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119 領主館

 結界の中は、薄暗かった。かなりどんよりした曇りの日と同じ感じ。でも空を見ると雲はない。というか、太陽もない。

「太陽、ないんだね」

 私が呟くと、タロちゃんは、

「ここは天体の司が展開している天候魔法の範囲外らしい」

 この世界は前世とは違って大地にも空にも限りがある。世界が一度消滅しかかったよりも以前はそうではなく、前世と同じに球体で太陽や月、星々も普通に空を巡っていたらしいんだけど、世界が壊れてそうではなくなったときに、神々のうちの一柱がその魔法で以前と同じに太陽や月、星々が空に現れるようにしてくれて、以降、その神は天体の司と呼ばれ、ずっと天体の運行を維持している。あらゆる天気もその神の魔法によるものなのだけど、ここはそういうのから切り離されているということらしい。

 結界の中は、薄暗いというだけで特に問題はなかった。隊長が言っていた重力の変化も特には感じなかったのだが、

「そりゃ、お前が神具を使っているからだろ」

「タロちゃんも大丈夫なの?」

「俺も大丈夫だ」

 タロちゃんが言うのに被せて、ヴィーナも、

「当然ですわ!私の神具にそのような不具合はありませんわよ」

「そうなんだ。じゃあ、結界内に取り残された人たちの救出も苦労なくできたんだ?」

「それは違う。俺自身は重力の変化に影響を受けなくても、他は違うからな。担いで行こうとした相手がいきなり岩みたいに重くなるとかもあって、簡単にはいかなかった」

「あー、それは嫌だねえ。腰とかやられそう」

「……まあ、相手の体を魔力で浮かしながら移動すれば体に直接ダメージがくることはなかったんだが、この結界内でそういう魔力の繊細な使い方はなかなか難しくてだな」

「隊長さんも無理だったの?」

「隊長は俺以上に難しかったろうよ。何しろ、前提として、自分の体がこの空間に取り込まれないようにするために魔力を操作しないとならないんだからな。それでも、重力の変化に対応しようと、領民を運ぶときには魔力を使っていたが」

「難しい魔法を二つの同時に展開できたんだ。さすがだねえ」

「全く、ガリエス家は優秀だよ。先代当主も含めて」

 タロちゃんは立ち止まった。私たちはひときわ高い石積みの塀に設けられた木の扉の前に立っていた。扉は開いていた。その傍に老人が横たわっていた。

「えっと……ここは?」

「領主館の裏口だ。ここをこじあけるのも俺と隊長の二人で何とかなったっていう感じだったんだぞ」

「で、この人は?」

 私は老人を見た。

「さっき来たときに、地下室の手前で見つけた。とりあえずここまで連れて出た。そうしておけば、今回の作戦がどうなっても隊長が助けてくれるだろうから」

 中に入っていく。

 入ってすぐは小さな庭になっていた。そこかしこに小さな植え込みがあり、庭の真ん中には井戸があった。庭の植物はどれも枯れてはいなかった。

 タロちゃんについて館の中に入る。

 人はどこにもいなかった。

「もう全員外に出したの?」

「見つけた人はみんな出した。多分、あとは先代当主くらいだと思う」

「ええっと、ガリエス先輩のお父さんって、生きているの。隊長さんは生きてるみたいなことを言ってたけど、でもこの結界を発生させたのも先輩のお父さんみたいなことを言ってたような……それってものすごいことでしょ。それを何年も続けるとかできるの」

「ああ、隊長からきいたんだな。多分、生きてると思うよ。ただ、無事かどうかはわからないけど」

「それって、どういう意味?」

「お前が言ったとおりさ。こんな結界、普通の人間が張り続けることはできない。レオナルドの装置を利用しているとしても、だ。そもそもレオナルドの装置を普通に動かすだけでも人間にとってはかなり大変なんだ。それをこんな風にあり得ないやり方で動かすなんて」

「人間捨ててるかもねー」

 ちょっと間延びした感じでホリィが言った。

「第一、人間の分際でレオナルドの装置使ってどうこうしようなんて何考えてるんだか。まともじゃないわね」

「それは否定しない。侯爵は最後の頃にはレオナルドの装置のことしか考えていなくて、家族の制止もきかなかったらしい」

「それにしたってレオナルドの装置って、そんなに簡単に使えるもんじゃないでしょ。維持だって普通にはできないでしょうし」

「え、そうなの?ラウトゥーゾの遺跡にもあるんでしょ?」

 私の素朴な疑問に、ホリィが鼻を鳴らす。

「そんなの王宮のテコ入れの結果に決まってるでしょ。それでやっと維持できるくらい感じなのに、それを自力で動かそうなんて」

「動かしてどうするつもりだったんだろう」

「ガリエス家の者たちの証言を総合すると、新たな世界の創造、だそうだ。死んだ妻と娘を取り戻したかった、と」

「いろいろつっこみどころがあるわねえ。新たな世界を創造したら死んだ家族が生き返るとか」

「知らん。そういう証言が複数得られているということだ。それに、妙なことは他にもある。先代当主の子どもは、リーシア以外は皆男の子だ。死んだ娘というのはいない」

 私は首を傾げる。

「水子?あるいは隠し子とか?」

「……まあ、そういう可能性もなくはないが、先代は愛妻家で知られていたらしいからな」

「でも、奥さん、亡くなったんでしょ。その後でそういう相手ができたんだったら、そんなに問題じゃないんじゃない?うちの近所でもそういう家庭って結構あるけど」

 前世と違って医療があまり発達していないので、お産がうまくいかなかったり産後の肥立ちが悪くて女性が亡くなったりというのがそんなに珍しくはない。魔素を使った治癒術があるので、前世における中世とかに比べればましなのだろうが、それでも先進医療を知っている身からすると、あちらの技術が今こちらにあれば、と思うことも多い。

「とにかく、先代はいろいろ行動がおかしくなって金遣いも荒くなって、事が起きた後に調べるとどうもレオナルドの装置の改修に金をつぎ込んでいたらしい」

 と、タロちゃんが立ち止まった。廊下のつきあたりの手前で、突き当たりから右手に下へ降りていく階段が見える。

「地下室への階段だ。お前、何か武装できるか」

 言いながら、タロちゃんはコートのポケットからすらりと長剣を抜き出した。物理的に絶対にポケットに収まる筈のない代物だ。きっと魔法に違いない。

 武装、というのとは違うけど、と思いながら、私は右手の人差し指と中指をくっつけてぴんと上に向けて立てた。その二本の指の間から、羽衣が出てくる。何回か変身の練習をしていたときに見つけた技だった。私がこれを見つけたのは偶然だったけど、ホリィによるとそれは仕様ということだった。それなら最初から教えておいてよ、と思ったものだが。

「だって変身するだけでかなりの負担みたいだったし、そんなエクストラの仕様を教えたところでできるかどうかわからなかったしさ」

 というのはホリィの弁。そしてどうしてそんな仕様を付加していたのかというと、変身で纏っている衣装は防御の役割しか持っていないので、攻撃の手段となりうるものを持たせておきたかったから、と。

「だって変身後に魔素をどれくらい使えるかもわからなかったからさ、保険はかけておきたかったのよね」

 実際に使ってみると、変身しているのと同時に羽衣も装備できるというのはありがたいことだった。羽衣を通すと、とにかく魔素も魔力も効率的に使うことができた。ちょっと羽衣に魔素を流してそれを振るうと刃のようになったりとか。本当に使いやすいんだよね、これ。

「それでいいのか」

 タロちゃんは私の装備を見て疑わしげだった。一見すると武器でも何でもなかったからだろう。

「これでいいのよ。これに魔素とか魔力を流すと、剣みたいに使うこともできるしハンマーみたいにも使えるし、鞭みたいにもできるんだから」

「案外おっかないんだな……。だが、そういうことなら大丈夫そうだ。それじゃ行くぞ。気をつけろよ」

「そう言うってっことは、やっぱり、この先って敵とかいるの?タロちゃんは地下室には行ったことがないって隊長さんが」

「途中までは行ったことがあるんだよ。敵というか、厄介なモノが罠みたいにして浮かんでいて、先に進むのが難しかった。だけど、お前のその装備があれば前よりは楽に行けるかもしれない」

 地下室への階段に一歩踏み入れると、途端に辺りが暗くなった。まあ、こんな変な空間でなくたって地下室への階段なんて暗いのが当然なのだけれど、でも今この場所の暗さは、ちょっと普通の場所とは違う感じがする。

「気をつけろ。俺がさっき言ったモノがある」

 タロちゃんが言いながら前方に向かって剣を振り下ろした。それまで私が何もないと思っていた空間で小さく火がいくつも爆ぜた。

 私は羽衣に魔素を纏わせて光らせた。すると、行く手の空間に細かな何かのかけらのようなものが数多く浮かんでいた。それが何か確かめたくて少し近づいて見ると、それらは全て人形のかけらだった。

 それも、ユゲリアの。

 

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