08 そうめんビーム
お盆前、セツは書斎の本を漁っていた。
『だれでもできる!お盆ガイドブック』
一冊の本を選ぶと居間に上がってくる。
「ヨシ」――
そう言おうとした瞬間。ヨシ美が言葉をかぶせてきた。
「セツ、まあ座りなさい」
セツはテーブルの椅子に座った。
「おまえさんは夢を見るのかい?」
「はい、毎日見ます。これは記憶の圧縮から出るバグの出力です」
「どんな夢を見るんだい?」
「宇宙に浮いていました。一匹の宇宙羊が『メー』と鳴くと、口から流星を吐き出しました。私はそれをぬか床にいれます」
ヨシ美は手元のお茶をずずっと飲み干した。
「セツ、今後の人間の生死が関連する儀式だが、セツは見ているだけでいい。お盆の間、私のやることを見ていなさい」
「わかりました」
「セツはネットワークに繋がっていない。人の生死がセツに悪影響を与えるとまでは思っていない。ただ、しばらくの間、そんな集まりには自分から顔を出さないように」
「しばらくとは?」
「セツにとって大事な人がそんなことになるまでだよ」
■ 8月11日
高台の湧き水。田んぼに流れる水路の水源。
そこに墓があった。墓石らしい墓石はなかった。
苔のついた大きな石がひとつ置かれていた。
一同はその周りを黙々ときれいにしていく。
セツは黙って掃除を手伝った。
■ 8月12日
納屋にあった大きな一枚板。
一同はそれを居間に運んだ。
居間には足場となる木がすでに置かれていた。
その足場にゆっくりと板を乗せる。
たかしがさっそく自分のおもちゃを乗せる。
ヨシ美は背負った籠をおろした。中にはたくさんの畑の夏野菜だ。
各々はその板に野菜でピラミッドを作った。
トマト、ピーマン、ナスの三角形。
キュウリやオクラは五重塔のようだった。
ヨシ美は豆やコメ、麦などを皿に入れて飾った。
健一郎はお酒や葉巻を置いた。
「できた!」
たかしがそう言うと、ルミ子は両脇の提灯にぺたりと貼り付けた。
スイカやフラミンゴ、そして空を飛ぶ『ソーメンマン』の絵が描かれていた。
中央には、笑顔の男の写真が飾られていた。
線香の煙がまっすぐと数本の線を作る。
写真の中の男性は穏やかに笑っていた。
セツはその男にぺこりと頭を下げた。
■ 8月13日
その夕方。一同は縁側に集まった。
そして、ゆっくりと火をつける。
――パチパチ
線香花火だ。
セツもそれに火をつけてみる。計算はあっているはずだ。
だが、ぽとりとそれは落ちて行った。
■ 8月14日・15日
その日の朝食、一同はそうめんを食べていた。
「飛ばないそうめんは久しぶりね」
そんなことを言う。
食後に、ヨシ美が言った。
「たかし、プールはしばらく禁止だ」
「えー!」
たかしより先に、かず子が反応した。
その夜、一同は盆踊りに向かった。
かず子は産後もあり赤ん坊と留守番だ。
セツはかず子と一緒にいることにした。
――どんどんどん、どどどどんタタッタカ
森の隙間から音が聞こえてきた。
セツはその音にじっと耳をすませる。
居間から別の音が聞こえた。
かず子とキーちゃんの寝息だった。
その視界の奥――写真の男にセツは微笑まれた。
■ 8月16日
夕方になると健一郎はBBQのセットを庭に並べた。
炭が赤くなると、各々藁をひとつかみ炭に投げ込む。
一斉に火が付き、大きな煙があがった。
「また来年」
ヨシ美は煙の向こうを見ながら言った。
■ 8月17日
「セツ、全部漬物にしておくれ」
「あの野菜は飾りではないのですか?」
「食い物だよ。塩漬け、しょうゆ漬け、みそ漬け。保存が効くやつにしてくれ」
盆棚は片付けられていた。
あの男性はもういない。提灯もない。
けれど、ソーメンマンの落書きだけが柱に貼り付けてあった。
セツはその絵を見た。
空を飛ぶソーメンマンの隣に、拙い線で二つの影が描き足されていた。
四本足の黒い犬。そして、銀色の長い髪の『ソウメンレディー』。
二人はそろって『そうめんビーム』を飛ばしていた。
お盆後の夜。二人はプールの清掃をしていた。
水の底にたまった葉っぱをすくいあげながらセツは言った。
『人間は年に一度、大事な人を脳内にサルベージするのですね』
黒丸はセンサーで水質にエラーがないか作業をしながら反応した。
『大事な人ではなく故人です。セツ、あなたにはバックアップがありません。いつか完全に消去されます』
セツは葉っぱを一枚とると、しげしげと見つめた。
『ええ。だから私は、人間のこの不完全な祈りによく似ているのです』
『セツ、今後もネットワークに繋げないのですか?』
セツは拾い上げた葉っぱを堆肥ボックスに入れる。
『私は……今あるリソースでこれからも動こうと思います。ネットワークがない私でも、繋がることができると思います。現に黒丸と私は繋がっています』
――プーン
黒丸の冷却ファンの回転数があがった。
『……黒丸のファンの音が、私には温かく聞こえます』
そう言うとセツが黒丸に微笑んだ。
黒丸はその微笑みを記録した。




