107 狙われた理由
世界の再現。何じゃそりゃ。
ルートヴィヒは淡々と言う。
「魔は世界の消滅を願っており、そのために動いています。ユゲリアが貴女を狙ったのは、もしこの世界を消滅させることができたとしても、貴女がいることで世界が復活するかもしれないと考えているからです」
「何で私がいるとそうなるんです?」
私の頭の中は疑問符でいっぱいだった。ルートヴィヒは少し困った様子で、
「それは私もわかりません。ただ、ユゲリアは途中から貴女のことを気にし始めていました。私と一緒にいたからかもしれませんが、ユゲリアはガリエス家のことを気にかけていて、しょっちゅう遠視していましたので、ユゲリアは貴女の存在を知っていたのですが、それまでは何とも言ってはいなかった。ただ、途中から……そうですね、ユゲリアがモノルムから戻ってきた辺りから貴女のことを気にし始めました」
「それって、直接会ったからでは?」
「モノルムではユゲリアはいろんな人に会いましたよ。そこのタロスくんにも会いましたけど、特にそちらには興味を惹かれたようではなかった」
「俺のことなんか、忌々しそうに言ってたからなあ」
タロちゃんは言う。確かに、モノルムで出くわしたとき、ユゲリアはタロちゃんに向かって憎まれ口を叩いていた。
というか、何であのときユゲリアはモノルムに来たんだろう?
私が疑問を口にすると、ルートヴィヒは言った。
「王族が集まっていると魔が動き出すんですよ。そこだけレオナルドが仕掛けた世界の守りが薄くなるのでね。ただ、あのときユゲリアが動いたのはそれだけじゃなくて、当時ユゲリアはモノルムのフォロ商会に罠を仕掛けていて。モノルム支店の社長の長女が奇跡のような治癒の力を使うときいて、その芽を摘むために。ついでに社長夫婦の邸宅に宿泊した人々を操れるようにするための仕掛けを施していたのに、それを破壊されて、破壊した張本人にやり返すために赴いたんですよ。結果は、貴女がたに退けられたわけですけれど」
「馬鹿ねえ、相手の戦力を考えずに突っ込んでくるから」
ホリィが軽く飛び回りながら言う。ルートヴィヒは少しばかり小首を傾げ、
「そうですね、でもユゲリアからすると人間を相手にするのに問題が起こるとは思わなかったのでしょう。神使がいても、ユゲリアからすると、この世界で神を気取っている連中の手下でしかないモノたちに遅れをとることはない、と」
「腹立つわねえ」
小刻みに揺れながら言うホリィに視線を配ってルートヴィヒは訊ねた。
「神使であるあなたは、なぜユゲリアがシホさんを狙うのか、知っているのではありませんか?あなたがシホさんと一緒にいるのは、それが理由なのでは?」
「知らないわよー。私がシホといるのは、事告げ様に命じられたからよ」
「事告げ様はどうしてあなたにそんな指示を?」
「シホが魔素術師として神々の宴に出るからよ。今度の宴には強力な魔素術師が必要なのだけど、今まで魔法使いばかり出てたでしょう?特権意識に凝り固まった魔法使い連中に害されないようにってね」
「そんなに貴族からの危害がひどいのですか?」
ルートヴィヒは私を見た。私は小首を傾げる。
「うーん、そうでもないかな。学院が配慮してくれてるし。魔法科の生徒からイヤな感じで見られたり陰口叩かれたりとかはあるけど、貴族が平民にとる態度からしたら、まあ普通かなって」
「まだそんなことをしている者がいるのか」
ヨハンが軽く憤慨したように言う。
「ジェニファによく見ておくように言ったのに」
「大丈夫よー。私が姿を消して学院を見回って、学院長とかの耳に入れてるからねー」
「それで学院側の配慮、か。わかった。ルートヴィヒ、君が知っているのはそれで以上か?ユゲリアがシホを狙っている、と」
「そうですね。ただ、ユゲリアだけが問題なのかはわかりません。もしシホさんが世界の再現を可能とする存在ならば、ほかの魔も放ってはおかないでしょうし」
「魔ってほかにどれくらいいるんですか」
「さあ。ユゲリアは、無数にいると言っていました。ただ、この国の守りに亀裂を入れられるほど力があるものはほとんどいない、ユゲリア以外だとあと数体ほどだと。ただ、それらの全てがシホさんを狙ってくるかどうかはわからないです。ユゲリアはこの世界の完全消滅をと考えていますが、他の魔はそうでもないようで。ただこの世界が脆くなっていくさまを見たいだけのものもいれば、一度破壊されてもまた復活するのならそれを相手にまた遊べる、と考えている者もいるようで」
「遊ぶ、ですか」
「ユゲリア以外の力ある魔は、この世界を壊す行為は遊びというか暇つぶしのようなものと捉えている者の方が多いようでしたよ」
「それって、やめてもらうことってできないんですかね……?」
だって迷惑じゃないか。
「無理なんじゃないですかね。だって楽しい遊びをやめる理由が向こうにはないですからね。あと、ユゲリアは人形の姿をとっていることもあって人間の言葉でやりとりができましたけど、他はそうとは限らないです。私も一体ほど直接会ったことはありますが、ユゲリアとは無言でやりとりしていました。後でユゲリアにきいたら、思念で会話をしていた、と」
「それはあり得ることだわねー。私たち神使なら何を話しているかきけるだろうけど」
ホリィが言う。私はホリィを見上げて言った。
「そうなの?魔法でなんとかなったりはしないの?」
「まあ、魔力はこの世界の力だからねー。魔にまでそれが及ぶかどうかは相手との相性次第じゃないかしら」
「そっかー。話ができたら何かが違うかもしれないのに……ね……」
急に眠気が襲ってきた。体に力が入らなくなってくる。
隣に座っていたタロちゃんが私の体を支えた。
「お前、もう休んだ方がいいんじゃないか」
「そうしたいけど、話ってもう終わったの?」
「終わりましたよ。貴女に伝えたいことは話しました」
ルートヴィヒが言う。
「貴女には世界の再現の可能性があって、貴女はユゲリアに狙われている。そのことを伝えたかったんです。ただ私としては、なぜ貴女にそんな可能性があるのかを知りたかったのですが、何か心当たりは?」
「そんなのあるわけないですよー。世界の再現とかって言われても。そんなのは神々の仕事でしょう?人間にそんなことできるわけないでしょう。ねえ?」
私はホリィを見上げた。ホリィは元気よく、当然でしょ!と答えた。うんうん、なので私にそんなことを言われても困るんですよ。
「えっと、私、学院に戻りますね。誰か送ってくれません?」
「俺が送ろう」
ガリエス先輩が名乗り出たが、クラリィ婆ちゃんが、
「今日は家に泊まればいい」
「でも、明日学校が」
「明日の朝、授業開始に間に合うように迎えをやるから大丈夫だ」
ヨハンが横から言い、私は安心して立ち上がった。少しふらついたけど、今度は立てた。
タロちゃんも立ち上がり、家まで送ると言った。
「いいよー、すぐ隣なんだし」
「そんなことを言って、その僅かの間に何かあったらどうするんだ」
「いや、何もないでしょ」
「ないとは言いきれんだろう。例えばこけて大怪我するとか」
「あー、それはまあ……」
それには反論できなかった。
私は大人しく家まで送られていき、翌朝はタロちゃんの迎えで学院に戻った。




