148 思いがけない加勢
筍の階で上がってきていたのは、同じ女の腹から生まれた女だった。世間一般的には姉と呼ぶ間柄だ。
名をユナという。八年前、一家が追放されることが決まったときには、そのときつきあっていた男の嫁になるから高原に残ると言い、そのまま別れて今に至る。
八年ぶりに会うユナは、若くはあったがやつれた感じがあった。歳は二十四になった筈だ。服の裾飾りからも、子を産んだことがわかる。高原氏族ではそういうことがすぐにわかるようにそれぞれの服に決まった模様の刺繍がされる。
ユナは、魔素術の腕前は普通。平地の魔素術師たちと比べても良くはない。ただ、攻撃的ではない魔素術はそれなりに使えていた。筍の階も確か使えていたか。
「シホゥ、待って。話をきいて。神域に行くのは諦めて、ここで引き返して」
私がかつての家族だと子どもたちからきいたのか。私は答えることもせず、水連の葉から飛び降り、樹冠の上に降り立つと、魔素を操って高速で移動しはじめた。高原の民の中には追ってくる者もいたが、すぐに引き離した。
すぐ傍を魔法で飛んでついてきていたレイドール公爵令嬢が訊ねてくる。
「先ほどの女性、無視して良かったんですの?」
「それは、まあ?敵の言うことに耳を貸しても仕方がないでしょ」
「けれど先ほどの人は泣きそうな顔をしていましたわ」
「だから何だっていう話ですよ。こっちにはやらないといけないことがあるんだから」
あんなのの話に耳を傾けたところで時間稼ぎをされるだけだ。
他のメンバーは、婆ちゃんの先導でまっすぐ神域に向かっていた。数十年ぶりだから正確な方向がわかるか自信がない、と婆ちゃんは言っていたが、心配は無用だったようだ。まあ、樹冠の上に出てしまえば視界を遮るものはなく星辰が見えるから、その下にめがけて行けば良いのだけど。
そう、神域は星辰の下にある。森の中を行けばかなり困難な道のりなのだけど、樹冠の上を行けばこんなに簡単だ。
とはいえ、高原の森の樹冠の上を進むと問題がある。
「魔獣だ。竜……?いや、そこまでではないか」
早速その「問題」を見つけたアンリウォルズ先輩が言いながら魔法で特大の火球を放つ。それが問題のモノにぶつかると、対象物は一瞬で燃え上がり、灰となって崩れ落ちていった。
「あちらからは鹿もどきか」
隊長が細い雷の光を走らせ、空を駆ける双頭の鹿に当てる。そちらは断末魔の叫び声を上げながら森の中へ落ちていった。
それからも後から後から魔獣は押し寄せてきた。
そう、高原の森で樹冠の上を移動すると魔獣が押し寄せてくる。だから高原の民は、そういうモノを駆って毛皮とかを手に入れようというとき以外には森の上には出てこない。今同行しているのが強力な魔法使いだから難なく一撃で仕留めているが、これは魔素術師にできることではない。実際、先程分界石の付近から森の上を追跡して来ようとしていた高原の民たちが何人かいたが、誰も追いついて来てはいない。早速と魔獣が集まってきたので、森の上を移動して追いかけることを断念したのだろう。
と、私たちが後にしてきた方角から光の玉が上がり、黄色い光を放って弾けた。
「信号弾?」
レイドール公爵令嬢が私を見る。私は頷いてみせ、
「高原の民の中ではこの事態は想定済みっていうこと。あの信号弾で次の段階に進んだことを知らせたの」
「次に彼らは何をしようとしているのかしら」
「さあ、それはわからないけど。でも、多分、次の守備位置についている者たちへの連絡程度だと思うわ」
とはいえ、先陣に配置されていた者たちも恐らく森の中を移動してきているだろう。
こちらもさっさと行かなければ、追いつかれる。
魔獣退治については、アンリウォルズ先輩やガリエス隊長の的確な攻撃魔法が有効な上に、レイドール公爵令嬢が同時に何カ所にも魔法を展開して魔獣を数多くほふっているのもかなり撃墜数を稼いでいた。それについては暫く問題はなさそうだったが、問題はクラリィ婆ちゃんだった。
婆ちゃんは意識を取り戻し、自力で水蓮の葉を出しその上で亀の甲羅を使って自分の身を守っているが、顔色は良くない。タロちゃんがそれを守って動いているが、婆ちゃん自身が動けなくなると機動力が落ちる。
私はホリィに言った。
「ホリィ、羽衣を出して。私も魔法を使うわ」
「いいけど、変身するの?羽衣で変身してそれを維持できる時間が読めないのはわかっているでしょう?」
「わかってるけど、やらないと」
私がホリィから羽衣を受け取り、変身しようとしたとき、空から大きな影が降ってきた。
「シホー、来たよー!」
ラヴィだった。
ラヴィは私たちがいたのよりも更に上空から降ってくると、炎やら風やらをその口から吐きまくり、集まってきていた魔獣を蹴散らしていた。
うーん、何でラヴィがここにいるんだ?
魔獣が退き始め、遠巻きに私たちを見始めた。静かになったところで、ラヴィが言った。
「シホ、こんにちは!来たよ」
「あ、うん。えっと……?」
戸惑う私の傍で、ホリィが激しい口調で言った。
「あんた、何でこんなところに来てるのよ?世界の結びつきが弱くなっているときに、こんな極地にあんたみたいな力の強いのが来たら、ますます不安定になるでしょうが!」
「そんなの知らないもん。僕は僕がやりたいようにやる」
ラヴィはそっぽを向いた。
私はホリィが言っていることに不安を覚えて、訊ねた。
「ラヴィがここにいるだけでそんなにまずいの?」
「いるだけならいいわよ。でもこの子がちょっとでも本気を出して力をふるったら、世界をつなぎ止めているつながりが切れてしまうかもしれないんだから」
「えっと……さっき魔獣を蹴散らすのに力を使ってたけど、あれももしかしてまずかった?」
「あれくらい平気だよー」
当の本人であるラヴィが言った。
「不安定になってるって言うけど、そんなに神経質になることないんだから。確かにいつもよりは弱くなっているかもしれないけど、まだまだ大丈夫なんだからね」
「あんたみたいなのが二、三体本気を出して暴れたらまずいくらいには弱くなってるでしょうが」
「んー?僕みたいなの?ああ、そっか。あの人形を使ってる奴のこととか心配してるんだ。まあ心配はわかるけど、僕はわざと何かしようとはしないんだから、何も起こらないでしょ。ね、シホ、僕だったら神域までみんなを連れていけるよ?」
私には正しく渡りに船と思われた。クラリィ婆ちゃんは結構ダメージが来ている。魔獣が襲って来なくても、森の中を追跡してくる高原の民をかわせるほどのスピードで移動できるかはわからない。
恐らく神域までの間に待ち伏せしている高原の民もいるだろうし、それと挟撃されるとどうなるか。
「ラヴィ、私たちを神域まで連れていってくれる?」
「シホ、ちょっと!」
ホリィが抗議しようとするが、私は聞き入れない。
「婆ちゃんを運ばないと。それに、ラヴィがいると魔獣が寄ってこない」
婆ちゃんがこうなっていなければ問題なく森を抜けられただろうが。もうちょっと魔法使いを連れてくればよかったかな。ガリエス先輩が一人いるだけでも全然違っただろう。……なんだかんだ、いっつも助けてもらってたなあ。
ラヴィは明るく、
「いいよー!何だったら、僕がずっとついていてあげていいよ。煉獄に着いてもクラリィはそんな様子じゃ歩けないだろうし、待っている間、僕が話し相手になってあげるよ。いいよ、遠慮しないで。煉獄は広いから、きっとシホたちが全部見て回るのに時間がかかるよ」
そのとき、今度は私たちが向かおうとしていた方向から花火が上がった。それは黒い煙を上げて弾けた。
「交戦中……助け求む?」
高原の一族で使われる信号弾の色で、これだけは覚えておけと言われていたものだ。危機に遭ったときに一族間で助け合うために使われるもの。
「あれは神域がある辺りじゃないかい?」
「そうだね。でも何があるんだろ。多分、私たちを迎え撃つために伏せておいた別動部隊が上げたものなんだろうけど。でも、神域なんかでそんな緊急事態が起きるかなあ」
「まあ、余程馬鹿なことをしなければないだろうね」
「馬鹿なことってどんなこと?」
ラヴィが訊く。この反応は珍しいなと思いながら私は答えた。
「神域に向かって攻撃して、神域の防衛機構が動き出すとか、管理者の怒りを買って管理者から攻撃するとか?でも神域に損害を与えるほどのものでないとそんなもの動き出さないよ」
「それに、そもそも高原の民が神域に攻撃するなんてないだろうしね」
婆ちゃんが言う。そうだよねえ。それなんだよね。
「それでも、早く行った方がいいのではないかしら。神域で何か起こっているのは間違いないのですし。煉獄の方は後回しになりますけれど」
レイドール公爵が言うと、ラヴィがあっけらかんと言った。
「あれ?まだシホもタロスも煉獄がどこにあるか言ってないの?煉獄って高原の神域の中にあるんだよ?」




