136 ラヴィ復活
その日の午後は他人の魔力の波動に合わせてこちらの魔力の波動を調節してぶつけて消す練習をした。魔力を感じること、そして自分が出す魔力の制御の練習になるのだとジェニファは言っていた。小さい頃からやっている練習なのだと。
が、ジェニファ自身の制御能力はかなり怪しいものだった。相手の魔力の波動を感じるのはできているようなのだが、それに対してぶつける魔力の出力がおかしい。八割とか、場合によっては半分くらいにしてくれたので良いのだけど。
練習の途中からアンソニーも見学していたが、練習が終わったときには、
「幾ら大きな出力でねじ伏せればいいと言っても、これはひどい。場合によっては装置自体に損傷が出るかもしれない。……他の者を手配することを考えるか」
「でも、他にいないんでしょ?あ、隊長さんを呼ぶ?」
一番手近なのはそうなるだろうけど。
アンソニーはかぶりを振って、
「あの兄弟、魔力の質が似ているからな。ガリエスを二人よりは、他の家から連れて来た方がいい」
「贅沢なこと言ってんじゃないわよ」
ホリィが呆れた様子で言った。
「この世界の安定が優先でしょ。対応できる人間がそもそもそんなにいないんだから、えり好みしている場合じゃないわよ」
「そんなにいないって、そんなに難しいの?」
まあそうなんだろうあなとは、他の人たちの話しぶりをきいていて思ってはいたけれど、本当にそうなんだ、と私は改めて知った。て言うか、羽衣で下駄履かせただけの、魔法使いとしては新参者の私に参加資格があるんだから、そんなに大したことはないだろうと思っていたのだけど。
私の考えていることがわかったのだろう、ホリィがじろりと私を見て、
「あんた、羽衣を使ったときの自分の力、わかってなさすぎよ。魔法だけで戦ってもあのジェラルドに匹敵するんだからね」
「え、そうなの?凄いじゃん。あ、それじゃ、アンンリウォルズ先輩は今回の件に対応する資格はあるってこと?」
「ジェラルド・テウル・アンリウォルズは他の装置についている」
「そうなんだ。それじゃ、レイドール公爵令嬢とか、他の宴の参加者は」
「連中は無理だな。力がひ弱だ。鍛えていけば今後水準に達するかもしれんが」
……そうなんだ。となると、
「もしかして、これに対応できる魔法使いって、本当に限られてる?」
「だからそう言ってるじゃない」
「考えがある」
唐突にアンソニーは言い、ガリエス先輩に声を掛けた。
「フロリゼル。俺を王宮へ連れていけ」
「え、何ですか」
ガリエス先輩は突然言われて戸惑っている。
「使える奴を連れてくる。ジェニファ、お前も行くぞ」
「え、待って、アンソニー。それってまさか」
「お前が使えないんじゃ仕方がない。王家の都合なんぞ知ったことか」
「いやよ、私、頑張るから」
「そんなもんいらん。フロリゼルが連れていかないんなら、一人で行く」
アンソニーは装置に向かって歩き出す。それを見て、ジェニファは走り出し、アンソニーの前に先回りしてその行く手を阻んだ。
「わかった、わかったから!先輩、転移陣をお願いします」
「あ、ああ……。いいのか?」
「仕方ないです。この人に一人で行かせたら、装置がもっと不安定になっちゃう」
「どういう……?」
「この人、レオナルドの装置同士の空間の繋がりに潜り込んで移動するんです。それをすると装置に負荷がかかるのに」
「便利だからな」
しれっとアンソニーは言う。ホリィがため息混じりに、
「この世界を安定させるのが優先じゃないの?」
「そうだ。だが、それがわかっていない馬鹿がいるから仕方ない」
アンソニーはじろりとジェニファを見る。ジェニファは眉間に皺を寄せて、
「あーもー、行きましょう!先輩、お願いします。シホちゃん、待っててね。多分、今日中には戻ってこれるから」
ジェニファはアンソニーの背を押しながら部屋を出ていった。ガリエス先輩がその後をついていく。
私は仕方がないので、遺跡の中のコテージでモモノと話しをしたり料理をしたりしながら待った。
夜中にガリエス先輩は戻ってきた。アンソニーと、ヨハンと一緒に。
アンソニーが鼻高々に、
「使える奴を連れてきたぞ」
「えっと……、神祇庁は忙しくって、ヨハンは動けないってきいたような……?」
「そうだな、王宮の連中はいろいろ言っていたが、ぶっ飛ばしてきた。世界の安定なくして王権がどうとかいったものは意味がなくなるからな」
「ああ、そう……。で、ジェニファは?」
「置いてきた」
「あ、そう……。えっと先輩、どうかしましたか?」
ガリエス先輩が顔色を悪くして黙っているのに気がついて私は訊ねた。先輩は被りを振って、
「いや、何でもない。その」
「フロリゼルはちょっとしたことを知っただけだよ。君はもう知っていることで、今度のジェニファの誕生日パーティで皆が知るようになることをね」
「ああ、じゃあちょっとしたサプライズを受けたという感じなんですね」
「そういうことだね。じゃあ、今日はもう遅いから休もうか。作業は明日の朝九時には始まるということだからね、少しでも寝ておかないと」
私たちはヨハンの言葉に素直に従うことにした。
翌朝は七時に食事が始まった。モモノが食事の支度と給仕をしてくれた。私も手伝おうとしたが、今日の作業のためになるべく休んでくれと言われて、そうした。
九時前にレオナルドの装置がある部屋に行き、アンソニーが指示した場所にそれぞれが立った。
そして、ラヴィの修復作業が始まった。
遠く離れたストームで行われているにも関わらず、空間を通じてラヴィの力の波動が伝わってきて、私たちはそれに対して何度も魔力をぶつけて打ち消した。誰がどの波に魔力を当てるかはアンソニーから指示が出たのでそれに従って魔力を出した。
そういった作業をしながら私は気がついた。
私以外の二人は私以上の魔力を出してアンソニーの装置から流れてくる力の波を消していたが、それが私には無駄に力を入れているように見えた。私は向かってくる力の波を消すのにそんなに大きな力を掛けずにやれていたが、ヨハンとガリエス先輩は私の倍以上の魔力を出して当てている。そこまでの力を出しても波動を消せるかぎりぎりのときがあり、何でだろうと私は疑問に思った。
作業は延々と続いた。
アンソニーが作業の終わりを宣言し、空間の揺らぎも全くなくなり、本当に作業が終わったと実感して、私たちは三人ともその場に座り込んだ。疲れ切って動けなかった。て言うか、今何時なんだろう?お腹が空きすぎて動けないんだけど。
作業が終わったことをホリィがモモノに知らせに行ってくれて、すぐにモモノが飲み物が入ったボトルとコップを持って飛んできた。
「お疲れ様でした、ひとまずはこれを飲んでください」
蜂蜜とレモンが程良く配合された温かい飲み物だった。他の二人もそれを飲み、人心地がついたところで立ち上がる。先輩たちと歩いて部屋を出ようとしたところで、私はアンソニーが装置の上に上がったまま動かないでいるのに気づいた。
「アンソニー、まだそこにいるの?」
体は人形だから食事はいらないんだろうけど。
アンソニーはこちらを振り向きもせず、
「あの馬鹿がこちらに飛んできたいと駄々をこねてるから、説得しているところだ」
「あの馬鹿って?」
「マツカサリュウだ。直ったから全力を出してこっちに飛んでくると」
「飛んでくるくらいいいんじゃないの?」
「空を飛んでくるんならな。レオナルドの装置の間に繋がっている空間の流れを辿ってくると言っている。あんなデカブツが通ってきたら、世界にひびが入るぞ」
一瞬にして血の気が引いた。
「それって、どうしたら」
「あの馬鹿を止められればそれでいい。そうだ、シホ、お前、ストームに転移してあの馬鹿と話してくれ。お前がここにいるからあいつはこっちに来たがっているんだからな」
「転移って、私、転移陣は使えないよ?」
私はガリエス先輩とヨハンを見た。二人とも転移陣を使えるが、疲れ切っているのが見て取れて、ストームまで連れていってくれなんて頼めそうにない。
「俺が連れて行く」
ガリエス先輩が言った。顔が蒼白になっているけれど、口調は力強い。
「監督官よりも俺の方がストームに馴染みがある。負担は俺の方が少ない」
「いいだろう、お前に任せる。力を貸そう。マツカサリュウにもお前たちが行くと伝える。そうすれば、落ち着くだろう」
アンソニーは装置に手を当て、何か集中する様子を見せたが、いきなり焦った様子で、
「馬鹿、そんな余計なことをするな。必ずすぐに行かせるから。いや、そういうことじゃなくて。……おい、フロリゼル!」
アンソニーは声を上げて呼ばわった。
「今すぐ転移陣でストームに飛べ。ここから今すぐにだ。シホを忘れずに連れていけ」
「ここから?それは」
「それは無茶というものだろう」
ガリエス先輩の言葉を引き取って、ヨハンが言う。が、アンソニーは頑として言う。
「今すぐにだ。あの馬鹿がお前たちが転移しやすいようにストームへの空間の流れを作ると言ってきた。そんなものを装置の近くでやられたら、装置がこれまで作ってきたネットワークに影響が出かねん」
言う間にも、装置の周りの床が妙に光り始めた。羽衣をホリィに渡して仕舞ってもらった私にも、空間が何か波動のようなものが感じ取れる。
「先輩、これ、行かないとまずいかも」
「行ったら行ったで、ストームにたどり着ける保証もない気がするが」
先輩が呟くと、ホリィがけたたましい声を上げた。
「ためらってる暇なんてないわよ、お馬鹿!目的地への誘導は私がしてああげるから、あんたはシホを落とさないように転移することだけ考えなさい!」
「わかりました」
先輩は転移陣を展開させ始めた。私はその水色の光に飲み込まれる前にアンソニーに、
「今すぐ行くから、私たちの夕食を準備するように周りの人たちに頼んでってラヴィに伝えて!」
「わかった。まあ、向こうに伝わるのとお前たちが到着するのとほぼ同時とは思うが」
アンソニーが呟き終わった瞬間、私たちは水色の光に包まれ、そしてそれが消えた瞬間、真っ暗な部屋に立っていた。ストームの地下室だというのは瞬間的にわかったが、
「シホ、辿りついたー!」
でっかいラヴィがそこにはいた。最初に会ったときと同じ大きさだ。鱗は前よりも重い輝きを放っている。
「シホちゃん、良かった!」
何故だかマリちゃんまでもがいた。泣きながら私に抱きついてくる。
「えっと、マリちゃん……?」
「もしものときのために待機しておくようにって治癒術師局から言われて待機してたの」
「もしものときってどういうこと?」
「お前たち、ここにたどり着くまでに三週間かかっているんだぞ」
アンソニーだった。あれ、ラウトゥーゾの遺跡に残してきた筈なのに、何で?
「そこの馬鹿が空間をいじったせいで、お前たちは転移途中で空間を迷子になっていたんだ。神使がついていたから何とかここまでたどり着けたが、そうでなかったら永遠にこの世界に出てこれなかった」
「やっぱりそういうことだったんだー」
ホリィが珍しく疲れきったような声で言った。
「何か、いつもより断トツに難しいなって思ってたのよねー」
「ありがとう、ホリィ。シホちゃんたちを助けてくれて」
マリちゃんは泣きながらホリィに礼を言ってから、涙を指で拭い、私に向き直った。
「それでね、シホちゃん。帰ってきてすぐで何なんだけど」
「うん?」
「食事をして体を休めたら、すぐに王都に帰るからね?」
「あ、う、うん。えっと、学院も休んでるしね?」
「そうだけど、そうじゃなくて。帰ったらとにかくおばあちゃまのお店に行くから」
会長夫人のお店というのは仕立て屋のことだ。王都でも随一の格式のある店で、そこで扱うものもかなりの金額がかかる。
「いや、何でマリちゃんのおばあちゃんのお店に行かないといけないわけ?」
「あのね、おじさまたちと話して、シホちゃんもジェニファのパーティに行くのに、きちんと衣装を用意した方がいいっていうことになったの。このままだとシホちゃんは制服で行くことになるでしょ」
まあ、羽衣の力を使って変身しても、時間が一定ではないしいつ変身の効果が切れるかわからないので、結局は制服で行こうと思っていたのだが。
「いや、でも、服のお金、払えないし」
「それは気にしなくていいから。おじさんたちが払うって言っていたし、足りなかったらその分はおじいちゃまたちが払うわ」
「え、いや、それは会長さんたちに悪いって。そもそも、親に負担を掛けたくないんだけど」
と、ガリエス先輩が重々しく言った。
「シホ、お前はリーヌ・フォロの提案に乗っておいた方がいい」
「は?」
私は先輩をまじまじと見た。いきなり何言ってるんだ、この人。
先輩は私の呆れたような視線を受けても意見を変えなかった。
「ジェニファ・テウル・ラウトゥーゾの誕生パーティにはきちんと支度をして行った方がいい。だから、リーヌ・フォロの言う通りにしておけ」
「そうだよ、シホちゃん。あ、ガリエス先輩も一緒に来てもらいますからね。従者として衣装を合わせないと」
「俺の正装は叔母の家にある」
「大丈夫ですよ。先輩の正装はリーシア先生から預かってアトリエで保管しています。もう参考のための採寸を始めてますから」
マリちゃんが心なしか得意げに言うのに、先輩は少し怯んだが、観念したのか、目を閉じ、小さなため息とともに、わかった、と言った。




