115 ガリエス家の事情
「扱うのが難しい土地、ですか?」
「ああ。あの土地は今、この世界からなかったことにされている」
「俯瞰誌で見ました。消滅したことにされているんですね」
世界から土地が消滅するのは、この国では百年くらいに一カ所くらいは起きていることで、そうなるとその土地は俯瞰誌をはじめとする書物の情報から抹消される。そしてそれを読んだ者はそういうことかと納得する。
「あの土地は本当は消滅したわけじゃない。ただ結界で周りの空間と断絶されているだけで」
「消滅した他の土地もそういうもんなんじゃないんですか」
本当は、世界が消滅するということがどういうことなのか、わかっていない。一説では、結界か何かのせいでこちらから接触できなくなっているだけで、本当はそこに存在し続けているのでは、と言われている。
「そうなのかもしれない。でも、これまで消滅した土地はどれも人間の手によってそうなったわけではない」
「ストームがどうしてそうなったのか、原因がわかっているんですか」
「わかっている。六年前、私の父が屋敷にあったレオナルドの装置を暴走させたせいだ」
レオナルドの装置。ラウトゥーゾの遺跡にもあるときいたモノだ。天才魔法使いレオナルド・テウル・ラウトゥーゾが作り出したもの。空間に作用する装置だときいた。
「何でそんなものがストームにあるんですか」
「レオナルドが生きていた当時のガリエス家の当主がレオナルドと仲が良くて、夏の休暇の逗留先にとストームのガリエス家の屋敷を提供していたらしい。レオナルドはストームの我が家の屋敷に逗留したときには装置の研究を行い、その試作品を屋敷に残していた。レオナルドの死後、本来なら処分すべきところを、他の装置の修理等の参考のために残しておくようにと王宮から指示があり、それで保管していたんだ」
レオナルドは天才肌で、思いつくままにいろいろなものを開発し、完成した後に開発内容を思い出しながらその開発品や魔法術式の解説書を残していたのだが、この装置はレオナルドにとって最大の難物で、開発に時間がかかった上に、完成後間もなく、解説書を残す時間もなく急に亡くなったので、装置に関する資料がない。それで、参考のために試作品を残しておくようにと王宮は言ったらしい。
「代々の当主は装置に触らずにただ置いておいた。だが、父はそれを動かしてストームを他から隔絶した地にしてしまった。当時の当主が世界から人が住める場所を減らしてしまったことを理由に、我が家は爵位を下げられることになったんだ」
「ガリエス侯爵家の降爵は、当主の乱心のため、ときいていたのですが」
マリちゃんが言うと、ファラーグ先輩が、
「まあ、世間に対してはその説明だな。それで間違っているわけではないから。だろ、フロリゼル?」
「それは。……でもレイ、ストームはもうこの世界から消えているのだから、そこでラヴィの修理なんてできるわけないとはお前は思わなかったのか」
「それは人形師が何とかするんだろ」
「できるわけがない。世界を元の輪郭に戻すなんて、神々の力でも成し得ないことだろう」
そうだよねー。世界の危機を自分たちだけでは何とかできないから、神々は人間に魔力を与えて世界の維持に助力させているのだし。
ホリィが言った。
「具体的にどうするかはこれからだけど、実際的にはレイの言うとおりよ、フロリゼル。根本的な誤解があるけど、ストームは消滅したんじゃなくて、まだこの世界の一部として存在しているの。ただ他と行き来ができないだけ。だから、これから人間がやるべきことは、ストームを他の土地と同じように自由に行き来できる空間にすること。そしてもしそれが成った後、ストームに何か不具合があれば、それを正すこと」
「不具合、ですか」
「そう。異質な空間になってたわけだから、通常の空間にはないものが流れ着いていたりとかしてもおかしくはないでしょ。そういうのがあったら処分しないと」
「ねえ、ホリィ」
私は素朴に疑問をぶつけてみた。
「そんな場所でラヴィの修復なんてできるの?わざわざそんなところに行かなくても、人形師組合の作業場でいいんじゃ」
「ストームには試作品といってもレオナルドの装置があるし、空間の安定に使えると思ったんじゃないかしらね。あとは、人形師組合は王都の中にあるから、それよりは少しでも遠いところでやってほしい、とかさ」
「ラヴィの修復で何か起きそう、ってこと?」
「さあね。それはやってみないとわからないけど、あの子の体を構成する素材とかあの子自体が持っている力とか、いろんなことを考えると用心しても悪くはないと思うわ。一度修復作業に失敗してるし、用心したんでしょ」
「でもそれって、逆に言うとストームはどうなってもいいって思われてるってことなんじゃ……?」
「シホちゃん!」
私がまたしても素朴な疑問を口にすると、マリちゃんが窘めるように言った。流石に私も悪かったと思ってガリエス先輩を窺い見た。
先輩は少し俯いていたが、顔を上げたときには真剣な表情になっていた。
「ストームに異変が起きたとき、館に仕えていた者と住民のどれほどかが巻き込まれたときいています。ストームが周辺の土地と繋がったとき、彼らはどうなるのでしょう」
その視線の先はホリィだった。ホリィはのんびりとした調子で言った。
「あー、そっか、あんた、知らないんだ?巻き込まれた人たちのうち、領主館の塀の外にいた人たちは助けられてるわよ」
「え?」
ガリエス先輩は拍子抜けしたようだった。
「神々だって放置してたわけじゃないのよ。来るべき日に備えて、できることはしておこうってことで、王宮に人を借りてそういうことをやってたの。ただ、領主館に入るまでは行けてなくて、その中にいる人たちは助けられてないんだけど」
「それでも有り難いことです。……その、兄や姉はこのことを?」
「んー、伯爵には伝えたんじゃないかな。ただ、助けた人たちもいろいろと治療とか必要で、まだ隔離されてるんじゃないかしら」
「隔離、ですか」
「そうよー。救助が始まったのもここ一年くらいの話でね。治療が完了してないのよ」
「何で隔離が必要なの?」
私が訊くと、ホリィは嫌そうに、
「そんなの察してよー。さっきも言ったでしょ、隔絶された空間の中はこっちと性質が違うんだって。そんなところに何年もいたら、いろいろとあるのよ」
「そうかもしれないけど。そもそも、取りかかるのに何でそんなに時間がかかったの。すぐに助けに行けば」
「あのね、ストームの件は人間がやらかしたことだから、人間の中で解決してほしかったのよ、神々としては。でもそれは無理だとわかったから、手を貸したのよ」
「どうやって?」
「ストームみたいな場所に普通に人間が行けるわけないから、そこに行ってもらうためにそれ用の神具を開発して、それを使いこなせるよう資格のある人間に修行してもらったの。それで結構時間がかかったのよ。あんたが羽衣を使いこなすのに時間がかかったのと同じね」
そこへ、真剣な表情のガリエス先輩が問うた。
「それは、ガリエス侯爵領の領民の救出のために大変な負担をかけた人物がいるということですか。言ってもらえれば、俺がその役を担ったのに」
「さっきも言ったでしょ、それをやれるのには資格が必要なの。あんたじゃ無理なのよ。あんたがどんなに魔法を使うのが得意でもね」
「しかし、俺にその資格がないなんて言い切れないでしょう」
「言い切れるわよ。私たちには見たらわかるもの。人間にはわからないことだけれどね。……何?その資格がどんなものか知りたいの?知らなくていいわよ。知ったところでどうなるでもなし」
「レイ、お前は知っているか」
「いや、知らないよ。第一、ストームの住人が結界で隔離された先から救出されたなんていうのも初耳だし。神祇庁が動いてるのかなあ?その資格ってのがどんなのかは知らないけど、神々に重宝されるんだからきっと王宮が放っておかないだろうし、そういう特殊な人材って、神祇庁か治癒術師局で抱えてそうな印象なんだけど」
ファラーグ先輩はマリちゃんを見た。マリちゃんは慌てて首を横に振る。
「知りません、私、きいたことありません。治癒術師局に所属しているのは治癒術師で、けが人や病人の治癒が仕事です。なので、そんな隔絶された世界に入り込めるような人が治癒術師の中にいるだなんて」
「だってさ、フロリゼル。まあ、そんなに思い詰めなさんなって。お前が自分で領民を救出したかったのはわかるけどさ、やってくれた人がいて、その人のおかげで助かった人たちがいるんだったら、素直に感謝しようぜ。それで、領民の恩人にお礼を言おうぜ」
「ああ、それは勿論。神使様、領民を助けてくれたのは誰なんですか」
「んー、そうねえ、まあ、あんたが直接会う機会があったらそのときに教えてあげるわよ、この人がその人だよって」
「何でそんな言い方するの?今教えてあげればいいじゃない」
私が指摘すると、ホリィは少し歯切れが悪い口振りで、
「まあそうなんだけどさー、今ここで教えたら、きっとフロリゼルはその人に礼を言いに行くでしょ?そしたら、向こうは何でその話が漏れてるんだって言い出して、きっと私が漏らしたってことがばれて、あんまりこの件をいろんなところで言うなってこの件を管理してる神使から文句を言われそうでさー」
「他の神使も関わってるんだ」
「まあね。いけすかない奴だけど。何と言っても、私の羽衣を真似してそれ用の神具を作ったんだから」
「仲が良くなさそうねえ」
「まあ、神使は別に他の神使と仲良くしなきゃいけないってわけじゃないから、向こうから文句が来ても別に構わないんだけど、それでも面倒くさくなるのは必定だもの。だから、実際にフロリゼルがその恩人に会ったときに、私がついうっかり口を滑らせたっていう体で教えてあげるわよ。それならまあ、文句も最小限になるでしょ」
本当かなあ、そうなるかなあと私は思ったが、ファラーグ先輩は軽い調子で、
「了解しました。フロリゼルもそれでいいよな?ただ神使様、実際にその人物が行きそうな場所にフロリゼルと神使様が居合わせないとならないわけで。どこに行ったら会えそうですか」
おお、実際的な話だ。
ホリィは言った。
「まあ、今度のストームの解放には同行するでしょうね。ストームを元に戻すには、隔絶の原因であるレオナルドの装置をいじらないとならない、そのためにはあの中に入らないといけないから、それが確実にできるとわかっている人間の参加は必須でしょ」
「レイ」
ホリィの説明をきいて、ガリエス先輩はファラーグ先輩を見た。ファラーグ先輩は肩を竦めてみせた。
「わかってるって。ちょっと伝手を当たってみるよ」
当たってみるってどういうこと?まさかガリエス先輩はストームに行こうとしてる?




