141 通告
「地均しは済んだかな」
不意に部屋にアンソニーの声が響いた。そして、天井に背を張り付けるようにして姿を現す。
出席者たちはアンソニーを見てざわついた。
国王が天井に張り付いた状態のアンソニーに声を掛ける。
「そんな風に姿を現して、何かあったかね」
「いや、何も。ただ、話を伝えたい連中が都合良く集まっていると思って来た」
「何の話だね」
「神々が催す宴の話だが」
その言葉と同時に、それまで姿を消していたホリィが姿を表した。
「あんた、どういうつもりよ?」
「お前らがもたもたしているから、伝えに来ただけだ」
「事告げ様が近々降臨されて、そこで伝えると決まったでしょう」
「お前らが勝手にそう思っているだけだ。そんなまどろっこしいこと、俺は全然承知していない。事に当たるのに早ければ早いほど良いからな」
「宴の内容が決まったということかね」
「ああ。というか、宴は中止だ」
場がざわつく。国王がそれを手振りで制し、アンソニーに訊いた。
「どういうことかね?」
「宴などという茶番ではなく、今回こそが本番だ。これまで人間たちが宴で見せてきた力や技を駆使し、世界の調整に当たる。国境の強化と装置の完全な整備を行い、世界全体をより強固な場にする。国境の強化については、この世界だけではなく他の国でも行うよう神々が通達を行う予定だ。場合によってはついてこられない国もあるだろうが、お前たちは自分たちのこの国をどうにかすることだけを考えろ。どうせそれくらいしかお前たちの力はない」
些か乱暴な話ぶりであるな。
より高みから女性の声が部屋中に響いた。部屋の天井が光り、アンソニーが天井からはがれ落ち、床に降り立つ。アンソニーは上を見上げ、
「やっと来たか」
と吐き捨てるように言った。
光る天井から浮かび上がるように小さな人形が姿を現した。冠をかぶり十二単を着て、手には桃の枝を持っている。
「事告げ様」
誰かが呟き、貴族たちは国王も含めひざまづいた。私もそうしたが、事告げ様から声がかかった。
「よい、シホ・アリス・ゼン。それに、タロス・テウル。妾はお前たちと話をしに来た。話をする相手にそのように下を向かれたのでは話がしづらい。立ち上がり、顔を上げよ」
私は立ち上がった。見ると、タロちゃんも部屋の反対側にいて、立ち上がったところだった。
「二人とももっと近くに来よ。ふむ、神使をつけてやっておったのに、何もきいておらんと見える」
「事告げ様から直接話をされるときいたので、控えていたのですわ」
すぐ近くまでやってきたタロちゃんの襟元からヴィーナが首を長くのぞかせて言った。
事告げ様は、ふむ、と呟いて、
「そうじゃな。これだけもの証人がいる場で話をした方が、今後の通りはよいか。では申し伝える。シホ・アリス・ゼン、タロス・テウル、両名は高原の神域に赴き、管理者の指示に従いこの世界全体をつなぎ止めている糸を補強して参れ」
私は唇を噛んだ。事告げ様が言っていることの意味はわかる。高原の育ちだから。でも。
「それは高原の民の役割ではないのですか」
高原氏族出身者として当然の疑問を事告げ様にした。高原の民は世界の維持のためにそこにずっと存在してきた。そして事告げ様が私とタロちゃんに与えた使命は、それこそ高原の民が為さねばならぬと心に決めてきたことだった。
「あやつらにはあの場を維持し続けてもらわねばならん。そしてそれ以上の余力は今のあやつらにはない。連中もお前のような者を残しておればよかったのだが、そういう力ある者に限って放逐されておるでな」
「神域に行くのは私とタロちゃんの二人ですか」
「行くのはお前たち二人だ。まあ、付き添いが若干名いても良いが、それ以上で行くのは目立つだろう。……何に見つかってはまずいか、お前ならわかるな?」
事告げ様の言葉に、私は頷く。警戒しなければならないのは高原の民だ。彼らは余所者を排除する。更に言えば、神々の指示を受けたとはいえ、自分たちの役割だと思っていたことを為そうとしに来た者がいると知れば、殺すことも辞さないだろう。
「高原の民か?」
タロちゃんが言い、私は目配せしてみせた。タロちゃんは嘆息して、
「確かにそういうことなら少数の方がいい。ただ、何で俺とシホなのか。強力な魔法使いなら他にもいる」
「お前たちは世界との繋がりが絶たれている。なので、世界の調律に向いている」
んー、世界との繋がりがなかったら何でそんなことになるんだろう?
どういうことか誰か教えてくれないかなと思って周りを見回したとき、マリちゃんが蒼白な顔をしているのに気がついた。
「マリちゃん?」
私は小声で囁いてみた。そのときになってマリちゃんは私の視線に気がついたようで、私を見て、
「ううん、何でもないの。シホちゃん、事告げ様のお話をきかないと」
私たちがそんなやりとりをしている間に、事告げ様は国王に向かって言った。
「そういうことだ。宴、とこれまで呼んでいたものはこのたびは中止だ。そうだな、今回の事が終われば、選ばれていた者たちの技量を見せてもらう場を設けよう」
「ありがとうございます。ただ、世界を繋ぐ糸を保つのに、二人だけで足りますか」
「ああ、そうか。それで心配しているのか。うむ、実のところこの任務に携わるのは二人だけではない。我々の煉獄を解放し、生き残った者に参加させることとしている」
煉獄の解放。
「ということは、終末の戦いだということか……?」
ハーヴェロイ王子の呟きに、事告げ様は視線だけを喰らわせた。
「その通りだ。これがこれまでそなたらに告げてきた終末の戦いと心得よ。そしてそのためにこれまで煉獄にとどめおかれた者たちは解放する」
「生き残った者、とおっしゃいましたな」
初めて会う初老の男性が前に進み出た。態度といい服装といい静かに偉そうな人だ。
「罪を犯した者は煉獄に囚われはするが、命は保たれるのではないですか」
「煉獄に囚われた当初は皆が生きているさ。だが、終末の戦に使える人材でなければならないのでな、煉獄の中にいる間、そうなるための試練を課す。魔力やその使い方だけではなく、その人格も試す。それに耐えることができた者は囚われたときと同じ姿で解放されるが、そうでなかった者は心が壊れるとか絶命するということになる」
「そんな……」
男性は掠れた声で呻くように言った。
いつの間にか私の肩の上で姿を現していたシュルが言った。
「クレスパン侯爵家だね」
「知ってるの?」
「あの家の監視役をしてたことがあるんだ」
でも、件の家に対して良い感情は持っていないようだ。
「あんまりいい人たちじゃなかった?」
「うん。僕は好きじゃなかった。魔法を何だと思ってるんだって感じ」
「もしかして、あの家の誰かが煉獄に囚われてたりする?」
「うん。僕が監視役をしているときに、跡取りが煉獄に入ったよ。今あそこにいる人のきょうだいなんじゃないかな。でもって、煉獄に跡取りが収容された後、僕、あの家の連中の総攻撃を受けたんだよね。僕が煉獄に入れたって思ったらしくって。そんなの関係ないのに」
基本的に、魔法使いが魔法で人間を攻撃したら自動的に神々の煉獄は作動するもので、それをお目溢しするかどうかを監視役は判定するのだが、例外扱いされるのはアンリウォルズ先輩が宴の参加者を選ぶために魔法で攻撃してきた時のように、明らかに神々の依頼を受けたときくらいなのだが、クレスパン家の人たちはそれが理解できなかったらしい。
「神使を攻撃するなんて罰当たりねえ」
ホリィが言う。
「それってお咎めなしなの?」
私が訊くと、ホリィは、
「だからシュルは監視役を降りたんでしょ」
上位貴族の家ならそれはかなりのダメージだろう。
「それにしても、そういうお馬鹿な家らしい慌てぶりねえ。生きてると思っていた身内が死んでいるかもと知って衝撃を受けたなんて、頭の中がおめでた過ぎるわ」
「そうだねえ。そんなうまい話があるはずがないとは思わなかったなんてね」
シュルが言う。私は訊ねた。
「どういうこと?」
「だってさ、そもそもは神々が定めた禁忌を犯したんだよ?それが囚われているだけで、将来何事もなく出てくるなんて、そんな筈ないじゃない。それで済む筈がない」
「でも、煉獄から生きて出てくることもできるんでしょ」
「勿論。神々が与えた試練を越えることができたらね」
「試練というか試験よね」
ホリィが言った。
「それを突破できれば煉獄が解放されたときに生きて出てくることができるっていうね。まあ、あの侯爵も自分の身内が試験に耐えていることを期待すればいいわ」
当のクレスパン侯爵は事告げ様に、すぐにでも煉獄から解放された者たちを迎えに行きたいと言っていたが、それはきっぱりと断られた。
「煉獄もなかなか難しい場所にあるでな。そこに行く者についての差配は国王に任せよう。キーシア」
名を呼ばれて、第三王女殿下が前に進み出る。
「御前に」
「うむ。お前と夫には、煉獄の場所について沈黙を強いる魔法をかけていたが、それを解くこととする。煉獄は今回の件を終えた後、別の場所へ移すゆえ」
「ありがとうございます」
「わかっていると思うが、場所を明かしたからといって、煉獄に多数の者が踏み入るようなことは厳に慎めよ。高原についても損害は最小限にとどめよ。わかっておるな?」
「わかっております。神使様とも話をしながら派遣する者の選抜を行います」
第三王女殿下の代わりに国王が答える。事告げ様は頷いて、
「矢鱈な者を差し向けないように。それでは、シホ、タロス、頼んだぞ」
部屋が光で満たされた。それが消えたときには、空から壊れた人形のかけらが落ちてきた。それらは私の上に落ちてきて、私は両手でそれを受け止めた。
「あんたが持っておきなさいってことよ」
ホリィが言った。小さな人形の手と足と頭。胴体は塵になって消えてしまっていた。
私は人形のかけらを服のポケットに入れた。そして、ホリィに訊いた。
「それで、高原にはいつ出発?すぐに行くの?」
「少し準備の時間がいるでしょ。幾ら何でも二人だけでは行かせないわ。そうでしょ?」
ホリィが質問を投げかけた先は国王だった。国王は頷いて見せた。
「勿論だ。最小限の人数にはなるが、護衛は付ける。それから、いくらか荷物がいるな。うむ、後はこちらに任せてくれ」
「陛下、我が家から人を出しますので、どうかお使いください!」
クレスパン侯爵が大きな声で言った。すると、別なところから、
「そういうことでしたら我が家からこそ人を出させていただきたい」
長身の痩せぎすの銀髪の男性が言った。後ろにヴィオレット・テウル・レイドール公爵令嬢がいた。傍にいる女性と発言した男性とが両親らしい。
「我が家は神々の煉獄が初めて動作したときから、そこに納められた者についての名簿を管理してきております。我が家の情報があれば神々の煉獄から出てきた魔法使いたちの身元を速やかに明らかにできるでしょう」
「先程、事告げ様に言われたことを忘れたのか。多数の者を煉獄へ入れるな、矢鱈な者を差し向けるなと。まずは、神使様方に煉獄の状況をきいて検討する。必要とあれば声を掛けるでな。まあ、今夜のところはパーティを楽しんでくれ」
国王は何事もなかったように言い、パーティは続いた。
私とマリちゃんはジェニファに改めて向き直った。
マリちゃんがジェニファに控えめな様子で言う。
「あの、今日はお招きいただいて」
「うん、来てくれてありがとう」
言いながら、ジェニファは左の手首をマリちゃんに見せた。それまで手袋のフリルでわかりにくかったが、そこにはジェニファの目と同じ色の石でできたブレスレットが巻かれているのがはっきりと見えた。
マリちゃんの目が驚きで見開かれる。
「これ、本当に素敵よね。母様にも褒められたの。良いセンスを持ったお友だちがいるんだなって。ありがとう、マリちゃん」
「ううん、あの、王家の人には相応しくない品かもしれないけど」
「何言ってるの、マリちゃん。私はとっても嬉しかったの。私、学院に入るまで、ずっと一人で家庭教師についていて、いわゆる学友っていなくって。だから、私、今回お友だちから初めて誕生日プレゼントをもらったのよ」
ジェニファの言葉で私は思いだした。
「あの、ジェニファ、遅れてごめん。私もプレゼント持ってきてるんだけど、マリちゃんの後だと本当にしょぼくって。ええっと」
私が服のポケットからそれを取りだそうとしたとき、ファラーグ先輩が横から言った、
「シホちゃん、それはちょっと後にした方がいいんじゃない?」
先輩の言葉の意味がわからず私は戸惑ったが、ガリエス先輩が顎をくいっとやって周りを見るように促してきた。
それで私は、会場中の王族や高位貴族たちが今こちらを注目しているのに気がついた。
ジェニファも少し困ったように笑いながら、
「えっと、後でね?」
「あ、うん。ごめん」
私はうなずき、ポケットから何も持たずに手を出した。
ハーヴェロイ王子が、
「礼儀を知らん平民が」
と呟くのが聞こえたが、完全に無視した。ホリィが、
「気にすることないわよ。わかってると思ってるけど」
「うん。わかってる」
まあ、客の順位からすると私は下の方だから、他の客を差し置いてプレゼントを渡すのは違うってことなんだろうね。
と思ったが、ファラーグ先輩が私を止めたのは、たったさっき事告げ様に名指しで高原行きを指示された私がジェニファと余りにも親密にしているところを見せない方がいいだろう、という判断からだったらしい。そんなの別にいいじゃん、と思ったが、王位継承者間で誰が力があるかという貴族間の判断に影響が出るかもしれないから、とファラーグ先輩は言った。
いや本当に面倒くさいよ。
結局ジェニファにプレゼントを渡せたのは、パーティが終わって、その日泊まる部屋に案内されて、風呂に入ったりなんだりして寝支度を終え、私とマリちゃんが泊まる部屋にジェニファも一緒に泊まりに来たときだった。




