100 公爵令嬢と婚約者の話
「弟君のことでお話ししないといけないことがあります」
レイドール公爵令嬢の言葉に、リーシア先生は眉間に皺を寄せていた。
「フロリゼルのことですか。あの子が何か」
「良くないものと関わっている可能性があります」
「良くないもの……?」
「もう一人の弟君が関わったものと同じものです」
リーシア先生が息を呑む。
一方で、私は口をへの字に曲げた。先生に話をききたくて今日この時間帯を狙ったのはわかるけど、でも、わざわざ学院で話す必要があるんだろうか?
先生も同じ事を思ったらしい。
「何故、ここでそんな話を?あれに関する話でしたら重大なことでしょう」
これに対しては、アンリウォルズ先輩が説明した。
「王宮であれの話はしたくなかった、というのが一番の理由ですよ。そして、あなたのご自宅には今、あれと関わっていたことのある人物が同居していますので、あなたに負担をかけずに話をきける場所というのが他に思い浮かばなかったんです」
「私に話をきく?弟のことで話があるのではなくて?」
「両方です。まずは、座りませんか。立ち話も何ですので」
リーシア先生はアンリウォルズ先輩の言葉に従って、教室の出口近くの席に座ろうとした。それに対し、先輩がやんわりと言う。
「もっと教室の真ん中付近の席にどうぞ。皆が座る場所を確保したいので」
先輩に言われて、リーシア先生は教室の中央寄りの席に座った。アンリウォルズ先輩とレイドール公爵令嬢が正面に座り、それを見て、ジェニファがアンリウォルズ先輩の斜め後ろに座る。
私とクロウがどの席に座るか決めかねていると、アンリウォルズ先輩が私たちを振り返って言った。
「アリス・ゼンは私の右手に座ってくれ。そちらの彼はヴィオレットの左手前に」
その指示で、何故アンリウォルズ先輩が私に同席させようとしているのかわかった。ユゲリアの件について知っているからだけではない、私の魔素術の腕前を当てにしているのだ。
クロウについても同様。私とクロウを自分たちの傍に置くことで、何かあったときの護衛の役目をさせようとしているのだ。……リーシア先生と話をするのにどんな危険があるのかわからないのだけど。
皆が椅子に座ると、アンリウォルズ先輩に促されてレイドール公爵令嬢が話し出した。
「あの……、先日、私、町でガリエス先輩を見かけて。とある飲食店に入っていったので、どういったお店なんだろうと思って、私も入ってみたんです」
そうして彼女が語ったのは、先日私やジェニファ、マリちゃんがきかされたのと同じ話だった。その店で、ガリエス先輩が人形と会い、会話していた、と。
人形、とリーシア先生は呟いた。やっぱりそこでひっかかるよねえ、と思っていたら、先生はやや鋭い視線を公爵令嬢に向けた。
「今、弟が入っていった飲食店に貴女も入っていったということでしたけれど、公爵家の御令嬢である貴女がそんなところに?第一、そんな店がある場所に、何故貴女がいたんですか」
あー、それね。それは公爵令嬢から話をきいたジェニファも訝しんでいたことだった。そういうカフェがあるのは貴族の邸宅があるエリアからは離れていて、通常なら高位貴族は近寄ることもないだろうに、どうしてそんなところにいたんだろう、と。
まあ、その翌週にガリエス先輩たちと魔法部の部室でお菓子を食べないかと誘われていったときに、レイドール公爵令嬢からの付きまとい案件についてガリエス先輩が愚痴っていたところで、なるほど、と私は納得がいったのだけど、でも、先生はガリエス先輩がそういう困ったことになっていたとは知らなかったんだねえ。
レイドール公爵令嬢は下を向いて答えられなかった。ガリエス先輩に執心して付きまとっていました、なんて言えないよねえ。
無言になったレイドール公爵令嬢の代わりに、アンリウォルズ先輩が言った。
「婚約者の行動に奇矯なものを感じられるのはごもっともだと思います。王都といえどいろいろあるので、そんな危険なことはしないように、と婚約者にはじゅうじゅう言ってきかせています。それで、話を戻させてほしいんです。婚約者が見たという人形の件について」
リーシア先生はため息をつき、私に目をやってから言った。
「お話しはわかりました。なぜ王宮でこの話をしたくなかったのかも。それでも、この話を私にしてくるのがどうしてあなたたちなのかがわからないのだけれど」
「私の婚約者が直接目撃したので、裁量を任されたのですよ」
「貴方に?でも、本来なら神祇庁が出てくるべき話でしょう」
「そうですね。でも、今はそれができないのも貴女はわかっているのではないですか。あちらはいろいろなことで手一杯なので」
「そうかしら?そう言いつつも、この教室の周りにいろいろな人が配置されているのが感じられるのだけれど」
それは事実だ。私もさっきから魔素の動きで察知していた。でも、リーシア先生はどうやってわかったんだろう?ものの本によると、魔法使いは魔力の気配で他の魔法使いの気配を感じ取ることができると書いてあったけど。
アンリウォルズ先輩が言った。
「実は、婚約者の話には続きがあるんです。婚約者は、自分が見たものを私に話してくれました。そこで、私は神祇庁に相談し、弟君を調べることにしました」
「それはお手間を取らせました」
リーシア先生は淡々と頭を下げる。
あれ、と私は意外に思った。弟がユゲリアと関わっていると知って、もっと取り乱したりするんじゃないかと思っていたのだ。もしかして、喋る人形がユゲリアだとは思っていない?でも、喋る人形とかかわり合いになるなんて、それがユゲリア以外の存在だとしても、十二分におかしな状況だと思うのが普通だと思うのだけど。
アンリウォルズ先輩が続けて言った。
「見張りの結果、彼が部活がない日には例の店に行き、人形と会っていたことがわかった。そして見張り始めた翌週の週末には貴女と一緒にその店に来た。そして、問題の喋る人形と会った」
私はリーシア先生を凝視した。ガリエス先輩がユゲリアと一緒にいたときかされても動揺しなかったのは、もともとそのことを知っていたから?先生も先輩と一緒にユゲリアに会っていたから?
リーシア先生は何も言わない。アンリウォルズ先輩が淡々と続ける。
「我々の調査は続けられ、一昨日にも同じ店であなた方きょうだいが喋る人形と面談しているのを確認した」
「そうですか。それで?」
「そこまでです。あなた方の会話の内容を聞き取ろうと試みましたが、魔法で妨害されてできませんでした」
リーシア先生は深くため息をついた。
「魔法……。私は展開していなかったんですけどね。フロリゼルだって。あの人形もそれらしき動きは見せていなかったけど」
「店の中、というかあのテーブルに仕掛けがされていたのかもしれません。先生、話していただけますか」
「そうですね。兄と相談して、もっと時間をかけて探りを入れてから神祇庁には伝えようと思っていたのだけれど。次のお役目の方も優秀なようね」
「恐れ入ります」
アンリウォルズ先輩が頭をわずかに下げる。
んー、何の話をしているんだ?と私は頭が混乱してきた。リーシア先生が私を見てくすりと笑った。
「何が何やらわからないって顔ね?」
「いやー、先生が何やら自発的に囮捜査みたいなのをやっていたみたいだっていうのはわかったんですけど、アンリウォルズ先輩が偉そうに調査みたいなのをやっているのは何でかなって。公爵家ってそういうこともするんですか?」
「公爵家の活動とは違うよ。これは私の試験なんだ」
アンリウォルズ先輩が言う。私は首を傾げる。
「試験?」
「そうだ。適正試験というのかな。まあ、それはいい。それでリーシア先生、話してくれますか」
「いいですよ。ただ、残念なのはフロリゼルがここにいないことね。今日は部活かしら?」
「そうですね。魔法部は今日部活動があるときいています」
「では、そちらに行かせていた方がいいでしょう。ただ、あの子の方があれと接触した時間は長かったので、私よりもあれから話をきき出せているでしょう」
「ごきょうだいの間で情報共有はしていないんですか」
「あれの話題を口にするのに、安全な場所がどこにあるというの?強いて言えば、ラウトゥーゾの遺跡くらいでしょう」
「確かにあそこにも生きているレオナルドの装置はありますが、王宮以上に強固な性能だときいたことはありませんよ」
「違います、逆です。あそこなら何が起きてもおかしくないから、何かがあっても問題ないだろうってことよ」
「……そういう考え方はどうかと思いますがね」
「ええ。特に、領有している家の方がいる前ですべき発言ではなかったですわね」
リーシア先生はジェニファに向けて頭を軽く下げた。ジェニファも会釈を返す。
リーシア先生は言った。
「私たちは、あの人形の息の根を止めようと考えて、あれの挙動を探っていました。あなたがたも知っているでしょう、我が家があの人形にどれほど翻弄されたか。その元凶を作り出した人間が戻ってきたけど、彼はあの人形のことについては多くを語らない。王宮に保護されるまでどこにいたのか、知らないと言うだけで」
「彼には我々も尋問しましたよ。彼は、どんな場所にいたかは説明したが、それがどこかはわからないと言った。恐らく、我々が存在するこの空間とは別な場所なのではないかと思いますがね。なので出入り口も自在、場所の特定などできない、と」
「そうね、その可能性は私たちも考えました。でも、諦めきれなくて。あの人形が潜む空間の入り口への入り方の手がかりでも掴めないかと思ってあの人形と相対することにしたのだけど」
「手がかりは掴めず?」
「ええ。というか、それに関する質問をあれに投げかけることもできなかった。私は一度しかあれに会えなかったし、会ったときにもいきなり取引を持ちかけられて、その内容に混乱してしまって」
「取引?何を?」
「あの人形は、レクスを助けることができる、と言いました。私たちの助けがあれば、神の煉獄から助け出すことができる、と」




