108 おかしな捜しもの
正直、朝起きたときはふらふらだったが、学院に戻らないと、という一心で学院に帰った。変な話だけど、家にいると神祇庁とかいろんな人が辺りをうろついている感じがして、安心できなかったんだよね。学院ならそういうことはないだろうから、調子が悪くて寮で休んでいても気が休まりそうだし。
そして、授業は三時限目の途中から休んだ。今日は木曜日だから、放課後に課外授業があるのだけど、どうするかなー。
学院の敷地を寮に向かってふらふら歩いていると、人目がなくなったからと姿を現したホリィが、あれは何してるの?と声を上げた。
ホリィが見ている方を見ると、ファラーグ先輩とガリエス先輩が低木の茂みをがさがさとかき回していた。
ファラーグ先輩がガリエス先輩に、
「おい、こっちで間違いないんだろうな」
「さっき探知したときにはこの辺りに気配があったんだよ」
ガリエス先輩の表情が普段とは違って少し険しい。
私はちょっとふらふらしながら、先輩たちの方へ歩いていった。
「こんにちは」
声を掛けると、先輩たちはぎょっとしたような表情になった。
「えっと……シホちゃん、なんでここに?」
問うてくるファラーグ先輩の声が少しうわずっている。
「いや、ちょっと調子が悪くて、今日はもう寮に帰るところなんです」
「やっぱり疲れが出たのか」
ガリエス先輩が心配そうにきいてくる。
「まあそうですねえ。昨日はいろいろありましたし。先輩は昨日大丈夫でした?今日、学校に来られたんですねえ」
「まあ、それは何とか」
「そうですか。それで、今は何やってるんです?授業中でしょう?」
「そうなんだけど、ダリルム先生から頼まれ事があって」
「ダリルム先生?」
「そうなんだよー。まあ、魔法部全員への頼みごとっていうか命令なんだけど、他の連中は役に立たないから、俺たち二人だけで動いてるってわけ」
茂みの奥に踏み込んでいたファラーグ先輩が声を上げる。
「頼みごと、ですか」
「そう。そうだ、シホちゃん、もしよければ手伝ってくれない?魔素術って、魔素の流れでどこに何があるか、把握できたりするんだろう?」
「まあ、できますよ、私なら」
魔素はどんな物にも存在する。それを感じ取ればいい。まあ、どこにどんな物体があるかわかるだけで、探し物がどこにあるかまで示してくれるわけではないのだけど、ファラーグ先輩は、
「さすが!」
喜びの声を上げた。が、ガリエス先輩が鋭い声で、
「おい、アリス・ゼンは調子が悪くて早退するところなんだぞ」
「そうかもしれないけど、一度だけ魔素術を使ってくれないかなって」
「それくらいならいいですよ。で、何を探せばいいんです?」
先輩たちは顔を見合わせた。ガリエス先輩がファラーグ先輩に言う。
「お前が説明しろ」
「あー、うん。そうなんだけどさ。何て言ったらいいか」
「何です?」
私が再度訊くと、ファラーグ先輩が言った。
「マツカサリュウを探してるんだ」
「ラヴィを?」
意外すぎるものを言われて思わず耳を疑う。
「いや先輩、ラヴィって大きいですよ?学院なんかにいるはずないじゃないですか」
「そうなんだけどさ、でももしかしたらいるかもしれないっていうか、さっきフロリゼルが魔法で探知したときには学院にいるって結果が出たんだよ。なあ、フロリゼル?」
「ああ。間違いない。マツカサリュウの抜け殻から魔力の跡がテッサ山脈から学院に跳んでいた。問題はその後なんだが」
「先輩、抜け殻って?」
私は思わず訊き返した。ファラーグ先輩が渋い顔で、
「あー、それがだな、昨日実は魔法部がラヴィの世話をするために召集がかかって。それで、いつもラヴィがいるテッサ山脈の向こう側に行ったんだが」
「え、ラヴィの体ってもう直ったんですか」
そんな話はきいていない。鱗はある程度揃ったが、それを植え付ける作業をしないといけない、とクラリィ婆ちゃんからはきいている。
「いや、治ってはないけど、飛ぶには支障はないっていうんで、いつものラヴィの縄張りで飛ぶことになったから、学院の生徒も一緒につきあってやるようにって指示があったんだ。それで魔法部にお呼びがかかって、俺たちはいつもラヴィと待ち合わせていた場所に転移陣で行ったんだけど、俺たちの姿を見た後、ラヴィがなんか興奮して辺りを滅茶苦茶に飛び回った挙げ句、光を放って、そのまま森の中に墜落して」
「墜落?」
「そう。落ちたんだよ。で、慌てて俺たちもラヴィのところに駆けつけたけど、あいつの体はぴくりともしなくて。少し時間を置いても変化がないから、死んでるんじゃないかって話になってな」
「死んだ?ラヴィが?」
私はホリィを見上げる。ホリィは私の視線に気付いて言った。
「そんなことあるわけないわよー。あんたもわかってるでしょ」
「じゃあラヴィは」
「あの体から抜け出したんじゃない?さっき、抜け殻がどうとか言ってたでしょ」
ファラーグ先輩は頷いた。
「ラヴィが全く動かないから、すぐに学院からダリルム先生に来て見てもらって。そうしたら、ラヴィの魂がいないって話になって、魔法部で探せって指示が出て」
「魂、ですか」
「そう。魂がないって死んだってことと同じじゃないかって思ったんだけど、そうじゃないらしいんだよな」
「そりゃそうよー。ラヴィの本質はあの体じゃないもの。それで、あんたたちはもしかしてラヴィの中味を探してるの?」
ホリィの問いに、ファラーグ先輩は頷いた。
「そうなんです。実は昨日、ラヴィの魂がいなくなっているとわかってからずっと、森の中を探したんだけど、見つからなくて」
「魔法を使っても無理だったんですか」
私が首を傾げながら訊く。
「まあ、そのときに来ていた部員の中で探知魔法をまともに使えるのは俺くらいだったから、人海戦術でやるしかなかったんだけど。俺の魔法の結果もちょっと信じられないものだったし昨日こいつがいたら随分状況は違ったんだけどなー」
ファラーグ先輩がガリエス先輩を見る。ガリエス先輩は肩をすくめて見せた。
「仕方ないだろ。いろいろあって」
「いいよ、さっきシホちゃんと話してるのでわかった。お前、何かややこしいことに巻き込まれてるんだろ。後でいいから話してきかせろよな」
そんなことを言われても、言ってもいいことなのかなあ、と私は思わずガリエス先輩を見た。先輩は私の視線の意味がわかったのだろう、
「話していいか、許可をとってから話す」
「何だよー、思わせぶりな。許可をとるって誰にだよ?ダリルム先生か?校長か?」
「神祇庁だ」
ガリエス先輩の言葉に、ファラーグ先輩の口元が歪む。
「それ……ややこしすぎる奴じゃないか。お前、大丈夫なのか?家の大事とかになってたりしないだろうな?」
「多分……大丈夫と思う。兄上が家の当主として王宮と話すって言ってたし」
「それ、全然大丈夫じゃないやつじゃないか。シホちゃん、どういうことになってるわけ?本気で教えてほしいんだけど」
「えっと……。何で私に訊くんです?」
「いや、昨日、家の用事でってフロリゼルが出かけた先にシホちゃんもいたんでしょ。俺、ラヴィに会いに出かける前に、アンリウォルズ家の馬車にシホちゃんがこいつと一緒に乗ってるのを見たし」
「……それって、いろんな人に見られてたってことですか」
「あー、魔法部の連中くらいかな。大丈夫、うちの部員はシホちゃんのことわかってるし。どうせアンリウォルズ先輩に、腕利きの魔素術使いとして護衛代わりに連れていかれたんでしょ」
「何でそんなことがわかるんですか」
「だって、前に先輩が言ってたのをきいたからね、シホちゃんは学院の中で考えられる限り最上の護衛だって」
「……知らなかった」
確かにアンリウォルズ先輩は度々そのようなことを言っていたが、まさかそれを既に公言していたとは思わなかった。
「でさ、本当に何があったの?教えてもらえない?」
「んー、多分、神祇庁が話していいって言うのを待ったらいいんじゃないですかね」
「へいへい。わかったよ。じゃ、さくっとラヴィを魔素術で探してくれないかな。魔法で探すのは限界みたいでさ」
「あ、さっきも何か言ってましたよね。ファラーグ先輩が魔法を使って探してみたけどけっかがちょっと信じられないものだったとか。ガリエス先輩も魔法を使って探したんですか?」
「ああ。今朝、朝一番でレイに頼まれてテッサ山脈にまで行ってラヴィを探査魔法で探したんだけど、そうしたら気配が学院にあって」
「俺が昨日探査したときもそうだったんだけど、信じられなくてさ。だって異変が起きて十分くらい後に使ったんだぜ?その時点でもう学院にいるなんて、あり得ないだろ」
「ラヴィが転移陣を使ったかもしれないだろう。ダリルム先生の探査魔法でももう昨日の段階で森にはいないっていうことだったんだし」
「そうだけど、あいつがそんなの使っているのを見たところないだろう?あいつはただ飛ぶだけで」
「俺たちの前ではそうかもしれないけど、それ以外のところではわからないじゃないか。時々突拍子もないところで目撃されたりしてもいるし。そもそも、お前がもっと自分の魔法の精度に自信を持って皆にちゃんと話をしていれば、昨日のうちに捜索範囲を学院に移せて、もうラヴィを見つけられたかもしれないじゃないか。それを、俺の探査魔法の結果と照らし合わせるまで待とうなんて考えるから」
「えっと、ガリエス先輩の探査魔法でもラヴィが学院にいるってわかったんなら、後は話は簡単なのでは?学院の中に範囲を絞って、それこそ魔法で」
私が言うと、ガリエス先輩はため息混じりに、
「そんな簡単な話じゃないんだ。探査魔法はいろいろな方法があるけど、俺が使ってるのは対象物の魔力の気配の探査と空間の記憶を読む、その両方で、その時々で組み合わせて使う。だが、今、ラヴィの魔力の気配は学院中に満ち溢れているし、空間の記憶を読もうとしても、何か映像に黒い線が沢山入って、はっきり見えないんだ。……学院中にラヴィの気配があるのは、多分、ラヴィの体をここで保管しているからだろうけど、でも空間の記憶が読めないっていうのは……」
「あー、そりゃラヴィは本気で身を隠そうとしてるわねえ」
ホリィが言う。
「あの子、今多分、この学院の空間を支配してるわよ。そのせいで誰も魔法で空間の記憶を読めなくされてる」
「それって、大丈夫なんですか。今、学院を良くないものが襲ったりとかしたら」
「大丈夫よ。寧ろ、いつもより安心してていいわ。あの子が支配してる範囲の空間の境界は、誰も侵入できないくらいにガチガチに固められてるってことだから」
それならいいけど。
「それじゃシホちゃん、魔素術でラヴィを探してくれないかな」
「いいですけど……先輩、ラヴィの今どんな姿形してるかわかります?」
「え?あ、いや、わからないけど。それって必要?」
「勿論ですよ。魔素術でものを探すときには、対象物の形がわかっていないといけないんです」
「魔法で探査するときにはそんなのいらないんだけど」
「そう言われても、無理なものは無理です」
最終的には、ファラーグ先輩は諦めてくれた。ガリエス先輩に労られながら私は見送られ、寮の部屋に戻った。
昼の食事はどうするかと寮母に訊かれたが、しんどくて食べられそうになかったので、断った。
そして、部屋に戻ると、すぐさまベッドに倒れ込み、眠った。
そう、眠った。ただそれだけだった。夢を見ることもなく、次に目が覚めたときには部屋は外からの光で茜色に染まっていた。
そして、ギャピギャピと賑やかな声が聞こえた。
何だろう、と思いながら声の主を捜す。
部屋のテーブルの上で、シュルと、ラヴィを小さく縮めたような人形が向かい合っていた。シュルがクウィウィ、と鳴くと、ラヴィの小型版みたいな人形が、キシュキシュ、と鳴く。
そして二人の上に浮かんでいたホリィが私を見た。
「あ、シホ、気がついた?」
ホリィが真っ先にベッドの上に飛んできて、その後にラヴィの小型版とシュルとが続いて飛んでくる。
「おはよう。今、夕方?」
「うん。さっきマリが様子を見に来たけど、寝てるからって言って帰ってもらったわ」
「そっか。……で、そっちにいるのは、何?」
私はラヴィの小型版を見る。と、それが天を仰ぐなり、
キィィィィィ!!
と脳天を突き抜けていくような声を発した。
思わず両耳を手で塞ぐ。頭痛と耳鳴りが暫く残り、それが収まったと思えてようやく両手から手を離した。
「何、今の!うるさいんだけど!」
「だってああでもしないと、シホとお喋りできないでしょ」
聞き慣れない声が聞こえた。小さな子どもみたいな声。
私は声の主を捜して部屋を見回した。が、いるのは、ホリィとシュルとラヴィの小型版だけだ。
私はホリィを見上げた。
「今の声って、何」
「あら、聞こえたんだ?無駄じゃなかったわねえ、ラヴィ。聴覚だけに魔力の受容能力をつけるなんて無茶だと思ったけど」
「だから言ったでしょ、シホは感覚的には目覚めてるんだから、通じさせるのはそんなに難しくないって」
私はラヴィの小型版を見つめた。それは大きく頷いた。
「そう、僕だよ。ラヴィだよ」




