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101 人形との取引

  レクスとは誰のことだ、と正直私は思っていたのだが、神の煉獄、という言葉でわかった。隊長さんとリーシア先生の弟でガリエス先輩の兄。私が二度対峙し、二度神の煉獄に送り込んだ相手。

 アンリウォルズ先輩が言う。

「レクス殿は神の煉獄に囚われている。それを助けることなどできないだろう」

「あれが言うには、神の煉獄の場所にまでたどり着けば、レクスをとどめている戒めを破壊することは簡単だと。そもそも、レクスは一度は神の煉獄に捕まっていたところをそこから出てきたではないかと」

 入学してすぐのオリエンテーションの日のことだ。確かに彼は姿を現し、学院の生徒たちを襲った。六年前にクラリィ婆ちゃんたちを襲ったときに神の煉獄に囚われていた筈なのに。

 アンリウォルズ先輩は嘆息した。

「確かにそれはそうだが……だが、神の煉獄を破るなんてのはできない筈だ。神の煉獄に囚われた者がそこから出てくるのは、終末の戦いが迫っているときだけだと。なぜならそのときに囚人たちに神々の許しが下されるからだと」

「そうですね、私もそうきいています。でも、あの人形は確かに私たちに言いました」

「あなた方の助けがあれば神の煉獄からレクス殿を助けられる、と人形は言ったそうですが、助けというのは具体的には?」

「そこを訊けなかったんです。私がどう言うか考えている間に、あれは姿を消しました。怪しまれたのかも。……でも、姿を消す前に、弟に言ったんです」

 前に言ったこと、考えておきなさいよ。

「前に言ったこと?それは一体?」

「私も弟にききました。でも、弟は何も言いませんでした。何か知っているのだとは思うけど……」

 アンリウォルズ先輩は少し考えて、クロウに言った。

「すまないが、廊下に君のあにうえがいるから、魔法部に人を走らせてフロリゼル・テウル・ガリエスを連れてくるように伝えてもらえないか」

「あにが?」

 クロウが驚いたような表情をする。

「ああ。彼も私に協力してくれていてね」

「わかりました」

 クロウは立ち上がると、教室の外に出て行った。

 クロウはしばらく戻ってこなかった。気配の動きからすると、義兄と一緒に魔法部の部室に行たらしい。

 やがてクロウはガリエス先輩を連れてきた。彼の義兄も一緒だったが、教室の入り口の手前で止まると、そこから入ってこなかった。

 クロウは教室の入り口を閉めた。ガリエス先輩は教室の中にて自身の姉とアンリウォルズ先輩が相対して座っているのを見ると、表情を堅くして姉の傍に歩み寄った。

「姉が呼んでいる、ときいて来たのですが、これは一体」

「君の姉君に少し話をきいていたところなんだ。……君の家が生み出した生き人形のことで」

「なぜ姉にそんなことを?姉はあんなものとは無関係です。いくらあれの製作者が姉の家にいるからといって疑うのは理不尽です。第一、あの人を預かれと言ってきたのは王宮じゃないですか」

「フロリゼル、落ち着いて。もう知られているの。あなたが街のカフェであの人形と何回も会ってきたことも、私が一昨日、あなたと一緒にあれに会いにいったことも」

 リーシア先生がそう言った瞬間、ガリエス先輩は手をポケットに突っ込むとそこから杖を取り出した。先輩が指で杖を撫でると、それは剣に変わる。

 ガリエス先輩は剣をアンリウォルズ先輩に対して構えた。杖にしろ剣にしろ明らかに服のポケットに入る長さじゃないし、何やら水色の光がポケットから漏れ出していたので、多分魔法を使って取り出したのだろう。

 私は亀の甲羅を張ろうかと思ったが、それよりも先にアンリウォルズ先輩が魔法で自分たちとガリエス先輩たちとの間に障壁を張った。そうしながらも、朗々とした声で言う。

「落ち着け。我々は話をきいていただけだ。そして、君からも話をききたい」

「……なぜあなたが?神祇庁が動くものじゃないのですか」

「今、神祇庁は諸般の事情により動けない状況でね。それで、実地試験もかねて、私が代わりに動いている」

「あなたが神祇庁に?」

「やりがいのある仕事だと思うが。ところで、その剣を仕舞ってもらえないかな。君に危害を加えるつもりはない。君の姉君にも。ただ話をきかせてもらえればというだけだ」

「あの人形の話をするのに、どうしてアリス・ゼンや他の宴の出席者がいるんですか」

「それは、アリス・ゼンがこの学院で一番頼りになる魔素術師だからだよ。暴力行為があっても魔法は使えないからね。他の二人は、まあ成り行きかな」

「成り行きで、あの人形の話を聞かせるんですか」

「まあ、ラウトゥーゾ子爵令嬢はあの人形のことを知っているからな」

「フロリゼル、お願いだから剣を仕舞って。本当に話をききたいと仰っているだけなの。私が知っていることはもう話したわ。だから、あなたが知っていることを話してきかせて」

 先輩はまだ剣を引かない。何でかなと思って観察していると、私の方をちらちらと見ている。

 思いついて、私は言った。

「先輩、私が先輩を魔素術で攻撃することはしないと約束しますから、剣を仕舞ってもらえませんか」

 少し考えた後で、ガリエス先輩は剣を仕舞った。仕舞った、というか、消滅させた?剣の周りに水色の光が灯ったかと思うと、剣がするすると何かに仕舞われるかのように姿を見せなくなってしまった。

 多分、転移陣の応用なんだろう。転移陣と同じ色の光だったし、離れた空間と行き来する、という転移陣の機能を考えると、物体を別な空間から別な空間に転移させる、ということもできそうではある。……但し、かなり繊細な魔力操作が必要そうだけどね……。魔法使いって高出力で魔法をぶっ放すのが一般的だから、ここまで細やかな魔力操作を見ると、本当に感心する。

 ガリエス先輩はリーシア先生の隣の席に腰を下ろすと、言った。

「あの人形と会っていたことも全部、姉様が話したのでしょう。だったらもう話すことはありませんよ」

「でも、あなたは私が思っていた以上にあの人形と会っていたようだし、あの人形からいろいろ話をきいていたのではなくて?例えば、どうすれば神の煉獄にたどり着けるのか、とか」

「知りません。あの人形は言わなかった。俺は何回も訊いたのだけど」

「でも、何度も会っていたのでしょう?どんな話をしていたの?」

「……兄上のこととか、父上のこととか、あとは母上のこととか」

「お母様のことを?どうしてそんな?」

「俺にはあまり母上の記憶がないだろうからって」

「あれがお母様のことを知っているわけがないわ」

「そうかもしれません。結局、あの人形は母上のことはほとんど話さなかったし」

「それで、いつからあの人形と会っているんだ」

 アンリウォルズ先輩が訊ねた。ガリエス先輩は少し考えて、

「創世日の連休にラウトゥーゾの遺跡から戻ってきて、しばらくした頃です。寮の俺の部屋に、夜、訪ねてきました」

「そのときには君はあの人形が何なのか知っていた筈だ。それなのに何故あの人形の接触を黙っていた」

「神祇庁に話すべきだというのはわかっていました。でも、あの人形は初めて俺の部屋に来たとき、いきなり言ったんです」

 ねえあなた、二番目のお兄さんに会いたくはない?私だったらあの子を助ける方法を知っているわよ?

 愚かな、とアンリウォルズ先輩が吐き捨てるように言った。ガリエス先輩は無言で目線を床に落とす。

「まあいい。それで、一昨日、カフェで君の姉君はあの人形からの取引をはねのけた。そのときに、君に何か考えておくようにと言っていたらしいが、心当たりは?」

「……わかりません。心当たりがりません」

「あの人形に次に会う予定は?」

「特に。でも前に、俺があの店のあの席に行ったらいつでも会えるようにしておく、と言われました。だから多分、俺があの店に行ったら会えるんじゃないかと思います」

 どうかなあ、と私は疑問に思った。ユゲリアは自分が追われていることを知っているだろう。リーシア先生が常識的な判断で取引を拒否し、その流れで神祇庁に自分のことを告げ口するかもしれないと予想している筈だ。それなのに、同じ店でガリエス先輩と会おうとするだろうか。

「明日の放課後、君にその店に行ってもらっていいかな?様子をみたい」

「構いませんけど。でも、あれは来ないかもしれませんよ」

「それでも構わない」

 アンリウォルズ先輩は言い切り、ガリエス先輩は頷いた。そうしてアンリウォルズ先輩は私を見て言った。

「そういうわけだ、アリス・ゼン。お前も明日の放課後、あの人形の調査に同行するように」

「はあ?何で私が?」

「さっきも言っただろう、お前はこの学院で一番頼りになる魔素術師だと」

「あの人形相手なら、魔法を使っても問題ないでしょ」

 だから魔法使いで対処しろと暗に言ったつもりだったのだが、アンリウォルズ先輩は一蹴した。

「狭い店内でおいそれと魔法を使えるか」

「でも、ガリエス先輩だったら大丈夫でしょ。あとは、ヨハンに言って加勢してもらうとか」

「ヨハン?」

 アンリウォルズ先輩が首を傾げる。と、ジェニファがすまなそうに言った。

「あの……ごめんね、兄様、今、忙しくて。多分、無理だと思う」

「何と、ヨハンとはラウトゥーゾ子爵令息のことか」

 アンリウォルズ先輩が驚いたように声を上げた。それをきいて、やべ、と私は思った。そりゃそうだよね、貴族令息、しかも年上の相手を普通、平民が呼び捨てにはしないよねえ……。なんか、私の脳内マリちゃんが、そうだよシホちゃん、礼儀はきちんとしなきゃ!と怒っているのが思い浮かんだ。

「まあ、魔素術科には放課後の外出について話を通しておくから、授業が終わったら校門に来るように」

 なんだか、あっという間に外堀を埋められてしまった……。


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