうのはわかるけど」
私は婆ちゃんを見て言った。婆ちゃんは小さくため息をつき、
「竜は倒せていないよ。凍らせて一時的に動きを止めているだけだ」
「じゃあ、もう一度私が鶴の一声を使って仕止めればいいんだね。大丈夫、動かない的を相手に外すようなことはしないから」
先手を打つつもりで言ったのだが、婆ちゃんからは大きなため息が返ってきた。
「そういうことじゃない。そもそもお前が撃ったのは鶴の一声じゃない、竜の咆吼だ。矢鱈なことで放つもんじゃない。前だって今回だって、撃ったときにはいつも気を失っているだろう。それだけ無理をしているっていうことだよ」
「それって、撃つなってこと?でも他に方法がある?竜を相手に魔法は使えないし、だったら」
「高原の民に一斉に鶴の一声を使わせるさ。お前が傷をつけた箇所に一点集中すれば突破できるだろうよ」
「協力してくれるかな。というか、竜にやられて倒れた人たちって生きてる?外にあのまま寝かせてたら、他の魔獣にやられちゃうよ?」
「それは大丈夫ですわ。私やジェラルド、ガリエス先輩やファラーグ先輩とで拾ってこの建物の傍で休んでもらっていますから」
そのとき、建物の外で治癒術を使う気配がした。タロちゃんかな。
「あー、高原の民で無事なのかいたのね?」
「まあ、元々はルートヴィヒの治癒術で命を繋いでいたんだが、今はタロスが治癒術を使って本格的に回復させているよ」
「じゃあどんどん高原の民を使えるようにして、それで竜を倒しに行くのね?」
「問題はそれだけじゃないけどね」
声が上から降ってきた。声の主を捜して上を見上げると、この神域の管理者とホリィとシュル、それにヴィーナが一緒になって上空に浮いていた。
管理者は私を見降ろしながら言った。
「シホ、久しぶり。大きくなったね」
「久しぶり。それで、問題って何?」
「煉獄の試練を耐えられなかった魂は今外にいる竜に吸収されきれていなかったようでね。ちょっと小物が煉獄内をうろうろしているんだよ。それも片づけないといけない。本来なら、一つの個体に収斂される筈なんだが」
「それって、ああいうのが発生するのは既定のことだったってことなの?」
「そうだね。本当ならもっと時間をかけて固まるものだけど、今回はいやに早くてね。そのせいで取りこぼしたモノがあるのかもしれない」
「そうなんだ?まあいいけど。そんなのが幾ら出ても、倒せばいいだけなんだし」
「そうは言うが、お前では事に当たれないよ。こんなところで竜の咆吼を撃たれては困るし」
「そうなんだ?ここはどんな術でも耐えられると思ってた」
昔、ここで魔素術の練習をしても、管理者は何も言わなかったのに。
「大抵の術は問題がないよ。だが、竜の咆吼となれば別だ。まだ残っている煉獄の繭にも影響が出かけない」
「まだ解放されていない方がいるんですか」
レイドール公爵令嬢が控えめに訊ねる。管理者は首を横に振る。
「違うよ。未使用の繭があるということだよ。これまでここで保管されていた魔法使いたちは皆解放された。今回解放された中で、人として戻れたのはここにいるレクスだけだ。煉獄が始まって二人しか戻れないとは、このやり方に問題があるのか魔法使いたちがひ弱なのか、検証しないとならないが」
「何でそんなに外に出てこれない人が多いの。それじゃあ世界の終わりに対処できる魔法使いを貯めておくっていう目的を果たせないんじゃない?」
私が訊くと、管理者は軽く頭を振って、
「世界の終わりに対応するためには力があり、かつ精神に問題なく任務を遂行できる者でなければならない。神々の指示に対し二心あるようでは困るからね」
管理者の説明では、煉獄に捕らえると最初に魔力に対する試練を課し、それにパスした者に対して精神的な資質を問う場面を疑似体験させる夢を見せ、その合間に精神干渉による尋問あるいは教育を行うそうだ。
捕らわれた魔法使いの大半は最初の魔力に関する試練で溶け、残った者も精神的なものを問われる夢の中で壊れるのだという。そしてそのどちらも魂だけは輪廻の輪に入れず、ここで凝ってしまうのだという。
「あの、教えていただきたいことが」
レイドール公爵令嬢が管理者に対して声を上げた。
「こんなときにお訊ねするのは申し訳ないんですが、最初に煉獄に収められた王子はどうなったのでしょうか。彼の王子の救出は我が家歴代の主の悲願なのです」
「最初に収容された魔法使い?」
管理者は首を傾げてから、私を見た。
「シホ、君、何も言ってないの?」
んー、何のことかな?




