117 ストーム到着
私たちは転移した。人形師、治癒術師、魔術師、それに王子一行、という総勢約五十人ほどの集団だ。
転移先は、石畳の道の真ん中だった。道の両脇には二階建ての建物が並んでいるが、どれも寂れた様子である。
転移した場所のすぐ近くには布製の幕が張ってあって、その奥からアンリウォルズ先輩が姿を現した。
「皆の者、大儀であった!」
私たちを見るなり、その張りのある声で言う。
と、顔だけ王子が先輩の前に立った。
「ジェラルド、何故お前がここにいる?」
「おや、ハーヴェロイ王子。貴方もおいでですか」
「私がここに来て何か悪いことでもあるのか」
「いいえ。王宮から、もしかしたらこちらに来るかもしれないと連絡は受けていますので。私がここにいるのは、神祇庁長官であるキーシア第三王女殿下の名代としてです」
「お前が名代……?そうか、そうなのか」
王子は笑い出した。
「王子?」
「いや、いい。お前が名代ということならそれでいいさ」
「ご理解いただけたようで何より。今後、この地を離れるまでは、私の指示に従っていただきます。よろしいですね?」
「きけるところはきくが、自由に動きたいときにはそうさせてもらう」
「この地での軽率な行動はお控えください。御身の命に関わることにもなりかねませんから。治癒術師局は現在考えられる最高の治癒術師を連れてきていますが、その者の治療を受けたくはないでしょう?」
「脅しか。おい、治癒術師ども。極みの治癒の力を持っている者を連れているのだろう、その者を前に出せ」
「お言葉ですが、貴重な力の使い手を御身の前に出すのは控えさせていただきます。モノルムでの事を思えば当然のことでしょう」
「モノルム?それとこのことと何の関係がある。……まさか」
ハーヴェロイ王子の表情が強ばる。治癒術師団の責任者は恭しく頭を下げた。
「ご理解いただけてありがとうございます」
「いや、その。別におかしな意図で訊ねたのではない。私はその者の治療を受けるわけにはいかないからな、その予防のためだ。どの者が問題の術師なのか知っていれば、もしもの事故を回避できるだろう」
「ご安心を。その者は常に極みの治癒術を使っているわけではありませんし、通常の治癒術とそうでない治癒術の使い分けも修行によってできるようになっております。よって、王子の心配するようなことはございません」
「いや、しかし」
「あれー、やっぱりシホちゃん来てるじゃん?」
明るい声がした。見ると、アンリウォルズ先輩が出てきた幕の後ろから、ファラーグ先輩が出てきたところだった。その後ろからガリエス先輩も出てくる。
「え、先輩?何でここに?来ないんじゃなかったんですか」
「いや、魔術師団に同行はしないってだけだよ?よく考えたらストームってフロリゼルの実家があるんだし、自分たちで来たら早いんじゃないかって気づいてさ。フロリゼルも学院に入るまでは時々一人でこっそり様子を見に来ていたっていうし」
「だったら最初からひとに頼もうとしなければよかったのに」
私の呟きに、ガリエス先輩が言う。
「宿がないのはわかっていたからな。この件が長丁場になるのなら正式にこの地に派遣される者に同行した方が良いと思ったんだ。もしかしたら今回の件が始まることで、転移陣での移動も封印されているかもしれないと思ったし。まあ、やってみたらできたわけだが」
「こんな複雑な土地で転移陣の制限なんていう術式を扱おうとは思わんよ」
呆れた様子でアンリウォルズ先輩が言う。
「そもそも、ストームに普通に転移陣で移動できているっていうのだけでも驚きなのに」
「え、今、魔術師団の人たち、普通に転移陣使いましたけど」
私が疑問に思って口にすると、アンリウォルズ先輩はまた呆れた様子で、
「普通に、ではない。先にこちらに来ていた我々と連携して術を使ったから移動できたんだ。知らない者からすると簡単そうに見えるかもしれないが、簡単ではないことなんだぞ」
「あ、すみません。魔法のことはわからないんで」
「お前、魔法を使えるようになったのではなかったのか」
「いや、それは神具を使っているときだけなんで。それに、魔力を使って炎とかぶっ放すのは普通にできるようになったんですけど、空間をいじってどうこうというのはさっぱりで」
「おいおい、そんなことでどうするんだ。お前には神具を使ってストームの中に入ってもらうことになっているんだが」
「はあああ?」
私は思わず裏返った声を出した。
「そんなの知らないですよ。ねえ、婆ちゃん?」
クラリィ婆ちゃんは重々しく頷いた。
「ああ。この子はラヴィの修復の手伝いのためにここに来た。ストームが解放された後の地均しに従事することはあっても、解放そのものに従事することはない」
「しかし、そうなると問題が進まなくてだな。神具の使い手が二人揃うからこれまでとは状況が違うと考えて領主館へ侵攻する作戦を考えていたんだが」
「二人?」
「ああ。お前も知っている人物だ。今も様子を見にストームの結界の向こうへ入っているんだが」
そんな話をしているうちに、ファラーグ先輩の義姉がファラーグ先輩に歩みよってきた。
「レイ、ふざけたことをしてくれたものだな」
「いやー、義姉上、勿論俺も義姉上に断られた段階で諦めるつもりだったんですよ。でもフロリゼルが、ストームに行けるかどうかだけ試してみるって言い出して。もし行けたらこいつの手綱をとる人間が必要だと思ってですね」
「そもそもここに来るのを止めればいいだろう」
「いやー、止めようと思っていたんですけど、こいつ、ラヴィの連絡係でもあってですね、ストームに先に入っていたラヴィと魔法で遠隔通話しているうちに、ストームまで来たら自分の世話係としていさせてもらうようにラヴィから神祇庁に話すから、という流れになって。そうなったら来るしかないじゃないですか。で、結局はアンリウォルズ先輩の耳に入ることになって一緒に来た、と」
ファラーグ先輩の義姉は大きくため息をついた。
「お前という奴は……」
「まあ、フロリゼルは空間に干渉する魔法には長けてるから役に立つと思うし、俺もラヴィの相手とかできるし。足手まといにはならないと思いますよ」
言いながら、ファラーグ先輩の目は顔だけ王子に向いている。
「それで、義姉上。何で王子がここに来てるんです?」
「今回の件を指揮するつもりで来たそうだ」
「えー、無理でしょ。人形師も治癒術師も言うこときかないんじゃない?魔術師団は副師団長が来てるし、神祇庁はアンリウォルズ先輩が仕切ってるし」
「まあな。だが、お前たちは大丈夫か?ジェラルドの下にいるとは言え、年下の学生だからな、お前たちが目をつけられる可能性が高い。いいか、王子にいいように使われるなよ。もしそうなったとしても、王子の行動だけは本気で止めてくれ」
「あー、大丈夫。あの王子の言いなりにはならないから。モノルムであったいろんなことを全部知ってる俺たちに強くは出られないだろうし」
「モノルムのことなどお構いなしに我々に命令してきたがな」
「なるほど。まあ、いいですよ。いろいろ言われても回避できるようにしますから」
そのとき、空から大きな影が差した。
「あー、シホー!来てたんだ?だったら教えてよ、フロリゼルー。シホは魔法で通信とかできないんだから、フロリゼルが繋いでくれないとさ」
ラヴィだった。尻尾は短いままの、元の体である。そしてその背には、白づくめの衣装を身につけた長身の人物が立っていた。深くかぶったつばの広い帽子とぴんと立てた高い襟のせいで顔は見えなかったが、それが誰なのか私にはわかった。
タロちゃんだった。
だってねえ、ラウトゥーゾ遺跡に行ったとき、行きの馬車の御者として御者台に座っていたときの服装そのままだったし。妙に魔素の気配も消してたし。
「タロちゃん、来てたんだ?……ていうか、もしかして、ストームの結界の中に入ってたのってタロちゃんのこと?」
「……アンリウォルズ公子、説明はまだしていないんですか」
ラヴィの背から降りると、私の問いを無視してタロちゃんは先輩に声をかけた。
先輩は肩を竦めて見せた。
「ああ。ちょっといろいろあってな、まだ話がそこまで進んでいなかった。とりあえず、お前と一緒に結界の中に入ってもらうとは伝えたんだが」
「なるほど。では説明は十分終わっているということですね」
「いや、待ってよ、タロちゃん。全然十分じゃないって。何でそういうことになるのよ?」
「お前も神具を纏うことができるだろう。だからだ」
「それって必要なの?」
「結界の中に入ること自体は、力業でこじあけることででも可能なんだ。ただ、何の備えもなく入ったら、入った者の存在が空間に溶けて消えてしまう。魔法を使って自分の周りだけ結界内の空間と隔絶するようにできれば消滅を防げるが、それをずっと維持していくのはかなり消耗する。だが、神具を纏えば、自力で何かしなくても存在を維持できる」
「神具を纏えば、って簡単に言ってくれるけど、私が羽衣で変身できる時間はまちまちなんだよ?」
私が言っても、タロちゃんは構わずホリィに話しかける。
「それはそちらで何とかできるときいているが」
「まあねー、シホの変身が解けそうになったら、こっちの子が結界を展開して通常空間と同じ場所をちょっと確保するわよ。そこでまた変身し直せばいいわ」
と、私の肩に止まっていたシュルを示す。シュルは「任せて!」と言って少し羽ばたいてみせた。私は不平を言ってみた。
「何でそんな助け船だすのよ?ホリィも簡単に言ってくれるけど、変身するのって結構疲れるんだからね」
「そうかもしれないけど、結界を何とかしないとラヴィの修復場所を確保できないんだから仕方ないじゃない?」
「シホ、ごめんねー」
ラヴィが私に軽く頭を下げる。うう、ラヴィが悪いんじゃないんだよ。謝らないでよ。
「……わかったわよ、やるわよ。それで何すればいいの?結界の中にいた人を救出したりしたとかきいたけど、そんなところに人がいるの?結界の中で魔力を纏ってないと存在が消えるとかいうのに」
「結界ができたときにそこにいた人間は大丈夫みたいなんだ。ただ、外に引っ張り出した後、こちらに適応させるのに治療とかいろいろしないといけないんだけど」
タロちゃんは服の襟元をいじっていた。それを見て、私は気づいた。
「もしかして、今着てるのが神具?」
「ああ」
タロちゃんが頷いたとき、そのタロちゃんの肩を後ろからハーヴェロイ王子が掴んだ。
「おいお前、その神具とやらを寄越せ。ストームの結界の中へは私が入る」
「あんた、何を言っているのかわかっているのか」
タロちゃんは帽子を脱ぎ、その顔を見せた。王子が何故か顔をひきつらせて後ろに下がる。
「お前か……!」
「どうも。先日ぶりだな」
王子よりも背が高いタロちゃんが、見下ろすような形で流し目をやる。あー、モノルムでも顔を合わせてたっけ。それも、魔素の糸にぐるぐる巻きにされてヨハンによって魔法で宙に浮かばせられるという最高に情けないところを。
「なあに、どうしたの?」
ラヴィが私の後ろから顎を私の頭の上に軽く載せて訊いてきた。
「あの王子様が、タロちゃんが使ってる神具がほしいんだって」
「あー、ハーヴェロイ?久しぶりー。なになに、神具が欲しいの?タロスが使ってる奴?無理だよー、それ使うのに条件があるんだからー」
「私は王子だぞ!」
「やだなー、そんなのが通用すると思ってるの?ハーヴェロイって相変わらず頭良くないねー」
「な……!」
「うんうん、理解できないっていうのもハーヴェロイらしいよね。でも無理なものは無理だから。ここにいる中じゃ、タロスかシホしか無理だからね」
「何で私?」
「んー、説明してもいいけど、何かシホについてる神使が怒りそうだからやめとくー」
「まあ、説明したところで何が変わるものでもないですしねえ」
タロちゃんの肩辺りで声がした。なんか、しゃなりしゃなりした感じの女性の声。
その声の主はと見ると、タロちゃんの服の襟の隙間から白い蛇が顔をのぞかせていた。布でできた蛇の人形だった。
「えっと……神使?」
「ええ。ヴィーナ、と申します。この神具の開発・管理をしておりますわ。ホリィには変な勘ぐりをされて嫌われていますけど」
「偏倚の羽衣をパクってそれを作ったっていうのは変な勘ぐりじゃなくて事実でしょうが!」
私の服のポケットからホリィが飛び出てきて、ヴィーナに喰ってかかった。ヴィーナは少し襟の中に隠れるようにして、
「あら嫌だ。怒りの沸点が低すぎるわ」
「何よー!!!
「ほらほら、ホリィ、落ち着いて」
私はホリィを掴んでヴィーナから離した。
タロちゃんはそれまで黙っていたが、
「まあそういうわけだ。俺とヴィーナ、お前とお前の神使、この四人でストームの結界の中に潜るぞ」
「ええー、私、ラヴィの修復のために来たのに」
「修復を始めるにもストームのレオナルドの装置を確保しないとならないだろうが。諦めろ」
「いつから始めますか」
アンリウォルズ先輩がタロちゃんに訊ねる。タロちゃんはアンリウォルズ先輩を見下ろして、
「三時間後に。一眠りしてからにしたい」
「それではこちらに」
アンリウォルズ先輩が部下に指示を出し、その人についてタロちゃんは天幕の中に入っていった。その後ろ姿を見送ってから私に向き直り、
「というわけだ。頼んだぞ」
とアンリウォルズ先輩が言うので、
「私とタロちゃんの二人で入るのはいいとしても、中ってどんな風になっているんですか?いきなり魔獣とかがうようよしてるとかじゃないですよね?」
「そうだな。それが説明できそうな人を呼ぶか」
「え、そんな人、いるんですか?」
神具がないと結界の中に入れないのでは?
そう訊くと、アンリウォルズ先輩は頭を振った。
「さっきもタロス殿が言っていただろう、中に入るのにはちょっとした力業でいけるし、中に入った後は魔力をずっと身に纏わせることができれば存在を保っていられると。神具を持たずに中に入った魔法使いがいるんだ」
「あの、俺も話をきかせてもらっていいですか」
いつの間にか側に来ていたガリエス先輩がアンリウォルズ先輩に言い募った。アンリウォルズ先輩は少し戸惑った様子だった。
「それはいいが……。その魔法使いというのは、君の長兄だぞ」
「えっ?」
ガリエス先輩は固まっていた。




