134 アンソニーからのSOS
そのとき、私たちの後から地下室に入ってきた人たちが、私たちに声を掛けてきた。
「おお、来たか」
上師のグリエル・ドゥアハだった。カペラス・アバグも一緒だ。
「クウェーラがいろいろと折衝をしてくれるんで助かるが、一方で我々は手持ち無沙汰だ」
「休めるときには休んだ方がいいさ。ダントスとルートヴィヒはどうした」
「ルートヴィヒはストームを見て回っている。ダントスは鱗の最終チェックと言っていたが」
地下室の奥の幕をめくって見ると、ダントスが鱗が入った木箱の前に座り込んで何やらぶつぶつ言っていた。
が、私たちが見ているのに気づくと、いきなり立ち上がり、こちらに向かって歩いてきた。
「クラリィ師!これらの鱗は本当に素晴らしい!さすがと言うよりほかない!長を退かれたとはいえ、あなたの腕前は本当に素晴らしい!」
「それはどうも。だが、私一人の力ではないよ。ルートヴィヒがかなり助けてくれた。ここにいるシホだって、数は少ないがいいものを作ってくれたよ」
人前で婆ちゃんにまっすぐに褒められて、私はちょっとこそばゆかった。満更でもないというか。
ダントスは私をまじまじと見て、
「君は確か、神々の宴の出席者に選ばれた子か。うちの娘と同じ学年ときいた。……君にそんなことが?」
うわー、思いっきり疑わしいって感じで見ている。まあ、お宅の娘さんと同い年と思えば、信じられないっていうのはわからなくもない。
「ダントス、失礼ではないか」
カペラスが言うと、少し慌てた様子で、
「すまない、うちの娘ではあそこまでの仕事はできないので。……そうか、君が。学院の首席とはきいていたが、最近の学院の生徒というのは凄まじいものだな」
何度も頷いている。
私は居心地が悪くなってきた。
「それで、お前さん、鱗の確認は心ゆくまでできたのかい」
婆ちゃんが訊くと、ダントスは大きく頷いた。
「勿論。既に二度は見ているが、あまりに鱗の出来が素晴らしくて、飽きずに見ていたところだ」
「明日の準備は任せていいかね。私はクウェーラや魔術師団と話がしたいのでね」
「ああ、行ってくれ。ここは私に任せてくれていい」
「私も残る」
グリエルが言い、カペラスも頷いて見せる。
私たちは地下室を出た。ガリエス先輩の案内で、領主館の一階のとある部屋に通される。
そこは書斎のようだった。本棚があり、大きくて立派な机があり、そしてクウェーラが魔術師団員と一緒に大きな机を囲んで何か話し込んでいた。タロちゃんもいる。
私たちが入っていくと、皆がいっせいに顔をこちらに向ける。
婆ちゃんが言った。
「何だい、そんな話し込んで。何か問題でも?」
「それが……。アンソニーから連絡があって」
「管理者から?何だい?」
「ここの装置を使ってラヴィの修復用の空間を作るのはいいけど、もしそれをするのなら、ラウトゥーゾにある装置の方にも人を手当して抑えた方がいいと。そうでないと均衡がとれないとのことなのですが、その人手をどうしたものかと」
「そんなもの、王宮に頼めばいいだろうに」
「他の装置の方に回っていますよ。第三王女殿下までもが動かれていて、人手がないんです」
「じゃあ、ラウトゥーゾにいるガリエス伯爵の守備隊を装置の抑えに回せば」
「数ばかりいても仕方がないんですよ。寧ろ効率が悪くなる。強力なのが二、三人いればいいんだが、あそこの守備隊で対応できるのは伯爵本人くらいだ」
魔術師の一人が言った。
「あんたらの誰かが行ったんじゃ駄目なのかい」
「我々では少し足りないんです」
無表情で、年嵩の魔術師が答える。服装からするとこの中で一番偉そうだ。
「ラウトゥーゾだったら、ヨハンが行けばいいじゃない。領主の息子でしょ」
私が思わず言うと、魔術師たちはぎょっとしたような顔をした。クウェーラがため息混じりに言う。
「それも提案したわ。でも、神祇庁は王宮の警護で離れられないんですって」
「まあ、あそこにも装置はあるからなあ。……そうなると、どうするか」
「俺が行こうか」
ガリエス先輩が言った。魔術師たちは意表を突かれたといった表情をする。
先ほどの一番偉そうな魔術師が言った。
「君なら条件は満たしているが……。しかし、ガリエス家から二人も行かせるのはどうか」
ガリエス先輩が何か言いたそうにしたが、すぐに唇を噛んでこらえていた。これは、あれかな?
「先代侯爵の起こしたことで、ガリエス家の人に信用が置けないっていうことですか?」
私が訊ねると、向こうは慌てた様子で、
「いや、そうではない。私が言うのは、もし何かあったときにガリエス家の跡取りがいなくなるということだ」
「そういうことでしたら、尚のこと俺が行きます。そして、兄と替わります。兄はうちの跡取りです」
「いや、それだと人数の問題が解決しないでしょ」
私は突っ込みを入れたが先輩は引き下がらない。
「それはそうだが、俺が替われるのなら替わりたい。兄上を危険な目に遭わせるのは嫌だ」
「そいつは、伯爵だって嫌だろうよ」
それまで黙ってきいていたタロちゃんが口を開いていた。
「伯爵だって、弟が危険な目に遭うかもしれないのに、役を譲ったりは嫌だろう。第一、お前よりも伯爵の方が魔力量は大きいだろう。だったら、伯爵の方が事態を収められる可能性が高いということだ」
「だったらどうするの?タロちゃんが行く?」
私が訊くと、タロちゃんは肩を竦めてみせた。
「そうできればいいけど」
「駄目だよ、タロスには修復に立ち会ってもらうんだから!」
タロちゃんの頭にかじり付くようにして纏わりついていたラヴィが声を上げた。
「さっきも言ったでしょ、世界との繋がりがない人に傍にいてほしいって。それともシホがついてくれる?それでもいいけど」
ラヴィの発言に、何故だか魔法使いたちがぎょっとしたような表情で私を見た。……その反応って何。
婆ちゃんが苦々しげに、
「シホは装置の効果の範囲の外で天球を張ってもらうことになっている」
「えー、それじゃあ僕の傍ってことにならないじゃないか。やっぱり却下だね、タロスには修復のとき、傍にいてもらう!」
「本当にわがままねえ。タロスがいたからって何ができるわけないっていうのに」
ホリィが言ったが、ラヴィはかぶりを振って、
「あのね、何かあったときにこの世界の理に引っ張られないで済む魂が傍にいるって、とっても安心できることなんだよ。それに、タロスが行かなくても、ラウトゥーゾに候補者はいるでしょ」
「ヨハンは駄目だって言われたばかりじゃない」
「でも、ジェニファがいるでしょ」
あーなるほど、と私は思った。ジェニファの魔力の大きさはかなりのものだ。私が見たところ、第三王女殿下にも匹敵する感じ。
だが、魔法使いたちはおかしな反応を見せた。特に、一番偉そうな魔法使いが焦ったように、
「ラウトゥーゾの令嬢は駄目だと言われている。検討はしたんだが」
「えー、でも魔力の量は抜群だよ?」
ラヴィが得々と言うと、ホリィがため息混じりに、
「量だけならね。でも、制御が駄目すぎるわ」
「そう、そうなのです!だから候補から外されたのです!」
魔法使いは力強く言う。んー、何でそんな反応になるのかなあ?ジェニファに関わられたらまずい、っていう感じが全面に出ている。
「それじゃ、どうするんです?このままだとラヴィの修復のためにここの装置を動かせないっていうことなんでしょう」
「ハーヴェロイ王子の派遣が検討されていたんだが」
魔法使いが渋々言う。私は意外に思った。
「え、あの人、条件を満たしているんですか?」
「力の大きさということでいえば、満たしている。ただ、ご本人が拒否されて」
「同じにレオナルドの装置の守護に回るというのであれば王宮の装置の守護に当たりたい、と言っているそうだ。そして、そちらに就いている第三王女殿下をラウトゥーゾにやれ、と」
クウェーラがため息混じりに言うが、私からするとそれは正気の沙汰とは思えなかった。
「まさかそのままの内容を口に出して言ったってこと?第三王女殿下を外せって?」
「そのまさかよ。温厚な国王陛下も怒り心頭で、部屋での謹慎を言い渡したそうよ。そういうわけで、王子が参加することはないわ」
「じゃあ、後は誰が候補にいるの?他の王族とか?」
「王族で動ける方は動いている。それ以外でも条件を満たしている魔法使いも同様だ」
重々しく偉そうな魔法使いが言う。が、ホリィはあっさりと、
「って言っても、そもそも条件を満たしている貴族の方が圧倒的に少ないでしょうよ。それなのにいろいろなことを言って使える人材使わないとかどうかしてるわ。フロリゼル、あんた、ラウトゥーゾに行きなさい」
ホリィの言葉に、それまで下を向いていたガリエス先輩が顔を上げた。
「俺……いいんですか」
「ここにいたところであんたに特に役割はないんだし、いいんじゃない。ガリエス家の存続がどうとかいう話は、どっちみちあんたの家の中の話なんだから、あんたと伯爵が話をして納得すればそれでいいじゃないのかしらね」
「わかりました。俺、行きます」
「でも、こいつが行ったとしてもそれで足りるのか?三人いれば確実だろうが、二人じゃ抑えが少し足りないんじゃないか」
タロちゃんが言う。うわー、伯爵家の子息をこいつ呼ばわりとか、いいのかね。
ガリエス先輩はタロちゃんを上目で睨んでいる。んー、なんかこの二人って何気に仲が悪いんだよねー。
偉そうな魔法使いは頷いて、
「確かにあと一人は必要だ。それこそハーヴェロイ王子が来てくださったら良かったんだが」
「シホはどうだ?」
タロちゃんが私を見て言った。え、私?
「神具を使って魔力を扱えるようになったんだろう。ユゲリアに対抗できるほどの魔法を使ったんだ、神具の力を借りてのことだとしても、十分な魔力を操れているんじゃないか」
「あー、それ、いい考えねー!」
ホリィが声を上げる。
「あんた、魔力の出力もなかなかのものだから。ただ力を出すだけたったら、羽衣に力を通しているだけのときの感じでやればいいし」
「あれはかなり力が弱いと思ってたんだけど」
「それはあんたが無意識に抑えてただけよ。力を思い切り出す分はきっとすぐにやれるわ」
「じゃあ、私がラウトゥーゾに行くってことで、大丈夫?」
私は婆ちゃんを見たが、婆ちゃんが返事をするより先にラヴィが、
「えーっ、シホ、傍にいてくれないの?嫌だよ、そんなの!」
「タロスがいるんだからいいでしょ、あんたは!じゃ、決まりね」
ホリィが言い切ったが、私は気になって婆ちゃんに訊ねた。
「婆ちゃん、私がいなくて大丈夫?天球を張る人がいなくなるけど」
「ルートヴィヒにでもやってもらうさ。あれの天球は安定感抜群だからね」
「でもそれだと、修復作業に当たる人が減るでしょ?」
「仕方がないさ。この世界を不安定にさせてまで修復作業をやるわけにはいかない、それならレオナルドの装置の安定のために人を割く方が優先だ」
そういう経緯で、私はガリエス先輩と一緒にラウトゥーゾの遺跡に赴いた。勿論、ホリィやシュルも一緒だ。
移動は転移陣で一瞬。遺跡の中庭に出る。
と、聞き覚えのある声が上がった。
「あーっ、シホちゃん!どうしたの?ストームに行った筈でしょ?」
何故かそこに、ジェニファがいた。




