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128 それじゃあ、当事者に会いに行こう

「何言ってるの、シホちゃん!」

 ファラーグ先輩が半ば叫ぶように言う。それに対して私は平然と、

「いや、だって、そんな馬鹿げた言いがかりを耳に入れてきた奴には制裁が必要でしょう」

「いや、相手は王子だよ?何言ってるの」

 呆れた様子のファラーグ先輩に比して、天球の中に流れたジェニファの声は冷静だった。

「王子が、いつそんなことを?」

「私がストームを発つ直前に。最後にガリエス先輩のお父さんの様子を診て、それから転移陣で出発しようとしたら声を掛けてきて」

「いきなり不躾なことを言ってきたの?」

「いいえ。最初は、もう帰るのか、って訊いてきて。そうですってお返事したら、最後まで見届けるべきではないか、貴族を一人殺しておいて途中で帰るなんて、って言って」

 マリちゃんの声がこれまで以上に涙声になる。

「先代侯爵の容態は安定してますって言ったら、そういうことじゃない、お前は貴族としての先代ガリエス当主を殺したんだ、ってもう一回言われて、命が助かった、それで治癒術師としては役目を果たしたと言ったら鼻で笑われて」

「わかったわ、マリちゃん。もういいわ」

 ジェニファの声も心なしか鼻声になっている。

「辛いことを話してくれてありがとう、マリちゃん。大丈夫、そんなことを言うのはハーヴェロイ王子だけよ。私はそうは思わないし、シホちゃんだってそうでしょう。ファラーグ先輩だって、何よりガリエス先輩だってそんなことは思ったりはしない、きっとガリエス先輩は、マリちゃんがお父さんの命を助けてくれたこと、感謝していると思う。たとえお父さんがその副作用として魔法を使えなくなっていたとしても、ね」

「ありがとう、貴族の貴女にそう言ってもらえて本当に心が軽くなったわ」

「んー、私は本当にそう思っているんだけど……。そうか、そうよね、わかった。貴女が納得できるように、私、考えてみる」

 ジェニファが明るく言うのをきいて、私は怒りで沸きまくっていた頭が少し冷えた。

 うん、そうだ。王子をぶん殴ったところで、マリちゃんの気持ちが晴れるわけじゃない。マリちゃんが、自分がしたことに納得できるような方法を考えないと。

 ……そうだ。

 当事者に会って話をきけばいいんじゃない?

「ファラーグ先輩、ガリエス先輩っていつ学校に戻ってきます?」

 私が訊くと、ファラーグ先輩は用心しながら私に訊き返してきた。

「えっと……、フロリゼルに会ってどうするの?」

「どうするって……先輩に頼んで、マリちゃんに会ってもらおうと思ってるんですけど、何でそんな心配そうなんです?」

「いや、王子に直接抗議するっていう話から余りに方向が変わるから、どうしたんだって思うでしょ」

「何もおかしなこととか極端なことは考えてませんよ。ただ単に、先輩からマリちゃんに、感謝の意とか示してほしいっていうだけで……きっとガリエス先輩、マリちゃんに感謝してますよね?」

「そりゃそうだよ。お父上が生きて帰ってきたことに、心底感謝してた」

「そのことをマリちゃんが直接きいたら、きっと喜ぶと思うんです」

「ああ、なるほど。うん、わかった。フロリゼルが学院に出てきたら、マリちゃんに会うよう、話を持っていくよ」

 ファラーグ先輩がにっこりと笑った。

 とそのとき、ジェニファが大きな声を上げるのが聞こえた。

「あ、そうだ、いけない!私、忘れちゃいけない用件があるんだった。マリちゃん、これ。私の誕生日会の招待状」

「え、招待状?」

 マリちゃんが少し戸惑った様子でジェニファから何かを受け取っているのが遠目に見えた。

「前に言ってたでしょ、私の誕生日のお祝いに来てほしいって。招待状ができたから、今日渡そうと思って持ってきたの。シホちゃんにも渡さないと」

 ジェニファはベンチから立ち上がると、私の方へ向かって歩いてきた。私が天球を解くと、ジェニファは私にも招待状を渡してきた。

 それを見ながらファラーグ先輩がにっこりと笑って、

「俺もフロリゼルも招待状をもらってるから。シホちゃんとマリちゃんの当日のエスコートは俺たちに任せておいてもらって大丈夫だからね」

「平民のエスコートとか、先輩たちのお邪魔じゃないですか」

「大丈夫だよ。平民といっても、宴の出席者に選出された魔素術師と、未来の治癒術師局長だから、俺たちがエスコートをする理由が立つ」

 納得はできなかったが、とりあえず何も言わなかった。目を赤くしたマリちゃんがこちらに歩いてくるのが見えたから、そちらの出迎えを優先させなければと思ったからだ。

 マリちゃんは、ハーヴェロイ王子からの暴言を私には言わなかった。いつも通り明るく振る舞った。そんな様子を見ながら、これはまずい状況なのではと私は心の中で不安を募らせた。

 せめて、ガリエス先輩と話せればと思った。が、ファラーグ先輩から連絡はない。

 ファラーグ先輩が約束通りに連絡をくれたのは、その週の金曜日の昼休みだった。なぜだかカート・ディエールが伝えにきた。

「ファラーグ先輩からの伝言で、明日の昼、貴女の家にガリエス先輩と行くので待っているように、と。そして、マリ・リーヌ・フォロにも貴女の家で待っていてほしいそうです」

 幸い、マリちゃんはストームの遠征後ということでこの土日は王宮に行かなくてよいことになっている。なので、都合はつけられるだろうが。

「……何であんたが言いに来てるの?もしかして、王子のところを馘になった?」

「なってません。殿下から、学院でガリエス家に便宜を図るように指示が出ているので。それと、マリ・リーヌ・フォロにも」

 マリちゃんにも?不思議なことを言う。まさか、マリちゃんにひどいことを言ったと思って償おうとしてるとか?いやー、そんな殊勝なタマか、あの王子が?

 とはいえ、伝言自体はありがたかった。そこだけは礼を言い、私はマリちゃんにファラーグ先輩からの伝言を伝えた。

 マリちゃんは顔を青くしていた。

「ファラーグ先輩と、ガリエス先輩が……?どうして」

「ガリエス先輩はお父さんを助けてもらったお礼を言いたいんだって。で、ファラーグ先輩はいつものように付き添いね」

 マリちゃんが苦笑する。

「仲いいよね、先輩たち」

「そうだねえ。で、どうする?明日、うちに来る?」

「うん、勿論」

 マリちゃんは午後一時前に我が家にやってきた。付き添いで会長夫人が一緒だ。

 マリちゃんは夕方まで我が家にいることになっていて、帰る時間帯になったら会長夫妻が馬車で迎えに来るということだった。

「相変わらず過保護でしょ」

 会長夫人が帰るのを見送りながら、マリちゃんが少し照れた様子で言う。

「んー、でも心配なのも仕方ないかな。この辺だって治安がものすごくいいわけじゃないし。若い女の子一人で歩くってのはないよ」

「シホちゃんは一人で歩いてるけどね」

「歩くっていうか、私が行くのは屋根の上だけどね」

 屋根に敷いてあるスレートの上を、スレートを割らずに歩くのは魔素のデリケートな操作が必要なので、そんなことをする者はまずいない。王都の住人は大抵が魔素術をそんなにうまく操れないので。

 だから、屋根の上を行くのはかなり安全なのだけど、私がそこを歩くことについてマリちゃんはあまり良い顔をしない。淑女がすることではない、と言う。

 いや、淑女って。私、そういうガラじゃないから。

 そう思ったけれど、こういうやりとりはこれまでも何度もしてきていて、私とマリちゃんが折り合うことはないので、私もマリちゃんも何も言わなかった。

 私たちがホリィやシュルも一緒になって私の部屋でお喋りをしていると、家の外に馬車が止まる音が聞こえた。私はそれを不審に思う。クラリィ婆ちゃんのところに貴族の客が来ることはよくあるけど、今、婆ちゃんはストームでラヴィの修復作業のために泊まり込んでいて留守だ。

 何だろう、と思って窓から外を見ると、馬車からガリエス先輩が降りてくるのが見えた。


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