139 知っていた人知らなかった人
八年前、高原の麓の町で別れたときには、第三王女殿下は龍の攻撃を受けて大怪我をした状態だった。母の治癒術で一命は取り留めていたが、その後どうなったのか気になっていたのだ。
が、今見たところでは、特に後遺症もなく、普通に歩いている。
母から大丈夫とはきいていたが、実際に会ってみるまで疑っていた。だって、あれだけの怪我だったんだし。良かった。本当に良かった。
八年ぶりに会う第三王女殿下は、ゆったりとしたローブのようなデザインのドレスに、長いマントを身につけていた。淡く蜂蜜色に輝く生地に金色のリボンで縁取られたそれは、素材の質感だけで他を圧倒する存在感があった。高原で出会ったときとは大違いの格好だ。
「タロス、お役目ご苦労。ラヴィ、あなた、こちらの都合も考えて。あなたみたいな力の持ち主に空間を打ち抜かれると、レオナルドの装置がいよいよもたなくなってしまう」
「そんなの平気でしょ、これから調整するんだってきいたし?」
ラヴィは少し不機嫌そうに言う。第三王女殿下は小さくため息をついて、
「それはそうだけれど、それがうまくいくかどうかはわからないのだし」
「えー、うまくいくでしょ。アンソニーが言ってたよ」
「アンソニーが?あれは全く……」
第三王女殿下は顔をしかめ、それから私に視線を移し、
「ごめん、シホ。あなたたちを驚かせてしまったね。本当は普通に来てもらうつもりだったのだけど」
「うん、わかってる。ラヴィが勝手にしたんでしょ。でもいいよ。目くらましの魔法を掛けたって追っ手を撒けるかはわからなかったんだし。だったらラヴィの力で転移した方が確実でしょ」
「やっぱりシホはわかってるよね!」
ラヴィがはしゃいだ様子で言うのを、ホリィが窘める。
「あんた、いい加減にしなさいよ。体が元に戻って浮かれてるんでしょうけど」
「だってー」
私は上空で交わされるやりとりを見ていたが、ふと私の背中をマリちゃんがつついてきた。
「シホちゃん、あの、そちらの方ってどなた……?」
マリちゃんの視線の先には第三王女殿下がいる。周りの反応から相手がただ者ではないと思ったらしい。まあそうだよね。
「第三王女殿下だよ」
私が言うと、マリちゃんは最初絶句していが、
「あの、えっと、シホちゃん、まずいよ。私たち馬車に乗ったままだよ」
「あ、そっか。降りないといけない?」
「頭が高いでしょ」
こそこそと私とマリちゃんがやりとりしているのを見ていた第三王女殿下は大きく笑みを浮かべた。
「そちらが、マリちゃん、だね?娘からきいている。いつも娘と仲良くしてくれてありがとう。今後ともよろしく頼む」
「えっと……娘さん?」
マリちゃんが混乱している様子だったので、私はぼそっと言った。
「こちら、ジェニファのお母さんだよ」
「ええええええっ?」
マリちゃんは堪まらず声を上げた。
「ど、どういうこと?」
「だから、ジェニファは第三王女殿下の子どもなんだよ。ヨハンもね」
「ちょ、そんなの初耳だよ?」
「んー、第三王女殿下は結婚したけどその相手は平民には伝わってなかったよね。まあ、それだけのことなんじゃないかな」
「でも、学院でもジェニファが第三王女殿下の娘だなんて誰も言わなかったし、もしそうだったらジェニファだって魔法科の子たちに神々の宴への参加を辞退しろって言われることはなかったんじゃ」
「爵位が侯爵以上の家には伝えてある。他言無用ということで約束させてな」
第三王女殿下が説明する。マリちゃんは息を吐き放心しながら、
「それでレイドール公爵令嬢はジェニファに丁寧な対応をしていた……?ライゾール侯爵令息もなんだかジェニファを気に掛けている様子だったし」
「そうだったっけ?」
「そうだよ!……あ、すみません、ご令嬢を呼び捨てにして」
マリちゃんは第三王女殿下に頭を下げたが、第三王女殿下は軽く微笑んで、
「構わない、今まで通りにしてやってほしい。今後、王宮で会うことも増えるだろうが、つきあいは変えないでやってくれ。……おい、タロス、お前、そこでぼうっとしていないで、二人が馬車から降りるのを手伝ってやらないか」
タロちゃんは黙って馬車の入り口までやってきた。私はタロちゃんが来る前に馬車から飛び降りる。マリちゃんはタロちゃんの手を借りて淑女らしく降りた。
「では、行こうか」
第三王女殿下が歩き始め、私たちはその後ろについて歩く。
歩きながら私は訊いた。
「第三王女殿下、質問。今までジェニファが第三王女殿下の娘だって隠してたのに、今後は公表するのは何で?」
「あの子が成人を迎えたからだよ。元から決まっていたことだ」
「ヨハンとジェニファがラウトゥーゾ子爵家を抜けるっていうことも?」
「おや、そこまできいていたのかい」
「ジェニファから。何でそんな不思議なことが決まっているのかなと思っていたのだけど、ヨハンとジェニファはただ子爵家から抜けるわけではないってことだよね?」
「相変わらず、お前は平民にしてはいろいろと気が回るな」
第三王女殿下が言う。私にとっては懐かしい言い回しだった。八年前、高原にいた頃、第三王女殿下はよく私にそんなことを言っていた。「平民にしては」「その歳にしては」と。当時は「その歳にしては」という言い回しの方が多く出ていたが、私が今はもう成人しているので、その歳にしては、というのは今後は出てこないだろう。
「まあ、ヨハンとジェニファの今後については今日、パーティの場で発表されることになっている」
「え、今日はジェニファの誕生日パーティだよね?そんな場で発表しても広まらないでしょ?それでいいの?」
「確かに、パーティに呼ばれている客の数は王家の娘が催すものに比べて多くはない。が、客の数が問題ではない」
話しているうちに私たちは建物の中に入り、長い廊下を歩いて一つの部屋の前で立ち止まった。
「ここで待っていてくれ」
扉の前に立っていた衛兵たちに第三王女殿下が小さく頷いて見せると、衛兵は扉を開けた。
そこは応接室といった感じの部屋だった。そして礼装姿のガリエス先輩とファラーグ先輩がいた。
私とマリちゃんが部屋に入ると、扉はすぐに締められた。
「お、二人とも綺麗だね」
ファラーグ先輩が声を掛けてくる。先輩自身は明るい灰色のようなシルバーの生地をベースにした礼装を身に着けている。結構装飾がいろいろされていて、華やかな感じのものだった。
「先輩も、なんか凄いですね」
「それどういう意味?まあいいけど。あれ、マリちゃん、どうかした?」
先輩の言葉にマリちゃんを見ると、マリちゃんは放心といった様子だった。マリちゃんはぼんやりとした表情で、
「ジェニファのお母さんが第三王女殿下だって、今きいて……」
「あ、そのこと?やっぱり驚くよねえ」
ファラーグ先輩は明るく笑っている。
「先輩は知っていたんですか?」
「侯爵家以上の家の者には知らされていたからね」
言ってからファラーグ先輩はガリエス先輩を見た。ガリエス先輩はげっそりとした表情で、
「俺はこの間、ラヴィの修復のためにラウトゥーゾ子爵令息を迎えに行ったときに、ラウトゥーゾ子爵夫人が第三王子殿下だと知った。だから、お前の今の気持ちはわかる」
と、マリちゃんに言った。
まあ確かに、あのとき先輩の様子はおかしかったからねえ。
私が内心頷いていると、ガリエス先輩がじろりと私を見た。
「それよりも、何でお前は平然としているんだ」
「まあ、第三王女殿下のことは昔から知ってたし」
「どこでそんな機会があるんだ」
「私が高原にいた頃に知り合ったんだよ。第三王女殿下が夫婦で神域の調査に来ていて。でも、第三王女殿下夫妻の娘がジェニファだっていうのは、ジェニファの家に行ってご夫君に出くわすまでは知らなかったけど」
「何で教えてくれなかったの……」
マリちゃんが呻くように言う。
「いや、なんかそのときのご夫君の様子からすると黙っていてほしそうだったし、ジェニファの言動を見ていたら、ジェニファ自身が王女の娘だってこと知らなさそうだったから。第一、町中でパン屋をやってるくらいだし、騒がれたくないだろうなって察するよね?」
「私、ジェニファにいろいろ無礼なことをしてしまっているわ、きっと」
「大丈夫でしょ。友だちとして失礼なことはしてないんだから」
「それは……。でも、誕生日プレゼントだって。私、こんなこととは思ってなかったから、王族の方に渡すのにふさわしいものは渡せなかったわ」
身一つで来てくれればいいと言われていたものの、それではまずいだろうと私たちは事前にそれぞれプレゼントを渡すことにしていた。私はラヴィのせいでストームから帰ってくるのに時間を喰ったためにまだ渡せていなかったが、マリちゃんはもう学院で渡したと言っていた。ジェニファの目の色に合った宝石のブレスレットらしい。
「大丈夫なんじゃないの。マリちゃんが選ぶものはいつだって素敵だし。それに、結構いいお値段したって会長夫人は言ってし」
「それは、私からしたらいいお値段ってことであって、王族が持つのに相応しいかどうかは別でしょう。それに、今日、パーティの後、ジェニファのところに泊まることになってるよね?それってどうなるの?」
「どうもしないでしょ。予定通り、ジェニファのところに泊まるんじゃない?」
それがラウトゥーゾ子爵家のパン屋になるのか王宮になるのかはわからないけれど。
それから少しして迎えの者が来て、パーティ会場に案内された。会場には予めきいていた通り、他の宴の出席者が参加していた。そして、レイドール公爵令嬢とライゾール侯爵令息は平然とした様子だったが、リントリー伯爵令息とクロウは明らかに様子がおかしかった。
クロウは私たちが近づくと、
「おい、お前きいたか?ジェニファって」
「うん、知ってる。でも、ジェニファはジェニファだよ」
私が短く言うと、クロウは言葉を飲み込んだ。
会場には百人程度がいたが、服装から見て、客として来ているのはその半分くらいに思われた。第三王女殿下が言っていたように、王女が催す誕生パーティとしては客の数は多くないのだろうが、客として来ている中にはアンリウォルズ先輩とかファラーグ先輩の義理のお姉さんとかが家族と思しき人たちと一緒に来ていて、ということは客には高位貴族ばかりが招かれているのだろうと推察できた。
私がそんなことを思いながら客たちを見ていると、客たちの間を縫ってこちらに向かってくる長身の男に気付いた。
「シホ、来たか」
タロちゃんだった。
「うん、さっきぶり。ラヴィはあれからどうなった?」
「どうもならない。シホたちがいなくなった後、上空に消えていった。自分はちゃんと送ったよ、とか満足そうに言っていたな」
それをきいて私は何となく安心した。私たちがいきなりいなくなって、へそを曲げたのではないかと思ったのだ。ラヴィはかなり強い力を持っているので、機嫌を損ねて暴れたりしたら困る。
「それで、リーヌ・フォロもアスラムも何か様子がいつもと違うが、どうしたんだ」
タロちゃんはマリちゃんとクロウを見て言った。
「あー、なんかね、ジェニファの両親のことを知らされて、それで緊張してるっていうか」
「ああ、そういうことか。まあ、あんまり身構えないでくれ。ジェニファ自身が変わったわけじゃない」
「でも、私、自信がないです。ジェニファに釣り合っえないんじゃないかって」
落ち込んだ様子のマリちゃんにタロちゃんは微笑んで、
「あんたはちゃんとジェニファのいい友人だと思うよ。ジェニファはあんたからのプレゼントをとっても喜んでいた」
マリちゃんは大きく目を見開いてタロちゃんを見た。
「本当に……?」
「ああ。あいつを信じてやってくれ」
タロちゃんがそう言ったとき、タロちゃんの襟元から例の神使が顔を出し、タロちゃんの耳元で何かを囁いた。
「うん、それじゃあ俺は行かないといけないから。楽しんでくれ」
タロちゃんは去っていった。
その後ろ姿を見ながら、マリちゃんは私に訊いてきた。
「……もしかして、タロスさんもやんごとなき血筋の方だったりする?」
「さあ?そこまでは知らないよ」
そう、知らないんだよね。




