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項羽の「背水の陣」 その四

少し短いですが投稿します。

数刻後、秦の別働隊を一掃した項羽であったがその戦果は芳しいものではなかった。


船の数に比べて兵士の数が少ないのだ。


そして名のある将も確認できなかった。


つまり、


「章邯めにまんまと一杯喰わされたという事か!くそっ!」


ガァン!!


仮組みした天幕の中で項羽は拳を机に思いっきり叩きつけた。


余談だが、項羽はよくこうやって身近な物に感情をぶつけて壊してしまう。


なまじ力が尋常でないために破壊された物は数知れず。


それはさておき、渡河をしようとしていた部隊は陽動おとりたっだという事ぐらいは項羽にもわかった。


すでにもう日は傾き夕方だ。


楚軍には三日分しか兵糧がないのに一日目が無常にも過ぎようとしている。


項羽は苛立ちが押さえ切れなかった。


「船を全て叩き壊せ!そして黄河に沈めろ!急いで本陣へ帰るぞ!」


一瞬、船はこのままにしておき本陣へ戻ろうかとも考えたが


(船を残しておくとまた別働隊に渡河を狙われる……)


曲者の章邯の事だ、今度は本気で渡河をし楚軍の裏手に回りこむかもしれない。


それぐらいの事はやりそうであった。


時間を船の後始末などに取られる事がいまいましかったが、項羽は我慢した。


「将軍、この付近の民達が面会を求めておりますが……」


いらいらしている項羽に兵がそう申し出てくる。


「なに?民だと?」


項羽は訝しげに首を捻る?

民が俺に一体何の用だというのか?


「ともかく会ってみるか、通せ」


「はっ」


しばらくして数名の年寄りが天幕へと入ってくる。


項羽の威名を噂に聞いていて恐れているのだろう。


おどおどとした態度で一番前の年寄りが恐る恐る口を開く。


「項将軍には此度の戦勝、誠におめでとうございます」


膝を折って額を地に擦り付けるように礼をした。

恭順の意思を示したという事だ。


(ふんっ!)


項羽は鼻白んだ。


戦勝だと?

勝っているのか、そうでないのか位項羽自身がよくわかっている。


今日は秦に、章邯にただ踊らされただけなのだ。

項羽は途中離脱したが、恐らく秦の本陣も落とせていまい。


それでどうして勝ったなどと言える?


続けて住民が懇願する。

それはこういう事であった。


秦に接収された船をどうか壊さないで返して欲しい、と。


項羽は激怒した。


項羽からすれば船を貸した時点で民達は秦に協力をしたのだ。


すなわ

「お前達は敵である」


短絡的な項羽の思考の結果であった。


そこには無力な民草には秦軍の命令に逆らえるはずがない、命令に拒否したらどうなるか、とかそういった事情は全く加味されていなかった。


元とはいえ名門武家出身の世間知らずな部分が出ていた。


逆に言えば項羽に従っている兵達の方がその辺の事はよく分かっている。

立場が違えど皆貧しい家のものばかりだったからだ。

顔には出せないが民達に同情する。


船は黄河付近の生活には必須であり、壊されては民達は生活が成り立たないのだと。


「言いたい事はそれだけか?」

項羽は怒りを隠す事もせずに民達に言う。


「船が壊されるだけで済んでありがたく思うことだ。

家族の下へ無事に帰りたいであろう?

これ以上異を唱えるのならばこの項羽容赦はせん」


可哀相に民達は震え上がり、額を地面に押付けひたすら平伏するのみであった。











□□□□□□









船の始末を終えた項羽は急ぎ楚の本陣へ戻った。


果たして、状況は項羽の予想通り、いや予想を上回り健闘をしていた。


秦の構えは大きな溝、柵、矢倉、そして柵という構造であったが、溝を超え、柵を超え矢倉を攻略しようという所まで進んでいた。


だが如何せん、じき夜になる。


矢倉から奥の攻略は明日になろう。


ジャーン!!ジャーン!!ジャーン!!

銅鑼の音が三度響き渡る。


これは退却の合図だ。

今日の戦闘はこれで終わりとなる。


項羽は近くの者に命令する。

「各将達が戻ってきたら急ぎ集めよ!

范増殿にも声を掛けておけ!」


「ははっ」


項羽は秦の陣地を睨みつけながら残りの二日間をどう闘うか、頭を悩ませていた。

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