133 ストーム再び
「ジェニファの誕生パーティー、私がガリエス先輩のパートナーとして行こうと思っていたんですけど」
マリちゃんの言葉に私は目を大きく見張った。何で?何でそうなる?
マリちゃんは理由を言った。
「パーティーには神々の宴に一緒に出る方たちも呼んでるってジェニファからきいたんです。そうなると、レイドール公爵令嬢がいるってことでしょう。ガリエス先輩が他の女の子と一緒にパーティーに出ているのを見たらどう思うか」
「いや、あのご令嬢はもう婚約したんだし」
「それは家の約束でしょう。そのことと令嬢ご本人の気持ちとは関係ないじゃないですか」
まあ、マリちゃんが言うのが正しいと思うよ、私はね。でも。
「それって、レイドール公爵令嬢がガリエス先輩への気持ちを捨て切れていなかったとき、ガリエス先輩と一緒にマリちゃんがいたら、マリちゃんが公爵令嬢の恨みとかを買うってことでしょう?」
「そうなるけど、でも、大丈夫。私がガリエス先輩に興味ないのはわかってもらえると思うし」
「いや、そうじゃなくてさ。マリちゃんがガリエス先輩のことをどう思っているかじゃなくて、ガリエス先輩が自分以外の女子と一緒にいるのが公爵令嬢に受け入れられないっていうのが問題なんでしょ。だったらやっぱりマリちゃんが公爵令嬢の怒りを買うことには変わりないでしょ」
「じゃあ、シホちゃんだったらいいっていうの?」
マリちゃんの目が吊り上がってる。
「シホちゃんはそれでなくてもいろいろ大変なんだから、少しでもトラブルはないようにした方がいいと思うの。だったら、それくらいのこと、私が引き受けるわよ」
「それくらいのことって。私、マリちゃんが嫌な目に遭うのは嫌よ」
「私だって嫌よ」
私とマリちゃんはお互いを見合った。そこにファラーグ先輩が割って入る。
「いやいや、シホちゃんもマリちゃんも落ち着いて」
「でも先輩」
「あのさ、マリちゃん、マリちゃんの気持ちはわかるけど、ここはやっぱりシホちゃんのエスコートはフロリゼルにしてもらったのがいいと思うよ。宴には二人で出るんだし、二人が一緒に行動することについて、レイドール公爵令嬢も慣れた方がいい。パーティーの場なら公爵令嬢が表立って何かすることはないだろうし」
マリちゃんは黙った。
家に帰ってみると、クラリィ婆ちゃんがうちの食堂のテーブルでお茶を飲んでいた。それを見て、私は驚いた。婆ちゃんはラヴィの修復のためにストームに行ったきりになっていて、しばらく戻ってこないと思っていたからだ。
「婆ちゃん、ラヴィの修復、終わったの?」
思わず私が訊くと、婆ちゃんは茶を啜ってから、
「まだだよ。これからいろいろなところと調整してから、最後の作業に入る。そのときにはお前にも来てもらうよ」
「それはいいけど、調整って、ラヴィの修復、問題が出てるの?」
「違うよ。技術的なことじゃない。修復がうまくいかなくてラヴィが暴れて大きな被害が出ないように、作業をする場所に魔術師団とお前にそれぞれ結界を張ってもらうつもりなんだが、主に魔術師団の人選待ちってところだな」
「二重に結界を張るってこと?そこまでする必要があるの?」
「まあ、そこまですれば大丈夫と思うがね」
ラヴィの修復作業には来週の土曜日に入るということで、次の週は学院に行った。ラヴィのことを伝えると、ジェニファとマリちゃんは喜んだ。
「良かった。ラヴィ、戻ってこれるんだね」
ジェニファが言えば、マリちゃんも、
「ストームで寂しそうにしてたから、また元の森に戻れたらとっても喜ぶと思う」
うん、いつものマリちゃんだわ。良かった。
次の土曜日、ストームに出発すべく荷物を準備して待っていると、母親が部屋まで呼びにきた。
「迎えが来たわよ。……その、この前も来られた方よ。学院の先輩なんですってね?」
まさか、と思って玄関に行くと、ガリエス先輩だった。クラリィ婆ちゃんもいる。
「ストームまで送っていく」
「えっと……先輩が?」
「ラヴィのなだめ役は多い方がいいだろう」
婆ちゃんを見ると、少し肩をすくめてみせる。
馬車が待っていたので、それに乗って三人で貴族専用の門から王都を出る。馬車ごと転移するのかと思ったが、そこで私たちは馬車を降りた。
先輩の説明では、馬車ごとでは行かないと言う。
「ストームの領主館の庭に出るから」
言うなり先輩は転移陣を発動させ、次の瞬間には別な場所に出ていた。んー、ここは?
「見事なもんだねえ。本当にドンピシャで着いたよ」
婆ちゃんが辺りを見回しながら言う。ということは、ストームの領主館の庭?
「シホー!来てくれたー!」
声を上げながらちっこい姿のラヴィが来た。ラヴィの本体、というやつだ。
そこで私は、ん、と気付く。
「婆ちゃん、ちょっと訊いてみるんだけど」
「何だい?」
「ラヴィの修復って、ラヴィがあの大きな体に入らないままでやったらいいんじゃないの?それだったら、鱗の挿し方が雑なときとかにラヴィが痛みを感じることもないでしょ」
「それは違うよー」
飛んできたラヴィがすぐさま否定した。
「大きな体の中に入って、鱗の挿し具合を感じながらやってもらうことで、居心地のいい空間ができるかどうかがわかるんだ。できあがった後で鱗が雑に挿されていることがわかったら、またやり直しだからねー」
「……あの大きな体、いるの?」
ちょっと面倒くさくなって私が言うと、ラヴィはぶんぶんと短い尻尾を振りながら言った。
「いるよー!やっぱり大きいと強いし、何かあったときに相手に対抗できるもん。テッサ山脈で魔法使いと戦ったときだって、大きい体だったからシホを守れたんだからね!」
確かにそうだ。
私がラヴィの頭を指で撫でてやると、くすくすとラヴィは笑い声を上げた。上機嫌な様子で、
「じゃあ、僕の修復部屋に行くよー!いろいろ見てほしいんだ」
「え、そんなの作ったの?」
「地下室だよ。レオナルドの装置を使って空間を外と切り離して、そこでやってる」
婆ちゃんの説明に、私は首を傾げる。
「それって、私とか魔法使いがわざわざ結界を張る必要がある?」
「あるともさ。何かのときの控えにね。お前にはこの館全体を天球で覆ってほしい。魔法使いたちにはその外を更に魔法による結界で覆ってもらうことになっている。そこまでやっておけば、中で何があっても大丈夫だろうさ」
「待ってよ、それじゃ何かあったとき、中にいた人たちは」
「勿論ただじゃすまないだろうね。でも、仕方がないさ。大きな力を扱うってことはそういうことだ」
私は震えがきた。それって、婆ちゃんがすぐ近くで死んじゃうかもしれないってこと……?
婆ちゃんは私の手を握ってきた。
「しっかりおし。滅多なことではそんなことにはならないからね。それに、私やルートヴィヒだけじゃない、今回は組合長以外の上師が皆協力する」
「クウェーラだけじゃなくて……?」
「ああ。私とルートヴィヒとクウェーラだけでは手に余ることがわかったからね。ダントスなんかは踊り出しそうなほど喜んで引き受けたよ。マツカサリュウの修復は最初、あれに持ち込まれた話だったからね」
「あー、作業してたのをセイナが駄目にしたんだっけ。もしかして、今回もセイナ、こっちに来てる?」
「いいや。来させてないよ。メイナは母子でこちらに乗り込むつもりだったけれど、王宮が前面に出てやめさせた。さすがにあのメイナでも王宮の不興を買うことは避けたかったようだ」
そりゃそうでしょうよ。
「組合長も来たがっていたんだが、組合長は協会の仕事が常日頃から溜まっているからね」
「そうなんだ」
言いながら、私たちはラヴィの先導で地下室に降りていった。
地下室は最後に見たときよりもすっきりとしていた。魔法を使った明かりだけでなく松明がそこかしこに焚かれていて、かなり明るい。奥に幕で仕切られたエリアがあって、そこでラヴィの鱗を保管しているのだということだった。
「ちょっと呼んでくるね!」
ラヴィが奥の幕の方へ飛んでいく。程なくラヴィに連れられてタロちゃんが来た。
「え、タロちゃんも来てたの?」
私が思わず声に出して言うと、タロちゃんは頷いて、
「ああ。人形師協会からの要請で」
「そうなの?」
私は婆ちゃんを見る。婆ちゃんは頷いた。
「ああ。まあ、元はラヴィの希望だが」
「やっぱり世界との繋がりがない人が一人はいてくれた方がいいから。何かあったときに頼れるからねー」
そのとき、私たちの後から地下室に入ってきた人たちが、私たちに声を掛けてきた。
「おお、来たか」
上師のグリエル・ドゥアハだった。




