103 知らせ(クラリィ視点)
夕方、その日の作業が一段落し、片づけを始めようかという頃に、来客があった。
家の前に停まった馬車の車輪の音で、それが貴族が使うものであるとわかった。
私は、片づけをしていたルートヴィヒに目配せをする。ルートヴィヒは頷いて、二階に上がっていった。客があると、ルートヴィヒには二階の物置に隠れてもらっている。ルートヴィヒは目立つ。何も知らない人間と出くわして、変に興味を持たれるのは避けたい。
客は、ヨハンだった。確かに呼び出してはいたが、今日来るとはきいていなかった。普段は先触れがあるものだが。
ヨハンは少し余裕のない様子で言った。
「今晩は、クラリィ師。今、ドスポリフ氏はここにいますか?」
ヨハンはルートヴィヒの事情を知っている。なので、会わせても問題はないのだが、
「おや、ご挨拶だねえ。私が呼び出していたのは無視かい?」
「いえ、そういうつもりでは。……クラリィ師、何か怒っていますか」
「何故そう思うんだい?」
「いつでもいいからなるべく早く来い、と伝言を受ければ、何事かあったのかな、と」
「それが何か見当がつかないかい」
「……申し訳ありません、わかりません」
本気でわからないらしい。
「王宮の管理者をシホに会わせたらしいじゃないか。勝手なことはしないでほしんだがね」
「いや、それは成り行きというか。……何か問題でしたか」
「神々の宴に行こうっていう子にあれが近づいて、問題が出たらどうするんだ」
「それは……申し訳ありません、考えが及びませんでした」
「まあいいさ、とりあえず家の中に入りな」
ヨハンと、部下らしき中年の男が家に入ってきた。ヨハンがいつも連れている背の高い青年と同じくらい腕が立ちそうなのは、その身のこなしを見るだけでわかる。
「いつも一緒にいる連れはどうしたんだい。タロス、とか言ったか」
「彼には別の任務に行ってもらっています。それでクラリィ師」
「ルートヴィヒのことかい?あれならいるけど、どうしたんだい。あれに用があるのなら家に直接行けばいいじゃないか。その方がいろいろと都合がいいだろう」
少なくともあちらは貴族の家だ。貴族の邸宅が集って建っている区域にあるし、こんな風に貴族の馬車が乗り付けてもおかしくはない。
「そうなんですけど、少し急ぎの用で。あと、場合によっては彼の拘束に貴女の力を借りたい」
「何だい、いきなり。あれが何かまずいことでもしたのかい」
「はっきりしたことはまだ。ただ、ガリエス家全体に今、疑いが掛けられていまして」
「いやにあやふやだねえ。まあ、貴族連中のごたごたなんざこっちは知ったこっちゃないが」
「貴族だけの問題ではないんです。魔に関することです。ユゲリア、と呼ばれているモノが今、それが王都のある場所に出現しています」
まさかの事態に私は言葉が出ず、しかしすぐに気を取り直して、椅子に座って待つように二人に言うと、一人、階段を上がっていった。
ルートヴィヒは物置でマツカサリュウの鱗を磨いていた。
すまないが、ちょっと降りてきてくるように言うと、不思議そうに言った。
「お客さんはまだ帰っていないのではないですか」
「ああ。だが、お前さんも一緒に話をした方がいいと思って呼びにきたんだよ」
「誰です?」
「神祇庁の人間だ」
「神祇庁?私に用があるのなら家に来ればいいのに」
「どうも急ぎらしい。今、ユゲリアが王都に出現していて、それでお前に話をききたいと」
ルートヴィヒの表情が変わった。作業をすぐにやめて、私の後について階段を下りる。
土間に置いたテーブルの傍でヨハンとその連れは待っていた。挨拶もそこそこに皆椅子に座ると、ヨハンが話し始めた。
「今、王都のとあるカフェにユゲリアが出現している。あれらの常套手段として異なる空間を作りだし、そこにシホ・アリス・ゼンを引っ張り込んでいるらしい」
「シホさんを……。そうですか」
「そして先ほど入った連絡では、その場にいたフロリゼル・テウル・ガリエスも姿を消した。アンリウォルズ公子の話では、姿を消す直前、ユゲリアを追う、と言っていたらしい」
「そうですか、フロリゼルも」
ルートヴィヒは深く嘆息した。
ヨハンはルートヴィヒの様子を窺いながら、
「あなたはユゲリアがその店に出現するということをフロリゼルからきいていた筈だ。リーシア・テウル・ドライドからも今、話をきいているが、彼女によると、少し前からユゲリアがフロリゼルに接触をしており、そのことをフロリゼルは兄や姉に相談していたということだった。その過程であなたにも意見をきいていたと」
「既にご存じのこと、それ以上何を知りたいんですか」
「あなたはユゲリアと決別したと言っていたが、そうではないのではと。あなたはユゲリアの体を破壊する仕掛けを残してきたとガリエス家のきょうだいに話したということだが、我々にはそのような話はしなかった……本当はユゲリアと繋がっているのではないか」
「決別しましたよ、私の兄の子孫があれに歪められていくのを見て、平気ではいられなかった」
ルートヴィヒは視線を落としながら言った。
「私はあれの体を全て処分しようとしました。だけど、それはユゲリアに察知されてかなわなかった。逆に私がそうやって動いた結果、ユゲリアと衝突する羽目になり、傷を負ってあれが管理する空間から放り出されたのですが」
「では、何故その仕掛けのことを我々に話さなかった」
「私にも自分が作ったモノへの愛着はあります。出来れば壊さずに、中に入っているモノだけを滅することができたらと願うのは当然ではないですか」
「だが、もうそんな感傷を優先させていられるような状況じゃない」
「ええ、わかっています。それでもその手段を取らなかったのは、壊してしまった方がまずいことになるのではないかとも思ったからです。体があれば目印にはなりますからね」
そこで私は口を開いた。
「その考えもわかるが、どうももう手遅れではないかという気がするねえ」
「手遅れ?どういう意味ですか」
ヨハンが訊ねる。私はルートヴィヒに言った。
「その仕掛けとやらを今起動させてごらんよ。それが出来れば、だが」
私の言葉にルートヴィヒの顔から表情が抜けていった。
「まさか」
「魔っていうのは抜け目ないもんだ。そんなのとっくに無効化されているんじゃないかね」
「しかしそれでは、フロリゼルは」
「ああ、お前さんのその仕掛けを奥の手として頼りにしてその魔と相対しているのなら、かなりまずいことになってるだろうねえ」




