140 ラウトゥーゾ家の今後
「……もしかして、タロスさんもやんごとなき血筋の方だったりする?」
マリちゃんの問いに、私は小首を傾げて見せた。
「さあ?そこまでは知らないよ」
「知らないって、お前、昔馴染みって言っていなかったか」
ガリエス先輩が訊いてくる。
「はあ、まあ。高原にいた頃の知り合いで」
「それで何で相手の出自を知らないんだ。高原氏族の出じゃないのか」
「いや、違いますよ。顔を見ればわかるじゃないですか。タロちゃんはたまたま高原にいて、それで出会ったんですよ」
そのとき、ファンファーレが鳴り響いた。ファラーグ先輩が言う。
「始まるよ」
それとほぼ同時に部屋の奥の扉が開き、国王に伴われてジェニファが入ってきた。その後ろを、第三王女殿下をエスコートするヨハンが続く。
国王はパーティの開始を宣言し、その後でジェニファとヨハンが第三王女殿下とその夫であるラウトゥーゾ子爵の子であること、ジェニファが成人したことを以て二人を王族に迎えること、ラウトゥーゾ子爵家を抜けた後、二人には王位継承権が付与されること、但し王位に就けなかった場合にはそれぞれに公爵家を立てさせることを説明した。
王位継承権者で将来は公爵になる可能性がある、と。そうなると、今まで通りのつきあいで頼むといくら言われても、難しいかもしれないなあ……。
そんなことを考えている間に出席者に飲み物が配られた。国王に促されてジェニファが皆に挨拶をし、乾杯の音頭をとる。そこからは歓談が始まった。といっても、貴族たちの間だけだけど。私たちは私たちだけで壁際に固まってそこから動かなかった。
「ジェニファが王位継承権者……」
マリちゃんが呟く。
「まあ、第三王女殿下のご令嬢なんだし」
ファラーグ先輩が平然として言う。そりゃそうだ。
「ラウトゥーゾ子爵家はどうなるんだ」
ガリエス先輩が当然の疑問を口にすると、
「親戚筋から誰か跡取りをとるんでしょ」
よくある話だろとファラーグ先輩は言った。まあねえ、そんな話をジェニファもしていたし。
と、いきなりガリエス先輩とファラーグ先輩が険しい顔をして私たちの前に立った。
突然どうしたんだと思って二人の視線の先を見ると、あの顔だけ王子がこちらに向かって歩いてくるところだった。私はマリちゃんを私の後ろに隠した。
「シホちゃん?」
言いながら私の肩越しに状況を確認したらしく、マリちゃんは固まってしまった。
「心配しなくていいよ。私の後ろに隠れていれば何とかするから」
王子は一人だった。先輩たちと数歩距離を置いたところで立ち止まると、持っていたグラスを軽く掲げて見せた。
「やあ、ストーム以来だな。楽しんでいるかな?」
「ありがとうございます、おかげさまで」
ファラーグ先輩が答える。ハーヴェロイ王子はガリエス先輩を見て、
「話はきいている。ストームに帰れる日も近いようだな」
「……ありがとうございます。ただ、ストームはずっと我が家の領地でしたので」
今更お前にそんなこと言われるこっちゃない、ということだろう。
王子は少し表情を堅くしたが、今度は私たちを見て、
「平民にはかなり慣れない場だろうが、楽しめているか?」
「どうも。お気遣いなく」
私が答える。王子は私の後ろにいるマリちゃんに目を向けて、
「そちらはどうだ?王宮には来ていても、王族が住む領域でのパーティに出るなど、考えられないことだろう」
「勿体ないお言葉、ありがとうございます」
マリちゃんは私の背後から離れないままで軽くカーテシーに似た動作でお辞儀をした。王子が何かまた言おうとしたとき、声がした。
「ハーヴェロイ王子、私のお友だちに何か御用ですか」
ジェニファだった。国王と一緒に悠々とこちらへ歩いてきている。そのすぐ後ろからはヨハンと第三王女殿下がついてくる。
ハーヴェロイ王子はジェニファたちに向き直って、
「いやなに、王宮でのパーティに出るなど平民には全く慣れないことだろうと思って声を掛けていたところだ」
「そうですか。ありがとうございます。でも、私のお友だちはしっかりした人たちなので、心配はいらないと思います」
「そうかもしれん。が、とはいえ平民でしかないことは確かだ。王族の声掛けがあった方が良いのではないかと思ったのだが」
「このパーティにいるのは高位貴族ばかりですよ。王族の声掛けの有る無しで何かが変わるような方たちではないでしょう」
「しかし」
「ハーヴェロイ、お前がモノルムでしてきたことは私の耳に入っている」
国王が話に割って入った。王子の表情が固まる。
「そんなお前がこちらの治癒術師のお嬢さんに声を掛けるのは無神経というものだと思うが、お前の言う通り、平民の娘たちに王族の後ろ盾があると示すのは良いかもしれん。とはいえ、そちらの淡い黄色のドレスのお嬢さんは、未来の治癒術師局長と見込まれる力の持ち主だ。高位の者ならば既に知っている者が多かろう」
「シホちゃんだって、神々の宴の出席者として選ばれるほどの優秀な魔素術師ですよ」
ジェニファの言葉に、国王は頷いた。
「存じておる。学院首席ということもな。だが、それ以上のことをこの者はしてきておる。この者は竜殺しであり第三王女キーシアとその夫の命の恩人だ。以前より礼を伝えたいところだったが、なかなか機会がなかった。今回この場で礼を言う。シホ・アリス・ゼン、本当にありがとう」
会場にいる人たちの視線が全てこちらに集まっているのを感じた。いや、それについての礼は以前にこっそり王宮で会ったときに言ってもらったからもういいんですけど。
とは口に出しては言えず、唇をきゅっと引き結んで私が固まっていると、いつの間にか近くまでにきていた第三王女殿下の夫君が第三王女殿下に手をさしのべ、第三王女殿下はその手を取ると、二人で私に礼をとった。
ジェニファとヨハンもそれを見て、私に頭を下げる。
いや、勘弁してよ。そういうの、私、苦手なんだってば。
私のすぐ後ろにいたマリちゃんが私に囁いた。
「シホちゃん、礼。礼を返して」
私はその一言でマリちゃんから一歩離れると礼を返した。本当はカーテシーとかすべきなんだろうけど、混乱していたから前世でいうところの最敬礼になってしまった。でも、それはもう勘弁してほしいわ。
「竜殺し……?この娘が?」
ハーヴェロイ王子が何故だか顔をひきつらせていた。国王はそんな王子を見て、
「そういうことだ。この娘はお前が思っている以上の力を持っている。そして見ての通り高原出身だ。お前が取り込もうと思っていてもそうはいくまいよ」
「おじいさま、そんなつもりは決して……!」
慌てる王子を私は冷ややかに見た。取り込むってなんだ。何でこいつに取り込めるかもとか思われないといけないのか。
国王は穏やかに私に言った。
「そんな顔をするな。これが何を言ってきてもお前が思うように対応してよい、それは私が保証する」
勿論、そのようにさせてもらう。
「地均しは済んだかな」
不意に部屋にアンソニーの声が響いた。




