109 賑やかなお客様
「ラヴィ……?あんたが?」
私は発言した当の本人を見つめた。ラヴィの小型版と言ったが、ラヴィと同じ顔をした頭部は首の付け根までが木でできていて、そこから先は前世でいうところの鯉のぼりみたいな布でできていた。
というか、これ、どこかで見たことあるような?
「ラヴィ、ひどいよ、僕も何するんだって思った!」
カクカクと首を振りながら、シュルが言った。そう、シュルが。
「シュル?」
「そうだよ。おはよう、シホ。調子はどう?」
言いながら、シュルは私の肩の上に飛んできた。ラヴィは机の上に浮かび上がりながら、
「シホ、昨日は何で来なかったの?僕、シホに会えると思って楽しみに遊び場まで行ったのに、他の子たちしかいなかったから、抜け出してここまできたんだよ?それでもなかなかシホには会えないしさー。この神使たちの気配がなかったら、本当に会えないかもしれなかったんだよ」
ラヴィは少し文句を言いたい様子だった。が、こちらからすればそれは言いがかりみたいなものだ。それに。
「先輩たちがラヴィのこと探してたわよ?戻らなくていいの?ていうか、体はどうしたの?そんなに小さくなっちゃって」
「抜け出してきたんだよ。あの大きな体、短くなってから飛びづらくて邪魔だったからさ」
「そうなんだ。ごめんね、新しい鱗の数は大体揃ったんだけど、鱗を移植する人形師の都合がまだ決まらなくてね」
馬鹿げた話だが、この段階になって、ラヴィの修復の最終段階を引き受けたい、と言ってきている上師がいるらしい。
婆ちゃんはそれをはねのけているけど、向こうも組合長に直談判してきていて、なかなか決着がつかないのだそうな。
ラヴィは私の手にしっぽを巻き付かせながら、
「いいよー、宴までに完成させてくれれば。宴のときには万全にしてシホを助けたいからね」
「え、ラヴィ、まさか宴に出るの?そういうのってありなの?」
「ありだよ。僕はもともと宴に出られるんだから」
ラヴィが心なしか威張って言うのに対し、ホリィは苛ついた様子で、
「そんなわけないでしょ。勝手に宴に干渉しようっていうんなら、神々に言ってそうできないようにされるだけよ」
「そうかな?今回、あの人たちにはそんな余裕ないと思うけど。……まあ、安心してよ。僕も邪魔はしないからさ。シホみたいな子が出席したらどんな感じになるのかなー、って興味があるだけなんだ」
「私みたいな子、って魔素術師が、ってこと?それってそんなに大層なこと?」
「んー、魔素術師云々っていうのはちょっと違うかなあ。魔素術師なら誰でもいいって訳じゃなくて。シホだからいいんだよ。シホみたいに世界との繋がりが切れてる子がね。しかも、花ダイスも持ってるでしょ」
私はきょとんとしてしまった。世界との繋がり?花ダイス?何のことだ、それは?
私が反応できていない傍で、ホリィが私に言った。
「世界との繋がりってのは、生まれたときにはみんな持ってるんだけど、でも強力な力を放出したり、強力な力を世界から加えられたりしたら切れたりするもんなのよ」
「じゃあそんなに珍しいことじゃないんだ?」
「珍しいんじゃないかな。今までたくさんいろいろな人間に会ってきたけど、シホが二人目だったからね」
ラヴィが言う。
「えっと……それじゃ何で私は世界との繋がりが切れてるの?」
「さあ。僕が初めて会ったときにはもう切れてたし。でもそれってどうでもよくない?僕にとっては世界との繋がりがない子に久しぶりに会ってとっても嬉しかったんだ。この世界と繋がってる子たちって、悪くはないけど自由じゃないんだよね。どうしても魂の動きがそっちに引っ張られちゃう。そんな子が神々の宴に行っても、繊細な役目はできない」
そこまで言って、ラヴィは口を噤んだ。何やら耳を澄ましている様子だったが、やおら、こう言った。
「シホ、ちょっとついて来てほしいところがあるんだけど、いいかな」
「え?いいけど、でも他の人に姿を見られたらまずいんじゃない?」
「大丈夫。現地まで空間を転移するから、誰にも見られないよ。そっちの神使も一緒に来てよ。神具の力を借りないといけないし、いざというときの守りを考えたらシュルの能力は不可欠だ」
「何があったの?」
ホリィが静かに訊く。
対して、ラヴィも静かに返した。
「魔がこの学院に現れた。それを追い払う」
その場が緊張で満ちた。
ホリィがラヴィに訊く。
「あんたがこの学院の空間を支配してるんじゃないの?」
「いやー、気が緩むとそういうこともあるよ。じゃ、行こうか」
ラヴィはそのまま転移陣を展開させた。独特の水色の光が辺りに満ち溢れる。
「こういうやり方の方がシホには馴染みがあるだろうからね。本当はこんなことしなくても、いきなり目的地に行くことはできるんだけど」
ラヴィの言葉が終わる前に、辺りの景色は別な場所に切り替わっていた。
それは、小さな中庭だった。初めての場所だけど、傍の建物が間違いなく学院のものだった。
そしてそこには、ガリエス先輩が蛇の形をした小さな黒い影と対峙していた。ガリエス先輩の後ろには、ファラーグ先輩が血を流して倒れている。
更にその後ろにはラヴィの体が横たわっていた。
「お前?」
転移してきた私たちの姿を見るなり、ガリエス先輩が声を上げる。
私は黒い影に向かって蜂の群舞をぶつけた。影は後ろに下がる。
その隙に、私はファラーグ先輩に駆け寄った。
ファラーグ先輩は意識を失っているだけで、息はあった。治癒術でとりあえず傷を塞いでいく。
ガリエス先輩が肩越しに振り返りながら、
「助かった。すぐにでも手当をしたかったのだけど、あれの相手から離れられなくて。でも、どうしてここに?」
「僕が連れてきたんだよ」
ラヴィがふよふよと前に飛んで出ながら言う。
「えっと……」
ガリエス先輩が戸惑った様子でラヴィを見る。
私は言った。
「先輩、これがラヴィです」
「え、これが?」
「そうだよー。ごめんねー、あの大きい方の体にはもうちょっと後で戻ろうと思ってたんだ。まさかこれを狙ってくる奴がいるなんて思わなかったんだよねー。こんなもの、手に入れても何の役にも立たないのに」
「本当、しっかりしてよ。あんたが学院の空間を支配してるから変なのは近寄ってこない筈だったのに」
ホリィがラヴィに苦情を言う。ラヴィは明るい声で、
「シホと話せると思ったらうきうきしちゃって、つい気が緩んじゃったんだ。それでも、僕の影響力があるからあれくらいで済んでるんだし、感謝してほしいなあ」
「どうだか」
吐き捨てるように言うホリィに、ラヴィは平坦な調子で、
「それじゃ力を緩めてみようか?」
言った瞬間、猫くらいの大きさだった影が中庭を覆い尽くすほどの大きさになり、形も蛇だったのがたてがみがある龍みたいになった。
「わかった!わかったからラヴィ!」
亀の甲羅を反射的に張りながら、私は声を上げていた。シュルも、私が張った亀の甲羅の外側に光る障壁を張っている。
すると、巨大な龍の形をした影は元の小さな蛇の形になり、そのまま縮み続けてミミズほどの大きさになったかと思うと、そのまま消えてしまった。
「やっつけたの?」
「ううん。僕の圧に耐えかねて、僕の力との反発を利用する形で逃げちゃった」
「何で逃がしたのよ?今の、かなり大物でしょ。ここでやっつけていれば」
ホリィが行ったが、ラヴィは、
「ここでやったら、衝撃でこの町が吹き飛ぶよ?いいの?」
すると、ホリィは黙った。シュルが、
「もう今ここであの体に戻ったら?」
「えー、嫌だよ。一晩くらい、シホの部屋にお泊まりしたーい!」
「あー、うるさい」
突然小さい声が上がった。ファラーグ先輩が気がついたようだった。
そのときにはかなり傷がふさがっていた。血は完全には戻っていないから元通りとはいかないけれど、それでも命の危機は脱した。
「大丈夫か?」
ガリエス先輩がファラーグ先輩の傍に膝をつきながら訊ねる。
「ああ、何とか。……さっきのあれ、どうなった?ラヴィじゃなかってことでいいのか?」
「ああ。ラヴィならここにいる」
ガリエス先輩が、私の傍に浮かんでいたラヴィを顎で示した。ファラーグ先輩は顔だけそちらに動かして小さく嘆息した。
「だよなあ。やっぱこういうのだよなあ」
「お前の直感が当たってたってことだな。安心しろ、さっきのあれは追い払ったから」
「追い払った?」
「そうだよー。僕ももう油断しないから、安心して寝てていいよ」
ラヴィが言うと、ファラーグ先輩は目を閉じ、寝息を立て始めた。
私はガリエス先輩を見た。
「そもそも、何で先輩たちがあれと対峙するなんてことになってたんです?」
「昼前にお前と別れてからもずっとラヴィの中味を探してたんだけど、見つからなくて。いい加減疲れてきたら、こっちの体の警備についてた部員から交代してくれって連絡があって。それで持ち場を替わってたんだよ」
「ラヴィの体を守ってたんですか?」
「当然のことだろう、こんな力の塊を放っておける訳がない」
「……もしかして、昨日からずっと、誰かがついていたんですか」
「まあな。ダリルム先生の指示のもと、魔法部は昨日からこの件で総動員されている。そうだ、ラヴィの中味が見つかったってみんなに知らせないと」
ガリエス先輩は手のひらに白く光る小さな魔力の玉を出現させると、それを宙に打ち上げ、花火のように弾けさせた。
「これで大丈夫。みんなに伝わる」
「いいんですか?あんなの勝手に打ち上げて」
「いいんだ。ラヴィの中味を見つけたらあれを打ち上げることに取り決めてある」
やがて、中庭に少しずつ魔法部の部員たちが集まり始めた。皆は流した血で汚れたまま眠っているファラーグ先輩を見た後で私がいるのに気付くと、ファラーグ先輩の治療をしてくれたのかと感謝の言葉を述べた。
とりあえず校医を呼ぼうと三年生が魔法で連絡をとる。まだ校医は学校に残っていたらしく、じきにここに来るとの返事だった。
「でも何でアリス・ゼンがここにいるんだ?」
先輩の一人が至極尤もな疑問を口にした。そのときにはラヴィもホリィもシュルも姿を消していて、私がここに出現したことの経緯を説明できる者はいなかった。いや、私が自分で説明すればいいんだけど、それもなかなか難しいよね。
「えっと……なんか変な気配があるなあって思って、それで移動してきたんですけど」
最小限の説明をする。それで通じるかなと心配だったが、やっぱりそうだった。
「変な気配って?そういえばさっき、こちらの方で妙なものが見えたが」
「先輩、それについてはダリルム先生に報告します。ここでは話せない」
「そうか。それで、ラヴィの中味はどこだ?さっきから見るが、どこにも見あたらない。見つかったから狼煙を上げたんだろう?」
ガリエス先輩は私を見た。姿は見えないが私の上着の裾をつんつんと引っ張る気配があったので、頷いてみせた。ガリエス先輩が言う。
「隠れているようです」
「ようです、って」
「大丈夫です。この近くにはいます」
やがてジェニファも走ってやってきた。何故かマリちゃんも一緒である。
私の姿を見るなり、ジェニファが言った。
「シホちゃん!どうしてここに?それに先輩も」
「あー、うん。いろいろあってね。あ、治療はしたよ?」
倒れているファラーグ先輩をのぞき込んでいるマリちゃんに私は言った。マリちゃんは少し首を傾げて、
「傷は塞いだ、ってところ?」
「うん。後は自力で治してもらったらいいかなって」
「そうね。もしくは、家についている治癒術師と話し合ってどこまで術で治すか決めればいいわ」
おお、なんか専門家っぽいなあ。
やがて校医がやってきた。ファラーグ先輩を診察し、すぐにファラーグ先輩をここから運びだすことと、侯爵家に連絡をとるように部員に指示を出す。そういえばファラーグ先輩は家から馬車で通っているから、家臣が玄関の辺りで待機している筈だよね。
部長をはじめとした三年生がファラーグ先輩が担架で運んでいくのを見送って、次は何があったかをダリルム先生に説明しに行くか、という話になった。でも、先生は既に帰宅しているとのころで、説明は明日にしようと決まる。
ラヴィの中味は見つかったが、体の見張りは続行される。部員のほとんどは家からの通学組で、見張りは寮生の部員がすることになっているらしい。
ジェニファもそれに組み入れられているのかな、と思ったが、
「私だと何かあったときに魔法を使えないからって免除されているの」
ジェニファが肩を竦めて言った。
「だってここ、狭いでしょう。私が魔法を使ったら絶対に建物に被害が出るから」
確かに。ジェニファは魔力が大きくて大火力の魔法を使うのは得意なのだが、小さく魔法を使うのは全然駄目だった。
「それにしても、何でマリちゃんがジェニファと一緒に来たの?」
「シホちゃんのお見舞いに行こうかなって思って寮に戻る途中でジェニファに会ったの。部活で探しものをしてるんだって話をきいてる最中に狼煙が上がったんだけど」
「狼煙の色に重傷者発生ていうのも含まれていたから、マリちゃんに一緒に来てもらうようお願いしたの」
「へえ、あの狼煙にそんな意味があったんだ。ガリエス先輩が、捜し物が見つかったって連絡したんだって言ってたんだけど」
「そうよ。それが主な意味ね。で、捜しモノはどこにいるの?」
「いやー、それがね」
言おうとしたときに、また私の上着の裾が引っ張られた。まだ隠れていいたいらしい。
「……いつもホリィがやってるみたいに隠れていたいみたいなの。この近くにはいるんだけどね」
「そっかー。残念。会ってみたかったんだけど」
話をしているうちに、家から通っている生徒たちも帰宅しようかという話になった。全員帰るとラヴィの体を見張るメンバーが少なくなるのでどうするか、という話し合いが始まった。
先輩の一人がガリエス先輩に言った。
「お前は昨日、見張りに参加しなかったんだから、当然今晩は参加しろよ。というか、お前一人で何とでもなるんじゃないのか」
伯爵家の二年生だ。うーん、あからさまな嫌がらせ、というかパワハラではないか。魔法部の三年生はしっかりしているけど、それ以外は駄目ってことかな?
ジェニファが抗議しようとしたが、それを遮るように子爵家出身の先輩が、
「そうよねえ。魔素術科の後輩に手伝ってもらってもいいんじゃないの」
そう言って私を見る。なんだ、嫌がらせか?
ガリエス先輩を見ると、無言だった。というか、表情に精彩がない。まあ、昨日の今日だもんねえ。疲れがとれていないか。私は昼抜きとはいえぐっすり休んだし、いいですよ、この喧嘩、私が買おうじゃないですか。
「わかりました。私がこの場を引き受けます。でも、一つお願いがあるんですけど。私がラヴィの体を守りきれなかった場合、私に役目を任せることにした先輩方がその責任を負う、と約束してください」
「何を馬鹿なことを」
鼻で子爵家の先輩が言う。私は腕を組み、その相手を睨んだ。
「そうでもしないと、こんな件、引き受けられないです。こちらは平民なんで、いつ何時いちゃもんをつけられて責められたりしかねないですからね」
「おい、アリス・ゼン、俺がやるから」
ガリエス先輩が言い、しかし次には、隣に誰かいるかのようにそちらに顔が向き、驚いたような表情をした。
あ、これは姿を消しているホリィかラヴィかシュルの誰かがガリエス先輩に何か言ったのかな、と察していると、私の耳元でシュルの囁き声がした。
「シホ、ラヴィが体を仕舞うって。シホにそんなつまんない仕事させられないからって」
私もガリエス先輩と同じく、シュルの声がした方へ驚きの表情とともに見た。が、シュルの姿はない。いつものように姿を消している。
魔法部の部員たちは、訝しげに、どうした、何かあったのか、等と口にしている。
と、次の瞬間、ものすごい光が中庭に溢れ、それが収まった次の瞬間、ジェニファが、
「ラヴィの体がなくなってる!」
と叫んだ。
確かに、先ほどまでラヴィの体があった場所には何もなかった。




