125 介入者
ルートヴィヒは一人ではなかった。
あちらの天球の中には、ハーヴェロイ王子の護衛と魔術師団の団員と、なぜだかマリちゃんがいた。
理解が追いつかないでいる私を見て、ルートヴィヒはほほえんだ。
「ああ、私が天球を使えるのに驚いているんですか?」
「あ、いや、ええっと……ちょっとは?でも、元上師とはきいてるし、考えてみれば、天術を使えてもおかしくはないなって」
まあ、そこに考えが至ったのは、今の今だけど。
ルートヴィヒは自分が連れているメンバーに目をやり、
「それでは、私が連れているこの人たちのことですかね?でも、そんなに意外な顔ぶれではないのでは?先代侯爵に思い入れのあるフロリゼルが一緒では、シホさんもタロス殿も先代侯爵に必要な処置が施せない可能性がありますし。処置をしたらしたでそれは完遂しないといけませんし」
「処置?それってどういう」
「ルートヴィヒおじうえ?何故ここに?」
先代侯爵が心底驚いた様子で声を上げていた。
ルートヴィヒはこちらにもほほえみかけながら、
「イース、久しぶりです。あなたを迎えに来たんです。皆が心配しています。こんなところから早く出ましょう」
「しかしおじうえ、妻がまだ現れないんです。ここでレオナルドの装置を動かしていれば、妻がやってくるときいているのに」
「誰がそんなことを?」
「ユゲリアです。おじうえもご存知のことではないですか。ユゲリアはそう言っていましたよ」
「あなたの妻を生き返らせることについて私が知っている、と?まあいいでしょう、その話は後でゆっくりしましょう。シホさん、私の天球と接している面の天球を解いてください。そこからゆっくり二つを融合させて、こちらの人たちをそちらに行かせてください」
そう言って、ルートヴィヒは、王子の護衛と宮廷魔術師を目で示した。タロちゃんも私に頷いて見せる。
二つの天球を融合させる、とか、簡単に言ってくれるなあ、と思いながら、私は実行に移した。ルートヴィヒがこちらの調子に合わせてくれたのか、すんなりと二つの天球はくっつき、あちらの天球から二人の男がやってきた。
魔術師の方はそのまますたすたと歩いて機械の前まで行くと、懐から何かを取り出し、それを機械の上に置いた。
すぐさまそれは緑色の光を放ちはじめ、その光は人の姿をとった。
「やっとか」
盛大なため息とともに吐き捨てるようにその人物は言った。
アンソニーだった。
「何で……?」
私の呟きに、アンソニーは機械の上から見下ろしながら、
「レオナルドの装置をたかだか人間に扱えるわけがなかろう。だから、私がわざわざ介入してやることにしたのだ」
「介入って、ここに来てるわけじゃないんでしょ」
アンソニーの姿は透けて見える。姿だけ投影されてもねえ。
「私が行く必要があるかね?私の指示に従って装置を操作すればいい。いざとなれば、遠隔操作を行う」
アンソニーがそう言う間に、王子の護衛が先代侯爵に近づくと、その額に手のひらを当て、魔素を一気に流し込んだ。
それはつまり電気ショックを与えるのと同じことで、予想通り、先代侯爵は気絶した。
「それでは、その男を装置から切り離すか」
アンソニーはタロちゃんを見た。
「お前、いいものを持っているじゃないか。それで機械とその男を切り離せ」
タロちゃんの石槍を指さして言う。タロちゃんは頷き、早速先代侯爵のところまで行き、先代侯爵の後ろ側を見ていたが、
「切り離す、と言っても、機械と植物が一体化しているぞ。このまま切るとどうなるか」
「構わん。とにかく切れ。そのせいで元々のその男の肉体が欠損しても問題はない。そうなったときのためにそこに極みの治癒の力を持つ者がいるのだろう」
アンソニーはマリちゃんを指さす。マリちゃんはゆっくりと頷いてみせた。
タロちゃんが槍を構えるのを見ながら、アンソニーは私を見て、
「シホ・アリス・ゼン、あの男が槍で機械を刺した瞬間に、この天球を広げろ。この装置が作り出した結界を押しつぶすイメージでな」
「押しつぶす、ってストームの結界くらいの広さまで広げろってこと?そこまでの大きさで天球を張ったことないんだけど」
「私が手伝いますよ」
ルートヴィヒが言い、シュルも、
「僕も天球の中が安定するよう手伝うよ」
と言う。二人の助力で本当にそこまでできるのかな?とは思ったが、やるしかないと思ってタロちゃんの動きを注視する。
タロちゃんが先代講釈の後ろに槍を刺した瞬間、天球の外の空間が大きく揺らぐのを感じた。あ、これはまずい、と反射的に思い、天球を広げた。可能な限り早く、アンソニーが言っていたとおりに私の天球で結界を押しつぶす勢いで。とにかく不安定な空間を狭めてやらないといけないと思ったので。
ルートヴィヒもシュルも、約束通りに力を貸してくれた。私の天球が先代侯爵の結界の際まであと数十センチのところまで広がったところで、私はそれ以上天球を広げることができなくなった。余力はまだあるのだけど、結界の中の空間が濃密になって、これ以上は圧縮できない感じ。寧ろ、ちょっとでも気を抜けば反動がきて天球を押し返されそう。
「どうしよう、これ。これ以上は。何とかしてよ!」
私が思わず言うと、アンソニーが呆れたようにため息をつきながら、
「装置が正常化していないのだから、結界そのものは消えないに決まっているだろう」
「じゃあ、このままずっと耐えろってこと?」
「切り離しが完了すれば、私が装置に介入できる。おい、愚図愚図するな。そんな人間の安否などに気を掛けず、ざっくりと切り離せばいい」
随分な言いようなアンソニーに対し、いつの間にか先代侯爵の傍まで来ていたマリちゃんが優しい口調でタロちゃんに、
「大丈夫ですよ、思い切り切ってください。この人は私が何とかするので」
と言う。タロちゃんはそれをきいて一つ息を呑み込むと、槍に大きな魔力を込めた。
途端に槍は光を放ち、同時に辺りに何かが軋むような音がした。先代侯爵に張り付くようになっていた植物が消え、その瞬間、先代侯爵の背中から血が吹き出した。
マリちゃんが先代侯爵に向かって手をかざし、その手から光が放たれる。魔素の流れをものすごい力で制御しようとしているのが端で見ていてわかる。……ていうか、治癒術ってこんな感じだっけ?もっと魔素の動きは穏やかなものだけど。
侯爵の背中から流れる血の量はだんだんと少なくなってきていたが、最初が勢いが良すぎて、侯爵の周りには血だまりができていた。
と、その血だまりの血が一つ大きく泡を吐いたかと思うと、そこから小さな白い顔が浮かんできた。
ユゲリアだった。
というか、以前はユゲリアだったと思われる人形の面だった。
それは目だけをきろりと動かして先代侯爵を見ると、調子が合っていないラジオのような声で喋りだした。
「おとうーさまあああ。ユゲリアは、やっぱり、生き返ることができませんでしたああああ。おにいさまが命をくれなかったからあああ。おとうさま、起きてええええ。おにいさまの命を私にいいい」
タロちゃんがすぐさま踵を打ち下ろして人形の顔をぶち抜いた。
その瞬間、それまで気を失っていた先代侯爵が一瞬で目を開け、顔をガリエス先輩に向けた。その目は今までにない鋭いものだった。
「フロリゼル」
その言葉の端から、血だまりから血が幾つも球になって宙に浮かび上がり、次の瞬間には先輩に向けて銃の弾丸のような速さで飛んできた。
先輩が魔力で障壁を展開するより先に、誰かが張った亀の甲羅が先輩を守った。血の球は亀の甲羅にぶつかると弾け飛んだ。
「イースを早く眠らせてください」
ルートヴィヒだった。天球を張りつつ、亀の甲羅を使ってくれたらしい。ルートヴィヒの言葉に、王子の護衛が先代侯爵の首筋に指を当てると、魔素の塊を押し込んだ。先代侯爵は今度は泡を吹いて気を失った。
「迂闊だな」
装置の上に立ったままのアンソニーが私たち全員に向けて言った。いや、何であんたそんなに偉そうなのよ。
「装置は何とかなりそうですか」
ルートヴィヒの問いに、アンソニーは口を少しへの字に曲げながら、
「わからん。とりあえずはその男と装置を切り分けてからの話だ」
言いながら、アンソニーはタロちゃんの切り離し作業とマリちゃんが治療している様子を見て、ぶつぶつと言っている。
「ああ、何でそこを治すんだ。そんなことをしたらまた装置とくっついてしまうじゃないか。あっ、そこは気をつけて切り離せ。管に傷がつく!」
そんな文句ばっかりぐちぐち言われたら集中力が保たないんじゃないかと思いながら私は天球の維持に力を無意識に流していたが、ふと、ガリエス先輩が呆然として立ち尽くしているのに気がついた。
「先輩……?」
「ああ、いや。何でもない。……手伝ってくる」
先輩はふらふらしながらタロちゃんたちがいる方へ歩いていった。
「そっとしてやりましょう」
ガリエス先輩を見送りながら、ルートヴィヒが言う。
「いろいろとショックだったでしょうから」
「はあ……。あの、先輩のお父さんって、あれ、本物ですかね?」
「本物とは?」
「いや、だって変なことばっかり言ってたし」
「まあ、いろいろと錯乱していたんでしょう。それよりも天球の維持を。装置の回復までまだ時間がありそうですしね」
ガリエス先輩や王子の護衛も手伝って、先代侯爵はそれから三十分ほどで装置から切り離された。先代侯爵は多くの血を失い、顔色がなかった。
「外へ運び出して治療をしたいんですけど」
マリちゃんがルートヴィヒに言いにくそうに言ってきた。
ルートヴィヒは装置の上に立つアンソニーに目をやった。
「そうですね、それができれば一番良いのですが」
言っている傍から、アンソニーが怒鳴る声が聞こえた。
「やっぱりおかしなものが入り込んでいる!血が!きちんとした血がいる!何でアンリウォルズがここにいないんだ!」
「アンリウォルズ家の者は結界の外で指揮をとっているんですよ、アンソニー。少し待ってもらえれば呼んできますが」
「それだと遅い。急速に力が落ちてきている。今すぐ供給しないと。……やりたくはないが、タロス、お前の血を寄越せ」
「俺の血は濃すぎるとか前に言っていなかったか。ガリエスでは駄目か」
少しうんざりしたような様子でタロちゃんが言う。
「濃すぎるが、薄いよりはましだ。それに、この装置の今の異常を引き起こしたガリエスと同じ血では正常化は難しい。一度リセットしないと」
タロちゃんはため息をつき、持っていた槍を服のポケットに仕舞うと、今度は小さなナイフを同じポケットから取り出した。
「どこに垂らせばいいんだ?」
言いながら、タロちゃんも装置の上に上がる。
「その辺りでいい。ほら、細かな管が見えるだろう、そこに一滴でいいから垂らせ」
アンソニーが指さす。タロちゃんはナイフで指を切ると、滴り落ちてきた血をアンソニーが指さした辺りに垂らした。
しばらくするうちに、私は天球から返ってくる感覚が変わってきたのに気がついた。天球と結界との間で圧縮された空間が跳ね返ってくる感覚が薄くなってきている。天球に少し力を強めに入れてみると、向こうの空間を狭めることができた。
もしかして、このまま天球を外の空間と繋げられるかもしれない。
そう思って、慎重に天球の範囲を広げていった。波がひたひたと満ちていくように。
天球が先代侯爵の結界に触れた瞬間、大きく脳が揺れた。
「シホさん!」
「シホ!」
「何をやっているんだ馬鹿者!」
いろんな人の叫び声がきこえる。
でも、私は平気だった。何で叫んでいるのかわからない。
いつまでも続く大きな揺れの中で、私は笑い出していた。
何、これ。楽しいかも。




