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147 高原氏族

 保護した二人の子どものうち、大きい方の子が私に言った。

「もしかして、おねえさん、ぼくのおかあさんのいもうと?」

「は?」

 突然の発言に私はどう反応したらいいかわからず固まった。

 子どもは私を見つめながら言う。

「おかあさんがいってた。おかあさんのいもうとはあるきはじめたころには亀の甲羅が使えて、蜂の群舞は大人が使っているのを見てすぐにまねして使えて、鶴の一声は三歳になる頃にはしょっちゅう撃ってたって」

 確かに私はそうだったけど。

 タロちゃんが興味深そうに男の子に訊いた。

「それって高原の子どもでも珍しいことなのか?」

「うん。そんなに早くに使えるようになるなんて天才だって。ぼくのおかあさんのおとうさんもすごいかりうどだったけど、そこまで早くに術をつかえたりはしなかったって」

「そうか。それは高原の子の中でも特別なのか。高原だとこいつみたいなのは当たり前なのかと思っていたが」

 何故か呆れた様子で私を見る。私は無視しようとしたが、レイドール公爵令嬢が興味深そうに私を見ているのに気がついた。

「何?」

「いえ、あなたはご両親とあなたの三人の家族だと思っていたので。この子の話だと、お姉さんがいらっしゃるの?」

「いないわよ、そんなの。あなたの言うとおり、私の家族は両親だけだわ」

「でも」

 公爵令嬢は説明を求めるようにタロちゃんを見た。タロちゃんは何か言おうとしたが、それより先にクラリィ婆ちゃんが言った。

「まずいな。高原の民が来たようだ」

 言いながら、亀の甲羅で私たち全員を覆う。その瞬間、森の奥から飛んできた蜂の群舞が夥しくぶつかって弾けて消えた。

「ガリエス伯爵、あそこの木に雷を落としてくれんかね。それで奴らは姿を現すだろうよ」

 婆ちゃんの言葉に、私も遅ればせながら森の中に魔素の揺らぎを利用して姿を隠している人間の集団に気がついた。

「あー、ごめん、すっごく迂闊だったわ」

 私は子どもたちを立たせると、言った。

「この道をまっすぐ森に向かって走りなさい。一族の大人が迎えに来てるから。大人に会ったら、ここに縛られて転がってる貴族があんたたちを連れ去ったんだって説明するのよ。後から来た私たちには助けてもらったんだって」

「でも、でも」

 大きい方の子が言う。私は子どもたちを睥睨した。

「あのね、外から来た余所者にむざむざ捕まるとか、あんたたちみたいなのは高原氏族としては恥曝しでしかないんだからね。あと、今くらいの説明もできないような子どもは更に将来の望みなしと見なされるわよ」

「ちょっと、アリス・ゼンさん、そこまで言わなくても」

「言いますよ。これくらいの歳だったらわかって当然なんだから」

「そりゃ、お前だったらそうだったけどなあ」

 相変わらず呆れた口調のタロちゃんは神衣を身につけていた。

「とりあえず、やってしまっていいか」

 隊長は既に右手の一差し指の先に小さな雷を纏わせている。

「それよりも森を焼いた方が早いじゃないか」

 隊長よりももっと大きな炎を手のひらの上に出現させながらアンリウォルズ先輩が言うと、

「あまりに被害を大きくするもんじゃないよ。この子たちが連中に説明してくれたら穏やかに収まるかもしれないのが、そうはすまなくなるかもしれないじゃないか。伯爵、頼むよ」

 婆ちゃんの言葉と同時に隊長は婆ちゃんが言った木に雷を落とした。

 それと同時に辺りにさっと風が吹き、高原の奥へ続く道を塞ぐように、二十人ほどの高原の民が姿を現した。見れば、道の上だけではなく、木の上にも人はいた。

 見たところ、年嵩の者が多いように見受けられる。男女の比率は、男の方が多めか。まあ、予想通りではある。

 彼らは皆、お化け百合の花びらで出来た白いボタンで埋め尽くされた装束に身を包んでいた。

「これは、高原氏族……?正装している?」

 言いながら障壁を解こうとしている公爵令嬢に、私は言った。

「駄目だよ、守りを解いたら。あれは武装なの。お化け百合の花びらほど外部からの魔素や魔力に抵抗できるものはないんだよ」

「そうだな。しかしただ子どもを取り返すためだけに正装して来るとは」

 婆ちゃんは訝しげにしていたが、男の子が言った。

「違うよ。大人たちは平原から神域に使者が来るから、それを追い払うために出かけるところだったんだ」

 つまり、高原氏族はもともと私たちを迎撃しようと準備をしていたらしい。

 分界石を挟んで対峙している私たちに、高原の民の間から野太い声が響いた。

「魔法使いども、我が一族を返してもらおう!」

 魔素を纏って人垣の向こうから初老の男が姿を見せる。

 忘れもしない、高原氏族の長だった。八年前よりも髪が薄くなっているが、それ以外は特に変わりない。

 忘れもしない、と言うのは、この男が私たち一家を高原から追放したからだった。自分の孫に一家を構えさせてやるために。

 高原氏族には不文律がある。一族が住む集落に建てられる家は三十六軒までであり、それを越す場合は間引かないといけない、と。最初は家の数でカウントされていたそれは、いつしか集落に存在出来る一家の数に置き換わっていた。

 高原で人間が安心して住める場所は限られており、それを守るための掟だと思うのだが、誰かが独立して新しい家を立てる度にどこかの家を潰し、そこの家人は高原の外に出るかそれとも存在する家々の者として吸収されるか、そのどちらかの道を辿る。

 私と両親は、前者を選んだ。選べたのは幸運なことだった。選択肢を与えられず、他の家の下人のような立場にされることもあるからだ。

 クラリィ婆ちゃんも一族の決定の結果、高原から出された。婆ちゃんの場合は両親が狩りの途中で死んでしまい、残った一人娘である婆ちゃんには家を維持できないと、高原を出るか他の家の下人になるかを選べと言われ、婆ちゃんは外に出ることを選んだのだった。

 高原は過酷な環境であり、婆ちゃんの両親のように不慮の事故に遭って家がなくなることもあれば、子に恵まれず家が絶えることもある。そういったことがそれなりに起こるため、新しい家を立てても家の数が三十六を越えることはそうはないのだが、現在の長の孫息子が結婚して家を立てることになったときにはそのまさかの事態が起きてしまい、長の家とは一番遠い血筋だった我が家が弾かれたのだが。

「シホ、気付いているかい」

 私の傍に寄ってきたクラリィ婆ちゃんが言う。

「十二家しか来ていないよ」

 家長はそれぞれの氏族の紋を縫い取った肩飾りを着ける。なので、どの家の長が来ているのかは一目瞭然だ。

 ちなみに、紋は高原氏族が今の形になったときに存在した三十六の家のものを引き継いでいく。つまり、婆ちゃんの家の紋やうちの紋を継いで身につけている奴らがいるっていうことだし、一度三十六家の紋を覚えてしまったら、その情報は有用であり続けるっていうこと。

「確かに、十二しかいないね。残りはどうしたのかな」

「集落の守りと……あとは神域を守るためにどこかに配置されているっていう感じかね。これでもともと我々を待ち受けていたことが証明されたというわけだ」

「なるほど。ここを通り抜けてもあと二回は戦わないといけない、と」

「そうだね。だが、恐らく今ここにいる連中が一番攻撃力が高い編成になっているだろうよ。何しろ長が出て来ているし」

「まあね。それに、来ている家の紋を見ても、攻撃に長けている連中が来ているし」

「そんなことがわかるの?」

 レイドール公爵令嬢が訊ねてくる。私は頷いて、

「まあ、肩当ての紋を見れば、ね」

 一族の長は声を張り上げて言った。

「子どもを置いて疾く去れ。であれば、見逃してやる」

「長、ちがうんです!ぼくといもうとをたすけてくれたんです!」

 男の子が前に出て言う。妹の方がぼうっと私たちの傍から動こうとしないので、私はそちらの子の背を押し、兄のところへ歩いて行かせた。

「ショウジ、ユラ!」

 人垣の向こうから若い女の声がして、前に出て来た。

「お母さん!」

 子どもたちは泣きながら駆け出す。

 私は低い声で婆ちゃんたちに言った。

「行くよ」

「わかった」

 婆ちゃん以外の皆も理解したらしい。それぞれの表情が少し変わる。

 私と婆ちゃんは同時に筍の階で上空まで一気に上がった。魔法が使える連中は魔法で空へ飛び上がる。

 とりあえず制空権を取って飛び越えてやろうという作戦だ。これは最初から打ち合わせてあった作戦の一つ。神域に着くまで消耗したくなかったのと、森をあまり痛めたくなかったのと。高原氏族にはずっとここで暮らしてもらわないといけないので。

 魔素術師が縦方向へ上がるのに、筍の階ほどの速度を出せるものはない。どんなに練達した魔法使いもこれほどの速度は出せない。

 そのような特長のある術だが、どこまで速度を出せるかは術者の練達の度合いによる。普通に生活の中で使うのなら、ゆっくりと上がれればそれでいいからだ。どちらかというとどこまで高さを出せるかという方が重要だったりする。特に高原の生活では、収集に使えればいいか、という感じなので、速さを追求することはないのだろう。私や婆ちゃんと同じように筍の階で上がってきていた者もいたが、かなり遅く、私たちが雲の上に出ようという頃には豆粒のようにしか見えなかった。

 さて、ここまで来たら後は森の樹冠の上を移動すればいいか、と思っていたところ、術で出した筍の階からおかしな感じがあり、同時にしびれが襲ってきたので、すぐさま筍の階の術を解いた。落下するのを少しでもくい止めたくて、今度は水蓮の葉を出し、それで自分の体を受け止める。

 痺れが残る体で、何が起きたのか考えた。あの痺れは、電撃だ。筍の階に電気を纏わせて上まで走らせたのか。

 魔素は電気を発生させる素にはなるが、魔素の柱自体は電気を通さないので、その表面に触れる空気等に魔素を走らせ、電撃を上まで届けたのだろう。平地の魔素術師ではそんなことをしてくる者はいない。

 婆ちゃんは大丈夫だろうか。私と同じに筍の階で上がってきていたから、同じ攻撃を喰らっていてもおかしくはない。

 水連の葉の上から辺りを見回す。安心したことに、婆ちゃんは隊長さんが助けてくれたようだった。婆ちゃんを抱えて空を飛んでいるのが見えた。

「どうする」

 私の側まで飛んで来たアンリウォルズ先輩が訊いてくる。

「当然、ここはこのまま飛び越えるわ。向こうはまだ戦力を温存しているから、この後も戦いがあると考えていい。だったらこちらも温存しないと」

「わかった」

 先輩は飛んで行った。私もついて行くために樹冠の上に飛び降りようとした。

 と、声が聞こえた。

「シホゥ、待って。止まって!」

 八年ぶりにきく声だった。あの女の魔素術の錬度では前線に出てくることはないと思っていたのだが、さらわれた子の親ということで連れてこられたか。

 声が聞こえる方へ目をやると、私や婆ちゃんほどではないがそれなりの速度で筍の階を操り、上がってくる女がいた。

 私と同じ女の腹から生まれた女だった。

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