138 王宮へ
翌朝、会長夫人は予告通りに店のスタッフを2人ほど連れてやってきた。顔剃りから化粧から髪のセットから爪の手入れからいろいろやられて服を着終わるまでに一時間はかかった。
げっそりしていたところにジェニファから遣わされた馬車が来た。御者は例の白づくめの服を着たタロちゃんだった。
タロちゃんは私を頭のてっぺんから靴の先まで見て、
「何とまあ、変わるもんだなあ」
「そりゃあ、いろいろとやりましたから。……これで何も変わってないとかだったら、本当に詐欺だわ」
私は私でタロちゃんを見る。
「タロちゃんはパーティに出ないの?支度はしてあるの?」
「この神具の下は礼装を着てる。正直、出席したいとは思わないが、パーティの主役が是非出てくれと言うんだから、仕方がない」
話していると、馬車の小窓が空いて、マリちゃんが顔を出した。
「シホちゃん?」
「あ、うん、今行くから」
馬車に乗ると、マリちゃん一人だった。
マリちゃんは、黄色からライトグリーンへとグラデーションに染められた薄い生地を何重にも重ねて仕立てられたドレスを着ていて、それはマちゃんの髪の色や白い肌にとても似合っていた。
私が支度にかかった時間や労力について愚痴ると、マリちゃんは笑って言った。
「それは仕方がないわよ。化粧をするのに顔剃りは当然するし、足だってストッキングが厚めでも透けて見えないわけではないから剃るでしょう」
「マリちゃんは……いつもやってるか」
「そうね。シホちゃんは構わなすぎだから」
二人でそんな他愛もない話をしているうちに、馬車の外が暗くなった。
何が起きたのかと窓の外を見る。馬車についている窓は真っ黒になっていた。魔法によるものだと察知し、どういうことかと御者台に声をかけようとしたとき、私の頭の上で私たちのお喋りをきいているだけだったホリィが言った。
「心配しなくていいわよ。予定通りだから」
「予定通り?」
「パーティーの会場までついてきたがっている連中がいたらそういう連中を撒くための魔法を使うっていうのはヨハンからきいてたのよ。最初から転移陣でも使ったらって提案したんだけど、あぶり出しに良い機会だからって言われて。本当に、貴族って嫌だわー」
いつヨハンとそんな話をしたんだと思ったが、まあホリィが神出鬼没なのはいつものことだし。
マリちゃんが不安そうに言った。
「ラウトゥーゾ子爵家はそんな敵がいるような家だとはきいたことはないわ。どうなっているのかしら」
「まあ、大丈夫なんじゃないの。撒けるのは撒けているんでしょう?」
「そうね。……うん?」
ホリィが変なうなり声を上げたとき、馬車全体に妙な力が掛かるのを感じた。
「ちょっと、これ、何……?」
一回天地がひっくり返ったような感覚を味わった後、不意に体が軽くなったような感じがした。
と、次には小さな衝撃が襲ってくる。
馬車はここですっかり止まり、窓の外も明るくなっていた。
ホリィが唸るように言った。
「あんの馬鹿が……!」
「え、何?」
私が訊くよりも先に馬車の外が騒がしくなる。窓から外を見ると、正装した騎士たちが馬車を取り囲んでいた。彼らは魔法を使う準備をするか、腰に差した剣に手を掛けるかしている。
「ホリィ、羽衣出して!」
馬車全体を覆うように亀の甲羅を展開しながら、私はホリィに声を掛けた。が、ホリィはのんびりと、
「大丈夫よー、すぐに誤解は解けるから。寧ろ、変に魔法を使う準備をしておかない方がいいわ。亀の甲羅なら専守防衛のものだってわかってるから、向こうもこちらに叛意があるなんて言いがかりをつけてこれないだろうし」
「叛意……?えっと、ここってどこなの?」
馬車の外からタロちゃんが呼ばわる声が聞こえた。
「ラウトゥーゾ子爵家の指示で第三王女殿下のパーティの客を迎えに行っていた者だ。予定外の経路で来てしまったが、怪しい者ではない。攻撃はやめてくれ」
「そうだよー、僕が運んできてあげたんだからね!」
空から明るい声が降ってくる。これは……。
「ラヴィ?」
私は思わず馬車の扉を開け、馬車から体を半分外に出しながら上空を仰ぎ見た。
ラヴィが馬車のすぐ上にその長い体をとぐろを巻くようにしながら浮かんでいた。
ラヴィは私を見ると喜色をたたえた声を上げた。
「シホ!見て見て、僕、体が元に戻ったんだよ!いいでしょ!」
「あ、うん。凄いね、ちゃんと戻ったんだね。で、何でここにいるの?」
「お城でジェニファがパーティをするってきいたから、僕も出席しに来たの。僕も来ていいってキーシアが言ったんだ」
「……お城?」
私は馬車から降りないままでそこから見える風景を見た。整っていてかつ頑丈そうな石積みの壁に囲まれた庭園に、端正に刈り込まれた木々が美しく植えられている。
「ここって、王宮?」
「……そうみたい」
私の後ろから外をのぞき込んでいたマリちゃんが言った。
「でも、この石壁の色は……。なんか、とんでもないところに来てしまっているのではないかしら」
「そうなの?」
「うん。この色の石が使われている場所は王族の方々が住まう場所よ。絶対に許可なしに入ってはいけないって、治癒術師の先輩方にきいたから間違いないわ」
「大丈夫だよ、マリ。だって僕が連れてきたんだから。それに、目的地はこのすぐ傍でしょ、タロス」
ラヴィがタロちゃんに声を掛ける。御者台から降りてきていたタロちゃんは神具を解除していて、ふつうに濃紺の礼服姿になっていた。
「ああ。……だが、いきなりこんな風に空間転移してきたとなると、解放されるまでに一騒動ありそうだな」
言っているうちに、魔術師たちが走ってやってくるのが見えた。その仲にはストームで見た顔がいくつか混じっている。確か、空間に関する魔法を扱うのを専門にしているとか言っていたような。
「もしかして、私たち、不法侵入って思われてる?」
私の呟きにタロちゃんは頷いてみせた。
「ああ。これは事情をきかれるのに時間をとられそうだな」
「えっと……それってどれくらい?」
「二時間は最低でも見ておくべきだろうな」
「それじゃパーティーに間に合わないってこと?」
私が思わず言うと、マリちゃんが窘めるように言った。
「シホちゃん、それどころじゃないよ」
「それは……でも、せめてジェニファに遅れるって知らせないと、心配かけるじゃない」
とはいえ、いきなり王城の奥に来てしまっているし、どうやって連絡をとればいいんだ?
というか、そもそも私たちはジェニファにパーティの会場がどこか教えてもらっていないんだった。迎えが行くからそれでいいでしょ、っていう感じで。マリちゃんによると、貴族の催しだとそういうことは普通にあるっていうことだったし。
そのとき、騎士たちが一斉に動きをとめ、魔法の準備をしていた者も剣に手を掛けていた者も一斉にその場に片膝をついてひざまづいた。魔術師たちも同様の動きをとる。
何、と思って見ていると、魔術師たちの後ろからまた別の騎士の一団が歩いてやってくるところだった。
ひざまづく魔術師や騎士たちの間をやってくるその一段の中心には、八年ぶりに会う人物がいた。
「久しぶり、シホ。迎えにきた」
第三王女殿下だった。




