132 従者とは
子爵の夫の発言に、ルートヴィヒが驚いた様子で声を上げた。
「何故そんなことを。そんなことをする理由は王宮にはありませんよ。あれはあそこにあってこそ意味があるものです。そんなこと、あなたはわかっていることじゃないですか」
ルートヴィヒの言葉に、子爵は懸命に反論した。
「わかっています、勿論。ただ、ハーヴェロイ王子が必要もないのにストームに行ったときいて。彼の行動は、恐らく自身の王位継承への足場づくりへの悪足掻きの一環でしかないだろうというのはわかっているのだけど、その悪足掻きの一つとして装置の接収を考えているのではないかと思って。ガリエス家としては、レオナルドから先祖が託されたものを王家に持って行かれるのを許す訳にはいかない」
「ええ。それに、もし彼がそれをしたら、その瞬間に彼は王位継承権を失いますよ。そんなものは、王族だけではない、侯爵家以上の爵位持ちの家であれば承知していることだ。あなたもしっかりなさい。今はドライドの家の者とはいえ、元は侯爵家の者なのですからね。つまらない流言や憶測に流されるものではない」
「ルートヴィヒ、そこまでにしていただけませんか。友人の叔母上が叱責される場面を見させられるのは、あまり好まない」
ファラーグ先輩がやんわりと言った。ルートヴィヒが軽く会釈をした。
「申し訳ない、つい熱くなってしまいました」
子爵もすぐに表情を立て直して、
「私からもお詫びを。申し訳なかったわね、そちらの二人も。ところで、あなた方のこと、マリさん、シホさん、と呼んでもいいかしら?」
と、私たちにほほえみかけてきた。私たちは頷いた。
そんな私たちを見て、子爵は話を続けた。
「シホさんは、神々の宴の出席者に選出されているのですってね。フロリゼルをその従者に選んでくれたとか。そのことも、お礼を言わなければならないと思っていたの。ありがとう、ガリエスの者に晴れの場を与えてくれて」
「え、いや、その……?」
これは完全な成り行きだったのだが、そう言うわけにもいかず私が口ごもっていると、子爵はほほえみを深くして、
「ガリエス家は知ってのとおり、イースやレクスのしたことで大きく名誉を損なってしまって、そこに属する者たちも不名誉な風評がつきまとうようになってしまった。そこにいるレイのように気にせず付き合ってくれる貴族もいるけれど、大体は敬遠されてしまって。リーシアは不評が起きる前から王宮に勤めていてそのときからの信用もあったし、我が家に連なるようになってガリエス家の者としての不名誉の影響は最小限で済んでいるけれど、フロリゼルはそうはいかなくて……」
「そうはいかない、どころじゃないよ。あれだけいい子が何故ここまで、と言うような不遇な扱いを受けている」
子爵の夫が憤慨したように言い、紅茶のお代わりを自分で淹れる。夫の乱暴な手つきを見ながら子爵は、
「そうね。頭がいい、魔法の才能もある。身内の欲目かもしれないけど、性格だっていい。学院では能力だけを見られて良い評価を得ているようだけれど、学院を出た後のことが全く見えなくて。ガリエスのような不名誉なことをして降爵された家の者が王宮に引き上げてもらうには実力だけでは足りなくて、強力な貴族の推挙がないといけないのだけれど、それを引き受けてくれるところもなくて」
「俺の家だけだと足りないんだよ」
ファラーグ先輩が言葉を足す。
「そう、レイのご両親には力を貸していただけることになっているのだけど、レイの言うとおり、侯爵家一つだけでは足りなくて。他の家も巻き込むためにはあの子にめざましい実績が必要で、それをどうしたものかと思っていたところに神々の宴の従者の話がきて」
「宴の従者って、そんな大きなことなんですか」
私は少し慄いて訊いた。本当に成り行きの話なのに。
子爵夫妻もファラーグ先輩も一様に頷いた。
「とはいえ、従者になっただけでは足りなくて、宴での働き次第ではあるのだけれど、そこで活躍する様を見せられれば、ガリエス家の者というマイナスの様子を払拭するには十分よ」
「そしてあの子なら、きっと素晴らしい活躍を見せてくれるだろう」
「でも、良いんですか?従者っていっても平民につくんですよ?それって貴族としては不名誉とかないんですか」
「そういうことはないわ」
子爵はすぐさま言ったが、その返事の中に何かがありそうで、私は少し考える素振りをはっきりと見せた。すると、子爵夫妻の様子が少しおかしい感じがした。ルートヴィヒに揺らぎはないが、ファラーグ先輩は表情が少し平坦になっている。
「そんなに従者になることが大事なのだったら、レイドール公爵令嬢から話が来たときに引き受ければ良かったじゃないですか」
マリちゃんが言った。子爵が何か言おうとしたが、口を噤む。
ルートヴィヒが静かに、
「高位貴族女性の愛人だと思われるような形で世に知られたくはなかったのでしょう」
「おじさま!」
「この部屋で話すことは外に漏れることはない、そういう約束でしょう。だったら、話してよいのでは?」
「でも」
ファラーグ先輩と子爵のやりとりを見て、私は納得した。
「ああ、公爵令嬢の従者になったら将来の愛人と見なされると思ったんですか?」
「そう。夫がいても他に愛人を持つ貴族女性はいるから」
ファラーグ先輩が言う。
「それで良かったんですか」
マリちゃんの声が堅い。
「学院を出た後のことを真剣に心配しているのなら、そういう汚名を被るかもしれなくても、レイドール公爵令嬢からの話を受けないとならなかったんじゃないですか」
「いやー、マリちゃんも知ってるでしょ、婚約前のレイドール公爵令嬢がどんなだったか。フロリゼルを狙ってるのがあからさまだったじゃん?」
「それでも、公爵令嬢の手をとるべきだったと思います。子爵ご夫妻の話をきいていると、好き嫌いを言っている場合じゃなかったように見受けられますけど」
マリちゃんの頑なな態度に、子爵夫妻は固まり、ファラーグ先輩は戸惑った様子を見せる。
そのとき、部屋のドアがノックされた。ガリエス先輩とリーシア先生が入ってくる。
子爵が、救われたという様子を見せつつ、二人に声を掛けた。
「兄様は眠ったの?」
「はい。ぐっすり」
答えたのはリーシア先生で、ガリエス先輩は何か気まずそうに視線を床に落としている。
子爵は困ったような表情を浮かべながら、
「兄様はまたあなたに謝り続けてたってことね」
「はい、まあ……」
歯切れが悪いガリエス先輩に対し、リーシア先生は鼻を鳴らして、
「幾らでも謝ればいいと思うわ。あんなの、いくら錯乱していたからといって願っていいことじゃない。レクスだって本当に困ったでしょうよ」
言ってからリーシア先生は私たちに視線を落としてにっこりと笑ってみせた。
「ごめんなさい、話の邪魔をしたかしらね?」
「あ、いや、大丈夫です」
私はいち早く口を開いて言った。さっきまでのマリちゃんの話をぶった切るいい機会だ。
「先代侯爵は回復しているようで安心しました」
話をそちらに持って行く。後から部屋に入ってきたリーシア先生たちからすると、全然不自然ではないだろう。
リーシア先生とガリエス先輩も椅子に座る。
「そうね。少し意識があやふやになることはあるけど、今のところは大丈夫そうね」
言いながら、リーシア先生は眉根に皺を寄せていたが、マリちゃんに向き直って、
「リーヌ・フォロさん、父を王宮の施設に移すのは絶対に変えられないのかしら」
「え、王宮の施設に、ですか?」
マリちゃんは驚いた様子を見せた。子爵がリーシア先生を咎めるように、
「リーシア、マリさんが全てを知っているわけではないでしょうし、マリさんに権限があるわけではないでしょう」
「それは……。ごめんなさい、リーヌ・フォロさん。気にしないでくださいね」
マリちゃんは不安そうに私を見た。私の口がへの字になっているのを見て、ぎょっとした表情になる。
「シホちゃん」
小声で声を掛けられて、私は表情をすんっと戻した。何だかなー。先代侯爵の部屋を出るまでは良い感じだったのに、この部屋に入ってからは話がマリちゃんにとって全然いい感じになってない。
このまま長居する必要、あるかな?
私はお茶を飲み干した。
「マリちゃん、そろそろお暇しようか」
私の言葉にマリちゃんが慌ててお茶を飲み終えた。
「そうだね、先代侯爵にはお会いできたし」
「馬車を回すよ」
ファラーグ先輩もお茶を飲み終えると、立ち上がった。子爵の夫が戸惑った様子で、
「まだケーキを食べてもいないのに」
「いえ、お構いなく。ご家族の団欒の時間にお邪魔するのはなんですので」
私が言うと、マリちゃんも穏やかなほほえみを浮かべて、私に同調した。
ガリエス先輩が立ち上がる。
「送るよ」
「いや、フロリゼル、お前はここにいろ。シホちゃんも言ったろう、家族団欒。お前、お父上についててばかりで子爵夫妻と話したりはあんまりしていないんだろう?」
ガリエス先輩は言い募ろうとしたが、ファラーグ先輩はやんわりとそれを抑えて、最終的に、私とマリちゃんとファラーグ先輩の三人で子爵家を脱出することに成功した。
「何か、いろいろとすまなかったね」
馬車の中でファラーグ先輩が言った。いろいろ、というのはどの辺りのことを指しているのだろうと私は考えあぐねた。やっぱりあの応接室に入ってもお茶会のときの話題のことなのかな?でも、従者の話の件についてはファラーグ先輩のせいじゃなかったしなあ……。
私は心配になりながらマリちゃんを見た。従者のくだりについてまた蒸し返すのではないか、と。
しかしマリちゃんは、
「あの、先代侯爵を王宮の施設に移すというのは……?」
「ああ、よくは知らないけど、先代侯爵の容態が安定したら、事情聴取のために身柄を移すらしい」
「そうなんですか……。ストームにいた頃にいろいろお話しされていたと思っていたのですが」
「まあ、話をきくのも目的だけど、彼を守るというのも王宮は考えているようだね。彼を操っていたものが彼を諦めたのかわからないから。もし諦めていなかったら、子爵たちが危ない」
「それはそうよねー」
馬車の中でふわふわ浮いていたホリィが言った。
「ただ、あの腐れ人形はもう先代侯爵には手を出してこないんじゃないかしらねー」
「何故そう思われるんですか?」
ファラーグ先輩は不思議そうに訊ねる。
「何か、あの男、小物って感じだもの」
「小物、ですか」
「そう。いじって遊ぶには物足りないっていうか。ユゲリアがちょっかいをかける相手としては凡庸に感じたわ」
「魔法の使い手としてはかなりの方だったんですが」
「そういうことじゃないのよー。人間的に面白くなさそうっていうか。あ、でもそれでいえば、フロリゼルも面白味がないしなー。あんなのにも粉かけてたとか、やっぱあの腐れ人形の趣味はわからないわー。ただ面食いなだけとか?」
「あんな得体の知れない奴の考えることなんてわかんなくて当然でしょうよ……」
私は呟き、それもそうだ、とホリィはあっさり言った。
「それでさ、今度のジェニファの誕生パーティーのことなんだけど」
ファラーグ先輩が突然言い、私は思わず顔をしかめてしまった。
「今その話をします?」
「いや、こんな話、こういうときでもないとできないでしょ。学院だとどんな耳があるかわからないし」
「ああ……まあ。それで、ジェニファの誕生パーティーがどうかしましたか」
「俺たちがエスコートする、っていう話。俺がマリちゃんをエスコートして、フロリゼルがシホちゃんをエスコートする、っていうことで良いよね?」
んー、まあ、さっきのマリちゃんの発言もあるし、ガリエス先輩とマリちゃんが組む、ということはないだろうな。
そう思って私は頷いたが、マリちゃんが待ったをかけた。
「ジェニファの誕生パーティー、私がガリエス先輩のパートナーとして行こうと思っていたんですけど」
え、どういうこと?




