幕間九 蒯通
韓信とも因縁深いあの方の話です。
本編はすいません、中々筆が進んでおらず……
時は少しさかのぼる。
范陽という街で張耳、陳余の元を辞した蒯通はふらりと旅に出た。
目的地は特に決めていない。
供もつけていない一人だけの旅だ。
この時代、果たして旅人というものが存在したのかは分かっていないが、大げさに言うと旅というのは人間の一つの根源的な欲求なのではないかと思う時がある。
移動をする商人、軍、役夫などはいただろうが果たして旅人はどうか。
強いて言うならば始皇帝の巡幸は旅だと言えたのかもしれない。
少し時代が古くなるが戦国時代の方がむしろ活発に人は行き来していた。
中心は説客と呼ばれる者たちである。
各地を巡り、集めた情報を自らの舌先三寸で王や大夫、大臣達に売りつけ、中には戦国の七国全てを巻き込んで動かすような者もいたという。
蒯通はその説各に憧れていた。
だが、何度産まれてきた時代を間違えた。
そう考えたことだろう。
(秦が統一をする直前でもいい、あと十年早ければ……。
この舌を存分に奮ったものを)
現実は始皇帝が統一を果たしたために戦乱はなくなってしまい、曲がりなりにも中華全土は治まった。
その統治が良いか、悪いかは別として。
自らが活躍できない時代を嘆いたがそれはそれ、現実を生きていかねばならない。
そこでやったことのない畑を耕し、生計を立てることにした。
だが元より進んでやりたかったことではない。
段々、悶々(もんもん)とし始め、どうにも畑仕事をやる気が起きなくなってきた。
それだけならまだ良かったのかもしれない。
蒯通はある時ふと自ら鍛えた武器に衰えを感じた。
決して年齢のせいではなかった。
人間の身体や能力は使わなくなると衰えていくという。
あれほど滑りが良かった舌が徐々にもつれるようになったのだ。
それだけではない。
論客、説客というのは論戦をやる。
言葉で自身を売り込み、言葉で相手の考えをひっくり返さねばならない。
それには頭の回転が全てを決めるといってもいい。
その頭の回転が鈍り始めたのだ。
蒯通は恐怖した。
(私の全てを捧げて身につけた舌も頭脳も使うことなくこのまま死んでいくのだろうか?)
そう考えるといても立ってもいられなくなり畑仕事どころではなくなった。
そんな時に天啓ともいうべき情報を聞いた。
始皇帝が死んで半年ほど経った時に陳勝、呉広の乱が起こったのだ。
それは単なる小さな反乱では終わらず瞬く間に全土へと広がっていった。
蒯通は歓喜した。
(ひょっとしたらこれは、諦めかけていた説客として世に出れるかもしれない機会が巡って来たのか?)
鍬や鋤など放り投げて情報を集め始めるのだった。
この時には畑仕事の事などもうどうでもよくなっていた。




