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110 またまた王族と会う

 その場は騒然となった。部長を呼びに行こう、とか、ダリルム先生でなくてもいい、誰か学院に残っている先生を呼ぼう、とか声が上がり、実際に数名が走っていった。

 さっきまでガリエス先輩や私にラヴィの体の見張りを押しつけようとしていた先輩たちは、何故か私たちに切れてきた。

「お前たちのせいだぞ!お前たちがさっさと見張りにつかないから」

「そうよ。どうしてくれるのよ」

 いや何でだよ。お前らもここにいただろうが。

「先輩方、それは苦しい言い訳ではありませんか」

 ジェニファが横から割って入った。先輩たちはジェニファを睨みつけるが、ジェニファは怯まない。

「魔法部の多数が見ている前でラヴィの体は消えたんです。誰に責任があるのかと言えば、魔法部全体の責任です」

「ラウトゥーゾ、お前もその中に含まれるだぞ」

「勿論です。もしラヴィの体が良くないものの手に渡ったのでしたらその責の一端を負う覚悟はあります」

「その言葉、忘れるなよ!」

「そこの平民、あんたもよ!」

 子爵家出身の先輩が加勢するように言う。私はため息をつきながら、

「いいですよー、もしラヴィの体が悪い状況に陥っていたら、ですけど」

「何よ、その余裕綽々な態度は!」

 先輩は魔法で氷の塊を発生させると、それを私めがけてものすごい速さで飛ばしてきた。反射的に亀の甲羅を張って氷を防ぐ。

 マジか、こいつ人間相手に魔法を使ってきた。

「えっと……、先輩、自分が何やったかわかってます?」

「ええ。人間相手に魔法使ったわよ。でもだからどうしたの。あんたは防いだじゃないの。だったら問題ないでしょ」

 相手を見てやったらそれでいいってことないだろ。

 とそのとき、中庭が明るく照らされたと思うと、中庭を囲む建物の上の階から声が降ってきた。

「何をやっているんですか」

 聞き覚えのある声だと思って見上げると、神々の宴の出席者の一人、ライゾール侯爵令息が窓からこちらを見下ろしていた。  

 魔法部の面々の表情が少しばかり強ばる。私の後ろまで来ていたマリちゃんが囁き声で教えてくれた。

「ここにいる人たちって伯爵家以下の家の出の人しかいないから」

「あー、なるほど」

 ライゾール侯爵令息の姿は窓辺から消えたが、彼が発生させた光は消えずにゆっくりと中庭に降りてくる。どうやら彼はこちらにくるらしい。

 魔法部の面々は顔を見合わせていた。そうしているうちに侯爵令息が中庭に姿を現す。一人だけではなく、女性が一緒だった。三十代から四十代くらいで、服装はドレスだが肌の露出はほとんどなくかっちりとした感じのデザインだ。ただ、生地がとてつもなくよさそうな感じが、魔法の光を受けた照り返しの光沢でわかる。

 二人に続いて帯剣をした一見して騎士とわかる男女が六名ほど中庭に入ってきた。

 魔法部の面々は戸惑った様子を診せていたが、すぐさま侯爵令息が一喝した。

「ルリア第四王女殿下である。敬意を」

 瞬間的に、魔法部の部員たちは礼を返した。男子は、胸に手を当てる敬礼を、女子はカーテシーを。

 敬意を、と言われても私は反応できず、マリちゃんを含めた他の生徒たちの対応を見てこれは出遅れた、と焦って後に続こうとしたが、第四王女殿下が声を発した。

「ここは学院。そのような堅苦しい礼は不要です」

 言われて、生徒たちは姿勢を元に戻した。

「マツカサリュウの様子を見に来ましたが。どこにもいないようですね」

 部員の誰もが顔を見合わせ、誰も話さない。

 第四王女殿下はガリエス先輩を見て、

「そなた、ガリエス伯爵の弟ですか」

「は、はい。フロリゼル・テウル・ガリエスと申します」

「その髪、その顔ですぐにわかりましたよ。サイモン、彼はどのような生徒ですか」

「魔力の制御が精緻で、とても優秀な魔法使いです」

「そうですか。フロリゼル、そなたは父親や長兄に似ているのですね。私はマツカサリュウに会いに来たのですが、ラヴィはどこに行ったのですか。……ああ、ここで立ち話もなんですから、学院に言って部屋を用意してもらいましょう。フロリゼル、誰か同席した方がよい者は他にいますか?」

 ガリエス先輩は私を見た。えー、王族と話さないといけないの?という私の思いなど関係なく、

「シホ・アリス・ゼンを。彼女は魔素術科ですが、神々の宴の出席者に選ばれています」

「そのような者がいるとはきいています。わかりました。それでは、あなたとその者以外はこの場を去りなさい」

 魔法部の部員たちは誰も異論を唱えることなく歩き去っていった。ジェニファも、マリちゃんも。マリちゃんは立ち去る直前に私の手を素早く取ってぎゅっと握ってくれた。私も握り返す。ジェニファはそんな私たちを見ていたが、マリちゃんが私から離れると、マリちゃんを促すように頷いてみせ、二人で去っていった。

 去っていった学生は、ジェニファとマリちゃんが最後だった。第四王女殿下が私に声を掛けてきた。

「仲がいいのね?」

 私は第四王女殿下の視線から二人をかばうような位置に立って言った。

「はい。優しい子なんです」

「そう。一緒にいた魔法科の子もあなたの友だち?」

「はい。とてもよくしてもらってます」

 そう、と唇だけ動かして第四王女殿下はほほえんだ。その笑みに何か嫌な感じがするなあ、と思いながらも私はそれが何なのか見極めようと相手を凝視した。向こうは私の視線を受けても咎めることなく、うっすら微笑んだ。身内だけあって、あの顔だけ王子とどことなく似ている。

 第四王女殿下は第三王女殿下の妹で、独身だ。第三王女殿下とは少し年齢が離れていて、四十になったばかりといったところだった筈だ。ずっと前に第三王女殿下からきいた話では、さっぱりした気性の第三王女殿下とは少し合わないのだということだった。

 あの第三王女が言いにくそうにしてたから、きっと一筋縄ではいかない人なんだろうなと思っていたのだ。

 ちなみに、何で第三王女がそんな話をしたのかというと、私にきょうだいはいないのか、という話になり、きょうだいがいたところで仲が良くなかったら意味がないのでは、と返したところ、それはそうだ、と第三王女殿下が少し愚痴のようにこぼしたのだった。第三王女には子どもが二人いて、彼らは仲がいいけれど、自分自身は姉や妹とうまくいっているわけではない、と。そのときの話では、第一王女殿下は常に高い位置にいるような態度をとる人で、すぐに相手に親身になる性格の第三王女とは合わず、第二王女殿下はすぐに被害者づらをする人で独立不羈を旨とする第三王女殿下とは合わず、第四王女殿下は第三王女殿下曰く「ねっとり」した性格をしていて、さっぱりした性格をした第三王女殿下とは合わず。国王である父親とは仲が良いから救われているんだけど、ということだった。

 で、その「ねっとりした」性格の第四王女殿下は何故かマリちゃんたちから視線を外さないままでガリエス先輩に話しかけた。

「それでフロリゼル、ラヴィのことなのだけど。どうして隠れているのかしら?気配は感じられるのに、体まで消えてしまって」

 言いながら、第四王女殿下を中心に光の輪が発生する。それが何かわからず、私は思わず亀の甲羅を私の前面に展開した。

 それを見て、第四王女殿下が小さく笑う。

「平民ではこれが何かはわからないわよね」

 言いながら、光の輪を広げた。それは私やガリエス先輩、ライゾール先輩やその他のおつきの人たちをすり抜けていった。

「大丈夫だ、アリス・ゼン。今のは探査魔法だから」

 ガリエス先輩が私に声を掛けてくる。魔法を使われて私が反射的に王女殿下を攻撃するとでも思ったのかな。しないってば、そんなこと。第一、亀の甲羅は展開済みなんだし。様子を見させてもらいますよ。 

 私の後ろでホリィが小さく呟く声がする。

「なんか嫌らしい感じの術式ねえ。あらゆる魔法を暴いて解術させるなんて、こんなところで使ったら影響が出るでしょうに」

 言っているうちに、遠くで何かが軋んで壊れる音がした。王女殿下の後ろに控えていた騎士の一人が言う。

「殿下、その魔法は控えていただけますでしょうか。ここはいろいろな魔法の仕掛けがされていますので」

「問題ないわ。どうせレオナルドが作ったものは無傷で、それ以外のものなら私の個人資産で直せるでしょう」

「しかし」

「そんなことより、そこの一年生。アリス・ゼンとかいったわね。その魔素術を解きなさい。そのせいで、私の術がうまく通らなかった場所があるの」

「お断りします。これは私の保険なので」

「王族の命令を拒否するの?」

「この術は専守防衛、平民の側が犯罪者といったことがなければ、あらゆる魔法使いの前でその使用を認められているものです」

 王女殿下は眉を顰めた。

「学のある平民の嫌なところね。余計な知識ばかり身につけ、使ってくる」

「王女殿下」

 後ろの騎士が窘めるように声を掛けると、王女殿下は小さく息をついて、

「わかっているわ。それで、そこの娘、私がきいた話ではそなたには神使様がついているということだったけれど。神使様に願ってラヴィの居場所を教えてもらうようにできないかしら」

 どう答えたらいいかわからず沈黙していると、明るい声が中庭に響いた。

「ルリア、相変わらす意地が悪いよね」

 元のあの大きな体に光を纏ったラヴィが空から降りてきた。 

「相手がどう答えたらいいかわからないような訊き方とか頼みごととかしてさ」

「久しぶり、ラヴィ。昨日、あなたに異変があったときいて調べに来たのだけど」

「それってルリアの仕事じゃないよね。何してんの」

「私たちにもいろいろあるのよ。それであなたはどうなってたの」

「シホに会えると思っていつもの山に行ったのにいなかったから、ちょっと抜け出して会いに行ってただけだよ」

「シホ……?」

 首を傾げる第四王女の前で、ラヴィはゆっくりと私の後ろに降りてくると、私の頭に顎を載せてきた。

「この子がシホね」

 第四王女は私を眇めて見る。

「この娘がいれば説明に事足りるとフロリゼルが言ったのはそういうこと?」

「まあね。僕がこっちにいたのも、シホがここにいる筈だってわかってたから。それだけのことなんだよ」

「先ほど体を消して見せたのは?」

「あの魔法部の子たちがシホに意地悪を言ったからだよ。僕の体を見張れって。シホにそんなつまんないことさせられないもん。だから体をなかったことにしたの。そうしたら見張りなんてしなくてすむでしょ」

 第四王女殿下は深くため息をついた。

「あなたが何かをすると人間たちがいろいろ動かないといけなくなる、と昔に言ったことがあるの、覚えていないかしら」

「覚えてないねえ。こんなこと、昔だってよくあることだったじゃない?キーシアが学院にいた頃なんてもっといろいろ遊んでたよ」

「それが当たり前だとか許されたことだとか思わないでもらえる?」

 王女殿下の言葉に対し、平坦な調子でラヴィは言った。

「別に、君たちに許してもらう必要なんてないけど」

 それと同時に辺りの気温が下がった感じがした。王女殿下の顔色が心なしか青ざめている。

「……とにかく、あまり奔放にしないで。少なくとも、あなたに関わっている人間の誰かはあなたの行動を把握しているようにしていて頂戴」

「いいよー。じゃあこれからはシホが僕の連絡係ねー」

「はああああ?」

 思わず私は声を上げてしまった。ラヴィが私の頭の上から顎を上げ、代わりに私の顔を覗きこむようにして言う。

「あ、シホ、嬉しい?嬉しいでしょ、僕と遊んでいても叱られなくなるんだよ?」

「いや、そういうことじゃなくて」

「ラヴィ、アリス・ゼンにはそれは荷が重い」

 ガリエス先輩が私の傍にまでやってきて、ラヴィの至近距離で目をのぞき込みながら言った。

「アリス・ゼンは魔素術科で、マツカサリュウとの交流はあり得ない立場の生徒だ。そんな生徒の傍にマツカサリュウがいるのは、学院としては認められないだろう」

「だから何ー?ていうか、シホのことはシホって名前で呼んでよ。そもそも君とは話してないんだから。僕はシホと今話してたの」

「ラヴィ、フロリゼルの言うことは尤もよ」

 第四王女殿下が声を掛けてきた。

「あなたの意思は尊重したいけど、それだけでは駄目だわ。その女生徒は勉強をするために学院に来ているのだし、あなたの相手だけをしているわけにはいかない」

 第四王女殿下の言葉に、私は何度も大きく頷く。ラヴィは拗ねたような口調で、

「じゃあどうすればいいのさ」

「窓口は今まで通りダリルムにさせて。その娘とはなるべく会えるようにするから」

 いや、そんなこと勝手に約束すんなよ。私の自由時間は?自由意思は?

 ラヴィはふいっと横を向いた。

「嫌だ。ダリルムって面白くないんだもん。ねえ、キーシアは駄目なの?怪我も治ったんでしょ?」

「姉様は駄目よ。いろいろと忙しいんだから。何だったら、私があなたの窓口に」

「嫌だ。ルリアはきっといろいろ文句言ってシホに会えなくしそう。もしルリアが連絡係になるなんて言ったら、全部無視してやるんだから」

 そう言ってラヴィは短い尻尾で地面を叩いた。土埃が辺りに舞う。

 ライゾール侯爵令息が言った。

「それでは、私が連絡係になりましょう」

「嫌だ。今だってお前はルリアの腰巾着みたいだし。僕が内緒でシホと話したいとか、そういうのもすぐばらされそう。それに、魔法の感度も普通っぽいし」

「私は、今年の一年生の中では魔法の成績は二位です」

「学院の成績と魔法の感度は別だよ?んー、そうだなあ……学院の生徒から選ばないといけないんだったら、こっちの彼がいいよ」

 ラヴィはガリエス先輩の頭の上に顎を置いた。

「魔法の感度もいいし、腕前だって文句ない。それにいろいろ苦労事に巻き込まれてそうで、話をきくの、面白そう」

 先輩は目を見開いて固まっていた。うーん、その驚きは何に起因するものなのかなあ?ラヴィの連絡係に指名されたこと?それとも、苦労してそうだから選ばれたんだってところ?両方ありそうだけど。

 第四王女殿下は凛とした声で言った。

「それでは、フロリゼル・テウル・ガリエス。そなたをラヴィとの連絡係にします」

「シホもだからねー!僕はシホとも話すんだから!」

 ラヴィの言葉に第四王女殿下も誰も異論を挟まず、何だか決まってしまった。

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