135 レオナルドの装置
私は驚きで固まってしまった。
「えっと……ジェニファこそ、何でここに?」
「えっとね、何かレオナルドの装置が不安定になるかもしれないから、それを抑えるためにうちの遺跡の装置にも誰か魔法使いが就かないといけないって、アンソニーが教えてくれたの。魔法使いなら誰でもいいっていうわけじゃなくて、かなり大きな魔力を出せないといけないって。うちだと母様と兄様と私が条件に合ってるけど、母様と兄様は忙しくて無理で、それで私が来たのよ。シホちゃんたちは?」
「えっと……ジェニファと同じ、かな。レオナルドの装置を抑えるために来たんだけど」
「そうなの?でも何でシホちゃんが?ガリエス先輩はわかるけど……」
「神具を使ったら魔力を操れるからって、派遣されてきたの」
「そっか!そういう方法もあったわね」
「うん」
と言ったところで、私は気がついた。これは、私がストームに戻れるということではないだろうか?ジェニファ、ガリエス先輩、それに隊長の三人ということで、人数は足りてるんだし。
ジェニファはにこにこしながら、
「本当に助かったわ!条件が合う魔法使いが最低でも二人必要だってきいてるのに、それがなかなか見つからなくて。もし誰も来なかったら、守備隊から隊長さんを呼び戻して、二人で何とかするしかないって思っていたのだけど。ガリエス先輩もいるし、これで大丈夫ね」
ジェニファはガリエス先輩ににっこりと微笑んで見せた。先輩は
「国境がまずいことになっているのか?」
「アンソニーの指示で、国境をよく見ておけって指示が出て、隊長さんはそっちに行ってるの。ここだけじゃない、国中の国境守備隊はその任務に走り回ってるわよ」
「国境の状態はそんなにまずいのか……?」
「宴の後なら良かったが、そうではないからな」
声がして、そちらを見ると、遺跡の中からアンソニーが出てきているところだった。
「え、何でここに?王宮にいるもんじゃないの?」
「ここが一番手薄だからだ。装置の安定のために必要なのは強力な魔法使いだけじゃない。技術者もだ。他の装置にはいるが、ここには技術者などいないからな」
「それって、ストームにもいたってこと?」
「魔術師団が行っていただろう。あの者たちは、装置についての知識は持っているからな」
なるほど。
「とりあえず、中に入れ。説明する」
アンソニーは踵を返し、遺跡の中に戻っていった。そのときちらりと見えたのだけど、首筋に細かなひびが入っていた。
もしかして、この体って限界だったりする?私に新しい体を作れって言ってきたし。
そう思ったときに、ユゲリアのことが思い浮かんだ。ルートヴィヒが幾つか予備の体を壊してきたらしいけれど、あっちはまだ三十以上の体を予備として持っている。何か、不公平じゃない?
案内されたのは、練習場の隣の部屋だった。初めて入る。というか、こんなところにそんなものがあるなんて。この部屋の前は何回も通ったのだけど。
装置は、ストームにあるものと似ていた。こちらの方が一回り小さくて、洗練された見た目をしている。
「お前たち三人で等間隔に立ち、装置から発せられる魔力の様子を窺いながらその波動に合わせて魔力をぶつけ、相殺していけ」
えっ、という声がジェニファから上がった。
「魔力の波動を感じながらそれに合わせて魔力を発するなんて、私、多分できない……」
「大丈夫だ。お前くらい大きな魔力だったら、向こうの波動がどうとか考えずにとにかく魔力をぶつけていけば何とかなる」
「そっか、それならできる……!」
ジェニファの表情が、不安そうなものから明るいものにたちまち変わる。ガリエス先輩は呆れたような表情でそれを見ていた。うん、まあそうだろうね。ガリエス先輩からしたら、相手の魔力の波長を感じてそれに合わせて魔力をぶつけるなんて朝飯前だろうからなあ。
ということでいくと、一番の不安材料は私ということになる。
「アンソニー、一つききたいんだけど」
「何だ」
「もし装置を抑えるのに失敗したらどうなるの」
「世界が欠けるな。最悪、消滅する。いや、高原と他国は残るか。この国も、王宮辺りは残るだろうかな」
「あー、もしかしなくてもかなり責任重大?」
「そうだな。何だ、びびっているのか。だが、今更だぞ。お前は神々の宴に出るのだからな。それに選ばれているということは、そういう重責を担うことが決まっているということだ」
「んー、宴って、人間が神々のためにどう力になれるかを計るためのものなんでしょう」
「そうだ。だが、計るだけでなく、計った後にはこの世界の維持のためにどう使えるか、役割が割り振られる。それはいざというときに神々から使命として降ってくる。例に漏れず、そういった使命は重いものだ」
「そっか。もしかして、さっき、宴の後だったらもっと国境が安定してたのに、みたいなこと言ってたけど、もしかして宴の後にそういう国境を安定させるための計画とかがあったりした?」
「違う。もうすぐに明らかにされるところだったから言ってしまうが、今回の宴は、レオナルドの装置を安定させるというのが課題だった。それをやれば、マツカサリュウの修復のためにちょっとした空間を提供するなどといったことは些事にしか過ぎなかった」
私はジェニファと顔を見合わせた。魔法の練習のとき、宴って何をするんだろうね、とよく話していたからだ。それがこんなところでわかるとは。
が、
「装置を安定させるのが課題って……、装置についての知識、全くないんだけど。まさかこれから課外授業で詰め込みがあるってこと?」
「いや。技術者の方は間に合ってるから、出席者に担ってもらうのは力の制御の方だな」
「……それって、魔素術師、いらないんじゃないの?だって、必要なのは魔力なんでしょ」
「装置の安定的な稼働には魔力が必要だが、装置の整備自体には魔素の制御が必要なんだ。なので、魔素術師も加えてある」
あー、それで最初から宴の参加者に魔素術師も入れるようにって神々は注文を付けていたのか。だったらそういうのは早く公にしてよねー、私もクロウも、魔素術科のくせに宴に行くなんて恥知らずだとか魔法科の生徒たちに散々言われたんだから。
それにしても、
「そんなに装置の状態がまずいんだったら、ラヴィの修復、今しなくてもいいんじゃないの。宴の後に回すとか」
「馬鹿か、お前は。あれをあのままにしておくと、それはそれでまずい。お前は鱗の準備に携わったのだろう、それでもわからなかったのか」
鱗。高原のお化け百合の花びらを染めたもの。お化け百合の花びらは天空の日の光を浴びると硬化して、石のようになる。それは大なり小なり魔力や魔素に干渉できる。質のよいものは特にその効果が大きい。ユゲリアが作った空間への出入りを助けられるほどの力を発揮したところからも、その力の程はわかるというものだ。
ラヴィの体はそんなものでびっしり覆われている。そんな体を扱えるラヴィって一体。
「ラヴィって、何なの」
「今更だな。まあ、鈍くなるのは仕方ないか」
私はアンソニーをまじまじと見た。
「何か、ものすごく失礼なことを言われたような気がするんだけど」
「失礼でも何でもない。本当のことだ。ラヴィは、そうだな、性質としては神使よりもユゲリアに近い」
「魔ってこと?」
「成り立ちや力の性質はな。ただ、神々に逆らう立場をとっていないから、連中と一緒くたにするのは違うというだけだ。力はとにかく強いので、取り扱いに注意しないといけない。あれの修復にこれを使うのも同じ理由だ」
アンソニーは装置の表面を撫でた。私はアンソニーが撫でるそれをまじまじと見た。
レオナルドの装置については、学院でも学習する。レオナルド・テウル・ラウトゥーゾが千本杖誕生後三十年程後に作り上げたものだ。世界七カ所に設置されているが、それらがどこにあるか、王宮にあるもの以外はその所在は公開されていばい。
学院に入って貴族である魔法部の部員と話をするようになってからわかったのは、貴族の間では、ラウトゥーゾにあるというのは常識のようだということだった。そして、ラヴィの件に関わってストームに予備的なものがあるというのを知ったわけだが、それについては貴族の間でもあまり知られていないっぽい。もし知られていたら、ストームをあんな目に遭わせたガリエス先代侯爵はもっと責められていたろうし、その家族は貴族社会に身の置き所がなかっただろう。
もっとも、ストームにあるのは試作機で、世界に七つあるというレオナルドの装置の中にカウントされていないのではと私は見ているのだが、そんなことの正解を誰にきけるというものでもない。
私は言った。
「ラヴィの修復は、最初、人形師協会の作業場でやろうとしていたんだけど」
「あそこも結界があるんだろう。各所にある結界は、結局この装置の増産版だ。劣化版ともいえる。ラヴィが本気で暴れたときには到底抑えられん」
「そうなんだ?じゃあ、もしかして、今回のラヴィの修復の件で、いろんな貴族が持っている練習場にも影響がある?」
「ない。言ったろう、劣化版だと。各貴族や人形師協会が結界を作るために持っているモノは単独で存在している。だから、今回の件で影響は受けない。ただ、レオナルドの装置と呼ばれているものは繋がっている。繋がっていることで力を増し、世界の安定に寄与する。そういった機能を持つものは管理に王宮が介入する。ここのもそのうちの一つだ」
「ストームにあるのは試作品だったんでしょ?それでも他の装置に繋がっているの?」
「あれがあるから、後に続く他の装置が成立しているんだ。そして、それらは今でもストームとの繋がりを断ててはいない。レオナルドはその作業をする前に死んだからな」
「他の人はその作業をしなかったんだ?」
「他の凡百の連中に出来よう筈もない」
「あんたがすれば良かったじゃないのー」
私の頭上に浮かんでいたホリィが言った。
「あんただったらできたでしょ。何でやらなかったの?」
「……私は管理人だ。あるものをただ管理するだけ、それが役割だ。勝手にいろいろと期待するな」
そう言うと、アンソニーは装置の上によじのぼって行ってしまった。就いてきてほしくなさそうな気配を振りまいていたので、私は行かせるままにしていた。
ジェニファが小さくため息をつく。
「何か、機嫌を損ねたみたいね」
「んー、ごめん、まずい話題だったかな」
「気にしなくていいよ。アンソニーの機嫌がどう変わるかなんて読めないし。シホちゃん、ガリエス先輩、明日の作業、アンソニーが大体説明したけど、あれで大丈夫ですか。わかりましたか」
「俺は大丈夫だ」
「私はちょっと不安かな」
「じゃあ、練習してみる?魔法の練習方法で、ちょうどいいのがあるの。あ、でもその前に食事かな。私、まだお昼ご飯まだなんだよね。二人は?」
「俺たちもまだだ」
「わかった。それなら、先に食事にしましょう。モモノに言って、すぐに用意させるから」
ジェニファの提案に、私も乗ることにした。




