112 守られてばかりは嫌だ(マリちゃん視点)
話の流れは111話から113話に続きます。この話では、後の話に繋がる能力の話が出てきます。
今、私は王宮の治癒術師長の部屋にいる。
本来なら今週は王宮に行くことになってはいない。でも、朝、おじいちゃまの家に王宮からの先触れがあり、王宮に行くことになった。
そして案内されたのはいつも行く治癒術師の詰め所ではなく、治癒術師長の部屋。それだけでも普通ではないのに、治癒術師長の部屋には前治癒術師が来ていて、私は緊張した。
前治癒術師長には、修行で王宮に来はじめた最初の日にお会いしている。おばあちゃまよりも年上の女性だ。ほっそりとしていて、くぼんだ眼窩にある澄んだ目も、深い皺も、ただそこに座っている佇まいも、何もかもが気品と静寂に満ちている。
引退した後は大事が出来したときだけ呼び出しを受け、意見をきくことになっている、ときいているのだけど、今日はどうしたのだろう。
「いつまでもそこに立っていないでこちらに来なさい」
現治癒術師長が私に言う。おばあちゃまより少し年下くらいの年齢の女性で、きびきびした感じの人。私はこの人の物言いが少し苦手だ。悪い人ではないのはわかっているのだけど。
現治癒術師長に言われて、前治癒術師長のはす向かいの席に座る。
「久しぶりですね、リーヌ・フォロさん」
前治癒術師長がふんわりとほほえみかけてきた。私は挨拶をする。
現治癒術師長はそれを見届けると、待ちかまえたように話し始めた。
「それで、先ほどの件ですが。このリーヌ・フォロを派遣しようと思います。派遣が見込まれる人形師の中に知人がいますし、身柄の安堵についてお願いできるのではないかと」
「そうかもしれないけれど、この子は見習いですよ。現状、極みの癒しの力を使えるのは私かこの子しかいないのは確かですが、何が起こるかわからない場所にこの子を派遣するのは違うでしょう」
「それでも、貴女を行かせるわけにはいきません。転移陣を使って行くにしても、行った先でどのようなことが待ちかまえているかわからないのですから、貴女の体が耐えられるか」
先代が高齢で、病も得ていることは話にきいている。
私は事情がわからないながらも、訊ねた。
「あの、一体何でしょうか。お呼びだときいて参ったのですけれど、何か問題が……?」
「貴女に、行ってほしいところがあるんです」
現治癒術師長が言う。
「そこでは貴女の力が必要になります。出発は来週の星の日です。任務が完了するまで何日かかるかわかりませんが、その間は出席扱いにするようこちらから学院に話しておきます」
「アレッシア、そんな一方的に話すものではありませんよ」
先代がやんわりと窘める。
でも、私は言った。
「大丈夫です、先代様。私の力が役に立てるのなら、任務を引き受けます」
「そんなことを軽々に言うものではありませんよ。今回貴女に求められているのは、極みの治癒の力です」
「それは、どこかにそれほどまでにひどい病や怪我に倒れた人がいるということなのでしょう?」
「違います」
「違うわ」
先代と当代とが揃って言う。
先代が少しためらいがちに言った。
「貴女も知っている通り、極みの治癒の力を使うと、死にかけている人間を回復させることができると同時に、副作用が出る場合があるでしょう」
「貴族相手だと、回復後に魔法を使えなくなるということですよね」
「そうです。王宮は、この力をその副作用目的で使おうとすることがあるのです。今回もそうです」
「先代、そう言いきるのはどうでしょうか。今回、我々への依頼は、極みの治癒術を使ってけが人を癒すことです」
当代が言うが、
「それが額面通りの意味ではないこと、貴女もわかっているでしょう。彼らの真の目的は」
「サーシャ様、それ以上は控えてください。リーヌ・フォロの任務遂行に差し障りが出るかもしれない」
「大丈夫です、治癒術師長。何か知っておくべきことがあるのなら、私は知っておきたいです。先代、話してください」
私はまっすぐ二人を見て言った。
私は、蚊帳の外なんて嫌だった。これまで、いつも私は蚊帳の外で、何か事が起きて初めていろんなことを知らされて、何もできない自分に歯がゆさを感じさせられていたた。
六年前、魔法使いに襲われたときはシホちゃんとクラリィお婆ちゃまが守ってくれて、何が起きたのかきちんと知らされたのは随分時間が経ってからだった。シホちゃんは、襲ってきた魔法使いを撃退して体の傷が癒えた後もずっと精神的な傷と戦っていたのに、私はほとんど何にも煩わされることなく。
ハーヴェロイ王子の件だってそうだ。継母や伯母が影で動いていたのを私は最後まで知らなかった。間一髪で明るみに出て、シホちゃんやジェニファのお兄さんたちの尽力でなかったことにされたけれど、それも私は関わらないままで話が進んでいった。
いつも、誰かに守られてばかりだ。私は今後フォロの家から離れて生きていかないといけないのだから、自分で考えて自分の身を守れるようにならないと。
そのためには、蚊帳の外に置かれたままでは駄目だ。
当代が言った。
「貴女に行ってもらうのは、ストームという土地です。国境沿いにある小さな地域で、かつてはガリエス侯爵家の領都がありました」
「今はないのですか?」
「ガリエス伯爵領ではあるのだけど、人が住むには適さない場所になっていて。王宮はそこを復活させるつもりです。その際にけが人が出るかもしれないので、その治療に当たってほしい、というのが王宮からの要請です」
「わかりました。準備をします」
言いながら、私は内心で首を傾げていた。話をきいた限りでは普通の依頼に思えるけど。
先代は首をゆるゆると振った。
「リーヌ・フォロさん、王宮は、王宮の指示によってあなたが極みの治癒の力を使うことも要請しています」
「えっと……、王宮の指示がなくてもそれが必要なら使いますけど」
私は小首を傾げる。ますますおかしい。さっきから当代も先代も当たり前のことしか言っていない。
先代はほほえみながら私に言った。
「その考え方で進んでいけるのなら結構です。貴女は正しい。貴女は貴女の考える道を進みなさい。そして、王宮に逆らってはいけません。何よりあなた自身の命が大事ですからね。事が終わった後、迷いが出たら私のところに来なさい。話をしましょう」
そう言う先代は寂しそうに見えた。




