144 同行する人たち
戸惑う私に、ジェニファが説明してくれた。
今、私とタロちゃん以外で高原へ行くメンバーについて王宮で検討されているが、その候補として、ガリエス家から誰か選ぼうという話が出ているそうな。
理由は、レクス・テウル・ガリエスが煉獄から解放されて無事でいる可能性が高く、親族が迎えに行った方が彼の協力を得やすいだろうからというからだそうな。
うーん、煉獄に迎えに行く話と神域に行く話がごちゃごちゃになってるのはどうなんだろう。第三王女殿下が煉獄のことを説明してきちんと理解されているのかなあ。まあいいけど。
で、ガリエス家では、誰が煉獄に行くか、という話になり、家族の中で話し合ったところ、現当主である隊長さんが手を挙げた。しかも、
「兄上は伯爵位を俺に譲って行くと言っていて」
「それだけ危険なことだと覚悟してるのね。正しい理解だわ」
私たちの頭上で話をきいていたホリィが言った。マリちゃんは少し考え込みながら、
「先輩はシホちゃんが同行を断ったら隊長さんが高原に行くことはなくなると考えておいでなんですね。でも、もしそうなったら、お身内で誰がレクスさんを迎えに行くんですか。リーシア先生ですか?それとも先代の侯爵ですか?先代侯爵は無理ですよ。体調が戻っていませんから、高原を行くなんてどう考えても自殺行為です」
「俺が行く」
「でもお前、今煉獄に行く候補者に挙がっている中にはレイドール公爵令嬢がいるんだぜ。お前が行くのはまずいんじゃないの」
「彼女の婚約者も候補にいるときいている。一緒なら大丈夫だろう」
先輩たちのやりとりに、私はめまいがしてきた。
「何であの公爵令嬢が来るなんていう話になってるのよ?高原で野宿とかになって、やれるとは思えないけど」
私の疑問に、ジェニファが答える。
「煉獄に収容された魔法使いたちの情報を持っているからっていうことで、レイドール家から誰か派遣するという話になって、そうしたら公爵が令嬢を強く推薦してきたそうよ」
「公爵家から他の人が出るのではないのですか」
マリちゃんが不思議そうな様子で言う。ジェニファは頷いて、
「そうなの。公爵家の中でいろいろ検討したのだけど、シホちゃんが行くのだから公爵令嬢を行かせたのがいいんじゃないかっていう話になったんですって」
「何でそんなことになるの?」
私は思わず声を上げた。ジェニファは肩を竦めて見せながら、
「シホちゃんと同年代の女子が行った方が、シホちゃんも心強いだろうからって」
「特に仲がいいわけじゃないけど」
「わかってる。でも、公爵ってとっても話がうまくって。兄様の話では、公爵が令嬢を派遣する理由を語った後では、まるでシホちゃんとヴィオレット・テウル・レイドールが身分の垣根を越えた大親友みたいに思われたそうよ」
「あのひとと大親友って、全然そんなの想像できないんだけど」
私は苦々しく言った。
「まあ、気持ちはわかるけど。それで、レイドール公爵令嬢の婚約者であるアンリウォルズ先輩もが同行することが決まりそうな感じね」
「それじゃあきっと隊長さんはそういうことがあってガリエス先輩ではなくて自分が行くと言ったんでしょうね。婚約したとはいっても公爵令嬢本人のガリエス先輩への気持ちがなくなったという保証はないから。王宮は現伯爵が立候補したことについてはどう思っているようなの?」
「ガリエス先輩への伯爵位の譲位も含めて概ね賛成という感じね。伯爵は高原の麓まで転移陣で移動できるという話だし、魔力の強さも魔法の腕前も申し分ないし」
「そうかもしれないが、俺は兄上がこちらに残って俺が行くべきだと思う。我が家には兄上が必要だ」
沈痛な面もちで言い切るガリエス先輩を私たちは黙って見ていたが、ホリィが言った。
「まあ、あんたの気持ちはわかったけど。結局はシホとタロスがどう思うかなんじゃない?シホ、あんたはどう思うの。高原行きの面子の条件っていうか、そういうの。何かあるでしょ」
「あるわよ。第一に、高速で高原の森の中を移動できること。第二に、野宿を厭わないこと。第三に、高原氏族と戦うことになったら迷わず相手を殺す覚悟と技術があること」
「殺す?」
マリちゃんが声を上げる。その他の三人もぎょっとしたような表情をしていた。私は平坦に言った。
「そりゃそうだよ。高原の民に見つかったら確実に衝突するでしょ。そうしたら向こうは確実に殺しに来るよ。だったらこっちもやり返さないと」
「でも、魔法で人間を攻撃できないでしょう」
「そんなのはやりようだよ。魔法で直接人間を攻撃できないけど、魔法を使って攻撃力を倍増させるとかそういうのは有りなんだから。例えば、魔法を使って自分の体を高速移動させて、その勢いを借りて剣で相手を刺す、とか」
私が言うと、ファラーグ先輩は頷いた。
「確かに、それが貴族の戦い方だ。そして、貴族は幼い頃からそういうのをずっと鍛錬してきている。俺もフロリゼルもやれるよ」
「でも、実戦を経験したことはないんでしょう?」
「それは……。でもそれなら、伯爵だって同じなんじゃないか」
「国境で守備隊の隊長として働いていたら、当然実戦だってこなしているでしょ」
私の言葉に、ファラーグ先輩もガリエス先輩も黙り込む。
と、ジェニファが言った。
「シホちゃん、それって絶対にできないといけないこと?」
「そりゃそうだよ。あ、公爵令嬢が無理そうなの?」
「あの人は大丈夫だと思うわ。公爵の話では対人戦も野宿についても幼い頃から訓練しているって」
「こっちの世界の貴族ってそういうものみたいね」
ホリィが言う。
こっちの世界、というのをどう解釈したのか、ジェニファが、
「この国だけではなく、どの国の魔法使いもどんなときにも世界の危機に対処できるように訓練を積んでいます」
「他の国のことまで見てきたわけじゃないでしょうに」
ホリィが言い、ジェニファが少し顔をしかめている間にマリちゃんがまあまあと割って入った。
「とにかく、貴族は野宿でもできるように訓練してるってことなのよね。だったら何が心配なの?」
「それが、ハーヴェロイ王子が……」
「は?」
「王子も候補に入っているの。というか、ハーヴェロイ王子が自薦してきて。世界の調節に王家の者が参加すべきだ、って。他の国から高原に人が派遣される可能性があるし、その場合に対処できる者が必要だろうって」
「他国からの派遣とか、そういう話があるの?」
この世界にはこの国以外にも国がある。国というか大陸というか地域というか。ただ、この国とは直接接していない。各国はそれぞれ「高原」を持ち、それらは特殊な空間で繋がっている。
その特殊な空間は「街道」と呼ばれており、そこを通るには特殊な技術がないと通ることができなかった。
その技術を伝承して街道を行き来している一団がいて、彼らは「隊商」と呼ばれているが、彼らの旅に同行するにはかなりの財力が必要だった。
そんな面倒くさい事情があることから、各国の行き来はほとんどない。それぞれの国と高原とが1セットで、他の国が滅んでも、最悪、国と高原との1セットだけで生き延びることができる。今回、他国から人が派遣されるとなれば、他の地域に干渉してくるということになる。これまで他の地域が消滅したことはある。そんなときだってお互い干渉することはなかったときいているのだが。
「そんな話はないわよ。ただ、今までに消滅した他の地域とは違って今回はこちらが不安定だっていうのがわかっているから、それで他国が来るかもしれないってハーヴェロイ王子は言っているの」
なんだ、と私は力が抜ける。
「それはないんじゃないかな。だってこっちが消滅しても他の地域には影響ないんだから。第一、隊商が街道を通るのにいろいろ技術を駆使してもちょこちょこ抜けがあるようなんだから、無事に来れる保証はないと考えていいんじゃないかな」
「抜けって?」
「時々、高原の森に出所不明のモノが落ちているんだよね。明らかに他の地域のものだったりして、それって隊商の持ち物がはぐれてこちらの空間に紛れ込んでいるのではないかって、高原の民の間では言われていたの」
「そうなんだ……。知らなかった」
「まあ、落ちているモノっていっても櫛とか布切れとか些細なもので、人とか動物がそんな風になっていたことはないから、大事にとってないんだよ」
「じゃあ、ハーヴェロイ王子が行く意味はないってこと?」
「まあ、そういう意味では。第一、隊商が来るくらい、高原の民でいつも対応してるしね」
そう、隊商はたまに高原には来る。彼らもずっと街道を行き続けるわけにはいかないので物資の補給を兼ねて寄るのだ。
ジェニファは少し安心した様子で、
「そっか、じゃあハーヴェロイ王子が行かない方向で話してみるね」
「そうね。というか、来ないでいてくれるとありがたいんだけど。あの王子、絶対野宿とか無理でしょ」
「それはわからないわ」
ジェニファは大きくため息をついた。
「本来なら公爵家みたいに野宿の技術も学んでいる筈だから。ただ、伯母様はハーヴェロイ王子をとにかく甘やかしたときいているから」
「第一王女殿下もハーヴェロイ王子の高原行きに賛成なんだ?結構危ないこともあると思うけど」
私が訊くとジェニファは頭を振って、
「伯母様は体調が悪くって、伏せっていらっしゃるの。この件については兄様に全部任せるっておっしゃっているらしいのだけど」
「そう……。でも王子自身はついてくると言っている、と。何とかついてこないようにできないの?」
「陛下が諫めたのだけど、本人は頑なで。止まりそうにないわ」
「じゃあ、同行者について私から条件を出されたって言ってみて。私とタロちゃんについて高原に行くのは四名以内で、絶対にさっき言った条件を満たしている人にしてくれって。あと、少なくとも一人は強力な魔素術師を選んでくれって。世界の維持には魔力が必要かもしれないけど、その前に高原の民とやりあうのに魔素術師が必要だわ。これを守ってもらわないと、私、高原に行くのを拒否するからね」
「シホちゃん、そんな少ない人数では世界の調律なんてできないんじゃないの?」
マリちゃんが訊いてくる。私はホリィを見た。
「どうなの?無理なの?レクス・テウル・ガリエスを頭数に入れればいけると思うんだけど。あんただって、あと一人いればいいって言ってたし」
ガリエス先輩が息を呑む音がきこえた。
ホリィは考え込みながら、
「まあ、現地の管理者も有能だし、大丈夫なんじゃないかしらね」
「じゃあ問題ないわね。私、いくらカミサマに言われたからって、万全の態勢が整っていないのに危ない橋を渡る気はないわ」
「世界が終わったら全てが終わるのよ?」
「でも、高原に行かなかったら、世界が終わるときに両親とかクラリィばあちゃんとか、大切な人たちと一緒にいられるわ」
「ああ……。わかったわ。兄様たちに言ってみる」
ジェニファは憔悴した様子で言った。ごめんね、でも私は本当に負け戦をしに行くなんて嫌なのよ。
と、ファラーグ先輩が言った。
「でも、シホちゃんだって元は高原の民だったんだし、高原の民に見つかっても殺されるとかそんな心配しなくていいんじゃないの?」
「あのですね、私は両親と高原を出たときから高原の民じゃなくなったんです。なので、向こうからすると私も両親も平原に住んでいる他の人間と変わらないんですよ」
だから、私が神々の指名により神域で世界の安定の任に当たることになったなんて知ったら、間違いなく全力で潰しにかかってくるだろう。
それは彼らの存在意義であり、そのために長年高原での苦しい生活を耐えてきたのだから。それを余所者にやられてたまるか、と。
連中の考えそうなことは手に取るようにわかる。なので、今から気が重くて仕方がなかった。




