127 作り替えるということ
ストームは解放された。レオナルドの装置は正常に動作しているが、まだ万全ではないということで、今度はアンソニーがかかりきりで修復の指揮に当たることになった。
装置の修復が終わらないとラヴィの修理は始まらない。
装置の修復には一週間はかかるということだったので、私は王都に戻った。
私は月曜日から学院に戻ったが、マリちゃんは戻っていなかった。
マリちゃんが戻ってきたのは火曜日の夜で、話を訊くと、ストームの結界に巻き込まれた人たちの治療に従事していたということだった。どの患者も経過は良好ということでそれは良いことなのだが、
「ガリエス先輩のお父さんが戻ってきたってことは、隊長さんどうなっちゃうんだろうね?」
寮の私の部屋で、ホリィとマリちゃんと一緒にそんな話をしていたときに私がふと思いついて言うと、ホリィが不思議そうに訊いてきた。
「どうなる、とは?」
「だって、先代侯爵が生きて戻ってきたんだよ?じゃあ家を継いだ話ってなかったことになったりしないのかなって」
「ならないわよ」
ホリィが断言し、マリちゃんも頷く。
「先代が起こした不祥事の結果そうなっているのだから、先代が生きていたことは表には出されないと思うわ」
「というか、ストームが解放されたことが公表されたら、結局先代は死んだって改めて公表されるかもね」
ホリィの言葉に、私は首を傾げる。
「ストームが解放されたってことと先代侯爵の生き死にって関係ってある?」
「そりゃあ、ストームがあなったことの原因は先代侯爵にあるらしいってのは貴族は知っていることだから、ストームが解放されたとなったら先代侯爵はどうなったんだとはみんな思うでしょう。で、死んだってことにしておかないと、ガリエス家が改めて処分されるでしょう」
「んー、じゃあ、先輩のお父さんは無罪放免?」
「そういうのとは違うわ。まあ、貴族としては死んでるから、それで今までやったことの罰を受ける感じになるかしらね」
「あー、まあ死んだことにされてるから?でも魔法は使えるし……。社会的に死んだっていうだけだったら、そんなに本人にダメージはないように思うけど」
「本当にそうなのかな」
マリちゃんが呟くのにそちらを見ると、マリちゃんは少しばかり暗い顔をしていた。
「マリちゃん?」
「ううん、大丈夫。ちょっと……ごめんなさい、少し疲れてるみたい。ごめんなさい、部屋に戻るわ」
マリちゃんはふらふらと部屋を出ていった。私は送っていこうとしたが、ホリィが止めた。
「一人にしときなさいよ。疲れてるって言ってたじゃない」
「そうなんだけど……」
マリちゃんの様子に不安を感じたが、翌日、普通にマリちゃんは登校してきて、私は安心した。顔色も普通になっていたし。
普通に授業を受け、ジェニファと待ち合わせていた練習場に向かった。マリちゃんも一緒である。
マリちゃんには、まだ疲れが残っているかもしれないから、無理はしなくていいと言ったのだけど、マリちゃんは来ると言った。
練習場に向かう途中から姿を現したホリィも気遣わしげにしていたが、マリちゃんは口元に微笑を浮かべ、同行する意思を変えなかった。
練習場には、ジェニファだけでなくファラーグ先輩もいた。何で?となる私に、先輩が言った。
「本当はフロリゼルも来る予定だったんだけど、お父上の見舞いに行くからって」
「はあ……。フロリゼル先輩もファラーグ先輩も何で来るのが当然って感じでいるんですか」
「そりゃあ、フロリゼルはシホちゃんの従者として宴に行くんだから、その進捗を把握しておいて当然でしょ?で、俺はあいつの親友だからさ。シホちゃんだって、マリちゃんのことが心配だったら、時間が許せば同行しようとか思うでしょ。それと一緒だよ。あ、マリちゃん。ストームではお疲れ様。さすが、未来の治癒術師団長だって、専らの評判だったよ。見事に先代侯爵を作り替えてくれて、王宮も感謝してるってあねうえが言ってたよ」
ファラーグ先輩の言葉に、マリちゃんの表情が固まる。
私は思わずマリちゃんの前に出て、ファラーグ先輩から庇うように立った。ファラーグ先輩が両手を上げてみせる。
「いや、ごめん、嫌な思いをさせるつもりじゃなかったんだけど。俺としては、あいつの父親が死なないですんで良かったって思ってるんだ。あいつはずっと、家が大変なときに自分だけ何もできなかったって悔やんででてさ。そういうのも、父親が生きていれば返せるだろう。……あ、いや本当に悪い意味で言ってるんじゃないんだってば」
ファラーグ先輩が私の後ろにいるマリちゃんを見ながら焦る様子を見せたので、私は振り返った。
マリちゃんは大粒の涙を両目から流しながら声を上げずに泣いていた。私はファラーグ先輩の方に顔を戻し、睨みつけた。
「ファラーグ先輩!」
「違うの、シホちゃん。ちょっと、これは、悲しいんじゃなくて、えっと、何かほっとしたっていうか」
言いながら、次々に溢れてくる涙をマリちゃんは手で拭っている。
そんなマリちゃんの前にジェニファが出てきた。
ジェニファはマリちゃんの両の肩に手を置き、
「気にしないで、マリちゃん。あなたは先代のガリエス侯爵にすごくよくしてくれたと私は思うわ。ファラーグ先輩の言う通り、どういう形であれ生きていれば話ができる。死んでしまったらそういうこともできないんだもの。ガリエス家の人たちからすると、これはとても大きなことよ」
「ジェニファ……ありがとう」
マリちゃんはほほえんだ。まだ涙が止まらないマリちゃんをジェニファが遠く離れた場所にあるベンチまで連れていき、そこに座らせる。
私はマリちゃんの傍に行きたかったが、マリちゃんが、私よりもジェニファに傍にいてほしいように感じて、歩み寄っていくのを躊躇ってしまった。
遠目にマリちゃんとジェニファを見ていると、
「シホちゃん、じゃあ練習はじめようか?」
何故かファラーグ先輩が言ってきた。私はじと目でファラーグ先輩を上目遣いに見た。
「何で先輩が仕切るんですか」
「いやだって、誰かが言わないとシホちゃん、今、気持ちが切り替わらないでしょ」
「それは……まあ」
「マリちゃんのことはジェニファに任せておけばいいよ。マリちゃんだって、シホちゃんに言いたくないことだってあるだろうしさ。まあ、どうしても気になるっていうんならきけなくもないけど?」
ファラーグ先輩はベンチから遠ざかる方へ歩きながら言った。私は怪訝に思いながらファラーグ先輩についていく。
「とりあえず神具を出してよ」
ファラーグ先輩が言うのに、私はホリィへ頷いてみせた。ホリィは羽衣を出す。
「それを使って魔法を使っていること外からわからないようにすることってできる?」
「そういう結界を張れっていうことですか?」
「そう。フロリゼルと組んでやるのに、そういう技は身につけておいたらいいと思うんだけど」
「シホ、とりあえず天球張ってみて」
ホリィに言われた通りにする。ファラーグ先輩は頷きながら、
「それじゃ、その上に、うっすらと魔力の膜を張ってみて。そのときに、外から来るものを遮断するようなイメージでね」
私は言われた通りにしてみた。私がそうすると、遠く離れたベンチに座っていたジェニファが片方の眉を上げてこちらにちらりと視線をやってきた。
ファラーグ先輩は上機嫌に、
「うんうん、成功しているみたいだ。これでこちらがどんな魔法を使っているか、外からはわからなくなった」
そう言いながら、魔法を使った。途端に、天球の中にマリちゃんの声が響く。
「ありがとう、ジェニファ。私、シホちゃんの前ではちょっとこの話はしたくなくて。きっと心配させてしまうから」
「何の話なの?」
「……ジェニファはきいたことあるかしら。治癒の力にも強い弱いがあって、力が強すぎると問題が出るって」
「力が強すぎると治療の対象者を死なせかけてしまうことがあるから、治癒術を使うときには気を付けないといけないって兄様にきいたことがあるわ。でも、そこまでの治癒術を使えるのはそうはいないともきいたけど」
「私は、そこまでの力を使えるの」
マリちゃんの声が落ちる。
「私、昔から治癒術だけは得意で。大抵の人を治してきたの。……勿論、いいことだけではなくて、シホちゃんのことも、実の弟のことも死なせかけさせてしまった」
「シホちゃんのことも?」
ジェニファの声が驚きで跳ね上がる。
「ええ。六年前、ガリエス先輩のお兄さんに襲われたとき、シホちゃんは私とクラリィお婆ちゃまを庇って戦ったの。そのときに死にかけるほどの怪我をして、私が治療したの。怪我は治ったけど、治癒術の力が強すぎたせいで死にかけて。アリス・ゼンのおばさま……シホちゃんのお母さまの話だと、怪我の治療に追いつくためにシホちゃんは生命を維持するための力を使ってしまって、それで弱ってしまったんだって」
「それでは多分、弟さんのときも同じだったのでしょう。マリちゃんがわざとシホちゃんや弟さんを死なせようと思ってしたわけじゃないんだし、気に病むことじゃないと思うわ」
「確かにわざとじゃないの。でも、力を使うと、思わぬ副作用が出てしまって、そのせいで人生が変わった人も出てしまうの。貴女、死にかけるほどの怪我や病気をした貴族に治療術を使うと、魔法が使えなくことがあるというのもきいたことがあるでしょう」
「ええ。でもそれだって、そこまでできる人はなかなかいないわ」
「私はそれもできるの。そして今までに二回、大けがをした貴族の治療をして、魔法を使えない体にしてしまった。私、命が助かればそれでいいって思っていたし、王宮……治癒術師局もそのつもりで私に患者さんを任せたんだと思ってた。でも、本当は違うんだって……、私に極みの治癒術を使わせて、治療対象の貴族を魔法を使えない体にして、貴族としての死を与える、そのために王宮は私を使うんだって言われて、私」
マリちゃんは声を上げて泣きだした。
ジェニファは少し焦った様子で、
「そんなわけないじゃない。そんなことを狙ってするなんて、そんな馬鹿なこと」
「でも、ハーヴェロイ王子がそう言ったんだもの。王族が言うくらいなんだから、間違いないでしょう?そのとき周りにいた誰も否定しなかったし」
マリちゃんの嗚咽が一際大きくなる。
私は煮えたぎる怒りを抑えながら、低い声でファラーグ先輩に言った。
「先輩……、あの顔だけ王子、今、どこにいるか知っていますか」
「えっと、何、突然?」
「ちょっとあの顔だけ王子の顔をぶん殴りに行きたくて」
「はああ?」
ファラーグが悲鳴のような声を上げた。




