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章邯の奇策

前回のあらすじ

楚に呼応する形でそれまで籠城していた趙が門を開き秦へと攻め始めた。




「章邯様!

趙が城門を開け、我が陣へ大挙して押し寄せて参りました!

その数、数万!

趙の勢いは凄まじく、我が方挟み撃ち状態となっております!」


「やはり来たか」

章邯はそうつぶやく。


「趙の隊列などはどうか?」


「はっ、規律などが行き届いている様には見えずめちゃくちゃであります!

ですが、その……何とも鬼気迫ると言いますか、死に物狂いと申しますか……」


「将軍の予想通りとなりましたな」

「うむ、楚だけでも手こずっているのにその上更に趙まで加わっては我が方は不利」


章邯の周りに集っている将達が口々に言う。


大きくうなずいて章邯が告げた。

「されば、各々この後は手はず通りに」


「「はっ」」


将達は急いで章邯の元を辞した。


章邯は一人腕を組み、楚軍と一進一退を繰り広げる前線を見やる。

(咸陽に援軍を頼まねばならぬが、果たしてあの丞相は素直に出してくれるかどうか……)










□□□□□□









秦の陣地から銅鑼どらがジャン!ジャン!ジャン!ジャン!ジャン!ジャン!

と連続で鳴り響く


それを合図に秦の方より何か飛んで来る。

矢ではない。


「ん?何だ?」

小さな袋のようだ。


拾い上げて振ってみると何だか良く知っている物が中に入っている気がした。


そっと開けてみると

「お、おい!豆だぞ!豆が入っている!」

「こっちはあわだ!」

「これも食料だ!」

「どんどん飛んでくるぞ!」


何と秦は楚軍に向かって兵糧を投げ始めたのだ。

楚からは矢が飛んでくるが防ぐ事もせずに兵糧が入った袋を投げて、投げて、投げ続けた。


効果はすぐに表れる。

「おい、これは俺んだ!」


「寄こせよ!」


見ればあちこちで袋の奪い合いを始めていた。


部隊長の任にあるものまで参加している始末。


指揮を取っていた黥布げいふもそれに気が付き

「貴様ら!何をしている!

ええい!やめんか!」


争っている雑兵を蹴飛ばし、やめさせようとしたがこうなってしまっては最早効果がなかった。


「よし次だ!」

楚兵が兵糧に意識が向かっている事を確認した章邯が右手をさっと上げる。


すぐに銅鑼の音が変化する。

同時に秦の陣地を守っていた柵が次々と引き倒され始める。


「なんだ?」


「どうした?」


「これでは相手は丸裸ではないか?」

黥布げいふも秦の突拍子もない動きにさすがにいぶかしんでいる。


「退け!退け!」

やがて柵を倒し終えた秦軍は一斉に秩序良く後方に引き始める。


秦兵が戦っていた場所にうず高い山がいくつも現れる。


「まさか!!」


楚の雑兵達は感づいたようだ。

皆、一目散に秦が残した山を目掛けて殺到し始める。


楚兵の目には最早もはや戦よりも目の前の兵糧しか映らなくなっていた。


「章邯様、楚は兵糧の山に群がっております

これで戦線は維持できないかと!」



「ふふふ、うまくいきましたな。

しかしこれで正にすっからかんです。

敢えて兵糧を捨てた楚よりも手持ちが少ないとか、皮肉にもなりませんな」


自虐的に笑うのは司馬欣しばきんだ。


「明日の飯より今日の命を取らねばならん。

ここまで追い詰められたのがしゃくだが黄河まで引く事ができれば兵糧はなんとかなる。

甬道ようどうが使えないだけであって兵糧そのものは黄河を渡って来ているからな」


「なるほど流石は章邯将軍」


皆一同、章邯の策に深い畏敬の念を抱かずにはいられなかった。


「よしっ!

では予定通りに出るぞ!!」


「はっ!!」


「退却の準備をっ!!」




それからしばらくして食料争いを続ける楚軍を脇に次々と秦陣より騎馬が駆け出し始める。



楚兵達は全く周囲の注意を払わずに、食料をいかに仲間達より多く自分の物にするかに無我夢中であった。


「へへへ……これで明日はひもじい思いをしなくて済むぜ……ぐわっ!」

兵糧を奪い合っている隙を付いて、楚兵達を背後から斬り、騎馬が駆け抜けていく。


続けて斬られた楚兵を歩兵が押しのけ道を拓いている。


その際、山から兵糧を周りにぶちまけるのも忘れない。


「ああ、やはり惜しいな……」


名もなき兵士がそう独りちて思わず手を伸ばしそうになる。


だが食料を奪う時間などない。


気持ちを切り替えて退却する秦の隊に加わっていった。


『兵は神速を尊ぶ』とは兵法にある言葉だが、撤退に辺り章邯は素早く行動し見事に戦場より脱出した。


だが局面局面でいくら冴えわたる用兵を見せたとしても、この対楚戦は最終的に秦の敗北であることは疑いようがない。


そして項羽に退けられた事により、反秦連合軍に対する戦略は雲行きが怪しくなってきている事を肌で感じる章邯であった。


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