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131 ルートヴィヒの真実

 六年前のあのとき、襲ってきたガリエス先輩の兄を何かが捕らえたのを私は見たが、あれは神々の煉獄ではなかった……?

 でも確かに、あんなことで神々の煉獄が動作するなんて、と不可解にも思っていた。それなら説明がつく。

 とは言え。

「でも、おかしくないですか。何でユゲリアはあの人を捕まえようなんて考えたんですか。しかも、神々の煉獄を装ってまで。それに、二回目に現れた、あれは何なんです?あのときもあの人を使って人間を襲わせたけど、あれは?」

「神々の煉獄を装ったのは、レクスの捜索をさせないためでしょう。ユゲリアも無敵ではない。この世界の神々の力を借りた人間たちに攻撃されれば、彼女が作り上げた居心地のいい巣も壊されてしまう」

「あの人を引き込んだら人間に探されてしまうからそれを避けるためにっていうことですか?」

「まあ、神々の煉獄が発動したとなったら、大抵の人間は思考停止しますよね」

「それはそうでしょうけど……。でもそこまでしてあの人を捕まえようとしなきゃ良かったのに」

「それはユゲリアの気まぐれですよ。もともとレクスは素晴らしい子どもでしたから、良いなあ、くらいには思っていたんでしょう。ただ、実際に手元に置こうと思ったのは気まぐれなことで、そして実際に手元に置いたらかなり手のかかる相手だというのは誤算だったと思いますが」

「兄は、何かしたんですか」

 心配そうにガリエス先輩が訊く。そうだ、この辺りの話って、ガリエス家の人たちは知っているんだろうか?

 ルートヴィヒはほほえみながら、

「心配しないでください。捕らわれた後のレクスはユゲリアの力で眠らされ続けて、ただ時々、話し相手になるようにと起こされたんですが、その僅かな時間に魔法を使いまくってユゲリアの巣にダメージを与えて」

「んーっと、先輩のお兄さんって呪われて錯乱してたんじゃなかったですか?」

 私が訊くと、ルートヴィヒは首を振り、

「錯乱していたのは一瞬ですよ。あなたやクラリィ師を襲ったときと、先日の学院のオリエンテーションのときだけです。彼はそれ以外のときはユゲリアの言いなりにはならなかった。なので、ユゲリアは彼を放り出すことにした。とは言え、ただ放り出すのでは腹が立つので、もう一度彼を呪い、錯乱させ、人間を襲わせて本物の神々の煉獄に放り込むことにしたんです。それが、学院のオリエンテーションのときのことですね」

「はあああああ?」

 私は声を上げた。

「何それ。あの人形、馬鹿なんじゃないの?どこまで人を弄べば気が済むのよ!」

 私の反応に、ルートヴィヒがほほえむ。

「何ですか?」

「怒ってくれてありがたいなと。あなたは彼に殺されかけたので、彼が受けた仕打ちを知っても、当然だと思うのではないかと思っていました」

「……まあ、あの人にもいろいろあったんだというのは理解しました」

「ありがとう」

 ルートヴィヒは深々と頭を下げた。私は少し慌てた。そんな風にされるとは思わなかった。

 そして気がつくと、ガリエス先輩もリーシア先生も先代侯爵も頭を下げていた。ルートヴィヒほど深くではないけれど。

 腹が立つことに、何故かファラーグ先輩が少し口元をにやつかせていた。いや、何でそこであんたが小馬鹿にした風に笑ってるのよ。

「シホちゃん……」

 心配そうにマリちゃんが声を掛けてきた。私はマリちゃんを心配させたくなくて、ルートヴィヒとの会話を無理矢理にでも続けることにした。

「それで、ルートヴィヒもユゲリアに放り出されたんですか。あの人みたいに」

 ルートヴィヒは頭を上げて、

「そうですね。レクスとイースの状況を知って、私はユゲリアのもとにいることはできないと思いました。とはいえ、ユゲリアの巣は完全にユゲリアの制御下にあるので、出ていくのは私一人の意思ではどうとでもなるものではなかった。なので、レクスが神々の煉獄に捕らわれ、巣に戻ってくることがないのを確認した後、私はユゲリアを怒らせることにしました」

「何をしたんです?」

「ユゲリアの依り代の控えとして作り置いていた人形を壊しました。全部壊しきれたわけではないですが、かなりの数を」

 私は息を呑み、ルートヴィヒは静かにほほえんだ。

「ええ、辛かったですよ。心血を注いで作ったものですからね。それも、私が可愛がった姪っ子の姿そっくりに作ったものです。ユゲリアは私が人形を壊し始めるとすぐに察知して私の元に現れ、私を魔法で拘束しました。そして、私に呪いをかけ、痛めつけた後、外の世界に放り出しました。その後のことはあなたも知っている通りですよ。怪我を負った私を王宮が保護し、呪いのせいで傷が治らない私をマリさんが治してくれた」

 そしてまたルートヴィヒは頭を深々と下げた。今度はマリちゃんに向かって。マリちゃんは私と違って慌てることはなく、穏やかにほほえんで、少しだけ頭を下げてみせた。うーん、なんか堂々としてるなあ。

 ルートヴィヒは私に向き直り、

「とにかく、あなたには本当に感謝しているんです。ストームの件だけではない、レクスの襲撃についても、あなたが持ちこたえてくれたおかげで、レクスにいらぬ罪悪感を植え付けなくてすんだ」

 なんか変な言われようだなあと思って、ガリエス家の面々を眺めたとき、私はふと気付いた。私はレクスのことで感謝されているけど、彼は神々の煉獄に捕らわれ、もう二度と会えない。なのに何でこんなにガリエス家の人たちは悲観していないのか。レクスがユゲリアのところから逃れることがそんなに大事だったのか。

 と、マリちゃんが遠慮しがちに言った。

「あの、大丈夫ですか?」

 マリちゃんが声を掛けたのは、先代侯爵だった。どうやら疲れてきたらしい。

 先代侯爵は弱々しく笑みを浮かべ、

「ああ、大丈夫。食事の後で少し眠くなってきただけだ」

「お父様、そういうことは早く言ってください。アリス・ゼンさん、リーヌ・フォロさん、来ていただいて早々のところ申し訳ないけれど、面会は

これで」

「はい、大丈夫なんでお構いなく」

「お大事に」

 私とマリちゃんが口々に言ったところで、先代侯爵が私たちに再度頭を深く下げた。

「本当に、私を、ストームを助けてくれてありがとう。今日、直接会ってお礼を言えて本当に良かった」

 私はほんわかとした気持ちになりながら少し頭を下げて部屋を出た。部屋を出たところでマリちゃんを見ると、マリちゃんも心底嬉しそうにほほえんでいた。

 予定とは違ったけど、今日、ここに来て良かった。

 ファラーグ先輩と一緒に部屋から出てきたルートヴィヒが、マリちゃんに言った。

「本当に私たちはあなたに感謝しているんです。あなたがイースを作り替えてくれたおかげで、彼は長生きできるかもしれない」

「おじさま、それはあなたもでしょう」

 不意に声をかける者があり、そちらを見ると、ドライド子爵がいた。その後ろには体格のいい男性がいる。

「夫が帰ってきたの。紹介するわ。こちら、私の夫のガイルです」

「こんにちは、お嬢さん方。ちょっと買い物に行っていて、出迎えられなくて申し訳ない。今お茶の準備ができたから、是非飲んでいってくれ」

「突然ごめんなさいね、でも一緒にお茶をしたいのは本当よ。夫はあなたたちのために昨日からオレンジケーキを焼いて待っていたの」

「それは私もご相伴に預かっていいのかな」

 ルートヴィヒがほほえみながら言う。子爵の夫は少し慌てた様子で、

「も、勿論ですよ。遠慮なんてしないでください。ええっと、リーシアとフロリゼルは……?」

「父親のところにいるんでしょう。いいわ、私が声を掛けてくるから」

 子爵はさっさと先代侯爵の部屋へと歩いていった。

 後に残された私たちはその場で立ち尽くした。というか、子爵の夫君がお茶をする部屋に案内してくれればいいのに。

 ルートヴィヒが子爵の夫に声を掛けた。

「お茶はどちらの部屋に?応接室でいいのかな?」

「あ、はい。どうぞこちらへ」

 子爵の夫が廊下を歩きだし、ルートヴィヒがその後に続く。

 ファラーグ先輩が呟いた。

「話にはきいてたけど、ここまであからさまとは」

「あの……一体何なんです?」

 マリちゃんが戸惑った様子で訊ねる。ファラーグ先輩は声を低めて、

「フロリゼルの話だと、子爵の夫君はルートヴィヒと相対すると緊張するらしいんだ。ルートヴィヒの話し方が夫君の曾祖母君の話し方に似ているとかで。俺にはわからないけど、なんか発音が古いらしいんだよね」

「似ていたら何か問題なんですか?」

「曾祖母君っていうのが、かなり厳しいひとだったらしいよ。大人になっても顔を合わせただけで緊張するくらいに」

 そんな理由か。というか、それって軽くトラウマになってるってこと?

「ルートヴィヒさんって、ドライド子爵の家にお世話になってるってききましたけど」

 マリちゃんが言う。ファラーグ先輩は頷いて、

「そう。大変だよねえ、本人にはどうにもならない理由で緊張され続けるなんて」

「皆さん、こちらですよ」

 廊下の向こうでルートヴィヒが声を掛けてきた。私たちはお喋りを中断し、ルートヴィヒが手で示す部屋へと入っていく。

 そこは小さな応接間だった。小さくはあるが、きちんと整っている。置かれている調度も豪華ではないが趣味がいい。

 部屋の中央に置かれた丸テーブルには、オレンジが上に載せられたパウンドケーキとティーコゼーに包まれたティーポット、人数分のティーカップが用意されていた。

 前世ではティーカップは予め湯を入れて温めておくものだったが、この世界ではそれぞれの能力で温めるものである。魔法使いは魔法で、魔素術師は魔素術で。そうして暖まったカップに紅茶を淹れていくのだ。

 私たちがそれぞれの能力でカップを温めていると、ドライド子爵が一人で戻ってきた。リーシア先生もガリエス先輩も、先代侯爵が眠るまで傍にいたいと言ったらしい。

 仕方がないわ、と子爵は言った。

「やっぱり父親のことが心配なんでしょう。私たちは先にお茶にしていましょう」

 子爵の一声で、お茶の時間は始まった。やっぱり子爵の夫はルートヴィヒの一挙手一投足にびびっている様子で、そして子爵は夫がそうなっていることを気にもしていない様子だった。

「ところでレイ、ストームはこれからどうなりそうなのかしら?私はいつストームに行ってよくなるのかしら?」

 子爵が訊ねた。ファラーグ先輩は肩を竦めてみせる。

「嫌だなあ、俺がそんなこと知る由もないじゃないですか」

「でもあなたはストームに行って、魔術師団やハーヴェロイ王子の近くにいたというじゃないの。何かきいているのではないの?」

「魔術師団と一緒にいたのは、義姉上がいたからですよ。そして、ハーヴェロイ王子の近くにいたのは、義姉上に見張りを頼まれていたからです。あの王子、いろいろとやらかしそうになっていたので」

「まあ、相変わらずなのねえ。きいたところによると、あなた方も迷惑をかけられたのですって?」

 子爵が私たちを見てくる。私はどう返したものかと思案した。あの顔だけ王子に迷惑をかけられたのは事実だが、それをそのまま平民の私が言ってしまって、無礼だとか不敬だとか言われないだろうか?

 ルートヴィヒが苦笑しながら、

「そんな風に訊かれても、平民のシホさんとマリさんには正直には言えませんよ」

「ああ、そうね。それもそうだわね。ええ、わかったわ。二人には、ここでの話は外に漏らさないし、どんな話をしても不敬だと言って責めることはしないと約束します。あなたもいいわね?」

 子爵に訊かれて、その夫は頷いた。

「ああ、勿論だとも。それで、お二人の紹介を僕はまだ受けていないと思うんだが」

 あっ、とその場にいた全員が虚を突かれたような反応を見せた。マリちゃんが慌てて椅子から立ち上がり、

「失礼しました、申し遅れました、マリ・リーヌ・フォロと言います」

 私もマリちゃんに倣って立ち上がる。

「すみません、シホ・アリス・ゼンです」

「ああ、いいんですよ、そんなかしこまらなくても。ちょっとけじめはつけた方がいいと思っただけで。そもそもあなたたちはお客さんだし、何より義兄の恩人だ。すまないのは私の方だね、あなたたちにまず礼を言わなければならないところを、言わないでしまっていた。本当に感謝している、ありがとう。ともかく席に座って」

 子爵の夫の許しを得て、私たちは椅子に腰を下ろした。

「それで、ハーヴェロイ王子の件なのだけど。彼はいろいろと悪足掻きをしているみたいだけど、まだ諦めていないの?」

 子爵が訊ねる先は私たちではなくファラーグ先輩だ。先輩は口元に笑みを浮かべながら、

「子爵、随分と話が飛びましたね。ストームがどうなるかという話ではなかったのですか?」

「そうね。でも、あなたは何も知らないということだったから、別な話に

しただけよ。ストームにいた者なら誰でもついてこられるような話題にね。でないと、あなたの後輩たちが会話に参加できないでしょう」

「あなたの今の話の切り口では、誰も参加できませんよ」

 それまで黙っていたルートヴィヒが言った。

「カトリーヌ、私が知っている限りでは、ストームはこれからマツカサリュウの修復の場所として王宮が使用します。その後で再度調査が入り、問題がないと判断されればガリエス家が普通に領有してよいとのお達しが出ると思いますよ」

「当然ですわ。ストームは今でもガリエス家の領地です。私はそんなことは心配していません。ただ、レオナルドの装置のことが気になっていて」

「あれのことが?何故?」

 子爵は口をつぐんだ。傍から夫が言った。

「妻はあの装置を王宮が接収するのではないかと心配しているのです」

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