122 代案を考える
アンリウォルズ先輩はハーヴェロイ王子とファラーグ先輩を連れて出て行った。それと入れ替わりで、
「シホ、目が覚めたか」
天幕の入り口からタロちゃんが入ってきた。少し疲れた様子がある。
「大丈夫か。お前まで錯乱したらどうしようかと思っていたんだが」
「僕が結界を張ったんだから大丈夫だって言ったでしょ」
シュルが私の頭の上に乗って主張する。タロちゃんは少し肩を竦めてみせながら、
「そうは言うけど、最初少し様子がおかしかったからな。高原にいた頃のことをぶつぶつ言い出していたから」
「え、私、何か喋ってた?」
私は驚いた。もしかして、さっき目が覚める前に見ていたもののことを口に出して言っていたのだろうか。
「まあ、ちょっとだけだな。シュルが結界を張って少ししたら落ち着いたけど、それでも目を覚ましてみないとわからないことだから。ガリエスの執事もまさか目を覚まさせてみたらあそこにまでなるとは思わなかった」
「あー、執事さんの手当してたんだっけ?タロちゃん、離れて大丈夫なの?向こうが錯乱して攻撃してくるのを防ぐ役目を負ってたんでしょ」
「それは伯爵のおかげだな。俺の代わりに一度魔法で伯爵が障壁を作ってみせたら、向こうは少し正気に戻って、治癒術師の術で眠ってくれたよ。本当に、かなりの精神力だった。ガリエス家はいい家臣がいたんだな」
タロちゃんの言葉にガリエス先輩が少し頭を下げる。
「ありがとう。執事のことを助けてくれて、本当に感謝している」
「まあ、感謝は結界を最終的に何とかできたときに言ってくれ。宮廷魔法使いたちに無理をさせても何もできていないんだから」
そう言ってからタロちゃんはため息をついた。私は思わず言った。
「タロちゃん、休んだ方がいいんじゃないの。何だか疲れて見えるよ」
「ああ、そのつもりだ。お前も休んでくれ。明日の午前中にまた結界に、あの地下室に行く」
「わかった。タロちゃんもゆっくり休んでね」
タロちゃんは手を軽く振ってから出て行った。
タロちゃんが出て行くなり、ホリィが盛大にため息をつきながら、
「あんた、ちゃんと休みなさいよ。あんな面倒くさい場所に行くんだからね」
「やっぱり地下室は危険な場所になっているのか。さっきも魔が憑いた人形の残骸が漂っていると神使様は言っていたが」
ガリエス先輩が気遣わしげに訊いてきた。
「まあ……そうですね、危険というか面倒くさい場所になってますね。あれを無視もできなくはないけど、無視してたら嫌みをしつこく言ってくるし、それを更に無視してたら顔とかに張り付いて肌にちょっとした傷をつけてくるらしいし」
「タロスはそれしか言わなかったけど、実際はもっと深刻なことだと思うわよ」
ホリィの言葉に私は首を傾げる。
「どういうこと?」
「ヴィーナからきいたんだけど、肌に傷がついてたっていうあれ、顔に張り付いた人形のかけらが皮膚にめりこむようになっていたからですって。タロスはちょっとした傷が肌についたくらいだと思っているみたいだけど、ヴィーナの目では、明らかにタロスの輪郭を侵食しようとしていたって」
「そんなことになって、タロスさんは大丈夫だったんですか?」
マリちゃんが顔を青くして訊いてきた。
「まあ、大丈夫だったみたいよ。自分で魔素を操って治療したらしいし」
「それって、結構な大事だったんじゃないですか」
マリちゃんの言うことはわかる。治癒術って言っても二種類あって、本人の治癒力を魔素を操ることで助けるのがそのうちの一つ。少々の怪我や病気はこちらで対処する。
それではどうしようもない場合に、魔素を使って肉体の組織を作って補っていく、というのがもう一つの方法。こちらはかなりの重傷の場合に行われる。血とか内蔵とかの器官を失いすぎた場合とかね。
タロちゃんは、ユゲリアのかけらが纏わりついてもちょっとした傷がつくだけだと話していたので、前者の方法で治療できるのかと思っていたけど、どうやらそうではなく、後者の方法でないと対処できないらしい。
「ああー、そういう大事なことはきちんと教えてもらわないと!私、完全に見くびってたよ」
私が髪をわしゃわしゃしながら愚痴っていると、マリちゃんとガリエス先輩が二人して心配そうに私を見ていた。
「え、何?」
「お前、行って大丈夫か」
「いや、大丈夫ですよ、ちょっと思ってたより用心しないとならないことがわかったってだけで」
「でもシホちゃん、ちょっと用心すればっていうどころじゃないわよ。ホリィさんが言っていたことが本当なら、その人形のかけらはこちらの存在の輪郭を侵食できる可能性があるわ。……それって、魔そのものと同じといえるわ」
マリちゃんが恐る恐るといった様子で言う。
「うん、わかってるよ。でも、行くしかないじゃない?私とタロちゃんしか行ける人がいないんだし」
「俺も行く」
ガリエス先輩が言った。
「お前が眠っている間、兄上や他の魔法使いたちの話をきいていたが、結界の中で動くにはどうやればいいかわかった。人手はあった方がいいと思うし」
「却下。絶対却下です!」
私は先輩を軽く睨んだ。あー、こうなるとわかっていたから嫌だったんだ。
「先輩、はっきり言いますけど。地下室に漂っている人形の残骸って、例の人形ですよ?先輩と因縁ありすぎて、それで何か起きたら困ります」
我ながら理屈皆無の理由だが、先輩はそこは気にしなかった。
「地下室にあるのがユゲリアの残骸だろうというのはわかってる。我が家といろいろと因縁のあるモノだし、そこにそういうものがあってもおかしいことではない。それに、もし地下室にたどり着いて、父上が話ができる状態だったら、俺が一緒の方がいいと思うんだ」
いやー、言いたくないけど、その可能性は低いと思うよ?もう何年もあの結界を維持し続けるなんて、人間業じゃない。もう人間やめてるんじゃないかってホリィは言ってたけど、それは比喩ではなく、事実を言い当ててるんじゃないかと思う。
で、本当にそうだった場合、家族がそれを直視するのはやめた方がいいと思うんだよね。
といようなことを私は頭の中では考えていたんだけど、口には出せないでいた。だってさー、これをそのまま言ったら人でなしじゃん?デリカシーなさすぎっていうか、それくらいの配慮は私だってする。
と、ホリィが私の頭に軽くぶつかってきた。
「んもう!あんたってば結局のところはブレーキ踏んじゃうのねえ」
「ホリィ?」
「いいじゃないのよ、はっきり言えば。じゃなきゃ、いっそのこと連れていけばいいわ。連れていってほしいって言ったのは向こうなんだし。残酷な現実を目の当たりにしても、そんなの自己責任でしょ」
あー、こいつ、もしかして私の考えてること読んだ?
私が軽く睨むと、ホリィは少し高い位置まで舞い上がって、
「あんたが考えてることなんて、何もしなくても読めるってことよ。マリだってわかってるんじゃないの」
私はマリちゃんを見た。マリちゃんは眉間に皺を寄せて私を見つめていたが、一つ小さく頷くと、先輩に向かって言った。
「先輩、先輩はお父様に会いたいのですか」
「いや、それはそういうわけでは」
「それでは、お父様は無事だと思っていますか」
「わからない。無事ではないだろうとは思っている。……すまない、話ができたら、なんて言ったけど、本気でそう思っているわけではないんだ。ただ、もしそうだったらいいなと思っただけで」
「先輩は、お父様はどうなっていそうだと思いますか。レオナルドの装置が動き続けていることから、術者であるお父様は生きているだろうと予想されていますけど、六年以上そんなものをおそらく飲まず喰わずで動かし続けているなんて人間にできることではありません」
そう言うマリちゃんの目にはうっすら涙が浮かんでいた。
「……治癒術局の先輩からきいたのですが、過去に、空間に干渉する魔法を使って王宮の介入を受けた者がいたそうですけれど、そのときその者は生きてはいたけれど干からびた死体同様の姿になっていたとききます。その姿は、目にした者に長く精神的な傷を残し、対応した治癒術局の者も数名、そのことが原因で退職したと。今回のお父さまの件はそれどころの話ではありません。もしかしたら、人の形を保っていないかもしれない」
「それは」
先輩が息を呑む。
ホリィがマリちゃんの傍に寄っていった。
「マリ、あんたもういいわよ、それ以上は言わなくて。悪かったわね、あんたに辛いこと言わせて。フロリゼル、あんた、甘ったれてんじゃないわよ。あんたの兄さんが何であんたをここから遠ざけていたのかをよく考えなさいよ。きっと最悪の事態を考えて、あんたを傷つけないようにって考えたからでしょ」
「でも、俺だって兄上の力になれる。昔とは違う」
「だからでしょ。あんたに力があるってことは、あんたが深入りできるってこと。その結果、あんたが傷つくのは嫌だったんでしょ」
「でも、何もかも兄上の負担になっていて」
「まあねえ。あんたの家っていろいろありすぎてて、もしかしたらあんたの兄さんもちょっと余裕がないのかもしれないわね。でも、だったらあんたは兄さんの負担にならないように賢く動きなさい」
「それが知らぬふりをして過ごすことだと言うのか?そんなのは認められない」
「けど、下手にあんたが動いて失敗したら、それこそあんたの兄さんの負担になるでしょうが」
先輩はホリィを睨み、ホリィは静かに浮かんでいた。
私はそんな二人の様を見ながら、あー、そっかー、と思い至った。
そっかー、先輩の家って、ちゃんと兄が兄をやってるんだなあ。だから弟の方も兄を思いやれるんだ。
「いいよねえ、頼れるお兄さんがいるって」
私は呟いていた。ホリィが私を見る。
「何、いきなり」
「いやー、何となく?兄弟仲がいいって麗しいことだなあって」
「シホちゃん?」
「大丈夫だよ、マリちゃん。別に茶化してるとかじゃないから。なんか、隊長さんの気持ちもわかるし、先輩の気持ちもわかるなあって。先輩、役に立ちたいんでしょ?でも声が掛からないていうのが、自分の力を信じてもらえてないみたいで忸怩たる思いがあるっていう?」
「ああ」
「先輩の力を疑っている人は誰もいないと思いますよ。ただ、場所の状況が特殊で、先輩が力をいつも通りに発揮できるかが怪しいっていうだけで。ん?」
「どうした、シホ」
先輩が心配そうに私を見る。私は少し考えていた。そうだよ、場所の条件を普通にすればいいんだよ。それを今まで、結界を解くことで達成しようとしていたけど、そうじゃなくてそのとき一時的に、こちらの世界の条件を結界の中に持ち込めないだろうか。
「ねえ、ホリィ、シュル。やってみたいことがあるんだけど」
私は体を起こしながら二人に声を掛ける。
私の鼻の上に止まっていたシュルは空に飛び上がると、今度は布団ごしに私の膝の上に乗った。
「何、シホ。僕にも何かできるの?」
「うん。シュルの能力って、結界を張ることだよね?」
「んー、それはできることの一つっていうか。根本的には、空間を安定させることだね」
「力が及ぶ範囲はそんなに大きくない?」
「んー、結界なしだったらそこそこの範囲を覆えるよ。ただその場合、境界がはっきりしなくなるんだけどね」
「じゃあ、こういうことはできる?」
私はシュルに相談した。できるよ、とシュルは言った。




