「馬鹿」の起源
前回までのあらすじ
趙包囲戦にて秦が敗れた!
楚軍、項羽が勝った事は反秦を掲げる各国、とりわけ趙を救援するという名目で派遣されていた連合軍や、諸侯に衝撃を持って迎えられた。
援軍とは名ばかりで、どの軍も秦の正規軍と章邯を恐れ、まともに戦うどころか固く陣に閉じこもり、一兵たりとも出さなかった諸侯連合である。(陳余が五千出したのみ)
だが、項羽はその秦と章邯に勝利した。
ただ単に勝利しただけではなく、兵糧を捨て退路を断ち、決死の覚悟を持って望んだ戦いぶりに、各軍も驚きと項羽の武勇に対する恐れを抱いたのだった。
こうして項羽は一躍、反秦における頭角を現していくことになる。
その項羽はしばらく残務処理と言うか、各軍や諸侯からの訪問客を相手にせねばならず、内心では章邯を追撃したかったのだがそれも出来ずにいた。
特に、項羽によって窮地を切り抜ける事のできた、趙からの歓迎ぶり歓待ぶりは上にも下にも置かない扱いであったため、項羽も無下には出来ず、暫く英気を養う名目でこの地に逗留した。
秦軍は、その間に黄河を渡り函谷関まで引き、この天然の要害に立てこもった。
こうなってしまっては、今率いている軍でさらに追撃は不可能という事で、楚軍も一旦彭城へと凱旋する事になる。
尚、張耳と陳余であるが、陳余が援軍を出さなかった事により、両者の間に不信感が生まれていた。
これについてはまた別途話をしたい。
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ここで話を秦の首都、咸陽に向ける。
秦は二世皇帝が即位して以来、急速に王朝としての衰えを隠せなくなっていた。
今や支配していた地域のほとんどを失い、かろうじて黄河以西を保っているだけになってしまった。
一番の原因は、政務をせずに遊びほうけていた二世皇帝胡亥である。
現代の評価でも二世皇帝は暗君の代名詞として有名である。
専ら、政治は寵愛する趙高に任せ、自身は後宮に引きこもり美姫に、酒にと溺れ爛れる生活を送っていた。
それでいて父、始皇帝来の国家規模の大工事事業は継続していたのだから国が傾かないはずがない。
任されていた趙高はと言うと、秦の元勲、李斯を筆頭に、能力のある官吏や武将などを次々と失脚させ、自身の地位と権力を握ることに甚だ熱心であった。
奸臣、趙高の野望は留まる事を知らず、やがて秦の権力の全て握るに至った。
その後を、と考えると、趙高の上に唯一立つ存在、二世皇帝が邪魔になって来る。
いや、ひょっとすると自身が二世に成り代わり、天子の位を、と思い始めていたのかもしれない。
だが、賛同者がどれほどいるか、自信が持てなかった為、趙高はある計を図った。
八月のとある日、趙高は二世皇帝に鹿を献上して言った。
「本日は良き日にございまして、見事な馬が見つかりましたので陛下にご献上奉ります」
と言っても鹿である。
二世は笑って
「丞相、そなたは何を言うておる。
そこにおるのは鹿ではないか、しかしこれは立派な鹿じゃのう」
身体は逞しく、頭から生える角の大きさ、枝の広がりからこの鹿は群れの頭だったのだろうか。
眼光鋭く、周りの官吏達を威嚇していた。
だが、趙高は事も無げに
「いえいえ、これは馬でございます。
陛下の方こそ大丈夫でございますか?
昨晩の酒が抜けておりませぬか?」
と、しれっと言ってのける。
「は?
丞相は気でも違ったか?
のう、そちたちもあれは鹿であろう?」
ところがその臣下達の反応がまちまちであったのである。
ある者は趙高に媚びへつらって馬と言い、ある者は堂々と鹿と主張し、また別の者は口をつぐんだまま黙った。
さすがの(暗君であるところの)二世もこれには混乱し
「丞相、これは一体どのような戯れか?
朕にはさっぱり検討がつかぬ」
だが趙高は薄く笑うばかりで何も答えず、皇帝の前より辞するのだった。
――その夜
趙高は昼間、正直に鹿と答えた者をひそかに捕らえ、秘密裏に処刑する命令を下した。
命令を受けた刑吏達が、問答無用に邸宅に押し入り、有無を言わさず拘束した。
そして咸陽の郊外、人里離れた渓谷へと連行し、そこで処刑を行い、死骸は谷へと捨ててしまった。
「これで良い。
後始末は獣共がしてくれるだろう」
名もなき刑吏が呟く。
「朝廷に仕えるは文武百官」などとよく言われるが、翌朝いきなり十人以上の官吏が消えてしまった。
誰もが、何が原因で、誰の仕業か分かっていても決してその事に触れようとしなかった。
それ事態が既に異常であり、王朝として最早命運尽きた瞬間だったのかもしれない。
朝廷(早朝の五時頃から開かれる会議、朝廷の語源でもある)に一番最後、ワザとゆっくり趙高があらわれる。
一体誰がこの秦の支配者なのか?
それを見せつけているかのようだった。
果たして、この時の趙高はどんな表情をしていたのか?
自分に意見する者がいなくなり、満足した顔だったのか?
お前達も自分に逆らうと同じ目に合うぞ!と脅す様に怖い顔をしていたのか……。
朝廷に集った官吏達は、恐ろしさの余り趙高の顔をまともに見る事すら出来なかった。
目を付けられただけで始末される……。
まるで、暴風が過ぎるのをじっと待つ、憐れな小鳥のようだった。
中国史上、初めて中華全土を統一した「秦」と云う王朝。
だが、滅亡の足音がすぐそこまで来ていたのだった。
馬鹿の起源
現在、日常的に使われる「馬鹿」はこの故事に由来します。
少しニュアンスが変わって来てますが、どちらにせよ、愚か者の事には違いがないでしょう。
ただ、この話の「馬鹿」とはさて、二世皇帝の事なのでしょうか?
真っ正直に主張し、殺されてしまった官吏の事なのか?
媚びへつらった官吏なのか?
悪宦官の代表格、趙高なのか……?
史記ではそれは書かれてませんが、作者としてはみんな「馬鹿」である、と”勝手”な結論をしてこの話を締めたいと思います。
この話は國士無双を書き始めてからずっといつか書いてみたいと決めていた話でした。
それが二年越しに叶って嬉しいです。




