116 顔だけ王子再び
そうしてストームへ出発する日がやってきた。
構成メンバーは、まずは人形師が現上師一名に元上師二名。現上師とは、クウェーラだ。元上師とは、クラリィ婆ちゃんとルートヴィヒ。
「クラリィ師がいればそう問題は起こさないと思うけど、何かあったときに動ける現役の上師がいた方がいいから」
クウェーラはそう言う。一方で、婆ちゃんによると、クウェーラは組織間の調整がうまいのだとか。
それから、治癒術師局の人が六名。その中にはマリちゃんもいる。皆、淡いグリーンの治癒術師の制服を着ている。
治癒術師局一行の中で一番役職が上の人は、真っ先にクラリィ婆ちゃんのところに挨拶に来て、それから私に、マリちゃんと一緒に行動する許可をくれた。というか寧ろ、一緒にいてやってほしい、と。不世出の治癒術師となりそうなマリちゃんに無体を働く者はいないと思いたいが、旅先では何が起こるかわからないので、と。
更に、王宮魔術師団が四十名ほど。その数に私は驚いた。王宮の魔術師をそんなに連れてきて、一体何を始めるんだという感じ。魔術師団の責任者である副師団長は、案件が案件なので、それくらいは当然だとのこと。
ストーム行きのメンバーは以上。ガリエス先輩もファラーグ先輩も見あたらなかった。
内心安堵していると、女性の魔術師から声を掛けられた。ファラーグ先輩の義姉だ。
「レイとフロリゼルの同行は断った。これで安心か?」
私が魔術師団の人たちを見ていた意図がばれていたらしい。
「えっと……」
「レイには、今回のストーム行きに魔術師団の手伝いとして同行させてほしいと頼まれたが断った。フロリゼルの気持ちはわかるが、尚のこと行かせるわけにはいかないと思ってな」
「そうなんですね。……えっと、何でそんな話を私に?」
「レイに頼まれた。お前が気にするだろうから、出発のときに自分たちが同行しないことを話しておいてくれと」
何という親切設計。
確かに、ここで教えてもらえなかったら、一体どうなったんだろうと気を揉んだろうなあ。
神祇庁からも数名参加するが、それは既に現地入りしているという。
ストームへ行くのは以上かと思いきや、意外な人物が一名とその同行者として二名が参加することになっていた。
それは、あの顔だけ王子とその護衛と侍従見習いの三名だった。
顔だけ王子は私たちがいるところへ来ると、名乗りも抜きにいきなり、
「今回の件は私が指揮をとる。お前たちは従うように」
魔術師や治癒術師たちは無言。人形師たちは顔を見合わせるだけだった。人形師たちはそもそも誰かわからないといった様子だ。まあそうだよねえ、いくら上師といっても、王族皆を知っているわけではないだろうし。
というか、何でこいつこんなに偉そうなんだ。モノルムでの顛末を忘れてるのか?
私が軽く顔だけ王子一行を睨むと、三人の中で一番後ろについていたカート・ディエールが顔を僅かに歪ませ、半歩ほど後ずさった。
それを見たルートヴィヒが私に訊ねる。
「知り合いですか?でしたら紹介いただけると助かるのですが」
「顔だけ王子と腕の立つ護衛と身の回りの世話係の半人前」
「顔だけ王子……?」
ルートヴィヒが小首を傾げる。まあルートヴィヒにはわからないかもしれないねえ。
でも、他の人形師たちにはわかったようだった。
「ハーヴェロイ王子か。モノルムでの仕儀はきいているが、あんなことをしでかしておいてよくも顔を出せたものだ」
クウェーラが言う。クラリィ婆ちゃんも、
「全くだ。今回の件、我々人形師と治癒術師局とが中心になるというのに、モノルムで散々無礼を働いてきた因縁の王族をつけてくるとはね。副師団長、これは王宮の総意かね」
「そのようなことは全くない。王子は個人的な意向で同行される」
「じゃあ、指揮がどうとかいうのに従う必要はないということだね。治癒術師局もそれで大丈夫かい」
治癒術師局たちの中から年かさで大柄の男性が、他の治癒術師たちを後ろに庇うようにして前に出てきた。
「勿論です。我々はあなたがた人形師と同行するように言われています。重要な任務もありますし、王族の対応は魔術師団でお願いします」
それって、今回魔術師団には重要な仕事はないと言っているようなものだけど、失礼に当たる、とか誰か言いだしたりしないのかな?と思っていたら、顔だけ王子が反応した。
「貴様、平民の分際でその物言いは何だ!無礼だ、謝罪しろ!」
「ハーヴェロイ王子、お静かにお願いします。モノルムでの件は我々も知っています。あの件がありながらこの件へ顔を出し、更にそのような振る舞いをするなど、普通であれば到底考えられないことです。どうか自重を」
魔術師団の副師団長が頭を下げて言った。その後ろで、ファラーグ先輩の義姉がやや睥睨するように王子を見ていた。こちらは頭を下げる様子は全くない。以前、ファラーグ先輩からは、この人はアンリウォルズ先輩の実姉だと聞いているし、公爵家の係累ともなると王子にああいう風に出られるということなのか?
王子は鼻白んでいたが、副師団長の言葉などまるっと無視して、転移陣を!と魔術師団員に命令していた。それをきいたクラリィ婆ちゃんが鼻を鳴らす。
「転移陣を使えぬ魔法使いがこの件に同行して何の役に立つかね」
「おいお前、無礼だぞ!」
王子が喚くが、婆ちゃんは冷静に言う。
「今回の件、空間に干渉できる技が必要になる。転移陣が使えないということは空間に関与する魔法は使えないということだろう。そんな魔法使いは今回何の役にも立たんだろうさ」
「私は魔力は多いんだ。使える魔法の出力が大きいし、持続時間も長い」
「強力な炎をぶっ放せても役に立てんと言っているのがわからんかね。……まあ、もし竜でも出れば、その討伐はお願いしようかね。厳重に王宮が管理しているストーム周辺でそんなことが起こるとは考えにくいが」
「竜など、当然我が手で屠ってくれるわ」
「威勢のいいことだ。まあ、実績作りに勤しむのはいいが、他人の足を引っ張らないようにな。少なくとも我ら人形師はお前の指示なんぞ受けん」
「あ、勿論私もね」
ルートヴィヒの隣から私は手を挙げ主張した。私に気づいた王子の顔色が悪くなる。
「お前、なぜここに……!」
「この娘はマツカサリュウの修復にかなり貢献しておってな。魔素術も巧みに使えるし、我ら人形師と同じ資格で今回の件に参加してもらっておるのよ。何か不都合でも?」
婆ちゃんにじろりと見られて、王子もまた後ずさりした。護衛の人だけがどっしりと立っている。うーん、本当にこの人、魔素術の達人だなあ。モノルムでは遭遇の仕方があれだったので実感し辛かったけど、でもまあ、魔素でできた糸にぐるぐる巻きにされた状態から自力で糸を消してあわや脱出しようかというところまでいっていたのだから、それだけでも練達しているというのはわかるというものだ。
「治癒術師局よ、そちらも王子の指揮下に入るわけではないということでよいかね」
婆ちゃんが声をかけると、向こうからも肯定の返事が返ってきた。
「勿論。我らは神祇庁の指揮下に入るように指示を受けている。第三王女殿下の代理人が現地に既に赴いている」
それをきいて、王子は更に顔色をなくしている。
「代理人……だと?」
「そうです。国王陛下の正式な委嘱を受けた方です。我々はそちらの指揮に入りますので、そのようにご承知おきください」
「そちらはどうかね?」
婆ちゃんが問うた先は魔術師団の副師団長だった。副師団長は首肯した。
「我々も同様です。勿論、王子の身に危険が及んだ際にはお助けはしますが、指揮下には入りません。申し訳ありませんが」
「それでは、全員の立ち位置がわかったところで、魔術師団には申し訳ないが転移陣を展開してもらえんかね。そろそろストームに行こうじゃないか」




