106 ルートヴィヒの驚きの発言
転移陣でクラリィ婆ちゃんの家の前に到着したのは、タロちゃん、私、ガリエス先輩とガリエス隊長の四人だった。
アンリウォルズ先輩は後処理のためにカフェに残り、ラナは学院に返された。学院のことはちょっとは気にならなくはなかったけど、アンリウォルズ先輩から学院に私のことは連絡しておく、と言われてとりあえず安心した。私が帰らないとマリちゃんが心配するかなと思ったが、それはどうしようもなかった。ラナはレイドール公爵家の使用人屋敷で家族と一緒に暮らしていて、そこから学院に通っているということだったからそちらに伝言を頼むことはできなかった。
クラリィ婆ちゃんの家の前には、男性が一人立っていた。平民っぽい服ではあるけど、貴族の佇まいをしている。警備かな?身のこなしに隙がなくて、それで貴族かという感じ。こんなところでは魔法はなかなか使えないから、きっと体術とか剣術とかに長けているんでしょう。
私が魔素術で宙に浮いたまま、ガリエス先輩の肩に捕まりながらふよふよとついて移動するのを、目だけ動かして凝視していた。まあ、妙な光景であることは認める。
いつもの婆ちゃんの家の土間、というか作業場に置かれた大きな木のテーブルには、婆ちゃんとヨハンとルートヴィヒがいた。入り口に一番近い場所にヨハンが座り、それに対するようにルートヴィヒが座っていた。婆ちゃんはちょうど台所からティーポットを持ってきたところだった。
「おや、来たかい。……何だい、シホ。自分で歩けないのかい」
婆ちゃんの言葉に、私の頭の付近を飛んでいたホリィが言った。
「言わないでやってよ。さっきユゲリアとの戦闘で魔法を使うのに消耗したんだから」
「そうかい、それならまあ仕方がないか。シホ、体調が悪いとか気分が悪いとか、そういうのはないかい?」
「ないよ。ちょっとだるくって歩けないだけ」
「大丈夫よ、クラリィ。シホは作り替えられたわけじゃないから。いやー、作り替えなくても羽衣をああいう風に使ったら変身できるなんて思わなかったわー」
「魔法を使うのに作り替えずに済んだんですか?」
ルートヴィヒが驚いた様子で声を上げた。私はちょっと怪訝に思ってルートヴィヒを見た。ルートヴィヒは心底驚いて固まっているように見えた。
婆ちゃんはそんなルートヴィヒを気にせず話を続ける。
「そういう道があるんなら早く教えてほしかったよ。そのことを考えただけでどれほど寿命が縮む思いがしたか」
「いやー、ごめんねー?私もそういう方法があるなんてわからなかったからさー」
「あの、すみません、作り替えないでどうやって魔法を?」
我に返った様子でルートヴィヒが話に割って入る。ホリィは意気揚々とした様子で、
「羽衣を完全に自分の体の一部に取り込んで、それで自分の体の表面を薄い殻みたいに覆って世界と繋がったのよ。まあ、そういう方法だからそのときだけの奇跡みたいな感じだけどね」
「それでは、完全に魔法を使えるようになったわけではない、と?」
「そうね。羽衣を使ってまた同じような状態になれば使えるけど」
「そうですか」
ルートヴィヒは黙って考えこみはじめた。私はというと、説明を求めてルートヴィヒだけではなくその場にいた全員の顔を順番に見たが、誰も何も言わなかった。
んー、何かおもしろくないなあ。会話をしている婆ちゃんとホリィとルートヴィヒだけでなく、ヨハンとタロちゃんも何の話をしてるかわかっている様子なのが引っかかる。ガリエス先輩は怪訝そうな顔をしていたけどガリエス隊長はそうでもなかったってのがまたね。
「とりあえず、椅子に座ったらどうだい。じきにリーシアとやらも着くだろう」
婆ちゃんの言葉に、私たちは席に着いた。何も言わずに黙って茶を啜る時間が続く。私は疲れていたし、茶のうまさにしみじみしてしまって喋ることもしなかったのだけど、他の人たちはちょっとは社交性を発揮すればいいのに、ねえ?
なので私は訊きたいことを訊くことにした。
「ねえ、さっき言ってた作り替えって何のこと?」
ホリィに訊ねる。ホリィは間延びした様子で、
「ああ、あれ?あんたが魔法を使うために必要だと思われてたことよ」
そこへルートヴィヒも言う。
「以前に言ったでしょう、千本杖が生まれたときに、当時の貴族は作り替えられたと。神々が、魔法を使えるように作り替えたんです。平民である貴女が魔法を使えるようになるには、当時の千本杖と同様に作り替える必要があると思っていたのですが」
「えー?それって、神々の力でやったものでしょう?そんなの普通、人間にどうこうできないでしょ」
「でも、神具があるでしょう」
「そうよー!羽衣を使えば、それも可能だったのよ」
ホリィが明るく言う。が、婆ちゃんは少し深刻そうな様子で、
「でも、千本杖が生まれたとき、当時の貴族のうち、皆が作り替えに耐えられたわけではなかったからねえ。もしお前が耐えられなかったらどうしようって心配していたんだよ」
そういえば、遺跡で見た過去の光景では、塵になって消えてしまった人たちもいたっけ。
私はホリィを眇めて見た。
「あんた、そういう危険があるってわかっていながら、魔法を使えるようになれって言ってたの」
「何よー、羽衣の効果を考えたら心配する必要なかったんだから。クラリィには説明してたのに、心配ばっかしてさー」
「羽衣の効果?魔法を使えるようになるってだけでしょ?」
「違うわよー。羽衣の効能の本質は、あらゆる可能性のうちから最も良い結果を引き寄せられるってことなの。さっきだって、作り替えずに世界と接続して魔法を扱うなんていう最高の結果を引き出したでしょ!」
「それって、結果論にしか思えないんだけど」
「言いたければ言いなさい!事実は変わらないんだから!」
はしゃぎまくったホリィが部屋中を飛び回っていると、玄関のドアがノックされた。リーシア先生が到着した、ということだった。
ヨハンが入室の許可を出し、すぐにリーシア先生が家に入ってきた。これで都合九人が揃ったわけだけど、誰がこの場を仕切るんだろう、と思っていたらヨハンが口を開いた。
「それでは、ルートヴィヒ・ドスポリフ、話を聞かせてもらおうか。ユゲリアのこと、その他知っていること全てを。本来は全てきかせてもらっていた筈なんだが、それでもまだ隠していたことがあったとは驚きだった」
「そうですね。知っていることを全て話す、それが保護の条件でしたから」
話を聞きながら、私は顔をしかめた。何じゃ、そりゃ。それなのに話さなかったとか、何かペナルティとかあるんじゃない?
ルートヴィヒは私の表情の変化に気づいたようで、私を見て苦笑しながら言った。
「何て顔をしているんですか。話していなかった内容は、貴女に関することなんですよ。王宮に話すと、王宮が動き出して貴女が自由な生活をできなくなると思ったので黙っていたんですが、ユゲリアが本当に動いたので、もう黙っていてはまずいだろうと思いましてね」
「え、それって、私、これから拘束されるとかってこと?何で?私何もしてないのに」
「安心してください、貴女の生活を邪魔するようなことはしない、と神祇庁は約束してくれました」
ルートヴィヒはほほえんで言った。神祇庁、ときいて私はヨハンを見た。ヨハンは小さく頷いた。
「約束する。まあ、それが彼が話す条件ではあったんだが」
「王宮に保護してもらうための条件破って隠してたことを話すのに条件付けるとか、どんだけ厚顔なんだ」
タロちゃんが呟く。ヨハンは苦笑しながら、
「それはそうだけど、私としてもジェニファの友達に無体なことはしたくなかったから。そう言ってくれてよかったよ」
「それでいいのか。そんなことでそういう取引に乗るなんて軽いだろ」
「今回だけだよ。……今回で終わりだ。今後はこういうことはない」
「わかった。そういうつもりならそれでいいだろう。それで、こいつについての何をあんたは知っているっていうんだ」
タロちゃんは私を顎で示しながらルートヴィヒに訊く。ルートヴィヒは穏やかにほほえみながら、
「あなたがタロスくんですね。あなたについてもユゲリアからいろいろきいてはいるけれど、その件についてお話してもいいんですよ」
「それはもう神祇庁に話してあることだ」
「そうらしいですね。でも、本当に事実と違いないのか、今から答え合わせをしてもいいんですよ?」
「ほらほら、二人とも、待って待って。今、シホさんの話をしようというところだろう」
ヨハンが横から言う。ヨハンは私に言った。
「君は先ほど、ユゲリアに別の空間に引きずり込まれただろう。その話を私からきいたルートヴィヒは、君がなぜユゲリアに狙われたか、その理由を知っていると言ったんだ。説明を求めても、君が同席したら話すと言って」
「ユゲリアのことについて話す機会は少ない方がいい。それで、一緒に話したいと言ったのです」
ルートヴィヒがほほえむ。まあ確かに魔についての話はあまりしない方がいいのは確かだ。話をすれば、魔がつけ込んでくる可能性が出てくるからだ。
「それで、ユゲリアは何で私を狙ってきたんです?」
「ユゲリアは、貴女がいると世界の再現のきっかけになるかもしれない、と言っていました」
何ですと?




