137 お呼ばれ当日までの準備作業
私たちがストームにたどり着いたのはラヴィの修復が終わってから三週間経った土曜日の昼過ぎだった。その日はストームの領主館に泊まり、翌日の朝にガリエス先輩の転移陣で王都に戻った。
転移陣を使うとまた妙なことになりはしないかと心の中で心配していたのだが、その点については魔術師団の方で検証済みだったらしい。私たちが移転できないでいた間も転移陣は使われていて、それでおかしなことは起きなかったし、ラヴィも今回の件で神々からわざわざ遣わされた神使に責められて反省し、もうおかしなことはしないから安心してほしいと王宮の魔術師たちに言ったらしい。
何事もなく転移陣は使え、普通に私たちが王都に戻った後、貴族専用の門から王都の中に入ると、そこで待っていた馬車に押し込められ、会長夫人が経営するサロンに連れていかれた。
「お帰りなさい、シホちゃん」
サロンでは、会長夫妻が何人ものお針子を従えて待っていた。私とガリエス先輩は別々の階に案内された。
私は案内された先の部屋で採寸され、いろんなデザイン画を見せられ、色とりどりの布地を肩に当てられた後、会長夫人とマリちゃんの他、店のデザイナーと思われる三十代くらいの女性の三人がどんなデザインがいいかと議論を交わすのを、ソファに座ったまま呆っときいていた。
そんな私に気がついて、マリちゃんが眦を吊り上げる。
「シホちゃん、シホちゃんが着る衣装のことを話し合ってるんだよ。希望とかないの?」
「うーん……動きやすいのがいいんだけど」
言いながら、私はその辺りにあったデザイン画をひっくり返すと、その余白に描いてみた。
それを見て、会長夫人とデザイナーの女性が目を丸くする。
「あらまあ。マリからきいてはいたけど、本当に描くのが上手ねえ」
「それに描き慣れていますよ。デザインもシンプルですが洒落ています」
いや、洒落たものに仕上がるかどうかはそちらの腕前によるでしょ。
私が描いたのは、以前、変身したときにどんなコスチュームがいいかを考えるときに描いたのと似ていた。詰め襟がついたウエストまでのポンチョに、ハイウエストの切り替えを黒のサッシュベルトで締めたフロントボックスプリーツの膝下丈のワンピース。もっとも、その下に更にぴったりとしたパンツをはいているのだけど。
「ただ、パーティーの服装というにはもうちょっとドレッシーなのが良いですねえ」
デザイナーの女性が考え込む。
「とりあえず、マントを脱いだところを描いていただけますか。ワンピースの詳細を知りたいです」
言われて、私は描いた。首は丸首で、肩山には少しギャザーが寄っているけれど袖自体は細身。袖口のカフスは肘の下辺りから手首までをタイトに覆っている。前の打ち合わせには小さなボタンがたくさんついていて、ウエストのサッシュベルトくらいしか服の飾りはないように見えるが、その分その部分の存在感はかなり大きい。
「わかりました。このデザインを元に仕立てます。色の希望はありますか」
「いや、ないですけど」
「ああ、そうですか。でしたら、こちらで選びますね。あと、靴やその他の小物も」
「えっと、アクセサリーとか、そういうの、いらないんで」
私は言ったが、デザイナーの女性は何か哀れむような目で私を見ただけで、会長夫人に会釈をして奥の部屋へと引っ込んでいった。
「早速作業に入ったわね。シホちゃん、期待してくれてていいわよ」
会長夫人がにこやかに言う。
「いや……えっと……よろしくお願いします」
「ええ。そうだ、下の階に行ってみましょうか」
下の階、というのはガリエス先輩が案内された階のことだ。男性用のフロアだと説明があった。
「行っていいんですか?」
「いいわよ、勿論。今日は貸し切りにしてあるし、文句を言う人はいないわ」
「貸し切り……」
日曜日は書き入れ時なのではなかろうか。そんな日を貸し切りにするなんて。
「シホちゃん、気にしないで。今回の件、ジェニファの家からも頼まれていることなの」
「ラウトゥーゾ子爵家から?」
「そう。ジェニファのご両親、ラウトゥーゾ子爵夫妻がおじいちゃまのところを訪ねてきて、シホちゃんの衣装のことをお願いしたいって。子爵夫妻は、宴の関係で王宮を訪ねていくときにも着られるような衣装を、っていう注文をしていかれたんですって。平民が国王陛下に謁見するときに着る衣装を作るなんて、うちからすると大きな商機なんだよ!」
マリちゃんは生き生きと話す。そういう様子を見ていると、本当はマリちゃんは治癒術師じゃなくてそういう服飾の世界で生きていきたかったのではないかと思える。
二階に降りていくと、ぐったりした様子のガリエス先輩がソファにもたれかかって青息吐息になっていた。
「先輩、大丈夫ですか?」
「ああ……大丈夫……」
そんな先輩のところに、若い女性の針子がお茶を持ってきた。先輩をちらちら見ながらティーセットを傍のローテーブルに置いてゆっくりと下がっていく。
そこから少し離れたテーブルでは、この店の従業員と思しき男性が二人と女性が一人、そして何故かファラーグ先輩がいて、議論を交わしていた。
「……何でファラーグ先輩が」
「私が声を掛けたの。ガリエス先輩一人でここのサロンの従業員と衣装決めなんて無理じゃないかって思ったから」
マリちゃんが言う。ガリエス先輩がしみじみと言った。
「助かったよ。レイがこのフロアで先に待っているのを見たたときには驚いたが、本当に俺一人じゃ向こうの提案をただ拒否するしかできなかった」
「拒否?」
「ああ。向こうの言ってくる意匠が何というか……きらきらしているというか……。俺は目立つつもりはないし、何だったら元からある正装でいいのに、いろいろな理由をつけてうちの正装はダメだと言ってきて、代わりに他の意匠を薦めてくるんだがそのどれもが……」
私は少し離れたところにいるファラーグ先輩たちの会話に耳を澄ませた。
「だから、フロリゼルにはそんな派手なのはいらないと思うよ。あいつ自身が目立つんだから、何を着たって衣装は添え物にしかならないし、だったら抑えめにしておいた方がいい。ガリエス家が用意している正装に似た意匠で生地を上等なものにして」
「いやしかし、折角の機会なのですから」
サロンのスタッフがファラーグ先輩に控えめに食い下がってくる。あーそっか、ファラーグ先輩が貴族だからああいう感じで主張するしかないのか。でもそれだったら、ガリエス先輩だって貴族の子息なんだし、向こうにもっと強く出られるだろうし、向こうだって強く出られないんじゃないの?
ガリエス先輩がテーブルにいるファラーグ先輩に向かって少し大きな声で言った。
「レイ、家の正装に近いものだったら新しく用意する必要はないからな。俺は今までのでいい」
「いやー、折角なんだから作っておけよ。少し古い意匠なのは間違いないんだから」
「でもあれは御前にも出られるものだときいている」
「確かにお前のお父上はあれを着て陛下に成人の挨拶をされたんだろうけど、そこから何年経っていると思っているんだ。叔母上も姉君もこの際だからとのことだし、作った方がいい」
ファラーグ先輩の言葉に、ガリエス先輩は深くため息をついて、ソファに沈み込んだ。
「大丈夫ですか、先輩?」
私が声を掛けると、先輩は小さな声で、
「大丈夫……。ちょっとこのやりとりを繰り返していて、倦んでいるだけだから。俺の言っていることを全然きいてもらえる感じがしなくて」
「ファラーグ先輩が言っているのが正しいと思いますよ」
何故かマリちゃんがうきうきした様子で言った。
「お家から預かった衣装は確かに良い仕立てで生地も良かったけれど、意匠の細部からは流行からかなり外れている印象を受けます。一言で言うと古くさいです。それよりは、今の流行を少し取り入れて新しい感じにした方がいいですよ」
「……もういいよ。レイがいいと考える線でやってくれれば」
「わかりました」
マリちゃんは心から浮き立ったような笑顔を浮かべ、ファラーグ先輩たちがいるテーブルへと歩いていった。
それを見送った会長夫人がガリエス先輩に声を掛ける。
「すみません、あの子、失礼なことを言って」
「ああ、いや……大丈夫です、彼女はいつも直截的なので」
先輩はソファから身を起こし、姿勢を正して会長夫人に答えた。先輩の返しを聞きながら、確かにマリちゃんはガリエス先輩に対していつも辛辣だなと思う。
「でも、ファラーグ侯爵令息が言われるように、今回新調しておかれた方がいいと思いますよ。お父上が昔着られていた衣装は少し寸法が足りないように思いますので。もしよろしければ、今回お預かりしている間に寸法を直して、少し襟と袖口の飾りを外すなどお直しをさせていただけたらと思うのですけど。襟と袖口の飾りがあの時代のはやりのものなので、それで今の流行から外れた印象を与えてしまうんです」
「それをすれば新調はしなくて良いですか」
「それとこれは別の話ですよ。私は襟と袖口の飾りのことだけを言いましたけれど、生地の質感がそもそも今の流行からすると違います。細かな違いかもしれないけれど、見る者が見ればわかります」
会長夫人はそう言ってからにっこりと笑って、
「まあ、きちんとした場に出られる衣装が一揃いしかないというのも心許ないですから、着回しできるようにもう一揃い持っておくというつもりでおられたら良いのではないのですかね」
ガリエス先輩はもう何も言わなかった。
私は先輩に訊いた。
「何で衣装を新調したくないんですか?」
「お前だって衣装を新しく作るのは気が進まないんじゃないか?」
「まあ、うちは平民でそんなにお金持ちっていうわけじゃないから、親に負担かけたくなくて。今回はマリちゃんのおじいさんたちもお金を出してくれるっていうけど、それも気が進まなくて」
しかもジェニファの両親もお金を助けてくれるという。これは言っていいことかわからなかったので、黙っておくことにしたが。
先輩は渋い顔をしたまま、
「こっちも同じ話だ。兄上が出すと言っているが、領地からの収入がほぼない状態で、高価な衣装を買ってもらうわけにはいかない。足りない分は姉上や叔母上が出すと言っているが、それも申し訳ない。姉上は自分の結婚資金を貯めないといけないし、叔母上たちだって俺の衣装代を出す理由がない」
「弟の衣装代を出したいのは自然な気持ちじゃないですか。ドライド子爵がお金を出すのだって、可愛がっている甥のためということなら特に問題はないでしょう」
私が会長夫妻とかジェニファの両親とかから援助を受けるのと比べると、断然自然な話ではないか。
「まあ、先輩は正装を新調しておくといいと思いますよ。マリちゃんのおばあさんが言っていた通り、どんなにものが良くても、ある程度の古さは感じさせるでしょうから」
「それの何が悪いんだ……。千本杖の始祖の時代の衣装を重んじていたりするじゃないか」
そういうのってあるんだ?知らなかった。
「中途半端に古いのが良くないんじゃないですかね」
マリちゃんがこちらに歩いてきながら言った。
「あと百年くらい経ったら価値が出るかもしれないけど」
なんかマリちゃん、先輩にきついなあ。
先輩は言い返したりはせず、
「これで今日の用事は終わりということでいいか?」
「先輩、自分の意見、全然言ってないじゃないですか」
「新しく作りたくないっていうのはずっと言っている」
先輩は心底疲れた様子で再度ソファにもたれかかった。
結局、先輩の新しい正装は、先輩のお父さんの正装のデザインを今風にしたものになった。ファラーグ先輩がここについてはかなり頑張った。頑張った、というのは、デザイナーはもっと先鋭的な感じにすることをかなり強く推しており、それを却下するのに何度も何度も話をする必要があったからだ。デザイナーはガリエス先輩本人に承諾をしてもらえばいいと思って何回もガリエス先輩を話に引き込もうとしたが、そのたびに「レイに任せているから」と言われて退けられると、今度は同僚たちを連れてきてファラーグ先輩を説得しようとし、それでもファラーグ先輩は折れなかった。うん、偉いと思うよ、先輩。私はずっとその攻防をお茶を飲みながらきいていたけれど、本当に大変そうだった。
会長夫人はデザイナーたちとファラーグ先輩のやりとりに入ったりはしなかったが、最後にファラーグ先輩が最初から主張していた線で落ち着くことになると、残念そうに、
「もっと別な意匠でも素敵だったでしょうに……」
と呟いていた。
うん、ファラーグ先輩、偉いよ、本当に。
頼んだ服はジェニファの誕生日パーティーの前日に家に届くときかされた。
ジェニファの誕生日パーティーは日曜日で、私は土曜日の朝早くに寮から家に戻った。
家に帰ると、両親がそわそわした様子で私を待っていた。玄関入ってすぐのダイニングの机には服が入る大きさの箱が置かれている。それに掛かっているリボンには見覚えがあった。会長夫人の店のものだ。
もしかしてこんな時間にもう届けられたのかと私は驚いた。だって、今、朝の九時前だよ?それより早くに届くとか、一体何時から営業してるんだ、あの店は。
それとも、昨日のうちに届いたのだろうか。
「シホ、これ、人形師の皆さんからですって」
何故か母が泣きそうな表情で言った。父も涙ぐんでいる。
「昨日、クラリィとルートヴィヒが届けてきた。フォロ商会のサロンに私たちが頼んでおいたお前の服の材料をあちらが追加で持ち込んでマントに装飾としてつけてもらったと」
「マント?」
私は首を傾げる。父は頷いた。
「お前、会長夫人のサロンでマントとドレスの一揃えの絵を描いたそうじゃないか。会長夫人が先日こちらにお茶を飲みにこられたときにクラリィ婆ちゃんも同席していて、会長夫人からその話をきいたんだ。そのときに閃いたらしい。高原出身の娘の出で立ちにはやっぱりこれが必要だろうと」
父に促されて私はリボンを解き、箱を開けた。
そこには、ラヴィの鱗と同じ色に染められたお化け百合の花びらのボタンでびっしりと埋め尽くされたハーフマントがあった。デザインは私が描いたものと同じ、でも私はマントをボタンで飾るなんてことは描かなかった。
「あなたが神々の宴の出席者に選ばれたときいたとき、あなたのおばあさんから受け継いだマントを着ることができたらと、心底思ったの。あれがあればどんな場所に出て行くのにも恥ずかしい思いはしないのにって。たとえそれが神々の御前であっても。だけど、一族を抜けたら、たとえそれを持っていても着ることはできないでしょう」
母は両手に顔を埋めて泣いている。父は気遣わしげに母を見ながら、
「まあ、高原の装束とは違ってこちらは黒いが、何というかその、これだからこそあちらからも文句は出ないと思う」
「……うん、わかってるよ、父さん。うん、これ、気に入った」
高原氏族の正装のマントに使われるのは真っ白なお化け百合の花びらのボタンだが、これは青黒く染められている。でも、それがいい。
私は連中とは違う。それを体現しているようだ。
泣き続けて言葉が出ない母の代わりに父は言った。
「ドレスは今日の午後には届くそうだ。靴とかその他の小物も一緒に届くと。マリちゃんが会長夫妻と一緒に届けてくれるということだった。クラリィもその頃に顔を見せると言っていたから、お礼をくれぐれも言うんだぞ」
「うん、わかってる」
その日の午後二時過ぎにドレスやその他の小物が届けられた。マリちゃんや会長夫人とそれらを私の部屋で広げて試着をしていると、お茶の時間になった。
ドレス自体は深い群青色で、意外に思った。もっと派手な色になるかと
思っていたのだが。
「でも、これって結構目立つ色なのよ」
私の感想をきいてマリちゃんが言った。
「赤とかみたいにはっきりと派手っていうわけじゃないけど、人の目を引く色なの。それに、生地に銀糸が織り込んであるから、光があたったときに独特な光り方をするのよね」
「金糸を織り込んだ生地にしようかと思ったのだけど、マントとの釣り合いがあるから」
会長夫人が目尻に深い皺を刻みながら笑みを浮かべる。
「とりあえずは着てみてごらんなさいな」
会長夫人に促されてひとまず着てみたドレスを見てもらおうと階下に降りると、クラリィ婆ちゃんとルートヴィヒが来ていた。
私が肩から羽織っていたマントを見て、クラリィ婆ちゃんが万感を込めたようなため息をついた。
「本当に、たかがマントなんだが、何だろうね、やっぱりあの土地で育った身としては、特別なものなんだって思い知るね」
婆ちゃんが言うのはわかる。毎年節目節目に、一族の者はこのマントを羽織って儀式を行っていた。襟元のデザインや丈はそれぞれの家でまちまちだが、マント本体にお化け百合の花びらのボタンだけを縫いつけることだけは共通していて、それらが光を反射してきらきらと光るところは壮観で、見ていて一族の者として誇らしく思ったものだ。
そんな一族の誇りとも思えるマントは、高原を追い出される者は持って出てはいけないことにもなっている。
婆ちゃんも高原を出されたとき、先祖代々引き継いできたマントは持ってこなかったと言っていた。ただ、婆ちゃんの場合は、うまく言ってマントを引き取ろうとした他家の女衆の目の前でマントに魔素を通して爆発させてやったらしいけれど。
それでも、マントを失ったことは心に引っかかっていたのだろう。
「シホ、そのマントは神々の宴にも来て行くといい。魔力によるものだろうが魔素によるものだろうが攻撃を跳ね返すからね」
「わかった。……でも、この材料、どうしたの?ラヴィの鱗、余ってたの?」
「余っていたというのではなくて、余らせた、という感じですかね」
ルートヴィヒがふんわりと微笑んで言う。
「シホさんが宴に参加するのに衣装をどうするか考えているんだとクラリィからきいたときに、鱗の材料を流用して使えばどうかと思ったのです。勿論、ラヴィの了解はもらっていますよ。なに、ラヴィの修復に使った枚数からするとそんなに多量ではありません。予備を多く準備していて、残ったものを回しただけです」
「でも、加工が大変だったでしょ」
結局のところ、お化け百合の花びらを扱うのはそこが大変なのだ。日の光を受けた花びらは真珠の輝きを持つようになるのと同時に独特の硬さを得る。ただ割るだけなら踏んだだけでも割れるのだが、狙った形にしようとするとどんな道具を使ってもうまくいかない。魔素を通しながら加工をすれば何とかできるけど、それも繊細な制御のもとにやらないと思った通りの形にはならない。思った場所に希望の大きさの穴を一つあけるのだって大変なのだ。
だからこそ、そんな技術を使って加工されたお化け百合の花びらのボタンを大量に縫いつけたマントはかなり貴重な品であり高価なものということになるのだが。
「それは、まあ。でも、ラヴィの鱗の加工でかなりの量を扱いましたから」
さらっと言ってくれるなあ。ボタンの加工は高原では主に女性たちが担っていたのだが、うまくボタンにするには技量が必要で、一生かかっても正装に使えるレベルのボタンを作れない人も多くいるのに、このマントに使われているボタンはどれも素晴らしい出来だ。
何なんだろうね、これは。
「これで支度は整ったわね」
母が満面の笑みで言う。そうね、と会長夫人が言った。
「明日は朝からまたこちらにうちの店の者と一緒に来るわ。化粧とか髪とか、いろいろとやることはありますからね」
「化粧……?髪……?」
思いもよらない言葉に私が呟くと、会長夫人は笑顔で言った。
「ええ。やらないといけないことはまだまだあるということよ」




